鹿児島県大隅加工技術研究センター
研究調整監 田川 彰男
平成17年の農林水産省の統計資料によると、食用農水産物の生産から飲食料の最終消費に至るまでの生産額が国内生産の9.4兆円に輸入金額の1.2兆円を併せた10.6兆円であるのに対し、最終消費額は生鮮品に一次、二次加工を施した加工品、さらに外食費を併せると73.6兆円で、生産額の約7倍となっている(ただし、最終消費額の3分の1は生産から最終消費に至るまでの流通段階で発生する流通経費である)。73.6兆円の中、2割弱が生鮮品で、残りの8割強が加工品や外食となっており、食の簡便化、外部化志向が明らかとなってきている。この傾向は野菜の需給状況からも同様で、加工・業務用の需要は年々増加し、平成22年では56%となっている。
鹿児島県は我が国有数の食料供給基地で、さつまいも、そらまめ、さやえんどうは全国1位の生産量を誇り、だいこん、ばれいしょ、ピーマン、かぼちゃ、さといも、さやいんげん、茶に関しては全国でも4位以内の生産量である。本センターが位置する大隅地域は、畑地かんがい整備の進展に伴って露地野菜の作付面積が大きく増加し、これらの産物の主要産地となっている。この地域で生産されるこれらの野菜の大部分は加工・業務用であるが、主要産地であるにもかかわらずその加工のほとんどは他地域あるいは県外で行われており、生産量に比べこの地域で加工される割合は低い。そのため、加工することによって単なる原料野菜の供給基地に甘んじることなく、生産から最終消費に至るまでの付加価値をこの地域に取り込めば、輸送コストの削減、さらには加工残渣の有効利活用等の結果、地域経済の活性化に寄与することが可能となる。
このような背景の下で、鹿児島県鹿屋市串良町細山田の地に「大隅加工技術研究センター」が開設され、平成27年4月1日にオープンの運びとなった。
本センターの外観を写真1に示す。
本研究センターは「加工ライン実験施設」、「加工開発実験施設」、「流通技術実証施設」及び「企画・支援施設」の4つの実験・実証施設等を有しており、これらの施設概要は以下の通りである。
加工ライン実験施設:一次加工品の製品開発等に限定した施設で、2つのラインからなり、「ウエットライン」ではカット、ペースト、水煮、冷凍品を扱い、「ドライライン」では乾燥物、粉末、フレークを扱う。図1に加工ライン実験施設の概略、その内観を写真2に示す。この施設の主な装置として、「ウエットライン」には野菜洗浄殺菌槽、ブランチング槽、急速冷凍庫、金属検出機、エックス線異物検出装置、真空包装機等、「ドライライン」には多機能野菜細断機、熱風乾燥機、ダブルドラムドライヤー、真空凍結乾燥機、粉体充填機等が備わっている。この施設は、日量最大300kg程度の野菜等を原料に実用規模での一次加工品の試作が可能で、加工事業者が保健所の許可等を得ればこの施設で試作した加工品の試験販売ができる、という特長を持つ。
加工開発実験施設:一次加工品、高次加工品両方の製品開発ができる施設で、野菜裁断機、小型真空ケトルミキサー、熱風乾燥機、小型ダブルドラムドライヤー、 真空フライヤー、小型真空凍結乾燥機、小型低温乾燥機、カッターミル、旋回気流式微粉砕機、多機能ミル、高温高圧殺菌機、過熱水蒸気処理装置、食品超高圧処理装置(設置予定)等、加工開発に必要な大小様々な装置・機器類が備わっている。図2に本施設の概略、写真3に内観を示す。
また、「製品開発試作室」を設けており、日量最大10kg程度の野菜等を原料に、本施設の加工機器を自由に組み合わせて多様な加工品を試作することができ、加工ライン実験施設と同様に加工事業者はその試作品の試験販売が可能である。
流通技術実証施設:この施設には予冷庫や貯蔵庫等を配置しており、主に県産農産物の品質保持等に関する研究を行う。図3に流通技術実証施設の概略を示す。この施設には差圧予冷庫、真空冷却予冷庫、5連式恒温恒湿庫、氷温冷蔵庫、CA貯蔵庫、振動シミュレーター、UV・IR照射装置、定温蒸気処理装置、電解水生成装置等が備えられており、農産物の品質保持等に関わる殺菌、予冷、貯蔵、輸送等に関わる幅広い研究を統合的に行うことができる。
企画・支援施設:本センターが実施する各種セミナーの企画及び事業者等からの相談の対応、加工ライン、加工開発実験施設における加工事業者とのオープンラボの調整等を行う、企画・支援グループが執務する施設で、図4にその概略を示す。この施設にはセミナー等を行う研修室や相談室の他、本センターの研究員が基礎研究を行うための実験室や計測、分析室がある。この施設には、分析装置では近赤外分光分析計、超高速液体クロマトグラフ、高速液体クロマトグラフ質量分析器、ガスクロマトグラフ質量分析器等、計測装置ではレーザー回折式粒度分布測定装置、粘度測定装置、食品物性測定装置等、観察機器では電子顕微鏡、デジタルマイクロスコープ等の機器が設置されている。
これら最新の機器を用い、食品のフレーバー、機能性成分、テクスチャー等、加工による変化も分析、計測することができる。また、加工事業者は基本的機器を備えた開放検査室等で本センター研究員の助言・指導を受けながら加工品の品質検査等を行うことができる。
鹿児島県におけるさつまいもの作付面積は全国の4割を占め、平成25年の生産量は37万4千トンで、その用途は焼酎用が50%、でん粉用が38%、青果・食品加工用等が12%となっている。本センターでは、さつまいもの持つ特性、機能性を踏まえた研究開発を行っており、ペースト、ダイス、パウダーといった一次加工品の他、これらを活用した加工品の製造技術の研究開発に取り組んでいる。また、低温糊化特性を有する品種「こなみずき」のテクスチャー等の調査結果から、ゲル状食品や水産練製品、ベーカリー類や餅製品など多様な加工食品に活用できることを解明し、これらは既に製品化されている。さらに、さつまいもでん粉の食品用途への拡大に向け、一次加工品と組み合わせた食品の製造技術開発にも取り組んでいる。
この他、鹿児島県産のお茶、にんじん、キャベツ、たまねぎ、かぼちゃ、ごぼう、おくら等の加工、貯蔵に関する研究を行っている。お茶:優れた機能性成分を有するお茶の加工に関しては、茶葉粉砕の際の摩擦熱による香り成分の散逸を避け、且つ、より微細粒粉末を得るため、旋回気流微粉砕機を用いて10~30μm程度の粉末茶を製造し、これを利用した加工品の研究・開発を行っている。
にんじん:短冊状にカットしたにんじんを過熱水蒸気装置により乾燥および加熱調理を試みている。過熱水蒸気を利用すると酸化を防止することができるため、加工の際、鮮やかな色彩を保つ等の効果を有する。現在、この装置を用いて半乾燥にんじんのペースト化を試みている他、加熱調理した後の加工についても検討している。これより、過熱水蒸気の調理加工への利用拡大の可能性を明らかにしたい。
キャベツ:品種別による加工適性の評価では、細断機で千切りしたカットキャベツの食味官能検査とテクスチャー測定、褐変度(今回はブランチング無し)、離水、ビタミンC及び糖含量について測定、分析を行っている。この他、カット野菜の棚持ちの延長に関して、ブランチング及び洗浄殺菌の方法、条件等について検討する予定である。
たまねぎ:貯蔵と加工の研究を行っており、貯蔵では予措乾燥として通風乾燥を行い、その後常温貯蔵する。乾燥条件(設定温度、風量、目標水分)の検討と乾燥による物理的、化学的性質の変化、及び貯蔵中の品質と乾燥条件と関係を検討している。また、カットたまねぎの調理加工時の品質に及ぼす品種、乾燥条件による差異の影響について調査する。
ごぼう:長期貯蔵のための温・湿度条件の検討、カットごぼうの冷蔵に伴う物理的、化学的変化の測定を行う。今後、冷凍貯蔵に関する研究についても行う予定である。おくら:電解水を用いて表面殺菌を行い、貯蔵条件の違いによるその有効性を調べるとともに、貯蔵条件と品質変化(物理的、化学的、生物的性質の変化)との関係を把握して貯蔵期間の延長を図る。
かぼちゃ:本県産かぼちゃの端境期出荷を目指すため、貯蔵法、貯蔵条件の検討を行い、現在の貯蔵期間の大幅延長(2~3ヶ月間)を図る。
本センターでは、素材の特長を生かした加工技術、熱感受性の高い野菜の加工における殺菌・静菌及び品質保持技術、青果物の長期貯蔵、長距離流通における鮮度保持技術の研究・開発に取り組んでいる。本センターの有するこれらの施設、人容は食品分野における公設研究機関では全国でも有数である。食品企業や大学、公的研究機関と積極的に連携しながら県産農産物の付加価値の向上をはかり、本県の基幹産業である「農業」と「食品産業」を有機的に結びつけ、それらの発展に寄与することが責務と考える。