東京農業大学国際食料情報学部
教授 渋谷 往男
企業の農業参入が盛んになる中で、多くの事例は参入企業のみの点的な生産拡大となっており、地域農業全体への影響は限定的なものとなっている。一方、愛媛県西条市では自治体が誘致する形で企業参入を実現させ、地域の農業者や関連事業者とともに面的な広がりを持つ野菜産地形成を目指しており、企業と地域が連携した新たな野菜産地形成の可能性を秘めている。
従来の産地形成は、農業改良普及センターの技術力やJA系統の販売力などを活用しつつ、地域の多数の農家が足並みをそろえて取り組むという形であった。しかし、担い手の兼業化や高齢化の進行に伴い、従来の方式での産地形成は極めて困難になっている。
一方、衰退傾向にある地域農業の打開策として企業、特に、大手企業の農業参入は、その経営力や資本力への期待が強い。しかし、地域の雇用創出や当該経営体あるいは提携関係にある農業法人などの生産拡大にはつながっても、地域の生産者を巻き込んだ面的な産地形成につなげるのは容易ではなく、地域農業を革新するような、高付加価値の産地形成を地域全体で行っていく方策は確立されていない。
そこで、本稿では地域と参入企業が連携しつつ、個別経営の農家も魅力を感じるような面的な広がりを持った野菜産地形成の可能性を、経営資源調達の視点から考察することとしたい。
愛媛県西条市は、県内の区分では「東予地域」の中心に位置するとともに、四国全体で見ても中心的な位置にある。市の北には瀬戸内海が開け、南には標高1982メートルと西日本最高峰の石鎚山をはじめとする四国山脈がそびえている。海岸沿いには西条平野と周桑平野という2つの平野が広がっている。
典型的な瀬戸内海式気候のため、平野部は年間降水量1400ミリメートルと雨が少ないものの、山間部では多量の雨が降る。南の市境は分水嶺のため、山地に降った雨は全て西条市に流れてくる。市の中心部では、15~20メートルのパイプを打ち込むだけで良質かつ豊富な地下水がわき出てくる。この自噴水は「うちぬき」と呼ばれ、飲料水や農業用水に使われている(写真1)。
西条市は、2004年に旧西条市を含む2市2町が合併し、面積は約509.98平方キロメートルと県内3位の広さとなっている。四国の中心という立地に加え、高速道路の整備が進んだことから四国4県の県庁所在地と1~2時間で結ばれるとともに、広島、岡山両県とも近く、交通アクセスに恵まれている。
全国総合開発計画の下で西条市を含む東予地域は1964年、全国15の新産業都市の一つに選定された。これを契機として、臨海部の埋め立て地を中心に、多くの企業立地が進み、臨海部には今治造船株式会社、日新製鋼株式会社、アサヒビール株式会社、住友金属鉱山株式会社、住友重機械工業株式会社、株式会社クラレ、ルネサスエレクトロニクス株式会社、三菱電機株式会社、プリマハム株式会社などの大規模工場が立地している。さらに、誘致された大規模工場の関連産業も地域で育っている。こうしたことから、現在でも、今治市に次ぐ県下第2位の製造品出荷額を誇っている。このように、西条市は企業誘致を契機として、工業を中心に発展を遂げてきた地域といえる。
農業では、四国一の経営耕地面積(4950ヘクタール)を有している。しかし、基本的には穀倉地帯で米、麦が中心である。このほかにも春の七草、ほうれんそう、アスパラガス、きゅうりなどが産地化されているが、特色に乏しいものとなっている。大企業による工場立地に伴い、農家は早くから兼業化が進行している。
西条市は工業で発展してきたものの、経営耕地面積の大きさに象徴されるように農業の基盤も充実しており、「田園工業都市」を標榜してきた。しかし、農業は水田中心で収益性が低く、その基盤を十分に活用できていなかった。そこで2002年から、第1次産業を軸として地域産業の発展を図ることが雇用創出と地域経済の活性化を図る上で極めて重要との考え方から、第1次産業に他産業のノウハウを取り入れて生産、加工、流通が一体となった仕組みを構築する「総合6次産業化」の取り組みを進めてきた。実態としては、加工品開発が中心で販路開拓では必ずしも十分な成果は上がっていなかった。しかし、将来にわたり持続的に発展していくためには、人口減少の進む国内だけではなく輸出販路の拡大が必要とされた。そこで、2006年には西条市が3分の2を出資する産業支援機関である株式会社西条産業情報支援センター(以下、「サイクス」という。)が中心になり、農林水産省の「食料産業クラスター推進事業」を導入し、海外輸出などに取り組むことになった。一般に食品輸出は、首都圏や関西圏の輸出商社を経由した間接輸出が主流であるが、輸送コストや現地価格を抑えるために地元の海運会社が国内貿易窓口となり、タイ国への直接輸出を手がけるようになった。同事業では、優良事例として全国で5カ所のモデル地区の一つに選定されるという評価を受けるとともに、2010年には、農林水産省と経済産業省による「農商工連携ベストプラクティス30」に選ばれている。このように、西条市では、市を挙げて第1次産業と他産業の連携という枠組みによる農業の高付加価値化を模索し続け、さまざまな成果も上げてきた。
東予地域は住友グループ発祥の地である別子銅山を有し、西条市内にも住友系の企業が多く立地している。こうした背景の下、2009年に前市長が住友化学株式会社(本社東京都。以下、「住友化学」という。)の資本で同年5月に設立された株式会社住化ファーム長野の新聞記事を見て、同社の米倉弘昌会長(当時)に西条市でも展開するようトップセールスをした。その後、住友化学では全国に展開する住化ファームの一つと捉え、西条市において現地調査などを進めた。
同時に、当時米倉氏が会長を務めていた経団連(一般社団法人日本経済団体連合会)は「未来都市モデルプロジェクト」を検討していた。このため、住友化学が単体で展開する住化ファームの一つではなく、経団連プロジェクトとして、より大がかりな枠組みで検討されることとなり、2011年3月に「未来都市モデルプロジェクト」の12都市の一つとして「西条農業革新都市」が選定された。
これを受けて、2011年8月に株式会社サンライズファーム西条(以下、「サンライズファーム西条」という。)が設立された。資本金1億円のうち、住友化学が94%、サイクスが3%、西条市農業協同組合(以下、「JA西条」という。)、パナソニック株式会社、三菱重工業株式会社が各1%を出資している。サンライズファーム西条は、住友化学単体で企業参入している各地の住化ファームよりCSR(corporate social responsibility:企業の社会的責任)色が強い、という。
その後、2011年9月に「西条農業革新都市総合特区」として政府の地域活性化総合特区に申請し、同年12月に特区指定がなされた。
西条市は「西条農業革新都市総合特区」の申請に合わせ、「『西条農業革新都市』地域協議会」(以下、「地域協議会」という。)を立ち上げた。図1に示すように、地域協議会の下で、「産地化促進・人材育成部会」「小水力発電部会」「先進技術実証実験部会」「加工・流通促進部会」「企業誘致・参入促進部会」が設置された。
この体制からわかるように、このプロジェクトは、単なる企業単体の農業参入ではなく、地域の各主体と地域外の企業などを巻き込んだ大規模なものである。
一般に企業の農業参入は、農地の確保が課題となっている。しかし、サンライズファーム西条は、初年度から農道に面した一等地の農地を約5ヘクタール借り受けることができた。これは、大きなプロジェクトや出資者構成を背景とした前市長や農協組合長の説得があったからこそであった。サンライズファーム西条は、設立年から水田の裏作としてレタス生産を開始し、翌年からはレタスの出荷と加工向けの販路開拓が開始された。2013年には栽培面積を約8ヘクタールに拡大するとともに、品目も米、キャベツなどに拡大された。さらに、JGAP認証を取得するとともに、一部で他の生産者との連携も開始されるなど着実に展開されている(写真2)。
品目として、当初レタスが選択された理由は、それまで地域での生産実績がないこと、温暖で降水量も少ないため冬場の水田を活用して二毛作ができることなどがある。親会社の住友化学は、農薬ビジネスの経験は豊富であっても農業生産自体の経験は浅い。このため、サンライズファーム西条の農場長には、ほかの農業法人で10年以上レタス生産の経験がある30代の人材を据えた。このほか、西条市出身の20代の若手社員を2名雇用し、生産に従事するパートとして7~8名を現地で採用した。さらに、企業の得意とする作業マニュアルをビデオにより作成し、多人数の農場の管理体制を整えた。
レタスの出荷先は、JA系統出荷で奈良県などの近畿圏を中心としている。今後は商系にも出荷を広げていく予定という。
西条市は、多くの自噴水に象徴されるように水に恵まれた地域である。そこで、農業革新都市プロジェクトの申請当初から、良質な水を大量に使うカット野菜工場の整備が計画されており、2014年2月に株式会社サンライズ西条加工センター(以下、「加工センター」という。)(写真3)が設立され、同年の10月末に工場が完成した。資本金9800万円のうち、住友化学(出資比率49%)の他、株式会社高瀬運送(本社西条市、以下、「高瀬運送」という。同29%)、ヤマエ久野株式会社(本社福岡市、以下、「ヤマエ久野」という。同8%)、JA西条(同5%)、サイクス(同5%)、株式会社伊予銀行(本店松山市、同4%)が出資している。ヤマエ久野は福岡の食品商社である。元々あった高瀬運送の300坪の建屋に2億円弱をかけて改修、設備導入を行い、HACCP取得を目指した施設としている。こうしたカット野菜工場は広域的に見てもほとんどないため、コンビニエンスストア、スーパーマーケットなどで販売されるパック詰めのカット野菜や、業務需要向けの野菜カットなどの加工を担う拠点として期待されている。
参入企業だけではなく地元農家と連携して、高付加価値の産地化を目指していることから、加工センターで加工する野菜についても当面、サンライズファーム西条、地元農家、市場などからの購入を想定している。カット野菜工場として川下ニーズに応えるためには、サンライズファーム西条や地元農家が生産しない野菜を調達しなければならないこともあるため、市場などからの購入は不可避のものである。
加工センターの地域への効果として、地元の農業者の意識を変えつつある点が注目される。大規模な工場群による工業が盛んな西条市では、農業はもうからない産業とされ、レタスなどの生産を開始しても近隣農家は一部しか関心を示さなかった。しかし、加工センターの稼働以降、近隣農家やJAから問い合わせが増え、加工センターの利用を前提として地域の農業を巻き込んだ産地化の動きが始まっている。
サンライズファーム西条の経営面積は、現状では8ヘクタールであるが、近い将来24ヘクタールへと3倍に拡大することとなっている。これに合わせて、加工センターでの対応も拡大することが見込まれている。こうした事業拡大によって、地域雇用のさらなる拡大が確実となっている。
さらに、産地は、加工センターの調達先として、近隣農家の生産拡大を重要視しつつ、長期的には、新規就農者の受入および育成による調達の維持、拡大について、大きな展望を持っている。
従来の産地は、JAや行政が主導となり、同一地域内で多くの農家が参画した同一品目の生産により形成され、農業の3要素である土地、労働、資本のいずれも地元の農家が担ってきた。こうした方法が行き詰まりを見せている中で、西条市は、土地を地元農家からの賃借で調達し、労働力は核となる人材については地域外から呼び込み、他の社員やパート人材は地元から雇用することで産地を形成している。さらに、資本は地域外の大手企業が中心となっており、地域内と地域外をうまく組み合わせているといえる(図2)。農業の3要素のうち地元ではそろわないものを外部から導入する点は、半世紀前に始まった東予新産業都市の企業誘致による産業振興の成功パターンを農業に応用したもので、「企業誘致型農業産地形成」ということができる。
こうした展開を望む地域は全国に多い。そこで、西条市の取り組みに至っている要因を整理したい。
第1に、前市長をはじめとする西条市関係者の構想力と行動力、リーダーシップが挙げられる。本稿で示したように、西条市の企業参入を中心とした野菜の産地化は、決して新聞記事を見ただけの思いつきの取り組みではない。早くから田園工業都市を標榜し、総合6次産業化の取り組みを進めてきたこと、食品産業クラスター推進事業などに果敢にチャレンジし、地域にその素地を作ってきたこと抜きに語ることはできない。
第2に、経団連プロジェクトを導入し、地域の総力を結集するという大きな枠組みで取り組みを進めた点である。企業の農業参入は、ややもすると地域の農業者やJAの反発や無関心を引き起こすことがある。これらを回避して一体となって進めるために、あえて大きなプロジェクトを導入したことが有効に働いている。
第3に、中核企業が経団連会長を輩出するエクセレントカンパニーであり、短期的な利益を追求しない姿勢があることである。農業あるいは地域の時間軸と企業の時間軸は乖離があることが多い。こうした点では、事業初期に避けられない赤字も容認できるような、長期的な展望を持った企業を導入した点は大きい。
今も企業の力を活用した農業振興を懐疑的に捉える向きがある。しかし、企業の力を面的な産地形成に結びつけ、大がかりな農業振興を目指すという西条市の「企業誘致型農業産地形成」のパターンを参考にすると、企業と地域農業の新しい共存の姿が見えてくる。