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調査・報告(野菜情報 2016年1月号)


野菜農業における担い手の確保の展望と課題
~宮崎県綾町の取り組み事例について~

日本大学生物資源科学部 教授 下渡 敏治


【概要】

 農業就業人口が減少傾向をたどる中で、有機野菜の産地として全国的にも知られている宮崎県綾町では、県内外からの新規就農者が増加しており、平成10年以降、農業後継者と新規農業就業者を含めた農業の新たな担い手が40人以上も増加している。
 綾町における調査結果から、担い手の確保には、①地域内に安定した収入が得られる基幹作物があること、②都市圏からの新規就農者を受け入れる体制が整っていること、③新規就農者や農業後継者を引きつける明確な農業の理念や営農形態(栽培方法)が存在すること、④行政、関連組織などによる連携・協力関係が不可欠であること、が明らかとなった。

1 はじめに

 日本農業は後継者不足や農業従事者の高齢化などによって慢性的な人手不足に陥っており、いかにして農業の担い手を確保するかが重要な課題となっている。野菜農業も例外ではない。全国の野菜産地では生産農家の高齢化が進み、離農する農家や過重な労働負担を強いられる重量野菜の生産を敬遠するなどの動きが起きている。そこで、有機野菜の産地として全国的にも知られている宮崎県綾町の野菜農業を事例に、野菜農業で後継者の確保を含めて担い手の確保がどのように行われているのか、行政、綾町農業協同組合(以下「JA綾町」という)、生産農家の取り組みを中心に実態調査を実施し、担い手の確保の現状と取り組み、担い手の確保の展望と今後の課題について取りまとめた。

2 綾町の農業概況

(1)自然生態系農業の推進

 綾町は、宮崎県のほぼ中央部、宮崎市の北西およそ24キロメートルに位置しており、総面積95.21平方キロメートル、町の80%は森林に覆われており、人口7300人、世帯数2849戸の自然豊かな町である。町の観光名所にもなっている照葉樹林の森は昭和57年に九州中央山地国定公園に指定され、平成24年にはユネスコの「エコパーク」に登録されており、豊かな自然を求めて綾町を訪れる観光客は年間100万人以上に達している。

 綾町の基幹産業は、農業と観光業であり、町を挙げて自然環境、自然生態系を生かした農業生産に取り組んでいる。昭和36年の「農業基本法」の制定以降、農業生産の現場では化学肥料や化学合成農薬の使用による農業生産力の拡大と農作業の機械化による労働力の削減が推奨された時代であった。

 しかし、綾町ではいわばこれらの動きに逆行する形で自然環境や自然生態系と共生可能な農業・食料生産を目指すことになり、以後、全国的に推進されていた農業の近代化とは異なる途を歩んできた。綾町が取り組んでいる「自然生態系農業」とは、「自然の摂理を尊重した農業すなわち地域の環境資源との調和と共生を目指す環境保全型農業」の推進を指しており、化学肥料や農薬などの合成化学物質の多用による水質汚濁や地下水・土壌汚染などの環境破壊や、自然生態系の汚染を防止し、消費者の健康と文化的な生活の確保を目的とする、自然生態系の理念に則った農業を意味している。

 その基本的な考え方は「健全な土づくり」によって「元気な作物を育てる」ことにある。こうした自然生態系農業の推進を図るため、綾町は63年に全国に先駆けて「自然生態系農業の推進に関する条例」を制定し、本格的な有機農業による町づくりに取り組むこととなった。

 現在、綾町は政府の「有機農産物認定機関」に指定されており、町の「有機農業開発センター」内に事務所が置かれている(写真1)。

 自然生態系農業をベースにした町づくりがスタートした背景には、42年に町の生活の基盤となっていた照葉樹林(国有林)の伐採計画が持ち上がり、これを阻止するために、町民の80%を超える反対請願署名を集めて農林水産大臣に直訴し、伐採計画を中止させた経緯がある。この森林伐栽計画の中止を契機に、町民の意識は自然保護と農業振興による町づくりへと大きく変化し、48年の「一坪農園の普及」、51年の「青空市場の開設」、63年の「自然生態系農業の推進に関する条例」の制定と平成元年の「本物センター(農産物直売所)」の開設による自然生態系(有機農業)農業を基本にした町づくりへと発展していったのである。

 さらに町には平成18年まで世界一のスケールを誇った「照葉大吊橋(全長250メートル、川面からの高さ142メートル)」や毎年複数のプロ・サッカーチームが合宿練習に使用するサッカー場(4面)、関東、関西の高校野球チームやアマチュア野球チームの合宿に使用されている野球場(1面)、バスケットコート4面が使用できる大規模体育館(照葉ドーム)、これらの県外から訪問する合宿者や観光客を受け入れる町営の3つの宿泊施設の他に民営のホテル、民宿などの宿泊施設が整っており、さらにかつての山城を復元した「綾城」、県外から移住した工芸家によって作られている木工品、陶器、手染めの藍染(衣類や装飾品など)、ガラス工芸品、特産品などが展示販売されている「国際クラフトの城」、毎年、地方競馬が開催されている「馬事公苑」、焼酎、日本酒、ビール、ワインが製造され、展示販売されている酒のテーマパーク「酒仙しゅせんもり」などのさまざまな施設が整備されており、大都市にはないこうした綾の魅力が多くの観光客を引きつけ、さらに綾の自然生態系農業によって生産されている安全安心で健康的な有機農畜産物が県内外の多くの消費者に支持されており、26年度の「ふるさと納税」の納税者は6万2991人、納税額も9億4千万円以上に達している。

(2)農業の概要と野菜生産の動向

 綾町の農家戸数は366戸、その内訳は、専業農家202戸、第1種兼業農家68戸、第2種兼業農家96戸となっており、綾町が推進する自然生態系農業に取り組んでいる農家が405戸(農家と規定されている耕地面積50アール未満の農家が含まれる)に達しており、畜産農家(牛・豚)も77戸ある(図1)。

 これらの農家は485ヘクタール(水田259ヘクタール、畑132ヘクタール、樹園地64ヘクタール、牧草地30ヘクタール)の耕地や、施設ハウス45ヘクタールを利用して、野菜、果樹、花きなどの栽培と、牛、豚の飼育を行っており、平成25年度の農業生産額は41億7000万円に達している。その内訳は耕種部門(米、麦類、いも類、豆類、野菜、果樹、花き)と畜産部門、林水産部門に分かれており、耕種部門の生産額が19億6000万円、畜産部門が17億3000万円、林水産部門が2億円となっている(図2)。

 耕種部門の生産額の84%を占める野菜生産では施設きゅうりの生産額が14億円と最も大きく、綾町の基幹的な農作物になっている。以下、だいこん(2.8%)、にんじん(2.8%)、ごぼう(2.6%)、レタス(2.2%)、キャベツ(0.7%)、その他(5.0%)となっている(図3)。

 果樹では特産の日向夏(66.9%)の生産が最も多く、次に多いのがぶどう(19.2%)、スイートスプリング(4.7%)、きんかん(3.4%)の順である。綾町で生産されている主な有機農産物としては、さといも、ばれいしょ、かんしょ、にんじん、ごぼう、にんにくなどの根菜類(27.1ヘクタール)のほか、レタス、ブロッコリー、ほうれんそう、キャベツ、白ねぎなどの葉物類も15.7ヘクタールほど作付されている(写真2)。

 現在では綾町の基幹的な農産物になっている施設きゅうりを別にすれば、少量多品種生産が綾町の野菜生産の特徴といってよい。家族経営(3人家族)で野菜生産で生計を立てるには3~5ヘクタールの農地が必要であるのに対して、施設野菜(きゅうり)の場合には、夫婦2人で20アールあれば生活できるという。

(3)野菜の流通チャネルと主な販売先

 野菜に関しては、主には5つのチャネルを通じて県内外に出荷されている。

 一つは系統出荷と呼ばれているJA綾町経由で市場出荷されるチャネルである。現在、52戸の野菜生産農家がこのチャネルを利用して野菜を販売しており、主な出荷先としては東京の多摩青果、関西の大阪中央卸売市場、生協(コープ宮崎)などが挙げられる。

 二つ目のチャネルは、10戸の野菜生産農家で組織する「綾菜会」という組織で、主に福岡にある「グリーンコープ」という生協に出荷しており、有機野菜など栽培方法にこだわった食材がこの組織によって出荷されている。

 三つ目のチャネルは、農業生産法人を含む10戸の農家で組織する「有機生活・綾」という団体で、居酒屋を含む外食産業向けに有機野菜を出荷している。

 四つ目はインターネットと宅配便によって野菜生産農家が直接、消費者に販売するチャネルである。現在、10戸から20戸(若干幅がある)が利用しており、販売先は県内はもとより県外にも及んでいる。

 五つ目は、役場に隣接した広場に建設されている町営の農産物直売所「本物センター」である。平成元年に設立され、26年度の年間売上高は3億1800万円、うち野菜・果実などの農産物の売上高が1億5000万円、年間の来客者数は32万人、1日平均852人となっており、本物センターの管理・運営は町の商工会に委託している。

 出荷者は少量多品種の野菜を生産している兼業農家や高齢農家などの小口の野菜生産者が主であるが、中には野菜生産の経験が浅く、販路開拓が困難な新規就農者の重要な出荷先として活用されており、生産量が少なく市場出荷が困難な野菜・果物などについても出荷登録ができていれば出荷が可能である。本物センターに出荷登録している生産者の数は27年8月現在、420戸に達しており、本物センターは小ロット野菜の生産農家にとって重要な販路となっている(写真3)。

 綾町の野菜生産で最も売上金額の大きい施設きゅうりの販売を例にとると、生産者120戸のおよそ7割にあたる80戸の農家は系統出荷によって施設きゅうりを販売している。

 生産者からJA綾町に出荷されたきゅうりは、宮崎県経済農業協同組合連合会の選果場に集荷された後、宮崎中央農協など他産地のきゅうりと混載されてトラックで運ばれる。関東地方では東京の多摩青果、中部地域では岐阜県の中央卸売市場、関西地域では大阪の大果大阪、奈良大果、中国地域では広島の中央卸売市場、北九州市内の直販専門店、さらに夏場には沖縄県にも出荷されている。東京、大阪などの大都市圏と九州圏内とでは取引価格に差があるため、高値で取引される大都市圏への出荷量が多くなるという。

 綾町ではきゅうり以外にもかんしょ、だいこん、にんじん、さといも、ばれいしょといった根菜類の生産が盛んであるが、中でも食用のかんしょは関東地方と福岡県内に年間80トン程度出荷されているほか、120トンが焼酎用の原料として県内の酒造メーカーに出荷されている。

 ちなみに、綾町では6次産業化の一環として3年前に商品開発され、現在、町内外で販売されている「綾夏ちゃん(日向夏のジュース)」に加えて、9月25日に綾町のオリジナル焼酎を「阿陀能奈珂椰あだのなかや」という商品名で販売開始した(写真4)。

 その他、レタス、ちんげんさいといった多品種の葉物野菜の生産も行われている。全体的に綾町で生産されている野菜類の6割から7割程度が価格変動の小さい生協向けに出荷されており、このうちの3割程度は有機野菜だという。後述する綾町農業支援センターやJA綾町では高値で取引される有機野菜の生産比率を高めたい考えであるが、農家の高齢化で作付面積の拡大が困難になっており、新規就農者を含めた年齢層の若い生産者に有機栽培を推奨しているという。

3 野菜農業と野菜生産の担い手の動向

(1)綾町における農業の担い手確保への取組状況

 綾町の農家人口は昭和60年以降減少傾向が続いており、60年の3169人から平成17年は1446人へとほぼ半減したが、22年の農家人口も1104人と17年度に比べて342人減少しているものの、以前に比べると農業人口の減少率は低下しつつあるといえるが、減少に歯止めがかかったわけではない(図4)。

 こうした変化は農業就業人口の推移にも表れており、農業就業人口は昭和60年の1293人から平成17年の830人へと3割以上減少しているが、平成22年も690人(対17年比17%減)に減少しており、以前に比べて減少率は低下しているものの、綾町の将来の農業の担い手の確保が楽観できる状況にあるわけではないことがうかがえる(図5)。

 綾町が農地面積30アール以上を所有する農家632戸に対して実施したアンケート調査結果によると、農家の年齢構成は60歳代以上が35.5%、70歳代以上が28.1%、80歳代以上が14.7%、50歳代が14.4%、40歳代が5.5%、30歳代が1.2%、30歳未満が0.6%の順に高く、農業就業者の高齢化が進んでいることがわかる。

 さらに今後の経営規模に関する回答では、規模拡大したい農家が5戸(1.5%)、現在の規模を維持したい農家が127戸(38.6%)であるのに対して、規模縮小と回答した農家が27戸(8.2%)、農業をやめたいと答えた農家も122戸(37.1%)に達している。

 さらに、10年後の農地利用計画に関する回答では、自分で耕作する(31.1%)、他の農家に貸す(18.8%)、自己保全(5.9%)、売却(7.6%)、未定(36.6%)となっており、中長期的に見た農業の維持・存続は農業の担い手の確保いかんに掛っているといえる。

(2)綾町における新規就農者の受入状況と受入態勢

 こうした町内農業の状況に鑑み、綾町では平成26年6月に「綾町農業支援センター」を設立し、農業の生産基盤と販売体制の強化を図っている。新規就農者を含めた農業の担い手の確保には「支援部」があたっている。支援部では、新規就農者の農業研修事業と高齢者・規模拡大農家への労力提供(作業受託)の二つの事業を担当しており、農業の担い手の確保と労力不足に陥っている中・大規模農家の支援にあたっている(図6)。

 綾町では10年以降、42名の新規就農者が誕生しているが、このうち町内出身の農業後継者は17名(平均年齢28.6歳)であり、残りの25名(平均年齢36.0歳)は県内外から綾町に移住してきた新規就農者である(表)。

 このように、綾町の新規就農者は地元農家の農業後継者よりも県内外からの移住者が多いというのが、一つの特徴である。県外から移住してくるこれらの新規就農者には脱サラ組とリタイア(退職者)組の二つのタイプがあり、いずれも東京、大阪などの都市部のサラリーマンが大部分だという。中には、子供を自然の中で育てたいと家族連れで移住してくるケースもあるという。また県外からの移住者には有機農業に憧れて綾町で就農したいという新規就農者が多いのももう一つの特徴といえる。

 これらの新規就農希望者に対して綾町では、まず農家での農業研修を推奨しており、新規就農希望者はJA綾町が実施している研修事業(現在は農地集積円滑化事業の一環として実施)に参加することになる。研修期間は1年が基本であるが、研修の進み具合によっては研修期間が2年に延びる場合もあるという。

 一般的に、畜産部門への就農は施設の建設などに多額の資金が必要であるため、野菜生産を希望する研修生が大部分を占めているが、野菜生産の中でも以前は露地栽培を希望する研修生が多かったが、近年では施設栽培を希望する研修生が多いという。JA綾町でも安定した収入が得られる施設きゅうりの研修を推奨しており、年間2名の受け入れ枠が設けられている。JA綾町の新規就農者の研修生受け入れ事業は7年からスタートし、毎年1~2名程度の研修生を受け入れており、今までに10名程度の研修生を受け入れ、これらの研修生は研修終了後綾町で就農しているという。

 綾町には町営の研修生受け入れ施設(宿舎)が3棟建設されており、1棟(2階建て)は単身者用で8畳の広さの部屋(家賃は月額1万8000円)が3部屋用意されており、調理場や浴場、トイレは共同利用施設になっている。他の2棟は家族用の宿泊施設であり広さは3LDK(家賃は月額3万円)となっている。これらの施設は1年間使用することが可能であり、研修生には宮崎県の補助事業で月額10万円の生活費が支給されている。研修が2年間に及ぶ場合には同額がJA綾町の負担で支給されるという。

 研修終了後の就農にあたっては農業委員会が農地を斡旋しているが、新規就農者は離農者が手放す施設(ハウス)を利用するケースが多いという。ちなみに、施設(温室)を新たに建設する場合には加温設備などを含めて10アール当たり1200万円の投資が必要となるが、既存の施設を借りる場合には4万円の負担で済むという。

 研修事業を終えて就農を希望する新規就農者に対しては、町営住宅や住居の斡旋などの支援が行われているが、就農者によっては個人で住宅を購入する場合もあるという。新規就農者に対しては、国の事業によって年間最大150万円(ただし、年間農業所得が350万円未満)の青年就農給付金が給付されており、5年間給付を受けることが可能だという(ただし、所得が350万円以上で支給停止となる)。施設きゅうりの場合には、10アール当たり平均480万円程度の売上高(平成26年度実績)となるが、ここから肥料、資材費、加温用の燃料代、出荷費用などの経費(6割程度)が差し引かれることになる。したがって、ある程度、家計に余裕の持てる600万円程度の年収を確保するには25~30アールの経営面積が必要になるという。

 一方、町内の既存の農家の農業後継者の場合には比較的規模の大きな農家に後継者が残るケースがほとんどであり、有機農業によって規模拡大を目指している農家の後継者が多いという。ちなみに、町内出身の農業後継者17名のうち、10名が有機農産物を生産している農家の後継者である。これらの町内後継者は宮崎県の農業者大学校を修了した後に、綾町に戻って県外の新規農業就農者と同様に1年間の農業研修を受けて就農するケースが多いという。研修はいずれもJA綾町が斡旋したきゅうり生産農家で栽培の基本から収穫、出荷作業までのすべての過程を実地に学ぶことになり、年1回収穫の長期促成型(10月~6月)あるいは年2回収穫の抑制(9月~12月)、半抑制型(1~6月)のいずれかの作型について学ぶことになる。

(3)新規就農者の就農状況

 ここでは農業研修を終了した後、綾町で新規就農した熊本県出身の藤原光生氏の事例を見ることにする。藤原氏は27歳、4年前に知人の紹介で農業研修生として綾町に移住してきた。2年間の農業研修を経験した後農地を借りて就農した。ほ場で収穫した有機野菜の出荷前の調製作業をしていた藤原氏にインタビュー調査した結果、農業研修生になったのは農業、特に有機農業に興味をもったためだという。就農して3年目、就農当初は農業は難しいと感じたという。

 藤原氏は、現在、水田(米)10アールと畑1ヘクタールを農家から借地(10アール当たり1万円)して、ピーマン、オクラ、空芯菜、にんじん、ブロッコリー、ツルムラサキ、キャベツなどの野菜類を有機農法で露地栽培している。就農当初は商品価値の高いいい野菜が作れずに苦労が多かったという。いい物(商品)が作れない、売り先が見つからなくて苦労の連続だったが、3年目にしてようやく農業経営が形になってきたという。

 現在、有機栽培で生産しているオクラ、ピーマン(15ア-ル)などの露地野菜は4つの流通チャネルで販売しており、その一つは町営の本物センターへの出荷、二つ目のチャネルは知人の油田氏(有機農家)との共同出荷、3つ目は大阪の卸売市場への出荷、4つ目は有機野菜を扱っている宮崎市内のスーパーへの出荷である。

 就農当初は町内の町営住宅に住んでいたが、現在は綾城の麓に1軒家を借りて住んでいる。トラクターなどの農機具は割安な中古品を見つけて購入した。現在では月収に換算して20万円以上の収入が確保できるようになっており、やっと自立できるところにまで到達したが、月収30万円の壁が超えられないでいるという。

 藤原氏は月1回持ち回りで開催される新規就農者の交流会に毎回参加している。交流会は毎月第二水曜日に開催され、毎回、5~6人が参加しているという。新規就農者の年齢層は30代から40代であり、交流会の参加者の中では藤原氏が最も若い。交流会は主に雑談的なことを話し合う場であるが、県外から綾町に移住した新規就農者にとっては貴重な情報交換の場、いやしの場になっているという。

4 大規模野菜生産農家における担い手確保の事例分析

 有機野菜専門の農業生産法人である松井農園は経営者(社長)と28歳の後継者(長男)とアルバイト2名で10ヘクタールの農地にさつまいも、だいこんなどの根菜類のほか、ゴーヤなどの野菜類を栽培し大手外食産業などに出荷している。

 松井農園では、毎年就農を希望する若い農業研修生を受け入れて研修しており、これまでに延べ20人以上の研修生を受け入れている。現在も毎年2名の割合で研修生を受け入れているが、長い人では3、4年間、松井農園で研修した後に就農するケースもあるという。しかし松井農園で研修した研修生のうち独立して就農した研修生は3分の1にとどまっているという。松井農園で受け入れている研修生の中には、農業への憧れや農業の楽しい部分だけを見て農村に来て、農業・農村・農作業などの厳しい現実に接して途中で研修を止めていく若者も少なくないという。

 今回の調査で、綾町が他の地域に比較して農業後継者や大都市圏からの新規就農者の多い地域であることが明らかになったが、その一つの要因は有機農業にあるという。つまり、綾町で新規就農する後継者や県外からの移住者には有機農業に強い関心と魅力を感じて綾町に研修に来る研修生が多いという。また、綾町が町を挙げて自然生態系農業に取り組んでいることも新規就農者の就農意欲を高め、就農を容易にしていると見ることができる。

 その一方で、今回の調査の過程で、経営規模の大きな野菜生産農家ほど深刻な労働力不足に陥っている実態が明らかになった。松井農園もその例外ではない。松井農園の営農上の最大の課題は農作業に必要な労働力の確保にあるという。有機農業は輪作体系による農業であり、そのために多くのほ場を必要とし、農薬や除草剤を使用しないことから手作業で実施する雑草の除去には多くの人手が必要である。

 しかし農作業に必要な労働力を募集しても人が集まらないという。人集めに苦慮している松井農園では、現在、季節的に農作業が補完関係のある北海道の有機農家と連携して労働力の相互補完・協力関係を模索しており、宮崎県の農業者大学校とも協議し、2人程度の学生を受け入れる計画も進めている。さらに宮崎市内にある専門学校に留学しているネパールなどからの外国人留学生のアルバイトの受け入れも検討しているという。

 松井社長の話によると、農産物を生産するに必要な十分な農地があり、生産した有機農産物の買い手もあり、生産された農産物は確実に販売できるのに、それを生産する作り手(担い手)がいない、この担い手不足の問題が地域農業(生産農家)にとっての最大の課題だという。とりわけ除草剤を一切使用しない有機農業の場合には除草作業が最大のネックになっており、除草作業が遅れるとその分雑草が繁茂して3日で済む作業が1週間に延びるという。

5 野菜農業における担い手確保の展望と課題

 以上、野菜農業における担い手の確保の現状と課題について宮崎県綾町の取り組みについて検討した。調査結果からは、

第1に、農業後継者、新規就農者を含めた野菜農業の担い手の確保には地域内に比較的安定した収入が得られる基幹作物(綾町の場合には、施設きゅうり)が存在していることが重要であり、

第2に、都市圏から新規就農を希望する非農業従事者を受け入れる行政(県市町村などの地方自治体)や農業団体、地域社会による継続的な受け入れ体制が整っていること、

第3に、新規就農者や農業後継者をひきつける農業(栽培方法や考え方)や営農形態(綾町の場合には、自然生態系農業(有機農業)という町独自の理念や取り組みがあり、それに魅力を感じて就農している後継者や新規就農者が多い)が存在すること、

第4に、農業の担い手の確保には、個々の生産農家や行政だけの取り組みだけでは不十分であり、行政、生産農家、農協、農業委員会などの農業関連組織、商工会、流通業者などを含めた関連組織の連携と協力関係が不可欠であることが判明した。

 農業・農村の魅力は一つではない。農業に憧れる都会の若者が少なくないのも事実であるが、その一方で、農業の厳しい現実に接して憧れていた農業への就農を断念する若者が多いのもまた事実である。年々厳しさを増している農業の担い手の確保には、農業への夢と現実との間に立ちはだかっている大きなギャップをどう埋めるのかが問われているといえる。そういう意味で、新規就業者が増加の兆しが見られる綾町の取り組みは農業の担い手の確保に一つの明るい展望と多くの克服すべき課題を突き付けているといえよう。

 多忙な日程を割いて現地調査にご協力いただいた綾町農林振興課の入田係長、JA綾町経済部生産指導課の杉尾課長、同経済部販売課の横山圭吾氏、有限会社有機生活・綾の岩切珠美氏、新規就農者の藤原光生氏、農業生産法人松井農園の松井社長、ほか関係各位に深甚より感謝の意を表したい。


参考資料

1)綾町「綾町プロフィール」
2)綾町「綾町の自然生態系農業と有機農産物等ガイド」
3)綾町農林振興課「綾町の自然生態系農業と認証制度」



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