国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
野菜花き研究部門 野菜病害虫・機能解析研究領域長
武田 光能
野菜の病害虫研究には多くの現場ニーズがあり、新たに発生する病害虫の対策や薬剤抵抗性で防除が困難となった病害虫の対策が求められる。病害虫研究は環境保全型農業を指向し、土着天敵の保護強化や生物的防除法、物理的防除法、耕種的防除を組み合わせた、持続可能な防除体系の策定を進めている。国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構が実施する野菜の病害虫研究について、その概要を紹介する。
野菜類の種類は多く、園芸学用語集・作物名編(2005)には、キノコ類を除いた野菜類が53科、261種が記載されており、多くの野菜類が食用されている。この中で、ウリ科のクロダネカボチャは食用ではなく、台木として利用されている。同様に、ナス科にもヒラナスやスズメナスビがみられ、主に土壌病害や線虫対策の台木として接木栽培に利用されている。
国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構(以下「農研機構」という)の第4期中長期計画の研究体制は4つの研究セグメントが連携を図りながら、体系的な成果を生み出し、研究成果の最大化が図られるように設計されている(表)。
野菜の病害虫研究はセグメントⅢとセグメントⅣを中心に進められている。セグメントⅠやセグメントⅡの一部にも病害虫に関連する課題がみられるが、ここでは、農研機構が実施する野菜の病害虫研究について、セグメントⅢとセグメントⅣの研究内容を中心に紹介する。
病害虫研究では有害動植物の総合防除である総合的病害虫・雑草管理(IPM)(図1)を指向し、環境保全型農業の発展を支える防除体系の策定を目指している。病害虫の防除手段には、化学的防除、生物的防除、物理的防除、耕種的防除があり、IPMはこれらの防除手段を相互に矛盾しないように使用して、病害虫の発生を被害許容水準以下に維持することとされている。特に、化学合成農薬の過度の使用は、薬剤抵抗性の発達を助長するとともに、環境への負荷を増大させる。そのため、農薬使用を前提とする場合は、効率的使用法の開発や発生予測に基づく防除適期の把握に関する研究が実施されている。
IPMでは、常に病害虫・雑草の発生しにくい環境整備を行い、耕種的対策の実施、輪作体系、抵抗性品種の導入、種子消毒、土着天敵の活用、伝染源植物の除去、化学農薬による予防などの対策が求められる。その上で、病害虫の発生予察情報やモニタリングで防除要否と防除適期の判断を行い、多様な防除手段の中から適切な防除対策を実施する。病害虫の研究は、これらのIPMの体系化あるいは防除のための個別技術の開発を行うことになる。
野菜の病害虫については、病害を中心に主因(病原体)、素因(植物の発病しやすさ)、誘因(環境条件)の考え方(図2)が広く用いられている。これら3要因が重なる時に病害が発生することから、個々の要因を可能な限り小さくすることで病害を抑えるという考え方である。主因対策には農薬散布などで病原体や害虫の密度を低くすることが重要であり、施設で病害虫の持ち込みを防止する物理的防除も主因の対策となる。
次いで、素因は植物側の発病しやすい性質や害虫に加害されやすい性質といった要因であり、野菜病害では抵抗性品種や接木苗の利用で病気に対する抵抗性の高い状態が維持できる。さらに、病害虫の発生には温度や湿度といった環境条件の影響が大きく、特に病原体の発芽や侵入には結露や高湿度が必要となるため、湿度管理で病害の発生を抑制することができる。また、害虫や天敵の利用場面でも環境条件の影響は重要な項目となっている。
(1)野菜の高収益生産技術を支える品種育成と基盤技術の開発
セグメントⅢの大課題「野菜・花きの高収益生産技術の開発」の中課題「野菜の高収益生産技術を支える品種育成と基盤技術の開発」では、病害虫に対する品種抵抗性の研究が進められている。特に、なすの青枯病・半枯病抵抗性、ネコブセンチュウ抵抗性や台木の育成が行われている。同じく病害抵抗性ピーマン・トウガラシ類は青枯病・疫病・線虫に抵抗性を示す品種あるいは台木用品種が育成されている。ウリ科では西南暖地で問題となるメロン黄化えそウイルス(MYSV)によるキュウリ黄化えそ病に対する抵抗性品種の育成が進められている。また、メロン退緑黄化病の抵抗性品種の育成と選抜マーカーの開発が実施されている。同じくきゅうりではうどんこ病・べと病の抵抗性と選抜マーカーの開発が実施されている。さらに、西洋かぼちゃのうどんこ病やいちごの炭疽病抵抗性DNAマーカーの開発が実施されている。種子繁殖型いちごは、栄養繁殖に比べて増殖効率が高く、親株からの病害虫やウイルスの持ち込みがないことから、病害虫防除にも大きく貢献する。
アブラナ科野菜では、だいこんの黒斑細菌病抵抗性やキャベツ根こぶ病抵抗性マーカーと実用品種の開発が進められている。
これに対して、害虫に対する抵抗性は国内の実用品種でワタアブラムシ抵抗性のメロン「アールス輝」に限られ、実用化研究は病害に比べて非常に少ない。唯一、ネギハモグリバエに対して高度抵抗性を示すねぎ系統の育成が進められ、抵抗性機構の解明や実用品種の育成が期待される。育種分野との連携による野菜病害虫の品種抵抗性は、今後の病害虫研究の重点化対象とされている。
同じく、セグメントⅢの大課題「病害虫のリスク管理と植物検疫高度化のための研究開発」が実施されている。この大課題は、農林水産省が行政施策・措置を実施していく上で必要としているレギュラトリーサイエンス(注)に属する研究が含まれ、植物防疫分野(植物病害虫の検査法、まん延防止技術の開発)が対象となる。
注:科学的知見と、規制などの行政施策・措置との間を橋渡しする科学で、(ア)行政施策・措置の検討・判断に利用できる科学的知見を得るための研究(Regulatory Research)、(イ)科学的知見に基づいて施策を決定する行政(Regulatory Affairs)の両方が含まれる
(2)農産物輸出促進と食料の持続的安定供給を実現する植物保護技術の高度化
セグメントⅢの中課題「農産物輸出促進と食料の持続的安定供給を実現する植物保護技術の高度化」では、いちご輸出と野菜種子輸出の課題が実施されている。生果実(いちご)の輸出は輸出相手国の残留農薬基準値(MRL's)をクリアする必要があり、新規物理的防除法である蒸熱処理でいちご苗のハダニ類やうどんこ病の防除、次亜塩素酸水で育苗期のいちご炭疽病の防除対策、さらに農薬の減衰モデルによる輸出相手国のMRL'sに対応した農薬散布時期の推定などの課題が実施されている。
野菜種子の輸出は、トマトかいよう病菌やアブラナ科野菜の種子伝染性細菌病害について選択培地の利用が検討されている。また、国内未発生ウイロイド、ウイルスなど植物病原体およびその媒介者となる微小害虫種の遺伝子情報に基づく検出同定技術の開発では、野菜類に発生するアザミウマ類のDNAバーコード領域による識別や国内未発生のトスポウイルスの検出法の開発、ポスピウイロイドについてはトマトなど重要野菜類に対する病原性の解析が進められている。
ねぎやにんじんに大きな被害を与える新害虫クロバネキノコバエの一種に関する研究では、農食事業の成果として「クロバネキノコバエの一種 Bradysia sp. 防除のための手引き」(図3)が公表されている。さらに、本種に誘引活性を示す物質の探索や本種の塩基配列情報を解析することで、近縁種との識別が可能となる遺伝子領域の検出などが実施されている。
(3)薬剤抵抗性病害虫の早期診断と発生防止技術の開発
セグメントⅢのもう一つの中課題「薬剤抵抗性病害虫の早期診断と発生防止技術の開発」では、薬剤抵抗性の発達を遅延させる抵抗性管理体系の構築に向けて薬剤抵抗性モニタリング手法の開発を進めている。ワタブラムシはネオニコチノイド系殺虫剤、コナガはジアミド系殺虫剤、ネギアザミウマはネオニコチノイド系やスピノシン系殺虫剤に対する抵抗性が問題となっており、これらの難防除害虫を対象に、ゲノム解析により薬剤抵抗性原因遺伝子の同定を行い、遺伝子情報に基づいて抵抗性個体群を検出し、抵抗性の程度(抵抗性遺伝子の頻度)を評価する手法の開発が進められている。薬剤抵抗性の発達を遅延させる農薬の散布法について、薬剤の浸透移行性の有無や害虫の生態などを組み合わせた多くのシミュレーションモデルを用いた検討が行われ、チョウ目害虫では異なる薬剤の世代内散布の有効性が示されている。
持続型農業に貢献する作物保護・土壌管理及び地域資源利用技術の開発の大課題には野菜病害虫に関する3つの中課題がある。持続可能な農業生産(Sustainable agriculture)を支える取り組みとして、環境保全型農業、生物多様性と調和した農林水産業、食料自給率の向上などに対応するための研究開発である。
(1)昆虫機能及び生物間相互作用の分子基盤の解明に基づく革新的病害虫制御技術の開発
中課題「昆虫機能及び生物間相互作用の分子基盤の解明に基づく革新的病害虫制御技術の開発」では、吸汁性害虫のアザミウマ類については、発育を阻害する遺伝子候補の探索が実施されている。昆虫の視覚や匂いの情報処理機構では、紫LED光への天敵(ヒメハナカメムシ類)の誘引効果や天敵温存植物から天敵類を作物へ効率的に移動させる技術が検討されている。
(2)物理的、生物的土壌消毒や作物の抵抗性などを複合的に利用した病害及び線虫害管理技術の開発
中課題「物理的・生物的土壌消毒や作物の抵抗性などを複合的に利用した病害及び線虫害管理技術の開発」では、ハクサイ黄化病の高度診断法として、発病抑止性を示す土壌の微生物相の解明が実施されている。
また、土壌還元消毒や抵抗性品種(高接木)の活用による土壌病害線虫害防除技術の開発では、新規土壌消毒資材の有効性の確認と現地実証試験が行われ、線虫害対策としての対抗植物エンバク類の有望系統の品種登録が行われている。生物的・化学的処理による作物の病害抵抗性誘導や微生物間相互作用の利用による新たな病害抑制技術の開発では、キャベツ黒すす病に対する有用微生物の選抜が行われ、トマトの抵抗性誘導を発揮させる資材としてアミノ酸類の効果が解析されている。なお、有機質肥料活用型養液栽培では少数の硝化菌を用いて土壌機能を再現する研究が進められ、土壌病害の抑止効果が検討されている。
(3)害虫の情報応答機構や土着天敵の高度利用による難防除病害虫の管理技術の開発
中課題「害虫の情報応答機構や土着天敵の高度利用による難防除病害虫の管理技術の開発」では、光や音波、情報化学物質を利用した害虫および天敵の行動制御技術の開発として、植物体に赤色光を照射することでアザミウマ類などの発生が抑制される現象の機構解明が行われている。また、コウモリ類の超音波を擬した超音波発生装置でハスモンヨトウなどのチョウ目害虫に対する防除効果の現地実証が実施されている。さらに、トマトのタバココナジラミに人工合成音を照射することでトマト黄化葉巻病の感染率が低下するなどの試験が実施されている。
また、天敵タバコカスミカメの行動を制御することを目的に、紫色光や光に対する日周行動が解析されている。さらに、植物を利用した温存・強化法による土着天敵の実用化技術では、タバコカスミカメの温存植物の選定やヒメハナカメムシ類を誘引する光反射率の高いトラップによるモニタリング法の開発が行われている。アブラバチ類のバンカーシステムの開発では、複数種のアブラバチ類を利用する新たなバンカーシステムの開発が行われている。これらに加えて、土着天敵相の解明に不可欠なカブリダニ類の種判別を可能とする「カブリダニ類識別マニュアル(中級編)」の公表や生物農薬として利用するカブリダニ類の保護増殖資材であるバンカーシート(図4)の開発が行われている。
国内で利用される野菜類261種のそれぞれに5種の重要病害と5種の重要害虫がいるとすれば、2610種の病害虫対策が必要となる。しかし、異なる野菜類でも病害虫は共通の種が多く、例えば、害虫の食性(寄主範囲)をみても単食性の種よりも広食性の害虫類が多い。
野菜の病害対策では、品種抵抗性の利用をはじめとする耕種的防除、台木品種の接木や高接木・多段接木といった防除法の活用が求められる。施設の害虫対策では、物理的な侵入防止や植生管理と生物農薬の利用が重要であり、露地野菜では土着天敵の保護強化による保全的生物的防除に関する研究の発展が期待される。
これらの環境保全型防除の主流化に向けて、病害虫分野には育種分野との連携や公設研究機関・民間との連携が不可欠となっている。