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調査・報告(野菜情報 2016年6月号)


かんしょに特化した6次産業化~鹿児島県南九州市の株式会社唐芋農場の取り組み~

鹿児島事務所 岸本 真三市

要約

鹿児島県南九州市ちょうにおいて、かんしょに特化した生産を行う株式会社唐芋農場は、6次産業化に向けて平成25年に法人化し、かんしょの生産、加工、販売を行っている。同法人は、新商品の開発・販売に果敢に取り組み、将来的には海外への輸出も視野に入れている。

はじめに

近年、日本の農林水産物・食品の輸出については、マスコミ報道などで目にする機会が増えている。農林水産省の資料によると平成27年の輸出額は昭和30年に統計を取り始めて以来の最高値の7452億円となり、輸出目標「2020年1兆円」の前倒しを目指すとするなど日本から海外への輸出の取り組みが注目を浴びている。

こうした背景の下、日本の各地域には、多くの人にまだまだ知られていない食文化があり、それを広く発信するために農産物の生産から加工、流通販売まで取り組む6次産業化に臨む生産者も増加している。

その知られざる食文化の一つとして、南薩地域(ここでは、枕崎市,指宿市,南さつま市および南九州市のことをいう)の一部では、昔からかんしょを煮詰めて作った蜜(以下「芋蜜」という)をよもぎ餅などに付けて食べる習慣がある。本稿では、その芋蜜に魅せられ、伝統的な製造方法から、添加物を加えない新たな製法によりかんしょ100%で作る野菜シロップである芋蜜を生み出した株式会社唐芋農場の海外への輸出も視野に入れた同法人の6次産業化の取り組みを紹介する。

1.南九州市の農業の概要

南九州市は、鹿児島県薩摩半島の南部に位置しており(図1)、平成19年12月に旧いぶ宿すきぐん頴娃町、旧かわなべぐん知覧町および川辺町の3町が合併し誕生した人口3万7000人の市である。同市は北から南東に山々が連なり、河川が多く、気候は温暖で安定した降水量があり、また、国営かんがい排水事業が昭和45年度から59年度に実施されたこともあり、基幹産業である農業に適した地域である。平成25年度の同市の農作物の生産額は214億円であり、品目別の内訳をみると、知覧茶に代表されるお茶(116億円)が全体の54%を占め、栽培面積・生産量ともに日本一の産地となっている。これに続くのがかんしょであり、でん粉原料用かんしょ、焼酎原料用かんしょ、加工用かんしょ、根菜類のかんしょを合計すると44億円となり全体の20%を占めている(表1)。

2 株式会社唐芋農場の取り組み

(1)法人設立の経緯

株式会社唐芋農場(以下「㈱唐芋農場」という)の代表取締役 別府大和氏(36歳)は、祖父から親子三代にわたって、南九州市で主としてかんしょを生産する耕種農家であった。三代目の別府氏は、24歳の頃に両親の農作業に加わり3人でかんしょの生産に日々励んでいたが、父親が亡くなったことを機に、生産者としての将来を見据え、安定した収入を得るために何かしなければと考え抜いて、6次産業化に取り組むこととし、従業員5名の㈱唐芋農場を平成25年7月19日に設立した。

(2)生産概要(第一次産業)

生産は従業員3名と母親とアルバイト2名で行っており、市内のほ場9ヘクタールでかんしょとキャベツを生産している。種子島にもほ場が3ヘクタールあるが、現在は人手が足りず生産は行っていない。

かんしょの生産については、芋蜜製造のための自社工場での加工用(以下「自社加工用」という)として3.5ヘクタール、仲卸や契約栽培による青果の出荷(以下「青果用」という)として3.2ヘクタール、焼酎原料用2.2ヘクタール、でん粉原料用0.1ヘクタールとなっている(図2)。

キャベツについては、かんしょの裏作として、加工業務用の契約栽培を行っており、かんしょの収穫後に4.5ヘクタールを作付けしている。

これに加えて、自社加工用および青果用かんしょは自社生産では不足するため、近隣の協力生産者(3ヘクタール)からも入手している。

かんしょの品種は、自社加工用は「安納芋」「むらさき芋」「コガネセンガン」および「べにはるか」であり、青果用は「安納芋」、焼酎原料用は「コガネセンガン」、でん粉原料用は「シロユタカ」となっている。

栽培体系について、かんしょは定植のタイミングが4月上旬~6月旬と用途品種を問わず同時期である一方、収穫作業は、自社加工用は芋蜜の製造に用いるため最も長く8月下旬~1月下旬、青果用は9月上旬~11月上旬、焼酎原料用は8月下旬~9月上旬と12月中旬~下旬とに分けて、でん粉原料用は10月上旬と11月下旬に分けて行っている。

また、キャベツは夏まきは9月と10月に定植作業を行い、収穫作業は12月中旬~3月下旬、秋から冬まきは1月と2月に定植作業を行い、収穫作業は5月上旬から6月下旬に行っている(図3)

今後、かんしょの生産については、6次産業化の取り組みに経営をシフトすることを念頭に、焼酎原料用を減らし、自社加工用、青果用を増やしていくことを検討している(写真1)

(3)6次産業化の取り組み

ア 加工(第二次産業)

別府氏は6次産業化を考えた際に、「明確に作りたい商品」があった。それは幼いころから好きで慣れ親しんだ芋蜜であった。

その芋蜜作りを知覧町で代々受け継いで、芋飴、芋蜜作りを行い、名人と有名だった「永野製飴所」の4代目の永野エチさんが、芋蜜作りをやめられたという話があり、別府氏は面識がないにも関わらず、平成23年に飛び込みで、芋蜜作りを学ばせてほしいと、永野さんの門戸を叩いた。永野さんは芋蜜作りを辞めて数年経っていたが、別府氏の情熱に押され、昔ながらの芋蜜作りの伝統製法を別府氏に託した。

その後、別府氏は一部添加物を使っていた製法から、大学の教授や研究機関など数々の協力得て、これまでになかったかんしょ100%で作る無添加の野菜シロップである芋蜜を安定的に作る製法を確立のうえ、製法特許を取得することで、6次産業化に踏み出した。現在、芋蜜の製造は、従業員2名とアルバイト1~2名で8月下旬から翌年4月下旬にかけて行っている。

別府氏は、6次産業化に取り組むに当たり、昔からあった地域の加工品を生かして、商品化するイメージを最初から描けていたことが大きいと言う(写真2)

イ 6次産業化法に基づく認定計画事業

㈱唐芋農場は、6次産業化の取り組みを生かして、農林水産省の事業に参加している。

具体的には、自ら生産したかんしょを用いて、かんしょだけで造る芋蜜を製造・販売することを6次産業化の柱として、平成25年10月31日に「地域特産のさつまいもを利用した芋蜜の新商品の開発・製造及び販売事業」として6次産業化法に基づく総合化事業計画の認定を受けた(表2)。

製造した芋蜜は「あめんどろ」(注)として商品化され、平成25年10月に「2013かごしまの新特産品コンクール(主催鹿児島県鹿児島市および公益社団法人鹿児島県特産品協会で構成される「かごしまの新特産品コンクール実行委員会」)」において、「鹿児島県特産品協会理事長賞」を受賞し、同年11月には「第回鹿児島県新加工食品コンクール(主催:鹿児島県農産物加工推進懇話会)」において、「大賞(鹿児島県知事賞)」を受賞するなど各方面から注目を浴びることとなった。

注:あめんどろとは、南薩地域の方言で芋蜜のことをいう。

ウ 販売(第三次産業)

現在、芋蜜の販売は、ネット販売と店舗による直接販売のほか空港のお土産店などへの卸売りも行っている。

別府氏は、販売ルートを開拓するために金融機関が主催する商談会に出た際に、いかに商品の良さを伝えるか、売ることの難しさを身をもって知った経験が今でも忘れられないと言う。

また、商談会でバイヤーに気に入ってもらい、取引先に置いてもらえても、これまでにない商品であるため、使い方の説明がなければ、自然に売れるというものではなかった。

一方で、かんしょ100%で作る野菜シロップという新しい需要を作る芋蜜は、催事などでパンやヨーグルトやアイスクリームにかけたり、煮物の甘味料などさまざまな用途に使えることを消費者に説明すると反応がよく販売が好調であったことから、「説明すれば売れる商品である」ことを体感した。この経験を踏まえて、芋蜜とその食べ方を広めるためには、専用の店舗による対面での販売が必要不可欠と考え、平成26年8月、都内に対面販売の「あめんどろや本店」を、続けて28年1月にカフェスタイルの「あめんどろや imo caféいもかふぇ」を開店した。開店は、かなりの投資リスクを伴ったが、㈱唐芋農場と芋蜜を首都圏でPRする重要な拠点となっている。

あめんどろや本店は、店長含めて2名で営業(10時~18時、定休日月曜(祝日の場合は翌日)、年末年始休み)、あめんどろやimo caféは現在店長を含めて3名で営業(10時~19時、定休日月曜(祝日の場合は翌日)、年末年始休み)している(写真3)。最近は、マスコミで取り上げられることも多く、売り上げも伸びているという。

また、新たな卸売り先の開拓には、商品の魅力に賛同したビジネスパートナーの存在が大きい。その方は、以前から青果用かんしょの取引において、販売先の紹介など協力してもらっていたが、勤めていた会社を定年後、芋蜜の魅力に惹かれて、現在は㈱唐芋農場の役員として、主に関東方面で販売先や料理人などの開拓に走っており、その存在に支えられていると別府氏は言う。営業の経験の少ない別府氏にとって、自ら販売先を開拓することには限界があり、そこを補ってくれる存在となっており、彼と出会えたことが㈱唐芋農場の強みとなっている。

3 課題と今後の展望について

(1)課題と対応

別府氏はこれまでの自らの経験を踏まえて、生産者が6次産業化に取り組む際には不慣れな加工・販売をサポートしてくれる協力者や長期化する代金回収に備えた資金の余裕が必要不可欠と言う。

6次産業化では、生産者が原料の生産に加えて、加工・製造(第二次産業)、販売(第三次産業)のそれぞれの現場を管理し、適時適切に対応していくことが求められる。生産者が単独で、第二次産業、第三次産業のバランスを保ちながら経営を維持することは難しく、また、一人で対応できることには限界があるため、それぞれの現場を任せられる人材の確保が重要となる。㈱唐芋農場の場合は、協力者のサポートを受けながら第二次産業および第三次産業をより安定化させるよう取り組んでいる(図4)。

未知なる6次産業化に取り組んだ㈱唐芋農場の目下の課題は、商品を年間通して製造・販売するためには、原料のかんしょの調達を安定して確保しなければならないことである。しかし、周年で収穫することは不可能であり、現在は収穫時期の調整や貯蔵施設を持つ近隣の生産者から有料で保管場所を借りながら、どうにか原料を確保し、8月下旬から翌年4月下旬にかけて芋蜜の製造を行っている。今後、周年生産が可能となるよう安定的な原料の確保や貯蔵体制の整備に取り組んでいかなければならない。

加えて、生産者では予想できなかったことが、資金繰りの難しさである。生産者の場合は、農作物の生産から販売までの期間が短く、速やかな代金回収が可能であったが、6次産業化となると、原料生産、加工・製造、販売というプロセスを踏まねばならず、代金回収までの時間が長く、財務面でそれ相応の体力がなければ良い商品が製造できても、経営が安定しない(図5)。

㈱唐芋農場においては、販売方法を直接販売(WEB、店舗)および間接販売(卸売り)と多面的に取り組むことで財務面の安定化を図っている。

これに加えて、平成28年に開店したあめんどろやimo cafeは、別法人として㈱唐芋農場と経営を分けることにより、製造してすぐ店舗に販売となることから速やかな代金回収や経営状況を明確にすることでさらなる財務面の安定化を試みている。

(2)今後の展望

別府氏は6次産業化の最大の魅力について、「人との出会い」と「商品が日本へ、世界へ、広まっていく夢を見れること」の2点を挙げる。

㈱唐芋農場の設立のきっかけの一つとなった収入の安定はまだ途中段階であるものの、生産者では実現しなかったであろう数々の出会いのおかげで、かんしょだけで作る芋蜜を完成することができ、その芋蜜が日本へ、世界へと広がっていく夢を従業員5名やさまざまな協力者とともに見られることが6次産業化に取り組んで最も良かったことと別府氏は語る。

その人との出会いにより、芋蜜は海外への展開に向けて歩み始めている。

「地球に食料を、生命にエネルギーを」という万博で初めて「食」をテーマとしたミラノ国際博覧会が平成27年5月1日から10月31日まで開催されたが、同博覧会の一環でスイーツの世界大会「ワールド トロフィー オブ ペストリー アイスクリーム チョコレート」(以下「世界洋菓子コンテスト」という)が10月24、25日に開催され、日本を含む参加国13カ国で競われた結果、日本チームは優勝を飾った。芋蜜は日本チームの監督を務めたイタリア人のマルコ・パオロ・モリナーリ氏(以下「モリナーリ氏」という)(日本在住)の目に留まり、世界洋菓子コンテストで使用されたのである。

加工品を世界洋菓子コンテストのように海外へ持って行く際には、無添加であることが重要となるが、かんしょ100で作られる芋蜜は味もさることながら、その点においてもモリナーリ氏の要求を満たしていたのである。

このように、日本でもまだまだ知られていない芋蜜が、イタリア人のモリナーリ氏にその魅力を見いだされ、海外への可能性を確かなものにした。

その後、海外からの問合せも増えてきていることから、芋蜜の輸出を視野に入れ、かんしょの生産を焼酎原料用の作付面積を減らして、自社加工用にシフトすることを検討するとともに、国際特許を取得するなど、さらなる飛躍に向けて、チャレンジは続いている。

おわりに

㈱唐芋農場の6次産業化の成功は、商品の魅力が大きいと考えられる。「芋蜜」は昔から南薩地域で愛されていたものであるが、全国的には知られておらず、その地域ならではの食文化が消えかけたところに若き生産者が幼いころに大好きだった味の復活を目指すというストーリー性がある。また無添加で作るという新たな製法を確立したことにより安心・安全という価値が付与されかんしょ100%で作る野菜のシロップとして、さまざまな用途に幅広く使えるという魅力ある。このような魅力のある地域の加工品について、商品化イメージを最初から描けていたことが成功につながっているものと思われる。

さらに、この商品の魅力と別府氏の情熱に引かれて集まった協力者の思いの後押しも大きく影響している。

今回の取材を通して、㈱唐芋農場の成功面だけではなく、6次産業化をめぐる数々の課題への対応についても、同様に各地域で知られていない食文化を6次産業化により広めていくことを検討されている生産者の皆さまの参考になれば幸いである。

最後に、㈱唐芋農場の地域特産のかんしょを利用した6次産業化の取り組みが、南薩地域の活性化につながるとともに、芋蜜が日本のみならず、世界に広がっていくことを期待するお忙しい中、取材にご協力いただいた㈱唐芋農場 代表取締役 別府大和様に、この場を借りてお礼申し上げます。

参考文献

●観光立国実現に向けたアクション・プログラム2015(平成27年6月観光立国推進閣僚会議)

●訪日外国人の消費動向(平成27年10-12月期報告書 国土交通省観光庁)

●6次産業化の進展状況と課題(2014年12月15日alicセミナー資料 株式会社農林中金総合研究所 室屋有宏氏 https://www.alic.go.jp/contact/000111982.pdf)

●唐芋農場ホームページ http://www.karaimo.co.jp/guide.html


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