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調査・報告(野菜情報 2015年8月号)


八百屋の勉強会「八百屋塾」の取り組み

食生活ジャーナリスト 草間 壽子


【要約】

 東京都青果物商業協同組合が主催する「八百屋塾」は、八百屋の若手が消費者に青果物の特性や食べ方を伝えることを目的として、毎月1回開催され、1つの品目の産地や生産時期、品種特性などについて、食べくらべも行いながら学んでいる。この取り組みは、対面販売をする八百屋の優位性を維持し、かつ後継者育成の場として認められるようになり、他県にも広がりつつある。

1 野菜の魅力を伝える八百屋塾

 青果小売店、いわゆる町の八百屋さん(以下「八百屋」という)は、スーパーマーケットに加え、コンビニエンスストア、直売所、ネット通販などとの競争が激化し、減少の一途をたどっている。

 そのような背景の中で、東京都の八百屋の団体である東京都青果物商業協同組合(理事長 野本要二)(以下「東京都商組」という)では、平成12年から毎月1回「八百屋塾」を独自に開催し、スーパ-などにはない対面販売の優位性を維持するための勉強会を行っている。

 八百屋塾は、テーマとなる品目を定め、座学や食べくらべなどを通じて、産地や生産時期、品種などによる品質特性などを学んでいる。16年目となるこの取り組みは、消費者に野菜の特性や食べ方を伝えることで、消費拡大や小売業の振興につながることが評価されて、27年4月には、農林水産省の後援を得た。

 八百屋塾で、勉強品目として取り上げるのは、開催月から翌月にかけて店先に並ぶ野菜である(表1)。また、座学の他に年に1度産地に出向く産地視察なども行っている。

 受講生の年齢層は、20才~50才台までと幅広い。受講料は1回、東京都商組の組合員は、1回2000円、通年(12回)2万円、一般(組合員以外)1回4000円、通年(12回)4万円となっている。

2 八百屋塾の概要

 八百屋塾の開催場所は、JR秋葉原駅近くの秋葉原ヨドバシカメラ隣りにある東京都商組があるTSKビル8階である。今回は、「さやいんげん」を勉強品目として、5月17日に開催された八百屋塾の内容を紹介する。この日の受講生は、約50名で、表2のプログラムで開催された。

 4月から実行委員長を務める目黒区で青果店を営む西沢好晴氏の「八百屋塾は、前半が勉強で、後半は食べくらべや発表などをする構成で、前半はインプット、後半はアウトプットの時間だと思ってください。聞くことも大事だが、自分で発信することも大切なので、前半も後半も頑張りましょう」とのあいさつから始まった(写真1)。

表2 5月17日のプログラム

1 実行委員長のあいさつ
2 さやいんげんの講演
3 市場関係者などからの解説
4 その他の旬の野菜情報
5 食べくらべ

(1)勉強品目の講演

 次は、勉強品目であるさやいんげんに関する講演である。この日の講師は、雪印種苗株式会社の大橋真信氏で1時間程度、さやいんげんの来歴、日本での生産状況、栄養価、栽培技術などについて講演があった(写真2)。特に栽培方法については、「大きく分けると、矮性種わいせいしゅ蔓性種つるせいしゅがあり、矮性種は上には伸びないもの、蔓性種は上に伸びていくもので、全国的には蔓性種が多く栽培されている。」などの話があった。

(2)市場関係者などからの解説

 続いて、卸売会社の東京青果株式会社の担当者などから今年の作柄、市場価格の動向と、代表的品種であり、食べくらべ用として供される3品種(千葉県産の「ケンタッキー」、長崎県産の「サーベル」、鹿児島産の「キセラ」)の説明があった。

 千葉県産のケンタッキーは、半蔓性で、寒さに強く、色が濃くて食味も良いのが特徴である。長崎県産のサーベルは、蔓がない矮性で、西の産地は、蔓で上に伸ばすと台風の被害が大きいので、低い位置で収穫する矮性が多くなっている。サーベルは剣という意味で、剣のようにスラッとしているのが特徴である。

 鹿児島県産のキセラも、スラッとしているが、関西では豆が入ってゴツゴツとした見た目を嫌がり、スラッとしたものを好む傾向があり、サーベル同様、矮性で、台風などの被害を防げる、という面もあることなどが、実物とともに紹介された(写真3、4)。

(3)旬の野菜情報の紹介

 今年度から、受講生の見識を広めることを目的に、珍しい野菜、新しい野菜を紹介する「ワンベジコーナー」が始まり、5月は茨城産「アーティチョーク」が取り上げられた(写真5)。「アーティチョークは、ギリシャローマ時代から作られているほど歴史は古く、西洋ではよく食べられていること、今日のアーティチョークは、茨城県でイタリア野菜を栽培している農家から届いたもので、商品の価格自体は高くはないが送料が結構かかるので、みんなで仕入れるとか、何かいい方法があればと思っている」などの話が、野菜調達担当者からあった。

(4)五感で味わい理解を深める食べくらべ

 食べくらべの時間では、さきほど説明があった千葉県産のケンタッキー、長崎県産のサーベル、鹿児島産のキセラを食べくらべた(写真6)。調理法はゆでるだけで、味はついていない。品種名を最初に知らせず、食べてから品種を当てるゲーム形式の「ブラインド」という食べくらべを行った。受講生は常に野菜と向き合っている人が多いので、積極的に意見を出し合っていたが、見た目と味で品種を当てるのは難しい。また、関東の受講生が食べ慣れている味は、ケンタッキー、サーベルだった。

(5)意見交換

 最後の意見交換では、「消費者の立場になると、さやいんげんの価格は高いので、昔のように、さやいんげんをたくさん使った料理は、しにくくなっている」などの感想が聞かれた。
八百屋塾は、受講生同士がなるべくコミュニケーションが図れるようにと、座席は1グループ8名程度のグループ形式で行っている。各グループは班長が、食べくらべのときなど率先してグループ内で口火をきり、受講生が話しやすい雰囲気になるようにしている(写真7、8)。

3 八百屋塾発足から今へ

 八百屋塾では、野菜の食べくらべを重要視しているが、これは八百屋塾発足に尽力し、平成19年に亡くなった故江澤正平氏の教えによる。青果卸売会社に長年勤務し、一線を退いた後は、研究家として活躍し「野菜の神様」と呼ばれた江澤氏は、口癖のように「八百屋は食べ物屋だ。自分が売るものを食べて知らなくてはいけない」と語っていた。

 八百屋塾発足当時のことを、足立区北千住で青果店を営む杉本晃章氏に聞いた。杉本氏は、第1回目の八百屋塾から関わり、八百屋塾実行委員長OBである。

 「八百屋塾の第1回目が開かれたのは、今から15年前の12年7月で、前身は、その約10年前から江澤正平先生が主催していた「淀橋野菜をる会」。当時、江澤先生は、東京都商組青年部の顧問で、定例会でもよく野菜の勉強会の必要性について話しており、実施するにも、決まった会場がないのが悩みのタネだった。12年4月に東京都商組ビルを建て替えたとき、当時の東京都商組理事長市川吉三郎氏が青年部の活動に理解があって、会議室にキッチンをつけてくれた。そのおかげで八百屋塾が始められたわけだ」

 八百屋塾の初期には、江澤氏が野菜についてさまざまな観点から講義しているが、以下のその教えは今も受け継がれて、八百屋塾の運営の基盤となっている。

① 対面販売ができるのは八百屋だけ。お客に正しい知識を伝えるために、八百屋は勉強が必要である。

② 野菜は健康に良い。八百屋はお客の健康に役立つ重要な仕事である。

③ 儲けようと思うな。「儲」という字を分解すると「信者」になる。人に役立って信者を作ることが儲けにつながる。

④ 八百屋は物売りではない、食べ物屋だ。野菜を食べて知らなくてはいけない。お客に味と、食べ方を伝えることが大事である。

⑤ 野菜は氏、育ち、食べごろで決まる。氏は品種、育ちは栽培、食べごろは旬のことである。

⑥ 野菜の「うじ」は品種。八百屋は品種を知り、野菜が品種で売れるようになるといい。

⑦ 野菜の「育ち」は、産地や作柄、農家について知ることで分かる。

⑧ 売れる野菜が良い野菜ではない。良い野菜を消してしまうのはたやすい。良い野菜を守るのも八百屋の仕事である。

⑨ 八百屋は、農家に良い野菜を作ってもらわなければ、立ち行かない。農家は大事である。

4 広がる生産地、生産者との交流

 八百屋塾には各方面からさまざまな情報が提供される。多いのは、自治体やJAの担当者による試食つきプレゼンテーションで、ときには生産者自身が登壇することもある。

 また、平成26年7月の産地視察では、千葉県山武郡ですいかやメロンを栽培している生産者を訪ねた。

 生産者からは、生産する上での苦労話、食べごろの話、花が咲いてからメロンは53~54日、すいかは、50日ぐらいかかり、その間のほ場管理などが大変なこと、一方では、「野菜と会話をしながら栽培しているので、畑に行くのが楽しい」などの話を聞いた。

 そうした生産者の話を直接聞くことで、消費者には生産者の思いを伝えたり野菜を大切に売らないといけないなどの思いにつながっている。

5 八百屋塾で学んだこと、役に立ったこと

 受講生の意見を聞いてみた。森輝夫氏は、葛飾区で青果店を営む店主で、八百屋塾には7年通っているという(写真9)。「商品知識が増えたし、野菜への愛着も増えた。以前は、野菜は商品にすぎなかったが、八百屋塾に行くようになって食べ物に変わって、今は、お客さんが買って喜ぶ物と思っている。講座を受けることで、八百屋同士の横のつながりができ、いろいろな情報が得られる。他の人の話を聞いて、参考に思うことが多い」という。

 森氏のお店は、野菜を自分で選ぶスーパーマーケットの楽しさと、店の人と話せる八百屋の楽しさ、その両方を兼ね備えている。店内は元気な野菜がいっぱいで、商品名と価格が書かれた手書きのPOPには産地や特徴、食べ方、うんちくまで情報が満載である。

 「八百屋って、その店の特徴やこだわりなどをいかに出すかが大事で、自分のこだわりをアピールしていくと、お客さんはあそこの店って、相当野菜に対してこだわりがあるんだねって…」と森氏は語る。八百屋塾でトマトを学び、店頭に11種類も並べたのも、熱い野菜マニアの現れで、それが顧客に支持されている。

 もう1人の受講生、高橋航氏は、「納め」と呼ばれる足立区で青果業を営む2代目で、顧客は消費者ではなく、会社や学校、レストランなどである(写真10)。「納めは、お客さんと直接対応するので、要求しているものがわかる。だから、お客さんの要求以上のものを届けたい」という。

 「八百屋塾は、野菜を勉強できることが一番で、野菜の知識は、お客さんとの会話の中で強みになります。野菜は知れば知るほど面白い。トマトでも品種がいろいろあって、産地によっても生産者によっても違うし、農家さんもいろいろな方がいます。食べ物の中でこんなに面白いものはないんじゃないかと思うほどです。その面白さをお客さんに伝えることが自分にとっての付加価値で、生産者とお客さんをつなぐことが商売につながっていくのではないかと思う。八百屋になってまだ3年目、とにかくもっと知識を増やしたい」と高橋氏は語る。八百屋の後継者にとって、八百屋塾は今後も大事な勉強の場になりそうだ。

6 これからの八百屋塾

 八百屋塾は、前述の通り知識習得の場とともに、八百屋同士のつながりや情報交換の場となっている。「毎回の勉強会をさらに一歩進めて、受講生が八百屋塾でつながることで、こんなことやりたい、できるよ、ということを実現できたらいい。例えば、イベントを開くとか、農家から新しい作物を試食してよ、という依頼を受けるとか」と、これからの八百屋塾のあり方を、実行委員の若手、人形町で青果店を営む吉野元氏は語る。

 農林水産省の後援を得たことを機にとりまとめられた開催趣旨は、「生産者、青果物流通業者および消費者などが一体となり青果物の商品知識を深め、目利きなどの技術を研さんする「八百屋塾」を開催する」となっている。

 八百屋塾の取り組みは、対面販売の優位性を維持し、かつ後継者の養成の場であることが認められ、旭川、盛岡、横浜などでも、こうした取り組みが始まっている。今後は、さらに八百屋塾を続けていくことで、生産者、青果物流通業者および消費者などを巻き込んだイベント、試みが増えることなどを期待する。

 八百屋塾の受講を希望される方、詳細については、東京都商組のホームページを参照いただきたい(http://www.shoukumi.or.jp/index.htm)。

八百屋塾開催趣旨

 近年、青果小売店を囲む環境は、食生活の変化や量販店の進出など、社会構造の著しい変化によりまことに厳しいものがあり、独立自営の青果物専門店は、年を追うごとに減少の一途を辿っている。
 一方、国は野菜・果物の摂取量の増大を進めているが、昭和から平成の時代にかけて消費量は減少傾向にある。このような社会情勢から、東京都商組では、青果小売店の根本理念である、新鮮でおいしい野菜を地域住民に提供し、その地域の健康を保つという考えに基づき、国民の食生活の向上と青果小売業の活性化を図ることが重要な課題かつ使命であると捉え、生産者、青果物流通業者および消費者等が一体となり青果物の商品知識を深め、目利きなどの技術を研さんする「八百屋塾」を開催する。
 以上を踏まえて、毎月、青果物の中から勉強品目を定め、座学、食味、目利き、料理研究および青果物の産地情報等の共有化を通して、産地や生産時期による青果物の品質特性を学び、生産・流通・消費の各々の立場から青果物を購入する消費者に、広く多種多様な青果物の商品知識や調理方法などを伝え、消費拡大(販売促進)および青果小売業の振興に寄与することを目的とする。
 あわせて、「農林水産物の生産振興」、「食文化の継承」、「食育」の推進を図る。

 「平成27年度「八百屋塾」開催要領(東京都青果物商業協同組合)」より引用


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