日本大学生物資源科学部 教授 宮部 和幸
【概要】
多様な担い手に対して農業支援を展開してきたJA香川県のブロッコリー生産経営に対する農作業支援の事例を通して、野菜作経営に対する農業支援のあり方を探る。
農業支援は、苗の定植作業、収穫後の選別・荷造り作業などの農作業支援を一連の連続したシステムとして整備すること、多様な野菜作経営が求めている農作業のみに対して支援を行うこと、すなわち、その支援の強弱もポイントとなる。
農業関連のサイトを見れば、「6次産業化の推進」あるいは「農産物輸出拡大」「力強い農業づくり」など、「拡大」とか「強化」を強調したキーワードがページを飾る。ただし、これらのキーワードも、地域農業を支える担い手があってこそ実現可能なのであり、その根源は、地域における若手からお年寄り、女性や新規就農者などの多様な担い手の育成・確保にあることは言うまでもない。
もちろん、JAや市町村における各種の農業プランでは、認定農業者や60歳未満男子農業従事者、女性、高齢者などを地域農業の担い手として位置づけ、育成・確保に注力してきた。とりわけ2000年以降は、農産物直売所やファーマーズ・マーケットの成長・発展を通して、健康な高齢労働力、活力に満ちた女性労働力、通勤兼業が本業の補完的労働力という「3種の担い手(注1)」に着目してきたJAや市町村も少なくない。
そして今、多くのJAや市町村に求められることは、単にスポットライトを当てるだけではなく、地域農業を支えるこうした多様な担い手をどう支え、かつどのような支援を行うかである。しかも、先の「農協法改正(注2)」によって、地域に存在するJAには、農業部門への絞り込み、農業者の協同組合への純化が要請されてきている。そのような下で、果たしてJAは地域農業を支える多様な担い手に対して、どのような農業支援を行うべきなのか。
本稿では、こうした問題意識を持ちながら、多様な担い手に対して農業支援を展開してきたJA香川県のブロッコリー生産経営(組合員農家)に対する農作業支援の事例を通して、野菜作経営に対する農業支援のあり方を検討する。
なお、農業支援についてはさまざまな種類・事例があるが、そのなかでも農作業支援に注目したい。わが国の野菜生産は、主に農業所得で生計を立てている農家、すなわち主業農家によって担われているが、近年、農業従事者の減少や高齢化の進行によって、65歳以上の従事者が約4割を占めるまでに至っている(注3)。加えて、野菜は機械化が総じて遅れており、収穫、出荷・調整作業に大幅な労働時間を要している。高齢者や女性などの「3種の担い手」には農作業支援こそが重要であると考えられるからである。また、数こそ少ないものの新規就農者では野菜に取り組む割合が高く(注3)、彼らに対する技術的支援を含めた農作業支援が有効でもあると考えられる。
注1:「地域農業の担い手は、女性労働力、健康な高齢労働力、通勤兼業が本業の片手間労働力という3種の担い手労働力が主力である(藤谷築次・京都大学名誉教授)」による。
注2:農業の競争力強化を目指す改正農業協同組合法が平成27年8月28日に成立、28年4月1日から施行される。
注3:65歳以上の従事者が約4割を占めることや、新規就農者のなかで野菜に取り組む割合が高いことは、農林水産省「野菜をめぐる情勢(平成27年11月)」による。
香川県は、平成25年の農業産出額が758億円であり、うち野菜237億円、果実・花木など101億円と、園芸部門が半数近くを占める園芸県である。中でもブロッコリーは、レタスに次ぐ生産規模を誇り、その拡大スピードは他品目に比べて速い。図1に香川県における野菜の主要品目別の作付延べ面積の推移を示している。主力野菜のレタスは、12年1410ヘクタールから25年944ヘクタールに縮小し続ける一方、 ブロッコリーは、12年187ヘクタールから25年885ヘクタールに5倍近くの伸びを示し、トップのレタスを超える勢いにある。
このようなブロッコリーの生産拡大は、JA香川県の販売実績からも確認することができる。JA香川県は、12年に県下市町村にあった43JAが合併した県域JAであり、26年度の組合員数は13万4083名、うち正組合員数は6万7468名、組合員数や貯金残高などその規模においては全国トップクラスにある。販売品取扱高は404億6900万円、うち野菜が188億8500万円となっている。
図2は、合併した13年度からの同JAのブロッコリーの年度別取扱実績などの推移を示したものである。ブロッコリーの販売数量・金額はともに13年度以降、年度によって変動があるものの増加傾向にある。ブロッコリーの作付組合員農家数については23年に1703戸まで増加したが、その後は減少傾向に転じ、26年には1549戸となっている。ただし、ブロッコリーの生産拡大は、作付組合員農家数の増加を伴って展開してきていることはこの図からも十分推察できよう。
次に、表1は、JA香川県の7つの地域別(地区営農センター別)に見たブロッコリー生産状況を示したものである。県西部の三豊地域は県全体に占める割合が最も高く、販売数量・金額では40%を、作付面積、組合員農家数ではそれぞれ35%、30%を占めている。同地域は、県内で初めてブロッコリーが導入され、香川県のブロッコリー生産を常に先導してきた地域でもある。
もともと三豊地域の豊中地区は、温暖な気候条件に恵まれているとはいえ、米以外にこれといった地域を代表する品目がなかったが(昭和40年代前半までは特産品といえばぶどうとハウスきゅうり程度)、昭和40年代後半に入って、地域を代表する新しい品目を育てようという動きが当時のJA(JA豊中)のなかで高まっていった。それも販売を卸売市場に全面委託するような競争力のない品目ではなく、自らが販売計画を立て、安定した収入が見込める特産品づくりを目指して、50年代後半、一人のユニークな営農担当者と組合長が中心となってブロッコリーの導入を図った。
昭和58年に組合員農家わずか2戸でブロッコリー生産がスタート、平成元年にブロッコリー研究会が発足し、10年後の11年には組合員は175人にまで増加した。導入当初は輸入ブロッコリーに押され、拡大は思うように進まなかったが、後述するJAによる手厚い農作業支援と、「JAの農作業支援体制が整って、栽培のみに専念すれば、安定した収入が得られる」という組合員間の口コミも手伝って、ブロッコリーは転作田や水田裏作の主力品目として広まっていく。そして、三豊地域(豊中地区)で始まったブロッコリー産地づくりは、JA香川県の誕生を契機に、県下全域へと普及していったのである。
現在は県内全域で生産されることで、中山間地域から海岸地域にかけての収穫時期のズレを生かした出荷の平準化が進んでいる。また、個別経営においても、夏まき(年内どり、厳寒期どり、春どり)、春まき(トンネル春どり、露地どり)などの多様な作型を組み合わせ、10月から6月にかけての長期出荷を実現している。
ブロッコリーを基幹とする野菜作経営(組合員農家)では、1戸当たり平均作付面積は50アールであるが、レタス、たまねぎ、にんにく、夏ねぎなどの他品目との複合経営も少なくない。図3は三豊地域における作付面積別の組合員農家数割合を示したものである。「25アール未満」が38%、「25~50アール未満」が23%で、50アール未満の小規模な経営が全体の6割を占めているものの、「1ヘクタール以上」の比較的大規模な経営も17%を数える。
図4は、経営主の年齢別にみたブロッコリーの作付組合員農家数割合を示したものであるが、「70歳以上」の高齢者が主となる経営(組合員農家)が42%、「60~70歳未満」が32%で、60歳以上の高齢者専従経営が全体の74%を占めている。このように、香川県のブロッコリー生産は、高齢労働力に依存した多数の野菜作経営によって担われている。また、その経営のほとんどが、50アール未満の小規模な家族経営であり、多くの女性労働力がブロッコリー生産に関わっている。
JA香川県では、ブロッコリー生産がどうしてこれ程までに拡大したのか。それは、JAによる高齢者をはじめとした多様なタイプの野菜作経営(組合員農家)に対する定植作業支援、出荷調整作業支援など農作業支援の取り組みにある。表2に、現在のJA香川県が取り組んでいる農作業支援実績を示す。その支援は、大きくフィールド支援と出荷調整支援に分類される。
フィールド支援とは、組合員農家のほ場での堆肥・肥料散布、整地・畦立て、定植、収穫などの作業支援を指しており、ブロッコリーの場合、もっぱら定植作業支援を中心に行われている。県全体の定植作業支援実績で287ヘクタール、これはブロッコリー作付面積の4割近くを占め、なかでも三豊地域では138ヘクタールに上り、同地域のブロッコリー作付面積の5割を超えている。
しかも特筆すべきことは、この定植作業支援は、単なるほ場での定植作業労務の供給にとどまらないことである。JAは取引先(卸売市場関係者)と交渉し、あらかじめブロッコリーの年間販売方針(出荷量と価格)を決め、それに沿って品種(平成27年度は12品種)ごとに作付面積、出荷量、定植日を示した「ブロッコリー販売計画」を作成し、組合員農家に配布する。組合員農家は、その「計画」を見ながら、ブロッコリー苗を注文する。JAは、組合員農家が提出した苗注文を集計し、産地としての計画的な出荷・販売を可能とするよう調整を図り、苗の生産に取りかかる。苗は全量、JA香川県の広域育苗センターで生産され、組合員農家に供給されるシステムとなっている。
また、これは単に苗という財の生産・供給だけではない。JAの販売計画に基づく戦略を伴った苗であり、同時に育苗過程では、技術的格差が生じやすい高齢者や新規就農者(その多くは定年退職後の就農者)などの組合員農家に対する技術的支援が付加されている。そして、JAでは移植機によって苗の植え付け作業、定植作業を行うのである。つまり、育苗作業支援と定植作業支援が密接に連携しているのである。
JA職員1人の定植機による植え付け作業は、10アール当たり50分程度、料金は10アール1万円、夏の暑い時期での定植作業であるため引き合いが多く、8月から9月の定植期間は職員(臨時職員)が休みなく組合員農家のほ場をかけずり廻る。
次に出荷調整支援とは、選別・荷造りの作業支援であり、それまで組合員農家の「夜なべ仕事」となっていたブロッコリーの選別・包装などの農作業支援である(写真1)。
JA香川県は、各地域にあった既存の集出荷施設を再整備し、組合員農家がブロッコリーを収穫後、コンテナ容器(軽量ケース)のまま集出荷場に持ち込めば、後はJAが選別・箱詰め、氷詰めまで一連の作業を行うシステムを整備した。1ケース当たりの料金は90円、10アール当たり180ケースの出荷量であるので1万6200円、平均面積50アールであれば、8万1千円となる。通常、10アール当たりの労働時間は、個人選別の場合150時間ほどかかるが、この出荷調整作業支援を利用した場合には平均100時間に軽減される。
26年度の出荷調整支援実績は、県全体では4388トン、それはJA総取扱量の56%を占めるが、三豊地域については2968トン、それは同地域取扱量の98%に達している。つまり、三豊地域のほとんどの組合員農家は出荷調整支援を利用しており、図5は、こうした三豊地域での月別にみたブロッコリーの出荷調整支援実績を示したものである。
また、こうしたJA香川県による出荷調整作業支援は、組合員農家の労働力負担の軽減ばかりか、産地としての品質の高位平準化を可能にし、特に「氷詰め出荷」という新しい方式の導入・普及と密接に関連していることに注目しなければならない。
香川県産ブロッコリーの出荷・販売の特徴である「氷詰め出荷」は、JA香川県が独自に試行錯誤を重ねて開発したもので、氷が溶けた水分でブロッコリーが傷まないように高分子吸水シートを敷くという手の込んだものである。
最近では、「葉付き」のブロッコリーをセールスポイントにしている産地も珍しくないが、香川県産ブロッコリーは葉のみずみずしさを鮮度の物差しにしており、消費者の好評を得ているという。この「氷詰め出荷」は、ブロッコリーの日持ち、食感が好評価で、市場関係者にとっても扱いやすいことから、販売を順調に伸ばす要因となっているのである(写真2)。
ブロッコリー生産農家1戸当たりの作付面積は50アール程度にすぎないが、多数の零細・小規模な高齢者や女性が主体の野菜作経営を、こうしたJAの定植作業支援、出荷調整作業支援が支えているのである。
しかも近年は、1ヘクタール以上を超える比較的規模の大きな企業的野菜作経営がブロッコリーの生産を拡大してきている。ブロッコリーは野菜価格安定事業(特定野菜)の対象品目であり、大きく値崩れせず、安定して販売できる上、JAの農作業支援を利用すれば、作業の省力化も可能となり、自らの経営の発展・合理化につながるからである。
このようにJA香川県の農作業支援は順調に推移してきた。これまでに取り組まれてきた高齢者や女性などの多様な野菜作経営(組合員農家)に対する農業支援の事例から、着目すべき点を整理すると、次の諸点を指摘することができる。
第1は、野菜作経営間で品質の格差が生じにくい品目を選択したことであり、さらに品質格差を生じないよう品質の高位平準化をもたらす農業支援を行ったことである。ブロッコリーは、総じて品質格差を生じにくいということが、高齢者や女性そして新規就農者に適した品目選択の大きなポイントとなっている。
また、育苗作業や選別・荷造り作業のような農作業支援は、技術的支援の要素も強い。こうした支援を通して、技術水準を底上げするとともに、高位平準化を図ることも可能になるといえよう。
第2は、苗の供給だけでなく、苗の定植作業、収穫後の選別・荷造り作業などの農作業支援を一連の連続したシステムとして捉えて整備していることである。このことは、高齢者や女性が安心してブロッコリー生産に取り組むインセンティブにもつながっている。すなわち、動機づけを助長する農業支援が重要であるとともに、それをもたらすためには、部分的、単発的な支援ではなく、総合的、連続的な支援がポイントになるということである。もっとも、それはすべての農作業を支援するという意味ではない。
第3は、高齢者や女性が求めていることのみを支援するという、いわば支援の強弱が重要なことである。言い換えれば、高齢者や女性が自助努力で出来る部分とそうでない部分とを鮮明にすることであり、ブロッコリー生産に関する作業を分析し、作業支援部分を明確にしたことだ。高齢者や女性がブロッコリーの生産にあたって直面していた現実の問題は、夏の暑い時期での定植作業であり、収穫後の夜なべ仕事となっていた選別・包装作業であった。JAはこれらの悩みに対して、農作業支援という形で解消したのである。
ただし、JAの農業支援をめぐっては、解決しなければならない課題もある。たとえば、作業支援を担う営農担当者(臨時職員)にかなりの負担を強いている面がみられる。特に定植作業においては、特定時期(夏期)に集中することから、計画的・効率的な作業支援が難しく、そのための臨時職員の確保も含めて農業支援体制の整備の困難性も伴っていることである。また、農業支援に関する事業収支問題も指摘される。組合員農家の経営安定から、その料金も現在比較的低く抑えている状況にある。したがって、農業支援の事業収支は、他の農協の事業部門の収益に依存しており、適正な事業量確保と収支問題は、今後に残された課題となっている。
最後に、JAとしてこうした農業支援をどのように進めるべきなのか、JA香川県の取り組みから示唆されることを整理しておこう。
第1は、農業支援の起点に、ブロッコリーのマーケティング戦略が据えられていることである。販売先があって、生産計画がある。プロダクトアウトからマーケットインの発想である。
どのような品種を生産すべきかをJAが作成し、それに従って、JAが育苗作業、定植作業、そして選別・荷造り作業を支援する。すなわち、マーケティングと農業支援が一体となったビジネスモデルを確立しているともいえる。
第2は、組合員農家に対して、ブロッコリーを生産するとおおよそどの程度の手取りが確保できるかを明確に示し、動機づけを図っていることである。動機づけで大切なことは、営農類型(作業歴や作型)を提示することだけではない。高齢者や女性、新規就農者が取り組みやすく、次の一歩を踏み出しやすい営農類型とともに、「メニュー」をいかに提示することができるかが鍵になる。JA香川県の場合、そのメニューが定植作業や出荷調整作業などの多様な農業支援であった。
新品目の導入・普及にあたっては、新規品目・品種の作型、営農類型をビジュアルに提示したプランをしばしば見かける。しかし、それは「この品目・品種を導入すれば、このような農業支援のメニューが用意され、このような売り方をして、これ程の手取りを確保できる」と、営農担当者が具体的にプレゼンテーションできうるプランでなければならない。
第3は、営農担当者のコーディネート機能の発揮である。確かにこうした農業支援というメニューや、そのための体制づくりも重要ではあるが、やはり組合員農家をリードするJAの営農担当者がいたからこそ、香川県がここまでのブロッコリー生産の拡大が進んだといえよう。
さらに、ここで留意しておかなければならないことは、ブロッコリーの導入にあたって、当時(JA豊中)の営農担当者に先進地域(海外を含む)を視察させるなど、焦らずじっくりと取り組みを進めさせた当時の組合長などトップの姿勢である。変化のスピードが速く、たちまち結果が求められる傾向が強まる今日、逆に計画的に時間をかけてステップを踏んでいくという対応こそが、今一番求められていることなのかもしれない。
第4は、農業支援をめぐる組合員農家と職員(営農担当者)との関係は、営農部門だけで完結しているわけではない。共済・信用事業、購買部門などその他の部門とのつながりを通して、常日頃から組合員農家の生活全般を熟知しているJA職員ならではの農業支援を行うことが可能となる。つまり、単なる農業支援だけでは多様な担い手の育成・確保は不可能なのである。それは組合員農家の生活・暮らしを含めたトータルな農業支援でなければならないことを意味している。
それに関連して第5は、JAの農業支援は、営農事業活動の独立採算で実現できるのではないということである。すなわち、信用・共済事業をはじめJAが総合事業であるからこそ、こうした農作業支援が成立・展開されているといえる。もし、農業に純化されたJAであれば農業支援対象者が、特定少数の組合員(具体的には、供給側が求める適正なサービス料を支払うことができる組合員)に限定され、ごく少数の組合員への農業支援にとどまる可能性が高い。もはや地域農業は特定少数の担い手のみで維持・存続できる状況ではなく、地域に存在するJAの農業支援は、多数で、かつ高齢者をはじめとした多様な担い手の育成・確保に資するものでなければならない。最後にこの点を強調しておきたい。
謝辞 JA香川県(本店・営農部・三豊地区営農センター・豊中支店等)からは資料・データなどをいただくとともに詳細な点についてご指導いただいた。改めてお礼申し上げたい。