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調査・報告(野菜情報 2015年4月号)


女性目線を生かした野菜農業の経営を展開
~岡山県めぐみ農園 岡本氏の事例~

調査情報部 参与 村野 恵子


【概要】

 平成24年に農業に新規参入した岡本尚子ひさこ氏(以下、「岡本氏」という。)は、岡山県でめぐみ農園を経営し、彩り豊かで珍しい野菜の少量多品目の生産を手がけ、女性目線を生かして経営を軌道に乗せている。また、農林水産省が主催する農業女子プロジェクトなども活用して、販路の拡大を図っている。

1 女性農業者の現状

 平成26年において、女性農業者は、農業就業人口の約半数を占め、また年代別では、39歳以下と70歳以上で過半を下回っているが、全体では約半数を占めており、農業において重要な位置を占めている(表1)。

 しかし、農業者の高齢化が進み、担い手の確保が喫緊の課題である中、新規就農者に占める女性の割合は、全体の2割程度にとどまっている(図1)。

 さらに、新規就農者を就農形態別に見ると、最多なのは新規自営農業就農者、次いで新規雇用就農者であり、新規参入者は最少であり、男女とも同様の傾向となっている。この就農形態別に女性の占める比率を見ると、新規自営農業就農者および新規雇用就農者で2~3割を占めているが、新規参入者は1割程度となっている(表2)。

 全国農業会議所および全国新規就農相談センターでは、平成24年度に新規参入の女性を対象としてアンケート調査を実施している。その調査結果からは、「自然や動植物が好き」「農業が好き」という単純な理由から就農したものの、就農までに、農地や資金の確保などの苦労があり、就農時には、「体力的に自信がない」「周囲からの好奇の目」などに苦労していることが明らかになった。就農後も、「体力的に力が弱い」「農業機械があわない」「所得が少ない」などの困難な状況となっている姿が浮かび上がる。また、栽培作目では、栽培期間が短く比較的小規模でも作付回数を増やすことで経営規模が確保できること、機械設備が少なくて済むなどから、野菜が選択されていることがうかがえる。

 また、男性と比較した場合、就農時には、「女性の方が苦労が多いと思ったことがない」が上回っているが、農業経営においては、「女性の方が苦労が多いと思ったことがある」が上回っており、農業経営においては、女性は男性よりも困難を感じていることが推察される。

 農業経営を改善するためには、「他産業、異分野との連携」が、「栽培飼養技術の向上」などを引き離して最多となっている(表3)。

2 農業女子プロジェクトの立ち上げ

 農林水産省では、農業分野における女性の活躍を支援するため、女性農業者と企業との連携による新商品・サービスなどの開発とその発信に取り組む「農業女子プロジェクト」を、平成25年11月に立ち上げた(農業女子プロジェクトの概要は、当月号(2015年4月号)話題の「農業女子プロジェクトにおける女性の活躍推進について」を参照)。農業女子プロジェクトの目的は、社会における女性農業者の存在感を高めると同時に、若い女性の職業の選択肢に「農業」を加えることである。

 農業女子プロジェクトのメンバーになると、農林水産省のホームページに名前や写真、栽培品目、農業との関わり方などが紹介され、ホームページやフェイスブックを通じて頻繁に情報が発信されることから、多くの人にそれぞれの活動が認識されるようになる。

 岡山県岡山市で24年に農業に新規参入し、めぐみ農園を開設している岡本氏は、農業女子プロジェクトの発足当初から参加しているメンバーの一人である。岡本氏は、25年8月に、民間企業が主催する新規就農イベントに講師として参加した際に出会った農業女子プロジェクト事務局から誘われたことがきっかけで、立ち上げ時から参加。農業女子プロジェクトの活動を通じて、農林水産省、農業女子メンバーや参加企業との活動が広がった。
本稿では、 岡本氏が就農したきっかけや野菜生産販売の状況、農業女子プロジェクトとの関わりについて報告する。

3 めぐみ農園の概要

(1)就農のきっかけ

 岡本氏(写真1)は、20年以上勤めた住宅メーカーの営業職を辞めて平成24年に新規就農した。

 実家はコメや野菜を作る兼業農家だが、農繁期に手伝わされるのが嫌で農業を敬遠していた。しかし、 会社員時代に、アトピーやぜんそくに悩む人向けの家づくりに携わったことから、食べ物、特に自然食に興味を持つようになり、最終的には農業、中でも野菜作りへの関心が高まった。会社が休みの日などに実家の農業を手伝うようになり、最初は、ほ場の草抜きから始めたが、そのうちラディッシュやきゅうりなどの種をまき、栽培を始めた。半年ほどそうした生活を行った後、もともと好きだったものづくりに農業は通じると気づき、農業に専念したいと思うようになった。

 22年6月から約2年半の研修を京都と神戸で行い、トマトをはじめとするさまざまな野菜を少量栽培する方法などを学んだ後、24年10月に実家のほ場45アールを借り受けて、めぐみ農園を立ち上げた。

(2)就農計画認定までのプロセス

 就農計画を申請し、認定されると、就農支援資金の融資制度などの支援を受けることができる。就農計画申請の手続きについては、岡山農業普及指導センターの助言を得て行った。農家の子女であったので、別な選択肢もあったとのことだが、そこは正面突破を図りたいという不退転の彼女の思いがあったようだ。申請に当たっては、栽培品目が多すぎること、少量、単価など数字の根拠を示すことに苦労したが、岡本氏は、農業の経営方針が最初から明確だったので、県の担当者が助言しやすく比較的スムーズに申請にこぎつけた。申請の窓口は岡山県で、申請から受理までに要した期間は、約半年で平均的な期間だという。

 就農計画が、認定された後に、農協へ融資を申し込んだ。認定前は多額の借り入れをしようという思いもあったが、収支計画を作成しているうちに、返せる範囲の借り入れからスタートしようという、堅実な発想に変わった。改めて考えると、無理な融資を受けなくて良かったとのことである。
なお、21年から25年の新規雇用者を除く岡山県の新規就農者のうち、女性は7~8人(5~6%)で推移し、全国平均(約20%)を下回る状況となっている(表4)。

(3)野菜の生産状況

 めぐみ農園では、「食べることは、生きること」をモットーに、彩りある美しい野菜を食卓に届けることを目的に、トマトだけでも10品種、また紫、赤、黒、白、黄とさまざまな色のにんじん、紅白の断面が鮮やかなゴルゴ注)やトレビスなどの西洋野菜を、年間100種類以上栽培している(写真2、写真3)。

注)テーブルビートとも呼ばれる根菜。紅白の年輪模様が美しいことから、根の部分を薄くスライスしてサラダで食べるのが一般的。

 延べ栽培面積は25年が約50アール、26年は約60アールと、毎年拡大している。26年の品目別作付面積、販売金額を見ると、トマトが作付面積(36%)、販売金額(40%)ともに最大となっている(表5)。トマトとにんじんが、作付面積比率より、販売金額比率が高いのは、トマトはもともと販売単価が高いこと、にんじんは、通常のにんじんに比べて単価の高い紫などの品目を生産していることによる。

 中心品目のトマトは25年度は、夏秋トマト(雨よけ栽培)を5月から7月、冬春トマト(施設栽培)を12月から翌7月ぐらいまで栽培した。26年度は、夏秋トマトに加え、露地トマトを7月から10月まで栽培し、それ以外の時期はにんじんや葉物野菜を多く栽培している。27年度も、26年度同様に夏秋トマト、露地トマト、その他の野菜を栽培する予定である。

 25年度は、冬春トマトを初夏まで販売したが、コストに対して、販売価格はそれに応じた価格にならなかったため、冬春トマトの栽培をやめ比較的栽培期間が短い葉物や、露地でも栽培できるにんじんなどを多く栽培するようになった。また、26年は、夏に記録的に雨が多く、日照量が少なかったことから、思ったような収穫量を上げられず誤算が生じた。農業はやってみないとわからない面があると言う岡本氏は、年間を通してさまざまな野菜を作って販売している。

 栽培方法は、肥料は牛ふんなどの有機質肥料を使い、可能な限り農薬を使わない減農薬としている。農作業は、父親に手伝ってもらいながら行っている。岡本氏は、週2日午前中に配達を行い、それ以外の日は、農作業に従事し、または、自宅のほ場で年に数回開催する収穫体験のイベント、後述する農業女子プロジェクトへの参加、食育などの講演依頼への対応などを行っている。

(4)主な販売先

 めぐみ農園の開設当初は、直売所が主な販売先だったが、現在は自然食品店(写真4)1店舗、レストラン(写真5)6店舗が主な販売先である。ほかに直売所や百貨店、個人宅配、また農園に直接買いにくる人もいる。販売金額は、自然食品店とレストランが9割を占め、売上げも徐々に増加しているという。

 販売先の自然食品店は、前職でのつながりから納入するようになった。口コミ、農業女子という事から出演したテレビ放映、ホームページやフェイスブックを使った情報発信なども、販売先の拡大につながっている。

 販売先との取引方法は、岡本氏から提示した納入可能品目と数量に基づき、店側が品目と数量を決定。取引価格は、市場価格の動向を見て岡本氏が提示し、相談の上決定している。

 販売店では、トマトは種類が多くパッケージもかわいらしく、また葉物野菜は手入れがよく見た目もきれいで清潔感があり、販売方法に女性のきめ細やかなところが生かされていると評判が良い。また、レストランからは、見た目が彩り豊かで珍しい野菜が多いこと、素材の味がしっかりしていておいしいことなどが評価されている。

4 農業女子プロジェクトを通じた広がり

 農業女子プロジェクトで複数の個別プロジェクトに参加している岡本氏は、農業女子プロジェクト参加企業の株式会社三越伊勢丹ホールディングス(以下、「三越伊勢丹」という。)で、26年は7月から12月(10月を除く)に、トマトなどの野菜を販売した。

 一方、岡本氏は岡山で、地元版「おかやま農業女子」の立ち上げに参画した。発端は、岡本氏と別の岡山市在住の農業女子プロジェクトメンバーの2人が、地元企業と連携したいと、事務局の中国四国農政局(以下、「農政局」という。)を訪問。農政局ではこの提案を尊重し、岡山県の協力も得て、岡山県在住の農業女子プロジェクトメンバー9名と女性農業者4名の計13名が、26年7月16日におかやま農業女子を始動させた。

 おかやま農業女子は、岡山県内の女性農業者の交流と、実需者、消費者などとの新たな連携、販路拡大などによる経営発展を目的としている。具体的な活動としては、マルシェへの出店、個々の経営発展に向けた勉強会の開催である。

 現在、加工企業との提携による加工品製造にも取り組んでおり、26年12月には、他のメンバーと米とトマトを組み合わせた「プリジュレ」を共に製造し、三越伊勢丹でお歳暮として販売された。

 27年3月からは、新たに岡山県内の百貨店でおかやま農業女子の販売コーナーを持つことになり、岡本氏の野菜と野菜クッキー、トマトジャムなどの農産物や加工品の販売が始まっている。

 今後は、さらにメンバーのつながりを生かして、加工品として何を作れるか検討し、おかやま農業女子という新たなブランドを作りたいという。目指すのは、メンバー一人一人の経営発展と女性就農者数の増加であるという。

5 女性目線を生かした野菜生産販売の展開

 前述の通り、農業に新規参入する女性が男性に比べて極めて少ない背景には、体力的に自信がない、農業機械があわない、所得が少ないなどの問題があると思われる。

 岡本氏は、彩り豊かで珍しい野菜の少量多品目の生産販売を行い、生産面では、限られた耕地面積での栽培が可能なこと、軽量であることから大型農業機械を使う必要がなく、体力的には不利な女性に合った栽培や収穫になっている。また、販売面では、かわいらしいパッケージを使用したり、清潔感、おしゃれなイメージを前面に出すことで女性目線を生かして付加価値をつけている。

 岡本氏は、まだ就農して3年目であり、他の一般の農業者と比較すると作付面積も小さく、収入もまだ多いとはいえない状態であるが、付加価値をつけた野菜の生産販売で、経営を軌道に乗せ、女性新規参入者の女性の農業経営上の問題を克服しているといえる。
これは、前職の時から自然食に興味をもち、それに関わる人との接点があったことと、岡山市という都市近郊で近くに消費者が多いということが背景にはあるものの、岡本氏が就農後、人との関わりを積極的に進めていく中で、農業女子プロジェクトができ、参加したことで、人の輪がより一層大きくなったことがあると考えられる。

 農業女子プロジェクトのメンバーは、岡本氏のように、農業に積極的に取り組んでいる。農業女子プロジェクトへの参加がひとつのきっかけになって、今後女性農業者がさらに活躍すること、また岡本氏の活躍を見て、次に続く女性が増えれば、女性農業者、ひいては男性を含めた農業全体の担い手のすそ野が広がるものと思われる。

 最後に、今回の調査に当たりご協力いただいた、めぐみ農園岡本尚子氏、岡山農業普及指導センター産地指導班副参事柴田雅人氏、株式会社ワールドハーモニー・テラ 松下宏氏、豆やフロアマネージャー片山美保子氏に感謝申し上げる。


参考資料

・「女性の視点に立った新規就農の課題や支援施策のあり方調査結果」(平成24年度)全国農業会議所 全国新規就農相談センター(一社)農山漁村女性・生活活動支援協会

・めぐみ農園ホームページ http://megumi-nouen.com/about/



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