三重大学大学院 生物資源学研究科 教授 徳田 博美
農業の担い手問題が深刻化している中で、企業の農業参入に対する期待は大きい。しかし、企業の農業参入のすべてが順調にいっているわけではなく、撤退に至る場合も少なくない。公益財団法人北杜市農業振興公社は、遊休農地利活用の担い手の一つとして、大型施設園芸を主体とした農業参入企業を誘致し、その定着を図っている。同公社は、市、県とも密接に連携しながら、自らもリスクを取りながら、農業参入を希望する企業ときめ細かく、かつじっくりと対応することで、成果を上げている。その取り組みは、企業の農業参入において、地域のコーディネート機関が重要な役割を担っていることを示している。
わが国の農業では、農業者の高齢化、減少が急激に進行し、農地の遊休化、荒廃が深刻な問題となっている。2015年には、荒廃農地面積は28万4000ヘクタールに達している。これは全農地面積の6.4%に相当する。農地の荒廃は、農業生産力を低下させ、食料の安定供給を損なうのみでなく、その多くが中山間地域など条件不利な地域にあるため、そのような地域の社会経済状況をより厳しくし、さらに鳥獣害の多発や地域環境の劣化などさまざまな問題をもたらす。
農地荒廃の要因は、農業者の高齢化、減少とともに、農産物価格低迷などによる農業収益性の悪化、農地基盤条件の劣悪性が挙げられる。従って、荒廃農地の解消には、農地基盤の整備と収益性の高い農業を実現し、担い手を確保することが課題となる。このような課題の実現は、水田と比べて畑地では難しい。水田では、基盤整備済み農地が多く、100ヘクタールを超えるような大規模経営の形成も進みつつあり、地域差はあるが、農地の引き受け手の確保も比較的、容易である。一方、畑地では、基盤整備済み農地の比率は低く、100ヘクタールを超えるような大規模経営はごくわずかであり、担い手の確保は容易でない。そのため、畑地は荒廃農地の比率が高く、問題はより深刻である。
本稿で取り上げる公益財団法人北杜市農業振興公社(以下「北杜市公社」という)は、畑地での荒廃農地解消に向けた先進的な取り組みを進めている。畑地の基盤整備を進めながら、その流動化、集積を図り、新たな担い手の一つとして、農外企業の農業参入を積極的に受け入れ、大型施設園芸団地などを整備している。以下では、北杜市公社の取り組みを紹介し、畑地における荒廃農地解消の可能性について検討する。
北杜市は、山梨県北西部に位置しており、2004年に明野村をはじめとする北巨摩郡の8町村(小淵沢町のみ2006年に編入)が合併して生まれた(図1)。市の中央部を北西から南東に釜無川が流れ、甲府盆地の北西部を形成している。釜無川沿いの盆地の両側には、北部は八ヶ岳および奥秩父の山岳が、南部には甲斐駒ケ岳をはじめとする南アルプスの3000メートル級の山々がそびえている。釜無川沿いの盆地を除いた市域の大部分は、中山間地帯となっている。釜無川に沿って、JR中央本線、中央高速道路などが走っており、交通の利便性は高い。鉄道、自動車ともに東京まで2時間程度で到達できる。
北杜市の農業は、釜無川沿いおよび扇状地に広がる水田が主体であるが、それとともに八ヶ岳から茅ヶ岳にかけて広がる丘陵地帯を主体とした中山間地域の畑地帯がもう一つの農業地帯となっている。茅ヶ岳山麓(旧明野村)は、日本で最も日照時間が長いという恵まれた気象条件を有している。しかし、かつての主要農業部門であった養蚕からの転換が遅れ、少なくない桑園が他の地目に転換できないまま荒廃していた。2014年の市全体で耕作放棄地面積は1189ヘクタール(農地面積の14.7%)に達している。
北杜市公社は、北杜市発足前の1996年に明野村農業振興公社として設立された。その後、明野村が合併し、北杜市が発足したことで2008年から北杜市農業振興公社と改称された。当然ながら、当初の事業対象地域は旧明野村であったが、現在は北杜市全域に広がっている。しかし、現在でも事業実績の中で旧明野村の比重が高い。
現在の北杜市公社の出資金は3000万円であり、そのうちの90%は北杜市が、10%は地元のJA梨北が出資している。事業内容は、図2に示したように、農地利用集積円滑化事業、農業の担い手育成事業とともに、施設等保全管理事業、農作業等受委託事業などによって構成されている。
農業参入企業の誘致は、農業の担い手育成事業の中で行われている。同事業では、担い手農家や新規就農者に対する支援事業も行っており、対象とする担い手を農業参入企業に絞っているわけではない。事業規模は、収入金額で約7500万円である。職員は7名で、うち3名が正職員、4名が臨時職員である。臨時職員の中で3名は、現場で農地の集積、調整を担う農地調整員である。
明野村農業振興公社は、1991年から始まった茅ガ岳山麓での県営畑地帯総合整備事業で整備された農地の利活用を主目的として設立された。事業の対象地域には多数の遊休桑園があり、その地権者の中には耕作意欲の乏しい者が少なくなかった。以前の公社の主な業務は、農作業受託、畑地整備地区に建設された交流観光施設で実施されるイベントの運営であった。しかし、整備された畑地の有効利用が進まないことを背景として、2008年の北杜市農業振興公社への改称を契機に、事業構成を見直し、農地の集積推進業務を事業の中心に据えた。
北杜市公社は、北杜市から農地利用集積円滑化団体の承認を受けており、集積推進業務は農地利用集積円滑化事業として実施されている。北杜市公社のこれまでの事業実績は図3に示したとおりである。2007年までは緩やかな増加であったが、事業方針が変更された2008年以降、急激に増加している。2007には42ヘクタールであったが、2015年には224ヘクタールと5倍に増加している。事業面積のほぼ半分は、旧明野村の基盤整備された畑地である。それ以外でも畑地の比率が高い。
2014年からは農地中間管理事業が始まり、農地中間管理機構の委託の下で同事業による農地の集積業務も行っている。2015年の実績では、利用集積円滑化事業による集積面積が17ヘクタールに対し、農地中間管理事業による集積面積は80ヘクタールに達しており、現在は農地中間管理事業が、面積では農地集積事業の主体となっている。
(1) 整備事業地区の目的別ゾーニングの設定
前述のように北杜市公社の設立は、旧明野村の県営畑地帯総合整備事業地区での農地の有効活用を目的としていた。地権者のみでは、農地の有効活用は難しく、積極的に地区外から担い手を募る必要があった。地区外の担い手を受け入れ、効率的な農地利用を実現するため、整備済みの畑地は、「花・野菜団地」「観光農園団地」「自作経営団地」「公社利活用団地」の4つの目的別ゾーニングを行った(表1)。この中の「公社利活用団地」は、北杜市公社が集積し、地区外からの新規参入者や農業参入企業などに貸し付けることで、有効利用を図る畑地となっている。公社の農業参入企業の誘致は、旧明野村の「公社利活用団地」の畑地を対象として始まった。
(2) 農業参入企業
表2に北杜市公社の事業によって北杜市で農業に参入している企業の一覧を示した。この中で2010年に参入した「村上農園」が、「公社利活用団地」の最初の企業である。「村上農園」は、かいわれだいこんなどに代表されるスプラウト類、豆苗の施設栽培を全国で展開している農業法人であり、その生産拠点の一つとして、北杜市に大型施設を建設した。「村上農園」の参入が重要な契機となり、北杜市が農業参入を希望する企業の中で注目されるようになり、市内での企業の農業参入が急速に進んだ。
これまでに北杜市公社の事業を通じて農業に参入している企業(北杜市には、これ以外に公社の事業以外で農業参入している企業もある)は18社である。この18社の農地面積の合計は104ヘクタールに達している。前述の公社の農地利用集積円滑化事業の実績面積と比較すれば、農業参入企業が農地の借り手の中での比重の高さがわかる。参入年次をみると、醸造用ぶどうを栽培する2社の参入開始年次は、2010年以前で早いが、15社は2012年以降に参入しており、大部分がこの5年間で参入している(表2)。現在、参入に向けた検討・準備を進めている企業が数社あり、農業参入企業の数はさらに増える見込みである。当初は、旧明野村の「公社利活用団地」での参入であったが、現在では参入地区は市全域に広がっている。
農業参入企業の親会社の多くは、山梨県外にあり、全国から集まっている。農業参入企業の農業の形態では、施設野菜栽培が10社、醸造用ぶどうが4社で、施設野菜栽培が主体な営農形態となっている。これは、この2つの形態が企業の農業参入が多い部門であるということもあるが、日照時間が長いこと、盆地特有の日温格差が大きいこと、南アルプスからの伏流水などの良質の水に恵まれていることなどの自然条件、首都圏に近いことや山梨県が全国一のワイン産地であることなどの社会経済条件が影響している。
(3) 企業の農業参入誘致と農地集積の手順
北杜市公社が多数の企業の農業参入を誘致できたのは、上記のように北杜市が自然的、社会経済的条件に恵まれていることもあるが、北杜市公社のきめ細かな対応によるところが大きい。図4は、企業の農業参入誘致と農地集積の手順を示したものである。
図4について詳細に説明すると、
① 農業参入については、まず、希望する企業の相談を受けることから始まる。相談に訪れる企業は、公社に直接連絡してくるものもあるが、山梨県を経由するケースや金融機関や関連企業の紹介によるケースがある。企業との相談は、公社単独で行うのではなく、農業参入に関わる多様な課題に関係する県や市とも連携し、丁寧にワンストップ対応で行われる。この段階で栽培品目や資金計画などの具体的な営農計画も含めた相談・協議がなされる。
② 農業参入から参入に向けた準備に進むと、まず参入地候補となる遊休農地などの情報収集が始まる。北杜市公社が提供する農地は、原則的に農業者が利用している農地ではなく、遊休農地が主体となる。企業の栽培品目などの営農計画も考慮して候補地は絞られていく。候補地を絞っていく上では、常に農地に関する情報をつかんでおくことが必要となる。その点では、地元の農地情報に詳しい者3人を農地調整員として雇用していること、県、市とも情報を共有していることが重要である。候補地が絞られると、参入希望企業と候補地を巡回し、参入希望農地を確定する。
③参入希望農地が決まると、農地集積、利用権設定の段階に進む。まず、地権者および候補者の確認が行われる。この際にも、市との連携、情報共有、農地調整員の配置が効果を発揮することになる。地権者、耕作者が確認されると、具体的な集積、農地整備の検討となる。最終的にどこまで集積するのか、農地整備にどのような事業を利用するのか、などが検討される。この段階で集積面積が大きい場合には、対象地区のキーパーソンに協力をお願いしたり、地元説明会を開催したりする。
④次が農地集積、利用権設定に向けた地権者交渉となる。まず関係者への意向調査が実施される。それを踏まえて、地権者交渉となる。利用権の設定期間は基本的に20年としている。地権者交渉は比較的スムーズに進むことが多い。これまで北杜市公社が責任を持って、農地の集積と農業参入企業の誘致を行い、地域の活性化にも一定の成果を実現してきたことで、地権者の中で北杜市公社の事業に対する信頼感が形成されてきたことが、スムーズな交渉の大きな要因となっている。
⑤地権者との利用権の設定が完了すると、農業参入企業との利用権の設定に進む。それと合わせて、企業の営農形態に対応した農地の整備、造成が行われる。貸し付けられる農地の主体は、遊休農地であり、その利用には再整備が必要であるが、再整備は、施設用地やぶどう園地など、参入企業の営農形態に合わせたものとなる。
(4) 相談から営農開始まで
最初の相談から農地を再整備し、営農が開始されるまでの一連の作業は短期間で完了することはできない。北杜市公社では、最初の相談から農地の再整備、造成までにおおむね3年間を費やしている。農業参入を希望する企業は、速やかな営農の開始を希望することが多いが、安定した営農が実現できるよう、充分な話し合いが行われる。営農開始までに長期間を要することもあり、相談を受けた企業のすべてが営農開始までたどり着くわけではない。相談を受けた企業のうち、実際に農業に参入するのは3割程度である。相談に来る企業の中でも、農業参入に対する意識の温度差は大きく、相談の段階で終わってしまうものも少なくない。相談の段階から実際の農業参入に向けた準備の段階に進んだ企業でも、途中で頓挫してしまう場合がある。さらに実際に農業参入した企業でも、早期に撤退してしまうこともある。参入準備の段階以降になると、当該地区で具体的な動きが進んでおり、農業参入の中止、撤退だけで終了させるわけにはいかなくなっている。特に農地の再整備、造成まで進んでいると、具体的な参入企業の営農形態を前提とした整備、造成を行っているので、他の利用への転換は容易でなく、問題は大きくなる。公社は、さまざまな事態に柔軟に対応し、地域に混乱と不信を招かないことが、事業の円滑な実行には必須の課題となる。
この点でも、県、市との密接な連携、情報共有は重要であるが、北杜市公社自身が農地集積、農業参入企業の誘致を進める中で、さまざまな経験を積み重ね、ノウハウを蓄積してきたことが大きい。実際、最初の本格的な誘致であった「村上農園」の場合も、当初は別の企業と話を進めようとしていたが、紆余曲折を経て、最終的に「村上農園」が参入した。
(5) 北杜市農業企業コンソーシアムの設立
農地集積、農業参入企業の誘致を進める上では、事業推進のノウハウとともに、さまざまな事態に対応できる体力(財務基盤)も不可欠である。農地集積後、特に再整備、造成後に、企業が参入を中止したり、撤退したりした場合、次の借り手あるいは利用を早急に確保し、貸し手側への影響を極力抑え、北杜市公社に対する信頼を維持することが大切である。しかし、現実にはすぐに次の借り手が見つかるとは限らず、一時的に北杜市公社が管理しなければならないこともある。また、次に借り手の希望する営農形態によっては、整備をやり直すことが必要となる場合もある。このような場合には、北杜市公社として財政負担が発生する可能性もあるが、北杜市公社ではそのリスク財源を確保した経営を行っている。
農業参入企業の誘致は、農地を集積し、企業に貸し付け、企業が営農を開始すれば、目的が達成したというものではない。農業参入企業が持続的に営農し、地域社会の活性化に貢献するようになることが最終目的である。そのためには、営農開始後の支援も課題となる。北杜市では、農業参入企業が増加してきた中で、2014年に「北杜市農業企業コンソーシアム」が設立された。コンソーシアムには、農業参入企業とともに、北杜市公社、県、市、農協などが参加しており、持続的な経営発展、地域貢献のための企業間、地域との連携が進められている。
北杜市には、北杜市公社の事業により、農業参入企業など新たな農業の担い手が多く生まれている。本節では、その中の3社の事例を紹介する。
(1)ベジ・ワン北杜
ベジ・ワン北杜は、埼玉県にあるガス関連会社「サイサン」が親会社であり、2016年3月に栽培を開始している。栽培品目は、施設によるパプリカの養液栽培で収穫・出荷は、7月中旬から2月上旬にかけて行っている。また、ベジ・ワン北杜には、別法人の姉妹農場が茨城県にあり、そこと連携してパプリカの周年出荷を行っている。北杜市公社への最初の相談は2012年、その後、2014年に契約が成立し、操業は2016年であるので、契約から操業まで4年を費やしていることになる。
ベジ・ワン北杜は、明野地区県営畑地帯総合整備事業の継続の中での整備農業参入であり、2.45ヘクタールの敷地に1.78ヘクタール(栽培面積は1.7ヘクタール)のオランダ式大型ハウスを建設し、太陽光利用による最新鋭の技術が導入されている(写真1、2)。栽培方式は、ロックウール養液栽培で、養液に使用する原水は雨水を使用している。養液は、閉鎖系システムの循環方式が採用されており、廃液は外に出さないようになっている。二酸化炭素発生装置、暖房装置は、ガス関連の親会社の技術が生かされている。
法人の社長は、親会社からの出向であるが、栽培技術を担当する専務は、元農協の営農指導員が就いている。その他に非常勤の役員が1名と社員が4名いる。さらに農作業で約30名のパート従業員を雇用している。現在の生産量は380トンである。目標の数量は達成しているが、製品率はまだ達成できていない。
(2)日通ファーム
親会社は物流業界最大手の日本通運である。北杜市の農場は、日本通運として最初の農業参入である。日本通運の農業参入の狙いは、日通グループとしての新規事業開拓の一環であり、国内の農産物輸送が減少している中で、これまで培ってきた農産物輸送の経験を生かす事業として構想された。
農業参入に当たって、当初は社有地などで土地を探したが、山梨県を通じて、北杜市公社を紹介され、その対応が良かったため、北杜市公社の事業を利用した農業参入となった。北杜市を選定した利用として、参入地区が南アルプス山麓にあり、南アルプスのネームバリューによる付加価値も期待した。
日通ファームは、2017年8月に初出荷を行っているが、北杜市公社への最初の相談は2012年であるので、操業までに5年を費やしている。これは、日通グループとして初めての農業参入であり、慎重に進められたこともある。参入地区は、北杜市内でも旧明野村とは釜無川を挟んだ反対側の南アルプス山麓の旧武川村である。参入地区では、農地の荒廃が進んでいたため、地元からも農地活用に関する要望が出されていた。
現在は、1.5ヘクタールの敷地に1.1ヘクタールの施設が建設されている。将来的には、施設の増設が構想されている。従業員は、親会社からの出向者3名を含めた社員6名とパート従業員26名である。栽培品目は、水耕栽培によるサラダほうれんそう、パクチー、しゅんぎくである。当初の事業計画はサラダほうれんそうで作られた。ほうれんそうを選択した理由は、トマト、レタスなどはすでに他の法人が生産していたこと、ほうれんそうの施設は経験がなくても比較的扱いやすかったことである。操業開始後に取引先バイヤーからの提案でパクチーなどの栽培を始めた(写真3)。
生産物の販売先は、関東の外資系量販店が中心である。この量販店とは、操業前から協議を進めていた。また、北杜市内の別の農業参入法人も、この量販店と取引しており、その法人と生産物の共同輸送を行っている。将来的には、親会社の本業を生かし、他の農業法人を交えた共同輸送システムの構築も考えている。
(3)さくらファーム
さくらファームは、農業参入企業ではなく、市外にある既存の農業法人の北杜市への進出事例である。さくらファームは、2004年に創業した農業生産法人であり、農地を求めて旧明野村に進出した。現在の経営耕地面積は約25ヘクタールで、そのうちの10ヘクタールは北杜市公社からの借入地であり、旧明野村の整備済みの畑地中心に借りている。
さくらファームは、露地野菜作を主体とした農業法人であり、栽培品目はレタスがほぼ7割を占めており、それ以外にはくさい、だいこん、キャベツなどの多品目を栽培している。韮崎市から北杜市にかけて借り入れている畑地は、標高350メートルから1000メートルまでの標高差がある。この標高差を利用し、収穫・出荷期間を拡大している。
さくらファームの従業員は、社員3名を含めて28名である。それに外国人技能実習生を3名受け入れている。出荷は、全量、量販店などの実需者との直接取引である。
北杜市は、中山間地域が大きな部分を占め、畑地の遊休化が大きな問題となっている。基盤整備の遅れた畑地での遊休農地の解消には、基盤整備が必須の課題となるが、それのみでは遊休農地の解消は難しい。農地利用の担い手をいかに確保するのかが、もう一つの重要な課題となる。北杜市公社は、農地利用の担い手を地域外からも呼び込むことに成功した先進事例と位置付けられる。本稿では、新たな担い手として農業参入企業に焦点を当てたが、北杜市公社は決して農業参入企業にのみ頼っているわけではない。北杜市公社では、言うまでもなく、地域内の担い手に対しても農地集積を進めているし、地域外の担い手も、農業参入企業とともに、新規農業参入者や既存の農業経営にも農地を提供している。想定する担い手を広くとらえ、それぞれの条件に応じた農地集積や支援を行っていることが、北杜市公社の取り組みで、まず特筆すべき点である。
新たな担い手の中でも、農業参入企業は大きな比重を占めている。農業の担い手問題が深刻化する中で、農業参入企業に対する期待は大きい。実際、農業参入企業の数は増え続けている。しかし、農業参入企業のすべてが成功しているわけでなく、むしろ、計画通りにいっていない企業の方が多く、撤退した企業も少なくない。農業参入企業の撤退は、地元にも少なからぬ影響を与える。
北杜市は、企業の農業参入では成功事例に位置付けられる。それは、参入企業数が多いというだけでなく、その多くが定着しつつあることである。撤退した企業もないわけではないが、少数である。北杜市の農業参入企業誘致の成功は、北杜市農業公社によるところが大きいが、そこからは地元のコーディネート機関の役割の重要性が示されている。
北杜市公社は、市、県と密接に連携しながら、農業参入を希望する企業にきめ細かく、かつじっくり時間をかけて対応し、円滑に参入し、持続的に営農できるように支援している。その過程では、当然ながら、その企業が本気で農業参入する気があるのか、持続的に営農できるような計画となっているのかを見極めている。もし、参入がうまくいかなかった場合には、北杜市公社の責任で事後処理を行う覚悟があり、そのための原資を確保するために、借り手からは貸し手に支払う借地料に一定額を上乗せした借地料を徴収している。
北杜市公社の事例から指摘できる最も重要なことは、農業参入企業の誘致を進める上では、地域が企業の農業参入をマネージメントする主体的力量を高めることが不可欠であるということである。