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調査・報告(野菜情報 2015年2月号)


「食のバリアフリー」を実現する広島発
“凍結含浸法”

広島県立総合技術研究所食品工業技術センター
食品加工研究部 副主任研究員 杉岡 光


【要約】

 広島県立総合技術研究所食品工業技術センターは、酵素の力を利用して、たけのこやれんこんなどの硬い素材を見た目そのままに、スプーンで簡単につぶせるほど軟らかくする「凍結含浸法とうけつがんしんほう」を開発した。これにより、咀嚼力そしゃくりょくの落ちた高齢者なども、健常者と同じメニューを食べることで、食べる喜びを取り戻すことができる可能性が生まれた。高齢化が進むわが国にとって、今後ますます、このような「食のバリアフリー」化の取り組みが必要になってくると思われる。

1 はじめに

 わが国は、すでに4人に1人が高齢者という超高齢社会に突入している。国内食品市場は、総人口が減少に転じ、「口と胃袋」の数が減少していることから、全体として縮小傾向にある。食品業界では、拡大する高齢者および要介護者向け食品市場が注目されている。

 高齢者および要介護者には、噛む、飲み込むといった食べるための身体機能が低下して、食べることが難しい方(咀嚼、 嚥下えんげ困難者)も多く、その数はすでに100万人に達すると言われている。咀嚼、嚥下困難者の食事としては、口に入れて安全に食べられることが重視されてきた結果、介護などの現場では、従来、細かく刻む、すりつぶすなどの工夫がされた刻み食やミキサー食が提供されてきた。食品企業でも、小さくカットして煮込みやレトルトにより軟らかくしたもの、すりつぶした後に再成形したもの、ペースト状のものなどを展開している。これらはいずれも、喫食者の身体機能、食べられる能力に応じて、軟らかさ、飲み込みやすさなど、安全面での配慮と味付けなどの工夫が積み重ねられた優れた食品であるが、食欲をそそり、食事を楽しむ上で重要な「見た目のおいしさ」は失われている場合が多い。

 介護施設などに入所する高齢者にとって、楽しみなことの第1位が食事である。これからの高齢者および要介護者向けの食品には、エネルギー源、栄養源としてだけでなく、色や香り、味覚的なおいしさが求められると同時に、喫食者のQOL(生活の質)向上にむけて、今までと同じ見た目の食事、周りの人、家族と同じ見た目の食事を、楽しく不自由なく食べられる「食のバリアフリー」の視点が欠かせない。

 今回紹介する凍結含浸法は、広島県立総合技術研究所食品工業技術センターが10年がかりで開発、実用化した、見た目のおいしさをそのままに、食べ物の「硬さ」を調整できる、新しい食品加工技術である。

 現在、凍結含浸法の基本となる一連の技術(凍結含浸技術)は、広島県が特許権を保有している(表1)。当初から「介護食に革命」を起こす技術として食品業界、介護福祉現場関係者などから注目され、専門学会の学会賞や安藤百福賞などを受賞し、高い学術的評価を得ている。特にこの2~3年の間に、技術導入した食品メーカーからの商品化が本格化し、介護施設の現場では、凍結含浸法を応用した調理法も広がり始め、食のバリアフリーを実現する実用製法として認知度も高まっている。

2 凍結含浸法とは

 凍結含浸法で加工すると、見た目は普通のたけのこも、スプーンですくえるほど軟らかくなる(写真1)。にんじんも、簡単にスプーンでつぶせる軟らかさである(写真2)。見た目そのままに、舌でもつぶせるほど軟らかい野菜の煮物(写真3)。

 私たちは、野菜から畜肉、魚介まで、実に多くの食品素材、部位(食材)を日々食しているが、凍結含浸法は、それらほとんど全ての食材で、煮込む、焼く、蒸すなどの一般的な加熱による軟らかさとは異なる、劇的な軟らかさを実現できる(図1)。

 凍結含浸法による軟化加工では、酵素を利用する。これは果実が熟す原理と同じである。果実が熟れて軟らかくなるのは、果実に含まれるペクチナーゼという酵素の作用で、果実組織の細胞同士をつなぐペクチンが分解され、細胞同士の接着が弱くなるためである。

 ただし、普通の食材は、果実のように、もともと自分自身を分解する酵素を持っているわけではない。そこで、凍結含浸法で酵素を外部から染み込ませて、食材の内部で熟して軟らかくなる現象を再現すると、硬いたけのこでも、まるで熟すように軟らかくできるのである。

 ステーキでも同じである。肉を軟らかくする調理方法として、酢豚にパイナップル、肉の下ごしらえに生姜汁を加えたりするのは、それらが、肉のタンパク質を分解する酵素を持っているためである。ステーキのように厚みのある肉でも、凍結含浸法で肉のタンパク質を分解する酵素を含ませれば、熟成するように全体を軟らかくすることができる。

 このように、凍結含浸法は「食材に素早く酵素を染み込ませる」ことで、見た目をそのままに、軟らかい食品の製造を可能にしているのである。

3 凍結含浸法の原理と工程

 では、どうやって酵素を食材内に素早く染み込ませるのか。原理を基本的な工程手順(図2)に沿って説明する。

(1)食材の下処理として、皮むきやカット、ブランチング(加熱処理)をする。

(2)次に冷凍(凍結工程)する。冷凍することで食材内の水分が凍って微細な氷結晶が成長し、食材組織の隙間を押し広げるので、食材を解凍すると、食材組織に緩みが生じる。

(3)解凍食材を酵素液に浸漬(漬け込む)して減圧処理を行い、素早く酵素液を染み込ませる(含浸工程)。食材組織が緩んでいるため、減圧処理をすることで、効率よく食材内部から空気や水分が抜け、代わりに酵素液が染み込むのである。

(4)染み込んだ酵素の作用で食材が軟らかくなる。

(5)加熱により酵素の作用を止めるまでの時間を調節するだけで、見た目はそのままに、ちょっと軟らかくてかみやすい、箸で切れる、スプーンで軽くつぶせる、といったように「硬さ」を調整できるのである。

 凍結工程と含浸工程を行うことから、凍結含浸法と呼ばれるようになった。例えば、単に食材を酵素液に漬けておくだけでは、食材の中まで酵素が染み込みにくく、表面は分解が進んで溶けはじめたような状況でも、中は硬いままである。見た目をそのままに、食材全体を同じように軟らかくするには、食材全体に同時に酵素を働かせることが重要であり、凍結工程と含浸工程を組み合わせることで、素早く酵素を食材内にまで染み込ませることができる凍結含浸法が有効なのである。

4 形状保持軟化の特長を活かす展開へ

 凍結含浸法開発のきっかけは、偶然と発想の転換である。元は「機能性の高い単細胞食品」や「低コストな餡の製造」などを目的に、平成12年から始めた植物組織を酵素で単細胞化する(ばらばらにする)研究であった。この単細胞化研究の過程で、 偶然、実験に冷凍にんじんを用いたところグニャリと軟らかくなったことから、「食材の単細胞化」から全く新しい「形状保持軟化(形をそのままに軟らかくする)」への発想の転換が起こった。事前に冷凍処理があると、食材の内部まで酵素を含浸できることを発見し、これが凍結含浸技術の基本的な発明となっている。14年に特許出願を行い、17年に権利化された。

 ちょうど12年前後は、わが国の超高齢化と総人口減少が明確に予見されるようになってきた時期であった。食品業界においても、超高齢社会を前提とした展開が重要になると考えて、凍結含浸法の実用開発は、「形状保持軟化」の特長が最大限活かせる、高齢者および要介護者向け食品分野にかじを切って始まった。

 植物系だけでなく動物系(肉や魚介)まで、日々の食事を構成する多様な食材について、個別に実用性も考慮しながら、見た目そのままに軟らかいだけでなく、風味や歩留まりの面でも好適な処理条件を確立することは研究的にもハードであったが、今では、120以上の素材品目の処理条件を確立している。

5 凍結含浸法と食のバリアフリー

 実用開発を進める中で、医療介護の現場で、刻み食やミキサー食が当たり前のように提供されている状況を知った当時の開発メンバーは、ある介護施設の管理栄養士との会話の中で出てきた「食のバリアフリー」という考え方に深く共感したと聞いている。

 今、乗り物や建物、道具を見渡すと、バリアフリーという考え方が広がっているが、「食」はバリアフリーであろうか。「食べること」が難しくなっても、今までと同じ、自然な見た目で軟らかくおいしく食べられる、家族や周りの人と同じ見た目の食事が楽しめる。当センターでは、凍結含浸法を通じて、食のバリアフリーの実現を目指してきた。

 凍結含浸法によって、高齢者および要介護者向けの食品、提供される食事はどう変わり得るのか考えてみよう。

 野菜は煮込めば、ある程度軟らかくなるが、特に、ごぼうやれんこんなど硬く繊維質の多い根菜類は、煮込んでも歯茎でつぶせるほどには軟らかくならないので、高齢者および介護用食品には使いにくい食材と言われる。凍結含浸法では、加熱では成し得ない軟らかさにできるので、これまで高齢者および介護用食品としての提供が難しかった硬く繊維質が多い根菜類を食事メニューに加えることができるのである。

 長時間煮込むことで、軟らかさとしては高齢者および介護用食品として利用できる食材であっても、栄養素が煮汁に溶け出したり、加熱分解して損なわれたり、色や風味が悪くなる場合がある。ブロッコリーの例を挙げよう。ブロッコリーは、さっとボイルして、しっかりした歯ごたえと食に彩りを添える鮮やかな緑色が楽しめ、ビタミンCも豊富である。しかし、軟らかくするために20分も煮込むと、せっかくの緑色は黄色っぽく退色し、ビタミンCの量は普通に5分煮た場合の約3分の1に減少する。凍結含浸法で軟らかくすると、緑色も鮮やかで、20分煮たものよりも軟らかく、ビタミンCの量は5分煮た場合と同じである(図3)。

 凍結含浸法では過度な加熱をしないので、食材の持つビタミンCなどの栄養素の分解や色の変化を最小限に抑えることが可能となる。つまり、「軟らかさだけでなく、食材の栄養成分や風味がそのままで色も鮮やか」は、凍結含浸法の技術的特長と言える。

 高齢者および要介護者の方々が食される上で欠かせない安全性はどうだろうか。まず、軟らかければかめて安全に飲み込めるわけではない。介護施設での摂食試験で、日本介護食品協議会のユニバーサルデザインフード区分2(歯茎でつぶせる)の軟らかさを満たす、凍結含浸法で軟らかくしたれんこん、たけのこ、にんじん、ごぼうを供したところ、普段、極刻み食やミキサー食を喫食している人に適用できることが分かった。刻み食では食欲が湧かず、2時間かかっていた食事が、「見た目のおいしさ」があることで食欲が湧き、20分ほどで完食した事例も見られた。

 食べることが難しい高齢者は、咀嚼、嚥下機能だけでなく、消化器官の運動機能が低下している場合も多いのであるが、凍結含浸法で軟らかくした食材は、消化時間が大幅に短縮し、消化される量も多くなる、すなわち、消化しやすくなることが分かっている。例えば、人工消化実験では、れんこんの消化時間が9時間から3時間になった。鶏のむね肉は、蒸した場合は2時間かかるところ、凍結含浸法で軟らかくした場合はわずか20分で消化され、消化液に溶出するタンパク質分解物量も多くなった。あらかじめ酵素分解されているので、食べた後の消化吸収性の向上も期待できるのである。

 さらに、凍結含浸食材は、食べてみると個々の食材の特徴が残っていて、それぞれの食感を楽しめることが実感できる。健常者を対象にさまざまな凍結含浸食材を食べてもらい、口の筋肉の活動の様子から、同等の軟らかさ(舌でつぶせる)であっても、たけのこはれんこんよりも口の中でつぶしやすくまとめやすいなど、食材によって特徴があり、食感が異なることが評価できるようになってきた。

 図4は、凍結含浸食の位置付けをイメージしたものである。凍結含浸法によってこれまで提供が難しかった食材も高齢者および介護用食品に利用できるようになっており、喫食者の状態、特にかむ力(咀嚼力)に応じて健常者と同じ食事メニューを提供できるようになりつつある。

 高齢者および介護用食品であっても、見た目、食材の色合いや香りで食欲を誘い、風味、食感など五感で感じるおいしさが大切なことは、普通の食品と同じである。見た目も栄養、風味も通常の食品、食事と変わらず、食材らしさを感じられ、軟らかくて食べやすく、消化性もよい凍結含浸食品は、まさにバリアフリー型の食品と言えるであろう。凍結含浸食品を食事提供している介護施設などからは、入所者の食事時間が劇的に短くなり、食べ残しも少なく栄養状態が維持された、との声が多く寄せられている。中には、胃ろうから経口に戻った、という報告もある。食のバリアフリーを実現できる世の中になってきているのである。

6 凍結含浸法の普及と今後の展望

 広島県は、これまで全国で50を超える食品メーカーなどへ、単独で保有する特許の技術移転を行い、商品開発の技術的サポートを行っている。3年前からは、凍結含浸法やバリアフリー型の食品、食事の認知度向上と市場形成に向けた普及活動も展開している。

 すでに、技術導入した食品メーカーから凍結含浸技術を利用した商品が販売されており、その販売額も年々増加している(図5)。

 凍結含浸法を利用した、いわゆる介護食品(やわらか食)は、主に介護施設など向けの業務用冷凍食品として販売されているほか、平成24年以降は在宅高齢者向けに宅配弁当(弁当用の具材)などが急増している。

 また、凍結含浸専用調味料と真空包装機、スチームコンベクションオーブンなどの厨房機器を利用し、凍結含浸法を応用した調理法を厨房調理に取り入れる介護施設が全国で増えつつある。

 高齢者のQOL向上に向けて、凍結含浸法を利用したバリアフリー型の食品、食事への期待は増すばかりであるが、今後の普及には、在宅介護への流れ(地域包括ケアの仕組み)にも対応して、価格面も含めた流通販売形態の多様化と、より普段使いできることが求められている。

 最近、農林水産省が進めている医福食農連携の取組先行事例として、凍結含浸法の開発、普及が取り上げられた。この技術を導入した業者の中には、地元の有機野菜を使った製品を展開する業者、地域農産物を買い上げて施設内給食や地域の配食サービスでの提供に取り組む医療法人や関連企業などがある。「食の楽しさ」には旬を感じる、地域を感じるといった要素がある。地元の農家や漁家などから始まり、地域の給配食業者、地元の中小食品企業や飲食店などの外食業者、地域循環型のフードチェーンの中で、「地産地工」に凍結含浸法が取り入れられれば、地域らしい食事(メニュー)だけでなく、規格外食材の有効利用や流通ロスの回避などの面でコスト低減にもつながるかもしれない。

7 おわりに

 見た目そのままに軟らかい、高齢者および要介護者向けのバリアフリー型食品製造技術として凍結含浸法を紹介したが、この本質は、「食材内に素早く酵素を染み込ませる」ことである。

 例えば、染み込ませる酵素の種類を変えることで、軟らかくするのではなく機能性食品を作ることができる。ばれいしょにでんぷんを分解するアミラーゼという酵素を染み込ませると、ばれいしょのでんぷんが分解されてマルトオリゴ糖が増える。見た目は普通のばれいしょでオリゴ糖豊富な機能性素材になるのである。大豆にプロテアーゼを染み込ませて大豆に含まれるタンパク質を分解すると、イソロイシルチロシンという血圧上昇を抑制するペプチドが増える。この機能性大豆を使って、抗高血圧効果がある納豆ができるかもしれない。機能性だけでなく、畜肉や魚肉のタンパク質を分解して「うま味」を増すこともでき、付加価値を高めることもできるであろう。

 つまり、どんな酵素を染み込ませるかによって、凍結含浸法はいろいろな特徴を持つ食品が製造でき、用途が広がるのである。食のバリアフリー、食生活の充実に役立つよう、引き続き凍結含浸法の情報発信と技術移転普及に取り組んでいきたいと考えている。


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