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調査・報告(野菜情報 2016年2月号)


新規就農者の確保による野菜産地の活性化
~南郷トマト生産組合における担い手確保の取り組み~

東北大学大学院 農学研究科教授 盛田清秀


【概要】

 南郷トマト生産組合の立地する南会津地域は、交通立地からみて決して近郊産地とは言えず、また有数の豪雪地帯であり冬季の営農は極めて困難な地域である。そうした地域にありながら、多雪という条件をスキー場に来る若者が就農する契機として生かし、現在は全生産者の2割をIターン就農者が占めるまでとなっている。

1 はじめに

 農業の担い手(確保・育成)問題は、高齢化が一貫して続く日本農業が解決すべき中心的課題の一つである。平成27年11月に2015年農林業センサス(以下「センサス」という)の結果概要が公表されたが、それによると全国の農業就業人口は209万人、うち65歳以上の高齢者が133万人で63%を占めている(表1)。7年と比較すると農業就業人口は50%の減少、65歳以上の高齢者の占める割合は、43.5%から63.4%と約20%上昇し、急速な農業就業人口の減少と高齢者割合の上昇が顕著である。なお「農業就業人口」とは、自営農業に従事した農家世帯員のうち、自営農業のみ従事、もしくは自営農業従事が主である者のことをいう。従って、家事や学業が中心であるとか、何らかの仕事をリタイアした世帯員も含まれる。いずれにしても、農業従事者の減少と高齢化は依然として顕著に進行している。

 また、農業経営という観点から、販売農家数および主業農家数の推移をみておこう。主業農家というのは農家所得のうち農業からの所得が半分以上で、かつ年間60日以上自営農業に従事する65歳未満の世帯員がいる農家のことである。27年の販売農家が133万戸、主業農家が29万戸で、主業農家が占める割合が22%であった(表2)。7年はそれぞれ265万戸、68万戸、26%であったので、20年間の販売農家の減少率は農業就業人口の場合と同じマイナス50%である。なお、主業農家はマイナス57%と減少率が大きい。

 ところで、農業の担い手という場合、以上のように農業従事者数をいう場合と、農業経営の数を問題にする場合がある。厳密にいえば、この両者の意味合いはかなり異なる。ペティ=クラークの法則でいうように、農業を含む第1次産業就業者割合が低下するのは国民経済の成長に伴う現象で、その関連指標である農業就業人口の減少はいわば「必然的傾向」とみてよい。また、それは(労働)生産性上昇の結果という場合もある。もっとも、わが国の場合は、農業生産そのものの縮小が大きく作用しているといえる。

 そうだとすれば、農業就業人口の減少それ自体、その程度にもよるが、必ずしも大きな問題ではないかもしれない。もしそれが問題になるとすれば、農業という産業が必要としている労働力が確保できない場合であろう。それは実際のところどうなのか。大規模野菜作経営や野菜の大産地では確かに労働力不足が言われており、外国人研修生が重要な役割を果たしていることは周知である。この問題は、当該経営や当該産地では重要課題で、きちんとした対処が求められている。しかし、単なる労働力確保が日本農業全体の重要課題かというと、それは少し違う、と筆者は考える。では何が問題かというと、農業を経営していく担い手という意味での人=人材の確保が問題ではないか、と思う。農業の担い手確保という場合、経営する主体としての担い手確保が、新規参入を含めて課題となっているといってよい。

 そういう視点から言えば、販売農家などの経営減少が、零細性を特徴とする日本農業の構造問題解決に資するような形で起きればよいが、果たしてそうなっているのか、ということが問題である。あまりこの問題を論じると、本題に入れなくなるのでこのあたりで議論を終えるが、要は、新規就農者に期待されるのは、単に労働力の確保という側面ではなく(労働力供給源という面でも評価してよいとは思うが)、それ以上に、農業の経営主体としての担い手確保の面で期待されるからである。なお、最新の新規就農者調査(27年9月公表)結果によれば、26年の新規参入者数は3660人であり、22年までの2000人以下から増加傾向にある。26年の数値そのものは、同年に新規参入者の定義が変わったので注意を要するが、3000人台へと増えてきているのは日本農業にとっての若干の光明である。青年就農給付金などの政策支援もおそらく貢献していると思うが、今後も推移を注意深く観察していく必要があろう。

 福島県のJA会津みなみの組合員組織である南郷トマト生産組合は、長年にわたり、農業に縁のなかった若者に参入の機会と支援を用意し、彼・彼女らが生産者として根付き、経営を学び、産地の市場プレゼンスを維持、発展することに貢献する担い手として成長するような取り組みを重ねてきている。現在は全生産者の2割をIターン就農者が占めるまでとなっている。本稿は、そうした取り組みの一端を紹介するものである。

2 地域の概況

 南郷トマト生産組合(以下「トマト組合」という)はJA会津みなみの組合員組織で、JA会津みなみは南会津町、只見町、下郷町、桧枝岐村の福島県西に位置する4町村(計2341平方キロメートル)を管内としている(図1)。同地域は標高350~900メートルに分布し、有数の豪雪地帯でもある。時間距離からみると首都圏から遠隔の地にあるといってよい。JA会津みなみは、組合員数8293人(27年2月末、法人を含む、うち正組合員4752人)、販売取扱高22億円、購買取扱高29億4000万円、職員数が207人(臨時職員を含む)の中堅農協である。販売品目ではトマトが首位の8億1000万円(36.7%)、次いで米7億5000万円(34.1%)、花き2億2000万円(9.8%)と、この3品目で8割を超えている。有数の豪雪地帯であることは、雪によるハウス被害や交通途絶などの不利な面もあるが、連作障害の抑制に効果があると現地ではみられていること、スキー場での冬季の兼業機会があるというプラスの側面もある。特にスキー場については、後述するように、新規就農者が就農するきっかけとして大きな役割を果たしている。

3 南郷トマト生産組合の結成とこれまで

 トマト組合は、JA会津みなみの組合員組織として生産者部会と並ぶ位置付けを与えられているが、独立した組織体制と規約をもっている。

 トマト組合の構成員は現在123名で、JA会津みなみ管内に10支部が置かれている。トマトの栽培開始は昭和37年にさかのぼり、「10年は続けよう」を合言葉に、旧南郷村のトマト研究部が14名、50アールのトマトを栽培したのが始まりで、すでに50年余りの歴史を有する産地である。その後41年には29名で南郷トマト栽培組合が結成され、49年に現在のトマト組合になった。図2の組合員数、栽培面積、生産量の推移が示すように、49年から53年にかけて飛躍的なトマト組合の発展がみられる。この時期は48年のオイルショックなど経済社会の大変動が起きた時期であるが、トマトの単価も堅調で、栽培農家と生産量が大きく増加し、それに対応して50年には選果場が建設され、生産拡大に対応して産地としての体制が整えられた時期でもある。

 この間、最初は露地栽培であったものが54年頃には雨除け栽培が普及し、62年頃には品種が桃太郎系に更新され、パイプハウス栽培への全面的転換が生産組合主導で進められた。この品種切り替えとパイプハウス栽培への転換は、トマト組合50年記念誌によるとなかなか大変な苦労があったようである。その他にも組合設立以降、農地基盤整備事業による生産効率の改善、かん排水施設の整備が行われるなど多くの取り組みがなされた。さらに平成15年には雪室予冷庫や光センサー、自動箱詰機を備えた大規模選果場を新たに建設し、出荷体制のさらなる整備によって産地評価を高めてきている。18年には「南郷トマト」の地域団体商標登録が認定され、ブランド形成とブランド価値維持に向けた取り組みも行われている。

 なお、トマト組合内には若手を中心に「トマト研究部」が組織され、新規の農薬、肥料、生産資材の使用試験、展示ほの提供、研修活動を行っている。近年では専用の有機肥料の施用、マルハナバチ用のネット張りと完全回収、防虫ネット導入、あぜシートによる農薬低減などに取り組んでいる。この研究部には、新規就農者は全員所属することとなっている。

4 JA会津みなみとの連携

 トマト組合では、生産したトマト全量をJA会津みなみを通じて販売しており、集荷と選果についてはJA施設である共同選果場を利用している(写真1)。販売先は市場出荷が主体で、福島県内1市場、東京7市場、大阪1市場であるが、26年実績では東京が88.5%、大阪8.5%、県内3.0%と大半が東京向けに出荷されている。このほかJAが運営する直売所や宅配、インターネットでの販売も若干ある。持ち込まれたトマトの選果と出荷・販売、売上管理・精算に関してはJAが担当し、生産に関わる部分はトマト組合が担当するという連携がとられている。

 なお、トマト組合ではトマト苗の生産も行っており、苗生産に関わる栽培管理もトマト組合の責任であるが、は種と生産された苗の農家への配布はJAが担当するなど必要に応じた連携体制を組んでいる。トマト組合はJAの単なる部会でないことはもちろんであるが、JAとの役割分担と連携は明確で、相互の信頼に基づき産地展開を遂げてきたといえる。

5 トマトの生産と出荷

 トマト栽培の流れであるが、は種は4月10日頃で、3日後にトマト組合が管理する育苗ハウスに移され、4月下旬から5月初めにかけて生産者に苗が届けられる。4月下旬から各生産者がその苗に接ぎ木を行い、5月下旬から順次定植が行われる。トマトの収穫は7月中旬から始まり10月末まで続く。出荷のピークは8月中旬から9月上旬にかけてと、9月下旬から10月上旬にかけてである(図3、写真2)。

 近年では9月以降の単価が高いので、遅い時期まで出荷を続けることが収益性に大きな違いをもたらすようである。なお、自家で行う接ぎ木のほか、接ぎ木苗を希望する生産者に対しては県外企業に委託して生産した苗を供給しており、半数ほどの生産者は接ぎ木苗を購入しているとのことである。接ぎ木苗は単価が2倍以上するので、10アール当たりでは14万円ほどコストアップとなるが、接ぎ木を自家で行えない生産者が利用するようである。

 トマトの生産に関しては、GAP(農業生産工程管理)を導入するとともに、トレーサビリティにも取り組んでいる。また、全生産者がエコファーマー認定を受け、環境にやさしい栽培を実践している。このほか、全組合員の土壌分析など営農活動面でのさまざまな取り組みについて取り上げるべきことも多いが、今回の報告では割愛する。しかし、図4が示すように、単収は10アール当たり10トン近く(規格品のみ)と全国(注)や県の平均を大きく超える水準を達成し、かつ価格も1200円(1箱4キログラム段ボール1箱当たり)と県内他産地を若干上回っていることは産地としての技術力、販売力を示すものである。

 なお、福島県に立地している産地なので、23年の東日本大震災に伴う東京電力福島第1原子力発電所事故に起因する風評被害を受けている。ほとんど影響ないほど距離が離れていたのであるが、消費者サイドでは不安を感じる向きもあった。そのため、放射能検査には十分に力を注ぎ、事故後は毎年、福島県の行うモニタリング検査に加え、自主検査を実施している。24年からは、トマト作付け前に144カ所の土壌と用水35水系すべてにおいて放射性物質の自主検査を行い、安全確認のうえ定植に取りかかっている。また、JAが独自に導入した検査機器で毎週、全生産者のトマト検査を行い、安全を確認して出荷するとともに、産地情報誌での公表、QRコードでの検査結果提供などを行っている。

 このほか、6次産業化に関連した取り組みとして、規格外トマトを利用した南郷トマトジュースの製造(写真3)、および子会社である只見特産株式会社(平成26年度売上高3億3600万円、JA会津みなみ出資額3600万円、株式保有割合51.3%、昭和48年設立)による南郷トマトドレッシング、南郷トマト酢などの製造・直売などの取り組みも行われている。
最近のトピックとしては、26年12月から27年2月にかけて大雪に見舞われ、パイプハウスが雪に埋もれ、被害が憂慮されたため、JA職員、関係団体のボランティアによる雪かきを行うなどの支援が行われた(写真4)。

注:トマトの10アール当たりの単収の全国平均は、6110キログラム(平成26年産野菜生産出荷統計)。

6 新規就農者確保の実績

 トマト生産組合で特筆すべきは、新規参入者を確保して産地体制を維持してきたことである。図2でみたように、栽培面積や生産量はこの35年ほど大きな変化がなく、栽培面積はほぼ30ヘクタール、生産量は2500~3000トンを維持してきた。しかし、詳細にみると組合員数は昭和54年の223戸をピークに平成12年までほぼ一貫して減少している。図4が示すように、1戸当たりの栽培面積の拡大によって産地として栽培面積と生産量を維持してきたのが実状である。特に、10年前後に組合員数が大幅に減少し(8年152戸が12年121戸)、1戸当たりの栽培面積拡大ではカバーしきれず、栽培面積、生産量ともに減少し、生産量は2500トンを下回ってしまった。

 こうした生産者の減少は、当然にも産地体制の弱体化、市場における存在感の低下につながる。このため、新規栽培者の確保、育成に真剣に取り組むようになる。最近の実績としては、新規栽培者が26年4戸、27年9戸と確保され、主に高齢によるリタイアをカバーするだけの生産者が確保されている。そのうち、県外および県内他市町村からの新規就農者(以下「Iターン」という)は、26年が1戸、27年4戸である。ここではIターンに注目してこれまでの実績を紹介する。なお、27年のIターン以外の5戸のうち3戸はJA管内町村の非農家出身であり、新規就農者であることに何ら変わりはないが、以下の記述では、資料の整っているIターンについてのみの紹介とする。

 また、ここで「人」ではなく「戸」という単位を用いているが、トマト組合では新規就農の場合、パートナーがいることを受け入れの条件にしている。当初は単身でも受け入れたのであるが、パートナーとともに就農することで定着率が高まることから、そういう条件を加えたのである。南九州のピーマン産地でも家族での就農という条件を付けているところがあるが、事情は同じである。

 Iターンのこれまでの推移を整理したものが表3である。最初のIターンは3年であった。それ以降、27年までに31戸がIターン就農している。時間が経過しているので当たり前なのだが、合計で8戸の離農は比較的初期の就農者に多い。高齢でのリタイアなどの2戸を別とすれば、離婚を契機とする離農が2戸、何らかの不満やトラブルが生じたためというのが4戸である。最初は単身での就農を認めていたことが初期の就農者に離農が多い理由の一つと思われ、そうであるからこそ現在ではパートナー確保が就農支援・受入れの条件とされているのである。

 またもう一つの特徴は、表記していないが、管内のスキー場がIターン確保に大いに関係していることである。17年以降のIターン18戸のうち、スキー・スキー場での交流を通じての就農が14戸にも達する。スキーに来た折、あるいはスキー場でアルバイトで働いている間にトマト生産者と何らかのコンタクトをもち、夏場にトマト栽培のアルバイトをするなどの機会を通じて農業に対する関心を深め、就農に至るケースが近年、際立って多い。

 Iターン者の属性をもう少し見ておくと、就農時の年齢は20代2名、30代17名、40代6名、50代1名、60代2名、不明3名と30~40歳代に集中している。ある程度社会経験を積んだうえでの就農選択であり、かつパートナー確保が条件であることがこうした年齢的特徴の背景にあるのだろう。なお、出身地は県外18戸、県内7戸、不明6戸と県外が多数を占めている。

 ところでIターン希望者について、生産したトマトを独自に販売したいという考えを持っている場合は、他の地域での就農を勧めている。トマト組合に加入して、出荷・販売を共同で取り組むことに意欲ある就農希望者の確保が課題だからである。

7 就農支援体制

 前述のように、トマト組合に参加して農業を始める意思を固め、パートナーのいる(もしくは予定されている)就農希望者は、トマト組合に受入申請を行うこととなる。組合では審査のうえ承認すると、トマト組合が依頼した生産者の指導のもと1年以上の研修を課している。それにより技術習得と農村生活の心構えを固めてもらうのである。

 その支援対応は以下のように手厚いものがある。まず、就農予定時の年齢が45歳未満であれば国の青年就農給付金の対象となるので、経営開始後を含めて最大7年間の給付が得られる(最高で年額150万円)。しかし、年齢要件を満たさない場合でも、50歳未満であれば研修期間中(6カ月~16カ月)は南会津町単独事業(新規就農者支援事業)により月額で最大15万円が給付され、かつJA臨時職員として雇用される。また就農後も同じ町単独事業で最長3年間は年額70万円を上限とする給付がある。さらに、就農時には県と町の単独事業として「産地生産力強化総合事業」によるかん水設備のあるパイプハウス設置に対して、事業費の7割補助が行われる(県費4割、町費3割)。たとえば、8棟・20アール程度のハウス設置費用が900万円程度とすれば、自己負担は270万円で足りる。これに加え、新規就農者だけを対象とした事業ではないが、機械・資材費(消耗品を除く)について認定農業者であれば事業費の8割、上限160万円(前記の給付金受給者は上限80万円)の助成、種苗費の3分の2補助(初年度のみ)、ビニール資材や客土に対する助成などもある。またトラクターなど農業機械に関しては、JAやトマト組合所有機械のレンタル利用も行われている。

 さらに、新規就農時には住宅確保が重要であるが、行政やトマト組合の仲介によってなるべくほ場に近い地区で借家(有償)が提供される。また最近では新規に建設された町営住宅(1棟2世帯分)への入居も可能となっている。
また、技術指導体制も充実しており、JAやトマト組合指導班による重点指導体制が敷かれ、2年間は新規栽培者を対象とした集団指導会の実施、週2回の巡回指導が行われる。また、こうした指導に加え、前述のように研修開始とともに自動的に研究部メンバーとなり、技術向上や他の若手生産者との交流が図られる。この研究部の年会費や研修費用は技術指導受け入れ農家が負担することとなっている。
以上のような受入・支援体制が構築されているが、自治体ごとの就農資金支援体制の違い、住居や良質な栽培ほ場の確保に課題が残されているとのことである。

8 新規就農者の紹介

(1)小山貴広さん(42歳)

 小山さん(写真5)は、栃木県出身、平成15年に就農し、現在は夫婦でハウス16棟、25アールのトマトを栽培している。トマトは10月いっぱいで終わるので、冬季はスキー場で働くほか、米の籾摺り手伝いなどもしている。28年はハウスを6棟増やして30アールに拡大するつもりである。自己負担は3割ですむ。隣人が就農時の研修先で、その方の農地を借りることができたので幸運だったという。今後拡大する場合も農地は借りて拡大していけば良いと考えている。

 理想としてはトマト栽培だけで貯金できるようになることである。今までは2人のお子さんが小さくて妻が育児に手いっぱいで、パートの助けを得て小山さん一人で栽培していたのが、お子さんが保育園に入ることになり、夫婦2人で取り組める見通しがついて、拡大することにした。労働力が1人だと25アールがほぼ限界で、無理すれば30アールまでは何とかなるかもしれないが、それ以上だと収量が落ちるだろうという。単収は10アール当たり10トンと、他の生産者に引けを取らない水準である。マニュアルが整備されているのと、技術に関してはノートをつけて自分でも整理している。トマト栽培は樹体を観察することが大切だという。

 30歳ころまでプロのスノーボーダーとして世界を転戦していた。妻もスノーボーダーだった。当地のスキー場に来て、若手の生産者と知り合いになったことが就農のきっかけである。スノーボードをやっていたので会社勤務は考えなかった。調理師免許も持っているが、農業の方が面白そうで、トマトだと輸入品との競合はなさそうだし、この地域は若手生産者が多いので入りやすかった。都市よりは地方の方がよかったし、妻も自然についてきてくれた。25年には自宅も新築し、永住することを決めたことでそれで周囲の見る目も変わった。
最近、水田の耕作を頼まれたりするが、自分から進んでやろうという気はない。ただし、地域として何とかしなければならないと思うし、ほ場がまとまっていればやっても良いとは思う。自分の子供達にも農業は一つの選択肢と考えている。

(2)中島功泰さん(32歳)

 中島さん(写真6)は、茨城県出身で平成24年に就農し、研修を終えて27年から夫婦で8.5棟、20アールを栽培している。冬季はやはりスキー場で働いている。現在、Iターン者支援のために南会津町が建てた市営住宅に入居している。単収10トンを目指しており、27年はまだ結果が出ていないが8割ないし9割は達成したように思う。一部に病気が出たり、ハウス内に水がたまったり、風が強いところではトマトが落ちたりといろいろなことが起きた。

 技術指導などで指導員が毎週来てくれるのがありがたい。また、研修受入先だった三瓶トマト組合長がたびたび寄ってくれてわからないことを教えてもらえる。その他、先輩の生産者が週に何人も顔を出してくれる。

 青年就農給付金を受給している。これがあるので何とか生活費をまかなえる。今後の目標は収量アップと品質を上げること。研究部は情報交流の場になっている。トマト栽培は農閑期の半年間、考える時間がある。栽培してみて気付いた点(技術上の留意事項、風向きや日照を考慮したハウスの建て方など)は新規就農者に伝えていきたい。

 就農のきっかけは、スキー場に仕事で来たところ、職場の大半の人がトマト生産者だったからである。ちょうどその頃、夏は手に職をつけて働きたいと考え、職探しをしていたので興味を持った。それまでは農業についてほとんど考えていなかった。生活ができて、妻と一緒に働けるという点に魅力を感じた。妻も地元の人と交流があり、親切な方たちだったので決まっていた就職先を断って当地での就農を決めた。27年には東京国際フォーラムで体験発表も行ったが、今後も農業に興味のある人、スノーボード仲間にも声をかけていきたい。ここでの就農は冬に雪を楽しめる人が向いていると思う。自分も1年中農作業があるところだったら就農しなかった。「スイッチのオン、オフがある」というように、ここではメリハリのある生活ができる。

 今後に不安を感じる点は、トマトの価格変動とそれに伴って収益性がどう推移するか、また、連作で収量が落ちてこないかどうか、などである。

9 むすび

 トマト生産組合の立地する南会津地域は、交通立地からみて決して近郊産地とは言えず、また有数の豪雪地帯であり冬季の営農は極めて困難な地域である。そうした地域にありながら、多雪という条件を、雪室予冷庫での利用、スキー場に来る若者が就農する契機として生かしている。さらに、50年続く産地でありながら土壌消毒の必要が生じていないなど、因果関係は必ずしも明らかでないが、多雪という不利な条件を有利な条件に転化して産地展開が図られてきた。

 また、比較的遠隔地という立地条件を、技術の高位平準化、新技術の積極的導入、出荷販売における関係者の結集によって産地銘柄の確立と高い収益性を実現してきたといえる。

 しかし、そうした産地としての優れた取り組みも、生産者の高齢化からは無縁ではなく、組合員数の減少という問題に直面したのである。それを乗り越えるため、新規就農への支援体制を体系的に整備し、生産者の確保・育成に成功し、現在ではIターンだけで組合員の2割を占めるまでとなっている。地域条件を克服しての新規就農者確保という、トマト生産組合の実践と成果は高く評価できる。

 最後になるが、筆者から感想を一言申し添えたい。筆者は調査の折、直売所で販売されていた「南郷トマト」を購入して持ち帰り、食べてみた。そして、通常購入しているトマトに比べてあまりにおいしいのに驚いてしまった。一般の店頭では「高糖度トマト」として高価なトマトが並べられているのであるが、南郷トマトの甘さとコクは通常の商品でありながらそれらに匹敵するほどだと思った。調査時に宿泊した宿でもトマトジュース缶をいただいたのであるが、それも格別のおいしさであった。通常はこういう私的な感想は申し上げないのであるが、あまりに印象が強かったのでここに記した次第である。

 調査にご協力いただいた、トマト組合三瓶清志組合長、小山貴広さん、中島功泰さん、JA会津みなみ星晴博営農部長、辺見隆西部地区営農課長補佐の皆様に心よりお礼申し上げます。


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