農林水産省 生産局 園芸作物課
次世代施設園芸推進グループリーダー 井川 義孝
次世代施設園芸導入加速化支援事業は、オランダ農業も参考にしながら、わが国の資源や技術を駆使し、これまでにない規模の施設の集積を図る事業である。加えて、これまでの農業界の発想、取り組みの枠にとらわれず、産業界のもつ技術やノウハウを農業の中で最大限活用しながら、新たな施設園芸の姿を実現するものである。現在、全国10地区でこの事業を推進しており、今後、早期に施設を完成させることや経営を軌道に乗せることを目指すとともに、事業の成果を各地域に普及していくこととする。
野菜をはじめとする園芸作物は貯蔵性が低く、消費者に対して周年安定供給するには、計画的な生産が可能な施設園芸が不可欠である。現在、全国では、簡易なビニールハウスから高度に環境制御を行う植物工場まで、約5万ヘクタールが展開されている。この数字は200万ヘクタール以上と飛び抜けた面積を有する中国を除けば、世界的にも有数の施設園芸国といえる。
農業生産上および国民消費生活において重要な施設園芸であるが、いくつかの課題がある。一つは、計画的な生産に不可欠な複合環境制御装置(注1)を有する施設の面積が、施設園芸のわずか1.7%にすぎず、施設の高度化が進んでいない状況にある。二つ目は、冬期の加温に要する燃料代の高騰が経営を圧迫しており、地球温暖化対策の面からも化石燃料依存からの脱却が必要となっている。さらに、担い手の高齢化が進み施設の面積が減少する中、高品質な生産を実現している農家が培ってきた技術を、新たに農業を始める若い世代にスムーズに移行する仕組み作りも早急に必要となっている。
農林水産省としては、これらの課題解決のために、段階的に施設園芸産地の構造改革を進めることもさることながら、早期の施策実現に向けて、次の世代が担うのにふさわしい新たなコンセプトの施設園芸「次世代施設園芸」をモデル的に確立し、これを全国展開する事業を創設することとした。以下、事業の創設の経緯、概要について述べる。
注1:外気温度、ハウス内温度、湿度、日射、二酸化炭素、風向、風速、降雨、培地温などを測定し、それぞれ最適な状態にするために暖房や保温カーテン、換気や遮光を複合的に自動制御する装置。
平成25年5月、林農林水産大臣はオランダに行き、園芸生産者、研究機関、関連企業などが連携して施設園芸のクラスターを形成している「グリーンポート」と呼ばれる施設を視察した。具体的にはウエストランド市のパプリカ農場で、約4ヘクタールの広さをもつ高軒高ハウス、労務管理にも活用するICT技術(注2)(以下「ICT」という。)、生産施設に併設された出荷施設、ロッテルダムから購入した二酸化炭素を光合成促進に利用する技術など、生産性の高い施設園芸が展開されている様子を、また、農業系研究機関であるワーヘニンゲン大学における最先端の研究や産学官の強力な連携も関心をもって見た。
パプリカ農場を視察した林大臣は、「進歩した施設園芸の姿を目の当たりにすることができた。オランダと日本では気象条件も違うので、そのままオランダのものを持ってくることはできないが、学ぶべきところは大いにあった」と発言し、その後の国会においても、「次世代施設園芸の産地を全国的に展開していきたい」と答弁し、オランダ農業も参考にした事業の本格的検討が開始された(写真1)。
注2:情報通信技術ともいい、コンピュータやネットワークに関連する諸分野における技術・産業・設備・サービスなどの総称。
「オランダの技術は特別なものではなく、産官学の連携に強みがある。日本の民間の技術力も、もっと農業に活用することが重要」と林大臣が指摘したのを受け、施設園芸分野における産業界と農業界の連携強化を図るとともに、幅広い参加者から意見を聴取し、今後の施策へ反映させる「次世代施設園芸セミナー」を、農林水産本省で25年10月に開催した。これは、民間企業53団体をはじめ、総勢180名の参加があった。セミナー冒頭には林大臣とともに、(一般社団法人)日本経済団体連合会の十倉農政問題共同委員長(住友化学株式会社代表取締役)からもごあいさつをいただいた(写真2)。これを皮切りに全国8カ所でも「地域セミナー」を実施し、延べ431団体844名の参加があり、事業のあり方について幅広い意見交換を行った。
林大臣のオランダ視察やセミナーなどで出た意見を基に、平成25年度補正予算から「次世代施設園芸導入加速化支援事業」(以下「本事業」という。)を創設し、以降、26年度当初予算、同補正予算、27年度当初予算併せて110億円の予算を措置し、現在、全国で10地区が採択され、進められている。
本事業の趣旨については、事業実施要綱において、「先端技術と強固な販売力を融合させ、木質バイオマス(注3)などの地域資源エネルギーを活用するとともに、生産から調製・出荷までの施設の大規模な集約化やICTを活用した高度な環境制御を行うことにより、低コストな周年・計画生産を実現し、所得向上と地域の雇用を創出することを目的とする」としている。ひとことで言えば、オランダ農業も参考にした大型園芸施設の導入ということになるが、いくつかの点で、従来の補助事業にはない新たな考え方が盛り込まれている。以下、本事業の特色を述べる。
注3: 「バイオマス」とは、「再生可能な、生物由来の有機性資源(化石燃料は除く)」のことをいい、そのなかで、「木質バイオマス」は、木材からなるバイオマスで、樹木の伐採や造材のときに発生した枝、葉などの林地残材、製材工場などから発生する樹皮やのこ屑などがある。
これまでの施設園芸の導入支援に係る補助事業は、農業生産の強化の観点から、事業実施主体については農業生産法人や農業協同組合など生産者や生産者団体を対象にしてきた。本事業ではオランダの施設園芸クラスターに習い、産業界と農業界の連携強化を図る観点から、民間企業、実需者、生産者、都道府県などを必須構成員とするコンソーシアムを事業実施主体としている。特に、生産者と実需者が一堂に会して契約栽培を推進することが重要で、このことにより経営収支の安定化が図られる(図1)。
また、必須構成員の他、研究機関や普及機関も参画することにより、研究機関のもつ高度環境制御技術の円滑な導入や普及機関による経営、栽培技術指導の推進など技術的バックアップが期待される。
近年の燃油価格の高騰は、施設園芸農家の経営を圧迫しており、化石燃料依存からの脱却が課題となっている。オランダでは北海由来の天然ガスを燃やして、発電や熱利用などを行っているが、本事業ではこれに代わり、わが国に豊富にある資源である木質バイオマスなど地域資源を活用したエネルギーを施設園芸に利用することとしている。
木質バイオマスボイラーの施設園芸への導入事例は、一部の県を除き少数にとどまっているが、林野庁では近年、木質バイオマスの利用促進を図っており、中山間地域の振興や農業と林業の連携の観点からも、今後進展が期待されるところである。
特に、本事業では木質バイオマスを含む地域資源の確保が最も重要であることから、都道府県がその安定供給の責任を担うこととなっている。
ちなみに、本事業の政策目標(事業要件)として、事業実施地区においては周辺地域に比べて化石燃料使用量を5年間で3割削減することとしている。
現在の施設園芸産地は、個々の農家が生産物を集出荷施設に搬入し、そこで選別、梱包、出荷する形態が多い。搬入などの流通コストの低減を図るためには、「生産場所=出荷場所」となることが理想である。オランダのように、大規模な施設で生産から調製、出荷までを一気通貫で行うことができれば、大幅なコスト削減が可能となることから、本事業では中核となる施設、すなわち地域資源エネルギー供給施設、完全人工光型植物工場を活用した種苗供給センター、高度な環境制御を行う温室、出荷施設の4施設を一カ所に集約して整備することを必須としている(図2)。
温室は、大規模化のメリットが享受できるおおむね3ヘクタール以上の大きさとしているほか、ICTを駆使した高度な環境制御装置を導入することとしている。これにより、計画的な周年栽培が可能となり、実需者との結びつきがより強固になるものと考えている。
なお、本事業は、大規模な面積の土地や地域資源エネルギーの確保が条件となっているため、地域において適地を得るのが容易でないと考えられることから、事業実施地区の地目は農振農用地(注4)に限らず、工業用地などでも整備可能としている。
注4:農業振興地域ともいい、市町村の農業振興地域整備計画により、農業を推進することが必要と定められた地域。
本事業採択は、平成25年度補正予算において、平成26年2月に6地区(北海道、静岡県、富山県、兵庫県、高知県、宮崎県)、26年度当初予算において、同年4月に3地区(宮城県、埼玉県、大分県)、27年度当初予算において、同年4月に1地区(愛知県)の計10地区を採択し、各地区の概要は図3の通りである。いくつかの特徴について述べると、
① 品目はトマトが多いが、これはトマトの需要が安定してあることや単価が高いこと、環境制御による生産性の高い栽培技術が確立していることによる。
② 地域資源エネルギーは、木質バイオマスの活用のほか、一部には廃棄物由来燃料や温泉熱などの固有の資源を活用しているところもある。
③ 地域の特色を生かした拠点整備がなされており、例えば、北海道拠点は冷涼な気候を利用したいちごの周年生産、富山県拠点では水田単作農業からの脱却などがある。
④ 施設園芸のモデル拠点として人材育成の機能も有しており、例えば、高知県拠点では隣接する担い手育成センターと、宮崎県拠点ではJAの担い手育成システムと連携することとしている。
各拠点は2~3年かけての整備計画となっており、27年5月現在の進捗状況は、いずれの拠点も竣工には至っていない。しかしながら、補正予算を措置することにより施設整備を急いでおり、北海道および愛知県拠点を除き、27年度中には8拠点で完成する見込みである。
本事業の創設に触発され、新たな施設園芸の取り組みが各地で起こっている。例えば、民間企業が中心となって共同出資会社を設立し、ICTを活用した高度環境制御による大規模施設園芸団地を建設、生産法人に貸し出す仕組みが計画されている。これは、本事業におけるコンソーシアム方式による運営と重なるものである。また、民間企業と農業生産法人が共同出資会社を設立し、木質チップを燃料とするバイオマスボイラーを利用した大規模施設園芸を実施している例もある。
一方、本事業で得られた知見、すなわち、
①高度な環境制御技術を駆使した栽培技術の確立と普及
②地域資源エネルギーの活用のノウハウ
③実需者を巻き込んだコンソーシアムによる安定的な販路の確保
などについては、全国に展開できる可能性を有しており、実際、小規模な「次世代型」の施設園芸に取り組みたいとする地域も現れている。
今後は、地域の要望や資源などの実情を踏まえながら、拠点で得られた知見を全国で横展開する方向で検討してまいりたい。また、地域での経営の核となる人材の育成および高度な栽培技術の波及については、施設園芸の担い手の高齢化が進む中、早急に取り組むべき課題であり、拠点の活用も模索したい。
平成26年3月には、安倍総理が核セキュリティ・サミットに出席するためにオランダを訪れ、林大臣が視察したウエストランド市のパプリカ農場を視察している(写真3)。
本事業は、このように施設園芸の先進地であるオランダに学ぶべきところは学びながら、わが国の資源や技術を駆使し、これまでにない規模での施設を集積した事業であり、「攻めの農林水産業」の大きな柱としてスタートしている。
施設園芸は生産性が高く、技術力も要する分野であるが、その改良、普及に当たっては農家の個々の努力に委ねられてきた面が強い。一方、近年さまざまな業種の民間企業が農業に参入し、植物工場の運営も行っているが、必ずしも成功しているとは言いがたい状況にある。今こそ産業界と農業界が力を結集して、一段高い次元の施設園芸を展開すべき時期にきており、次世代施設園芸がその嚆矢となることが期待されている。
次世代施設園芸の取り組みは始まったばかりであるが、今後は拠点の運営をいち早く軌道に乗せ、得られた成果を他の地域へ普及させることにより、施設園芸産地の構造改革と地域農業の発展に貢献してまいりたい。