流通経済大学 学長 野尻 俊明
わが国の流通、物流システムを支えるトラック輸送産業は、さまざまな課題があるが、とりわけ労働力不足が大きな問題となっている。トラック輸送産業の動向は、青果物をはじめとして農産物の生産、流通体制を揺るがしかねず、適切な対応が求められている。
わが国におけるトラック(貨物自動車)による貨物輸送事業の嚆矢は、明治期までさかのぼることができるが、主要な輸送機関として貨物輸送の主役に躍り出たのは、1960年代以降のことである。すなわち、わが国でのモータリゼーション(注1)の進展と軌を一にして、道路などの社会資本の整備や自動車の性能の向上などが図られ、自動車の利便性が認識され利用が促進した。とりわけ、貨物輸送の分野においては、それ以前の鉄道輸送に比べて、利用者の多様なニーズに対応可能なサービスの柔軟性が決定的要因となり、さらにコスト的な強みもあり、国内貨物輸送におけるトラックの時代が到来した。
1980年代に入ると宅配便、引越輸送などが登場、普及して、消費者の利便にかなったサービスが進展してきた。最近では、わが国におけるネット通販などの利用拡大により消費者への宅配事業の進捗が著しい。また、近年では東日本大震災やその他の重大災害の復旧、復興に不可欠のライフラインの確保などの役割も認識され、国民生活に密着した社会的インフラとしての役割も果たしている。さらに、過疎地域への物流サービスの継続についても新たな課題となっている。加えて、自動車の増加とともに交通事故、交通渋滞などの問題も社会問題化した。とりわけ、排気ガスによる大気汚染、地球温暖化問題は、現在でも大きな課題の一つとされている。
本稿では、トラック輸送産業の現状を概括するとともに、同産業が直面する諸課題のうち、労働力確保問題を中心に検討しておきたい。青果物をはじめとした農産物の輸送の多くをトラック輸送に頼っていることから、わが国の流通、物流システムを支えるトラック輸送産業の動向は、農産物の生産、流通体制を揺るがしかねず、適切な対応が求められている。
注1:自動車が社会に広く普及し、生活必需品化する現象。
現在のわが国の貨物輸送量は、平成23年度で見ると全体で49億トンで、そのうちトラック輸送は、約45億トン(91.8%)(営業用輸送は32億トン(64.4%)自家用13億トン(27.4%))を占めており、他の輸送機関の追随を許さない(図1)。
2年から施行されている「貨物自動車運送事業法」によれば、営業用トラック運送業は、不特定多数の荷主に対して主として貸し切り輸送サービスを提供する「一般貨物自動車運送事業(一般)」、特定荷主の自家輸送の代行的サービスを提供する「特定貨物自動車運送事業(特定)」、いわゆる軽自動車を用いて行う「貨物軽自動車運送事業(軽)」に区分される。なお、宅配便や路線便は「特別積合貨物運送」として、「一般」の事業分野に包含されている。
トラック産業の現状を見ると、総売上額は12兆2437億円、車両数は107万両となっている。そして、事業者数は6万3083者、総従業員数は115万人である(23年度)。もっとも、総事業者の99.9%が中小企業であり、従業員10人以下の事業者が全体の50.5%強を占めている(図2)。
また、1事業者当たりの保有車両数を見ると、10両以下が58.1%を占めており、トラック輸送産業は、多数の小規模零細事業者がひしめく競争の激しい市場という特色を有している(図3)。さらに、近年では、燃油価格や人件費などのコスト増で営業利益が低下し、赤字経営に苦しむ事業者も増加している(図4)。
従前から労働集約的色彩の強いトラック輸送産業については、良質な労働力の確保が大きな問題とされてきていた。しかし、産業全体で労働者(運転者)の確保に極端に窮するといった深刻な事態は、過去の一時期を除いて基本的には生起していなかった。過去最も運転者不足が深刻で顕在化したのは、昭和の末から平成の初めにかけての、いわゆるバブル景気による好況期であった。当時の状況について、平成2年度の「運輸白書(第2章)」は、「長期にわたる景気拡大を反映して労働力需要は引き締まり、わが国産業の多くの分野で労働力不足感が拡がっている。運輸産業では労働力不足の深刻化は大きな問題となっており、労働力の確保などその対策が強く求められている」としている。その後は、バブルの崩壊に伴う景気減退により、貨物輸送量が低減したことなどもあり、深刻な労働力不足の問題は顕在化してこなかった。
しかし、近年はリーマンショック後の景気回復に伴い、物流業の労働者不足問題が各方面から指摘されている。特に、26年は、4月からの消費税率の引き上げに伴う駆け込み需要の影響もあり、前年末からトラック業界では運転者不足が深刻化していた。とりわけ、3月末、4月初めの引越輸送の繁忙期においては、事前に大きな混乱が予想されたことから、この問題が一挙に社会問題化した。
そして最近では、労働環境の厳しさなどにより長距離ドライバーが集まりにくく、幹線輸送を受託する事業者が見つからない、労働者の高齢化(トラック運転者の平均年齢は46.2歳、なお全産業平均は42.0歳)が進んでいるが、若年層は募集をしても一向に集まらない、などの悲鳴とも思える声がトラック業界から聞こえるようになっている。実際、労働者の確保が困難なため事業を休止したという事例も、各地から報告されている。トラック輸送産業の労働力不足感は、他産業より強いものがある(図5)。また、トラック運送業者に対して行ったトラック運送業界の人出不足感に対する調査(25年10月から27年3月)では、不足、やや不足と回答した者は、50%を上回っている(図6)。
こうした事態の深刻化については、すでに20年9月に国土交通省が発表した「輸送の安全向上のための優良な労働力(トラックドライバー)確保対策の検討」報告書において、27年には約14万人のトラック運転者が不足する可能性があることを指摘していた。
わが国では少子高齢化により、経済社会の各般で人手不足感が強まっているが、特にトラック事業においては、この傾向を助長するいくつかの傾向が指摘されている。中でも最大の要因は、他産業に比較しての労働環境の劣悪さであろう。全産業と比較して、労働時間(月間220時間)は1~2割長く、一方年間所得(418万円)は、1~4割低い。加えて、深夜、早朝、休日などの不規則な就業形態、荷役作業や整備などの力仕事なども常態化している。このことからか、女性の就業率はわずか2%程度と極めて低く、ほとんど皆無といっても過言でない。
加えて、平成19年の道路交通法改正により、運転免許に「新普通免許」(注2)が導入されたことにより、若者の就業が著しく減少したこともある。改正は、高校卒業直後の18歳では、最大積載量5トン未満までの車両を運転することができたため、従来営業用トラックの56%が運転可能であったものが、新普通免許では3トン未満となり、営業トラックの15%しか運転できない事態となってしまったことが影響している(図7)。これにより若年層のトラック輸送産業への就業離れに拍車がかけられることになってしまった。なお、警察庁ではこうした問題の解決に向けて検討が進められ、今後道路交通法の改正が予定されている。
注2:平成19年6月2日に道路交通法の一部改正によりこれまで普通免許で運転可能であった、車両総重量5トン以上11トン未満の自動車などが、新たに「中型自動車」となり、これに対応する免許として「中型免許」が新設された。
前述のような深刻な労働力不足の状況を踏まえて、政府は「日本再興戦略」(平成26年6月24日閣議決定)において、「交通関連産業などにおける・・・人材確保・育成対策を総合的に推進する」とし、また「骨太の方針」(平成26年6月24日閣議決定)において「運輸業・・・における人材確保・育成対策を総合的に推進する」とされた。この背景には、トラック輸送を中心とした物流システムを、わが国の国民生活や産業活動を支える重要な社会的インフラと認識し、将来にわたって安定的にその機能を発揮していく上で労働力の不足、人材の確保困難がその大きな足かせとなることへの強い危機感があるといえる。
これらの閣議決定を受けて国土交通省においては、「物流分野における労働力不足対策アクションプラン~仕事満足度と効率性の向上に向けて~」(平成27年3月20日)を公表して、抜本的な対策の構築を急いでいる。
同アクションプランは、「わが国においては今後も中長期的に少子化に伴う労働力人口の減少により、物流分野における人材確保が困難になっていく可能性があり、特に中高年への依存度が高いトラック運転者や内航船員については深刻さを増していく」、としている。
そこで、平成27~29年度の3年間に次の2つを具体的な施策として、総合的に推進することとした。すなわち、物流分野(トラック運転者、内航船員)における労働力不足に対応するために、(ⅰ)新規就業の促進と定着率の向上、(ⅱ)物流の効率化、省力化、である。
このうち(ⅰ)については、①就業環境の改善、②業界イメージの改善、③人材の確保および育成を掲げ、労働者の待遇改善や労働負荷の軽減などにより就業先としての魅力を向上させ、「3K」といったネガティブなイメージから、「安全」「洗練」といったポジティブなイメージへの転換を図る取り組みが必要とされている。また、(ⅱ)については、①大量輸送機関の活用、②オペレーションの効率化、③物流に配慮した建築物の設計、運用、④輸送能力の向上を掲げ、従来よりも少ない人材しか確保できない場合でも、わが国の国民生活や産業活動に必要な物流機能の安定的な維持を図る必要があるとしている。
これらの施策の実施には、関係省庁、関係業界団体、事業者、利用者(荷主)など多様な関係者間での連携やパートナーシップの構築のいかんが大きなポイントとなろう。特に、利用者(荷主)、さらには国民一般の、物流(トラック輸送)の重要性への一層の理解が不可欠といえる。
なお、トラック運転者の労働時間、とりわけ長時間労働の改善に向けて、別の視点からの取り組みが始められようとしており注目される。すなわち、政府においては、27年4月3日「労働基準法などの一部を改正する法律案」を閣議決定し、長時間労働を抑制するために月60時間超の時間外労働に対する割増賃金率引き上げ(25%→50%)について、中小企業への適用猶予を見直し、31年4月から適用することとした。中小企業の比率が極めて高く、また長時間労働が常態化しているといわれるトラック輸送産業においては、この制度変更に大きな影響を受ける可能性があり、迅速な対応が求められる。そこで、27年5月から国土交通省においては、厚生労働省、学識経験者、荷主、事業者の代表を集めて「トラック輸送における取引環境・労働時間改善協議会」を設置して、実態調査、パイロット事業、長時間労働改善ガイドラインの策定などを行う具体的な検討が開始されることとなった。
当面、行政が中心となって行う労働力確保への取り組みがスムーズに実行され、効果が表れることに期待したい。ただ、現実にはトラック運転者の賃金レベルの動向が今後に大きく影響する。賃金面での労働条件の改善いかんに注目が集まる。
本稿で検討したトラック輸送産業の諸課題、とりわけ労働力不足問題は、当然のことながら青果物をはじめとした農産物の流通、物流に深刻な影響を与えることになりかねない。そこで農林水産省生産局では、平成26年11月に「青果物流通システム高度化研究会」(以下「同研究会」という。)を設置して、種々検討を行った。筆者も同研究会にメンバーとして参加したが、トラック輸送(とりわけ遠隔地からの輸送)の現状に危機意識を持ち、今後の青果物流通の効率化に資するため、①輸送の高度化、②輸送の高度化のための生産体制の整備、③受け皿となる供給地の体制整備、④共通事項、について議論を行った。
同研究会では、従来から論議されてきた青果物の流通、物流の課題を踏まえた上で、最近の状況を直視して、「新たに必要と考えられる対策」を具体的に提示しているところが注目される。なお、ここでの検討の結果は、26年12月25日に同研究会の『論点整理』として公表されている
(農水省ホームページ http://www.maff.go.jp/j/seisan/kakou/yasai_kazitu/pdf/ronten.pdf 参照)。
青果物に限らず、今後の流通、物流の効率化、高度化には、関係者相互のパートナーシップが極めて重要であり、流通、物流の今後に危機感をもって総合的に検討を進めていく必要がある。
【参考資料】
(1)野尻俊明『貨物自動車政策の変遷』(平成26年3月 流通経済大学出版会刊)
(2)大島弘明「トラック輸送業のドライバー確保問題について」『物流問題研究 No. 59』(2012年冬 流通経済大学物流科学研究所刊)
(3)井上 豪「トラック輸送業界における労働力不足の現状と対策」『物流問題研究 No. 62』(2013年冬 流通経済大学物流科学研究所刊)
(4)国土交通省自動車局『自動車運送事業における労働力確保対策について』(平成26年7月)