山形大学学術研究院 准教授 野田 博行
著者らは、野菜や果物の可視画像を赤(R)、緑(G)、青(B)に分解したRGBヒストグラム(注1)の平均値と標準偏差から非破壊によるおいしさの見える化システムの構築を試みた(注2)。その結果、16種類の野菜と果物で、糖度(Brix値)や味覚センサーで測定した味覚値、グルタミン酸含量などと硝酸イオン含量およびRGBデータとの間に高い相関性が認められた。この結果から、RGB画像データにより野菜や果物のおいしさの見える化が可能ではないかとの示唆が得られた。
本稿では、非破壊による野菜のおいしさの見える化について、こまつな、ほうれんそう、トマトおよびミニトマトの事例について、以下に紹介する(注3)。
注1:画像は「点(「ピクセル」という画像を構成する一つの単位)」の集まりで成り立っており、ヒストグラムは、その「点」の色の明るさをレベル別に分布したグラフ。
注2:参考文献(1)~(3)
注3:参考文献(4)
こまつな、ほうれんそう、トマト(主に桃太郎系)およびミニトマトは市販品と契約農家で栽培された約40検体を測定試料として用いた。野菜の可視画像は、汎用のデジタルカメラ(ニコンクールピクスS9400)を用い、黒のスポンジ上に試料を配置して撮影した。RGBの平均値と標準偏差は、見える化システムに搭載の画像処理ソフトから取得した。
また、野菜をそのままフードプロセッサーで粉砕し、絞り汁をBrix値と硝酸イオン含量の測定に供した。さらに、こまつなおよびほうれんそうの粉砕物に2倍量、トマトおよびミニトマトの粉砕物に4倍量の脱イオン水を加え、ミキサーでかき混ぜ味覚測定用試料を調製した。トマトおよびミニトマトの味覚測定用試料を脱イオン水で20倍希釈したものをグルタミン酸定量用試料とした。
味覚は、株式会社インテリジェントセンサーテクノロジー製SA-402B型味覚センサーを用い、酸味と塩味、旨味、苦味雑味、渋味刺激の5先味、旨味コクと苦味、渋味の3後味を測定した。多数回測定における誤差を避けるため、最初の試料を基準試料としてすべての測定の第一試料として用い、データを規格化した。
硝酸イオン濃度は株式会社堀場製作所製B-741型硝酸イオンメータ、Brix値はATAGO製PAL-1型ポケット糖度計を用い測定した。
グルタミン酸含量は日本分光株式会社製LC-2000型高速液体クロマトグラフシステム(HPLC)を用い、アミノ酸標準液を用い定量した。
RGBデータと味データはエクセル統計2012を用い、Brix値、グルタミン酸含量および味覚データを目的変数、RGBデータと硝酸イオン含量を説明変数として重回帰分析(注4)した。得られた重回帰式のうち、F検定(注5)により5%以下で有意差があるものを採用した。
注4:統計用語で「重」は「複数」、「回帰」は「因果関係」を意味し、ある結果(目的変数)を説明する際に、関連する複数の要因(説明変数)のうち、どの変数がどの程度、結果を左右しているのかを関数の形で数値化し両者の関係を表し、それを元にして予測などを行う統計手法の一つ。
注5:数理統計学の検定法の一つで、二つの独立な分散 を比較するために、両者の比 をつくり、その大小で判定する検定。
図1に、RGBデータと硝酸イオン含量を説明変数として重回帰分析して得られた計算式を元に算出した、こまつなのBrix予測値と観測値との関係を示す。重相関係数は0.904、修正済み重相関係数(説明変数の増大に伴う過大評価の調整)は0.885であった。重相関係数は、0.8以上で高い相関関係を示した。
図2に、図1と同様に算出したこまつなの苦味予測値と観測値との関係を示す。重相関係数は0.931、修正済み重相関係数は0.917であった。重相関係数は、0.9以上で高い相関関係を示した。
表1に、こまつな、ほうれんそう、トマトおよびミニトマトの各種味データとRGBデータおよび硝酸イオン含量を説明変数として重回帰分析して算出した重相関係数と修正済み重相関係数を示す。こまつな、ほうれんそう、トマトおよびミニトマトのBrix値、苦味(トマトおよびミニトマトは苦味雑味)、塩味、酸味および旨味コク(こまつなは旨味、トマトはグルタミン酸含量、ミニトマトは旨味コク)の重相関係数は、酸味と旨味を除き0.7以上、修正済み重相関係数も同様に0.7以上と高い相関性を示した。
以上の結果から、こまつな、ほうれんそう、トマトおよびミニトマトの重相関係数は、近赤外線分光法(注6)に比べるとやや劣るものの、これまでに困難であった旨味や苦味などの見える化を可能にし、当該システムに実装するのに足るものであると考えられる。
注6:測定対象に近赤外線を照射し、吸収された度合い(吸光度)の変化によって成分を算出する方法で、非破壊・非接触での測定が可能。
前述の味の分析による実測値をグラフで示す。図3は、こまつなの苦味とBrix値の関係である。縦軸と横軸の交点は平均値である。また、図中、苦味が弱く、Brix値が高いものは甘味優勢、苦味が強く、Brix値が低いものは苦味優勢と分類できる。
図4に、こまつなの各種味データを偏差値変換して表示したレーダーチャートとこまつなの画像を示す。偏差値変換 を用いた理由は、図3に示す通り、それぞれの味データの桁が異なるので、それらを同一レベルで比較できるようにするためである(注7)。また、偏差値の平均値は50であることから、味の違いが判りやすいという特徴もある。図4から、冬収穫のこまつなは、光沢があり、濃い緑色を示し、Brix値が高く、旨味が強く、苦味が弱いことが判る。夏収穫のこまつなは、光沢が無く、薄い緑色を示し、冬場のものに比べ、Brix値が低く、旨味が弱く、苦味が強いことが判る。
注7:参考文献(4)
図5に、ほうれんそうの苦味とBrix値の関係を示す。こまつなと同様に、苦味が弱く、Brix値が高いものは甘味優勢、苦味が強く、Brix値が低いものは苦味優勢に分類できる。
図6に、ほうれんそうの各種味データを偏差値換算して表示したレーダーチャートとほうれんそうの画像を示す。冬収穫のものは、こまつなと同様に、光沢があり、濃い緑色を示し、Brix値が高く、苦味が弱いことが判る。また、夏収穫のものは、冬収穫のものに比べ、光沢が無く、薄い緑色を示し、Brix値が低く、苦味が強いことが判る。
以上の結果から、葉物野菜の代表であるこまつなとほうれんそうは、Brix値(甘味)と苦味が共通のおいしさの要素であると考えられる。Brix値と苦味はいずれも硝酸イオン含量との相関性が高いことから、温度や施肥などの栽培条件が影響していると考えられる(注8)。
注8:参考文献(5)
図7に、トマトの酸味とBrix値の関係を示す。図中、酸味が強く、Brix値が高いものは甘酸っぱい、いずれも低いものは淡白、Brix値が高いものは甘味優勢、酸味が強いものは酸味優勢の4象限に分類できる。図8に、トマトのグルタミン酸含量とBrix値の関係を示す。図中、グルタミン酸含量とBrix値が高いものは濃厚、低いものは淡白、Brix値が高いものは甘味優勢、グルタミン酸量が高いものは旨味優勢の4象限に分類できる。特に、Brix値が高いフルーツトマトはグルタミン酸含量も高い傾向があることが判る。
図9に、トマトの各種味データを偏差値換算して表示したレーダーチャートとトマトの画像を示す。フルーツトマトは、小ぶりで甘味と旨味(グルタミン酸)が強く、酸味と苦味雑味が弱いことが判る。市販の一般桃太郎は、フルーツトマトに比べ、大ぶりで甘味と旨味(グルタミン酸)が弱く、酸味と苦味雑味が強いことが判る。
図10に、ミニトマトの酸味とBrix値の関係を、図11に旨味コクとBrix値の関係を示す。トマトと同様に4象限に分類できる。
図12に、ミニトマトの各種味データを偏差値換算して表示したレーダーチャートとミニトマトの画像を示す。高糖度ミニトマトは、やや色が濃く、甘味が強く、酸味が弱いことが判った。市販の一般のミニトマトは、やや色が薄く、高糖度ミニトマトに比べ、甘味が弱く、酸味が強いことが判る。
以上の結果から、トマトとミニトマトは、Brix値(甘味)とグルタミン酸(旨味コク)、酸味がおいしさの共通の要素であると考えられる。
著者らが開発したおいしさの見える化システムは、タブレットやスマートフォンにおいしさの見える化アプリケーションソフトをダウンロードし、タブレットPCやスマートフォンの内臓カメラを用い、野菜や果物を撮影する。次に、野菜や果物の画像を選択し、背景を除いたのち、クラウド上の計算式で解析すると直ちに、図4、図6、図9、図12に示すレーダーチャートとともに、甘いやふつう、すっぱい、苦いなどのコメントと共にBrix値が表示され、おいしさの要素が表示される。詳細についてはおいしさの見える化ホームページ(注9)に記載されているので参照されたい。
注9:参考文献(6)、(7)
おいしさの見える化システムにおける判定の成否は、野菜の味の基礎データとRGBデータおよび硝酸イオン含量から求めた計算式(偏差値表示)がいかに正確な予測値を算出するかにかかっている。こまつなやほうれんそう、トマト、ミニトマトは味の振れ幅が大きく、相関係数が高いため予測精度が比較的高い。しかし、味の振れ幅が小さい野菜では、予測値の相関係数が低くなり予測精度がやや落ちるという課題がある。ただし、厳密な数値を求めない限り、実用上は問題ないと考えている。
また、開発当初、おいしさの見える化システムは、生産者用に利便性と農産物の付加価値向上を目的に、スマートフォンやタブレットPCに対応することを念頭にアプリの開発を進めた(注10)。そのため、多少精度が低下しても低価格化することを優先に考えたシステム化となった。
現在このアプリを使って試験販売を行っているところである(写真1)。今後は、アプリの使い方次第では、生産者は、品質や甘さだけでなく、酸味や苦味をもっと前面に打ち出した農産物の出荷も可能になり、消費者の多様なニーズに対応できる売り場になるなどの可能性がある。
また、展示会などでの聞き取りから、外食産業や輸出商社、農業生産法人などの大口ユーザーが興味を持っていることがわかった(写真2)。今後は、固定型で高精度のおいしさの見える化システムにより大口ユーザーへの対応も検討していきたいと考えている。
注10:参考文献(4)
本研究は、マクタアメニティ株式会社(代表取締役社長 幕田武広)が中核企業となり、経済産業省「異分野連携新事業分野開拓計画」および「商業・サービス競争力強化支援事業」の支援により行われたものである。ここに記して、謝意を表します。
参考文献
(1) 農産物判定システム,特許第5386753号.
(2) 農産物判定システム,特許第6238216号.
(3) 農産物判定システム,特許第6362570号.
(4) 野田博行,「トマトのおいしさの見える化について」,農耕と園芸,2018,No.6,pp. 33-3.
(5) 野田博行,幕田武広, 「味覚センサーで測定したコマツナおよびホウレンソウの味覚値に及ぼす硝酸イオン含量の影響」,科学・技術研究, 4巻,1号,pp. 91-94 (2015).
(6) マクタアメニティ株式会社 画像解析による野菜等の「おいしさの見える化」技術の構築
http://www.sjc-sendai.co.jp/ibunya-renkei_2016/oishisanomieruka/index.html#
(7) マクタアメニティ株式会社ホームページ http://makuta-amenity.com/iot/