種ばれいしょの増殖には、これらの段階を踏むことになるため、その栽培には相当の面積が必要となるとともに、種ばれいしょを生産者が入手するまでに、原原種を作付けしてから2~3年の期間を要する。また、新品種の場合、原原種の増殖対象となる品種を選定・検定するための開発期間も必要となるため、生産現場で実際に作付けされるまでには、さらに長い年月を要する。
注2:例外として、自らの栽培に利用するために種ばれいしょを生産する場合は、検疫の対象とならない。
(2)種ばれいしょの面積
全国のばれいしょの作付面積は平成2年に比べ、26年は32%減少する一方、採種圃場の面積の減少は22%にとどまり、採種圃場の設置面積が作付面積に占める比率は5.3%から6.1%に増加している。これはばれいしょの作付けにおいて、検査を受けた一般圃場用の種ばれいしょの利用が増加し、一般圃場用の種ばれいしょの更新が進んできたためと思われる。
一方、都府県産の採種圃場の設置面積は同期間において53%減と大きく減少しており、種ばれいしょの供給を北海道に依存する傾向が強まっている(図2)。
種ばれいしょの価格について、平成12年からの推移を見ると、原原種の配布価格は上昇しているにもかかわらず、一般圃場用の種ばれいしょの生産者価格がほぼ据え置かれていている。また、食用の生産者価格と比較しても、後で説明するような種ばれいしょ生産に多くの労力がかかることを考慮すると必ずしも高い価格ではない。これは、種ばれいしょが輸送の問題などから地産地消的な流通をしており、販売先が同じ地域の農家であることや、最終的なばれいしょ販売価格の相場があることから、価格を上昇させることが困難であるためと思われる(表1)。
2 種ばれいしょの栽培と生産における課題
(1)種ばれいしょの栽培
北海道におけるばれいしょの一般的な作型は図3の通りである。なお、北海道におけるばれいしょ生産は輪作体系(注3)によるものが一般的であり、種ばれいしょの生産についても同様に行われていることが多い。
注3:例えば、十勝地域ではばれいしょ→小麦→てん菜→豆類、網走地域ではばれいしょ→小麦→てん菜の順で圃場で栽培する作物を変更することによって、収量の低下や病害虫の発生を防ぐ効果がある。
これに加えて種ばれいしょの栽培には、植物防疫所による防疫検査に合格するために、一般的なばれいしょの栽培で行われる作業に加えて別作業が発生する(表2、表3)。
(2)種ばれいしょ生産の課題
このような種ばれいしょ栽培における特徴から、生産は労働集約的であり、機械化の進展による大規模化には限度がある。このため、春先などの繁忙期には北海道で「出面さん」と呼ばれる臨時雇用者を多く雇用する必要があるが、近年の労働力不足により、出面さんの確保が困難になりつつあるとともに、労働コストの上昇にもつながっている。
またウイルス病やジャガイモシストセンチュウをはじめとする病害虫の発生を防ぐため、栽培圃場を選ぶ必要があることから、生産適地は限られており、種ばれいしょ生産者はさまざまな手段を講じて病害虫の侵入を防ぐ努力を行っている。このため、種ばれいしょの圃場は一般圃場がある地域から離れた中山間地帯に位置することも多く、同地域は北海道においても高齢化が進んでおり、担い手問題は深刻な問題である。
しかしながら、適地の確保の難しさに加え栽培技術も必要であることから、その担い手を新規参入者によって確保するのは現実的ではない。今回の調査で訪問した十勝農業協同組合連合会や斜里町農業協同組合での聞き取りにおいても、種ばれいしょ生産の農外からの新規就農はなく、ばれいしょの一般栽培を行っていた農家からの参入が若干あったものの、そのうちいくつかの生産者は、労力や求められる要求水準の割に収入が見合わないなどを理由に種ばれいしょ生産から撤退したと言う。そもそも種ばれいしょ生産者数が毎年減少していることから、種ばれいしょの生産基盤の維持に懸念が生じる事態となっている。
こういった課題を抱える中、十勝農業協同組合連合会では、十勝地域の農業協同組合と一体となって原種圃場や採種圃場への病害虫進入を防ぐために圃場の団地化などを進めている。
また、斜里町農業協同組合では、JAの関連会社により原種や種ばれいしょを直接生産することによって、種ばれいしょの安定供給を下支えする役割を担っている。
3 十勝地域における種ばれいしょ品質確保の取り組み
(1)十勝農業協同組合連合会の紹介
十勝農業協同組合連合会(以下「十勝農協連」という)は昭和23年に十勝地域の農畜産の生産指導事業を主な事業とする地区連合会として設立され、現在は24の農協(平成26事業年度末時点で正組合員戸数6043戸)で構成されている。畑作や畜産に関する広範な事業を行っているが、ばれいしょを含む畑作物の優良種苗の増殖・普及も、主要な事業の1つである。
十勝地域の耕地面積に占めるばれいしょの作付け割合は9%であり、そのうち10%が原種圃場および採種圃場となっている。また十勝地域は、ばれいしょの原種圃場および採種圃場の面積で全国の41%を占め、生産される種ばれいしょの2割が地域外に移出されて使用されている(表4)。1戸当たりの種ばれいしょの平均作付面積は7ヘクタール前後と、同地域におけるばれいしょ作付面積の平均である10ヘクタールに比較すると小規模である。
(2)十勝地域における種ばれいしょの品質確保に対する取り組み
十勝地域では、種ばれいしょ生産における最大の課題を「ウイルス病」(注4)であるとし、そのまん延を防ぐための徹底した対策を実行している。これは昭和40年代にウイルス病の被害が拡大し、ばれいしょ生産において最大4割を超える圃場が被害に遭い、多額の被害を出した経験によるものである。
ウイルス病は、罹病した種ばれいしょを使用することによって容易に発生するとともに、生育段階で病徴を見分けることが難しく、アブラムシを通じて周囲に容易に感染が広まることから、十勝地域では一般圃場を含めた対策を講じている。
注4:代表的なものは、ジャガイモYモザイク病。感染後、えそ症状やれん葉症状を示す。ウイルスは、アブラムシによって伝播する。
ア 原種圃場、採種圃場の団地化
十勝地域には原原種を提供する種苗管理センター十勝農場があることから、十勝農場周辺のばれいしょ病害虫の発生を減らすことを目的として、帯広大正農業協同組合、中札内村農業協同組合、十勝農場および十勝農協連で構成される「十勝農場周辺環境浄化協議会」を設置し、十勝農場周辺に原種圃場、採種圃場を集約するとともに、周辺に残った一般圃場に対してもアブラムシ防除推進のための薬剤代の助成や、種ばれいしょ更新推進のための種ばれいしょ代の助成を実施し、ばれいしょ病害虫の発生を減少させた。
また、十勝農場周辺以外でも、種ばれいしょを生産する圃場を、アブラムシの発生が少なく一般圃場からなるべく隔離させた地域に集約した。
イ 栽培上の工夫
塊茎単位の抜き取りを徹底するとともに、原原種圃場、原種圃場、採種圃場の周辺にえん麦を植え、種ばれいしょへのアブラムシの飛来数を減少させている。
また、アブラムシの飛来数が急増する8月中下旬までに種ばれいしょの茎葉を枯凋させ、生育後半のウイルス病の感染を防ぐようにしている。
さらに、浴光育芽を徹底することにより、ウイルス病の病徴が圃場で同一時期に発現されるよう生育をそろえるようにしている。
ウ 十勝農協連による指導
十勝農協連は、ウイルス病の展示圃場(注5)を設置し、毎年生産者に対してウイルス病判定の共励会を実施する他、後継者などを対象に基礎研修会を行うなどして、判定・栽培技術の向上を図っている。
また、収穫前にウイルス病に罹病することがないよう、原種や域外出荷を行うJAを対象に、茎葉が完全に枯凋しているかの独自検査や、植物防疫所の検査を補完する形での自主検査、生産された原種の次代検定も実施している。
十勝地域での種ばれいしょの圃場の設置については、国や北海道が定めた基準よりさらに厳格な基準を設けている。
注5:ウイルス病を罹病させた株を栽培し、病症を見せるための圃場。
エ シストセンチュウの侵入防止
十勝地域では、平成15年に一般圃場において、ジャガイモシストセンチュウ(注6)が発生した。このため、地域においてジャガイモシストセンチュウ対策本部を設置し、各種対策、特には種ばれいしょ圃場への侵入防止対策を徹底している。
具体的な対策としては、種ばれいしょ圃場だけでなく一般圃場においても、植え付け前土壌検診の徹底を図っている。その他、抵抗性品種の導入を推進するとともに、関係農協と協力し、発生圃場の監視を続け、出入りする車両の洗浄の徹底などを実施している。
注6:ばれいしょの根に寄生し、養分を吸収して収穫量を大幅に減らしてしまう害虫。人体には無害だが、一度発生するとシストとよばれる袋の中の卵が長期間畑で生存し、根絶させることが難しくなる。
4 斜里町農業協同組合における農協関連会社による種ばれいしょ生産の取り組み
(1)斜里町農業協同組合の紹介
斜里町農業協同組合(以下、「JA斜里町」とする)は正組合員248名が加入しており、斜里町を管内とする農協である。
JA斜里町の耕地面積に占めるばれいしょの作付け割合は25%であり、そのうち3%がばれいしょの原種圃場および採種圃場となっている。町内で必要と見込まれる種ばれいしょのうち6割~7割を町外からの導入などに頼る構造となっている(表5)。
(2)有限会社斜里馬鈴しょ原採種ほ農場の概況
JA斜里町においては、種ばれいしょの生産が町内2箇所(その外に提携先として町外1箇所)で行われており、そのうち1箇所は農協の関連会社である有限会社斜里馬鈴しょ原採種ほ農場(以下「農場」という)が直接生産を行っている。JA斜里町としても種ばれいしょの安定的な確保を事業計画の重点課題とし、組織を挙げて取り組んでいる。
農場は、JA斜里町にあった原種増殖の事業部門を平成18年に分離・独立する方法で設立した法人である。農場は一般圃場から離れた山間地にあり、病害虫を防ぎやすい立地となっている。
(3)有限会社斜里馬鈴しょ原採種ほ農場による種ばれいしょ生産の特徴
ア 常勤職員による生産
同農場は、役員3名の他、社員を常時6名雇用し、合計9名で種ばれいしょの生産を直接行うことによって、安定した生産を実現できるような体制となっている。JAの関連会社が直接種ばれいしょの生産を行う利点としては、JA組合員内で人気が出る新品種を、要望通り作りやすいということがあげられる。
イ 大規模な生産
種ばれいしょの生産を主力業務としつつ、9名の常勤の役員・社員以外に10名程度のパートタイマーを雇用することによって、同農場は種ばれいしょ生産としては極めて大規模な70ヘクタールの経営を行うことが可能となっている。これにより、大規模な機械や設備を導入することが可能となっている。
ウ 野菜や緑肥の導入
同農場では、野菜作も導入し、収入の増加による常勤社員やパートタイマーの雇用安定と作付けの多様化による収量の低下や病害虫の発生の防止につなげている。
また、病害虫の侵入の防止を徹底するため、外部からの有機物の持ち込みを抑制し、えん麦を緑肥としてすき込みすることによって地力の維持、増進を図っている。
エ ソイルコンディショニングの導入
農場では、種ばれいしょ生産に当たり、ソイルコンディショニング(注7)を導入している。同技術により、播種と同時に培土を行うことが可能となり、土塊や石礫を事前に除去できることから、下記のような利点があるとされる(表6、図4)。
こういった利点は種ばれいしょ栽培にとって大きな利点であり、JA斜里町は種ばれいしょ生産への同技術の導入効果を高く評価している。
同技術に必要な機械については、一部の機械については補助事業を利用するとともに、大規模な経営が可能な同農場の他、原料用ばれいしょの生産者で構成される利用組合によって所有することによって、導入コストを分散させている。
注7:あらかじめ石・れき・土塊を取り除き、畦立てした上で播種するため、品質の向上と収穫作業の大幅な省力化が期待できる作業体系。
オ 農協が設立したコントラクターの活用
JA斜里町には運送業務を行う関連会社があるが、同社は農作業を受託するコントラクターでもあり、農業の繁忙期に活用することが可能となっている。
まとめ
十勝農協連は過去にウイルス病の大発生という経験をした中で、十勝地域内で話し合いを進め、原種圃場および採種圃場の団地化を進めるとともに、病害虫の侵入、まん延を防ぐため、厳格な基準を設け、栽培技術の向上を進めている。種ばれいしょの生産団地では、清浄化が進み、一般圃場においてもウイルス病の発生が減少し、それがさらに種ばれいしょなどの圃場での病害虫の発生を抑えることになるなど、よい効果をもたらした。このような団地化を進めるに当たっては、生産者の理解と協力が欠かせないものであったと思われる。
JA斜里町では、事業部門を分離・独立する形で関連会社による生産が実現することになったが、法人化したことにより、新たな栽培技術や各種施設を機動的、積極的に行うことが可能となり、結果として大規模な種ばれいしょ生産の継続が可能となっている。
しかし、両組織においては、生産者の高齢化やジャガイモシストセンチュウなどの病害虫のまん延などによる生産適地の減少などにより、これ以上の種ばれいしょ生産の拡大は難しいとの認識であった。このことから、今後の種ばれいしょの安定供給を考える際、既存の圃場面積をいかに維持させるかが最重要課題であると言え、病害虫の未発生地域へのまん延は絶対に避けなければならない。そのためにも、特定の地域・組織だけが防疫対策を講じるのではなく、全ての関係者が一丸となり防疫対策の一層の強化を図ることが何よりも重要である。
最後になりましたが、本原稿の作成に当たりましては、ホクレン農業協同組合連合会、十勝農業協同組合連合会、斜里町農業協同組合の皆さまには格別のご指導を賜りましたこと、厚くお礼申し上げます。
昨年8月の台風で被害に遭われた北海道の被災地の皆さまとそのご家族をはじめ、すべての方々に心よりお見舞い申し上げるとともに、被害の一日も早い復旧と今後の安全をお祈り申し上げます。
参考・引用文献
(1)大波正寿「ばれいしょソイルコンディショニング栽培体系について」でん粉情報 2010年6月号