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調査・報告(野菜情報 2015年2月号)


青果卸売商による農業参入と一次加工進出
~まるだいグループの場合~

千葉大学大学院園芸学研究科
教授 櫻井 清一


【概要】

 実需者からの安定供給ニーズに応えるため、青果卸売商の株式会社まるだい(以下、「㈱まるだい」という。)が立ち上げた古河農業生産株式会社(以下、「古河農業生産㈱」という。)は、野菜生産企業である。同社は、関連グループ企業とともに、生産を拡大するため、まとまった農地の借り上げ、実需者との協議に基づく契約栽培、詳細な生産履歴の活用などに取り組んでいる。また、近年では、野菜生産から一次加工に至る一貫生産システムを構築しつつある。

1 はじめに

 生鮮食品取引をめぐる環境の変化や、それを踏まえた卸売市場法の改正、卸売市場整備計画の見直しが進む中、青果卸売商(卸売および仲卸双方を指す)は産地から運ばれてきた青果物を「荷受け」して販売するだけでなく、さまざまな関連事業への関わりを深めることが期待されている。大都市に立地する中央卸売市場ですら、地方卸売市場に転換するケースも生じるほどの激しい環境変化が発生しているが、中にはこれをビジネスチャンスと捉え、これまで参入しにくかった新たな事業に取り組む卸売商も散見される。しかし、全体としては、これまでの業務内容を逸脱する新事業に取り組むことは、リスキーと判断されるのか、多角化に取り組む卸売商はまだ少数にとどまっている。

 今回紹介する古河農業生産㈱は、卸売商が実需者のニーズを受け入れながら農業生産に踏み切った事例である。同社および関連グループ企業は、カットなどの一次加工にも取り組み、生産から加工、そして販売に至る垂直的な多角化を進めている。本稿では、同社と関連企業グループの取り組みを通じて、卸売商が農業生産や一次加工に進出する際、どのような点に留意すべきなのかを考えることにする。

2 まるだいグループと古河農業生産㈱

 古河農業生産㈱は、茨城県古河市の古河青果市場にて仲卸業務を営む㈱まるだいの子会社として設立され、ねぎなどの野菜を生産している(写真1)。まず、まるだいグループ各社の業務の変遷を確認し、農業および加工部門への進出の経過を整理してみよう(図1)。

 ㈱まるだいは、1980年代より古河青果市場にて、荷受会社と青果小売商を取り結ぶ仲卸業務と、市場に出荷された野菜を他地域の市場業者に販売する転送業務を行ってきた。

 古河青果市場の位置する茨城県西部は、はくさい、キャベツ、ねぎなどの露地栽培が盛んな地域である。そのため、古河青果市場は産地市場の性格も有しており、転送は、㈱まるだいにとっても重要な業務であった。㈱まるだいは、早くからカット野菜の原料や外食産業向けの業務用野菜の販売にも取り組み、1990年代末ごろよりその割合を高めてきた。2003年には、自らカット業務を行う子会社の有限会社グリーンカッティング55(以下、「㈲グリーンカッティング55」という。)も立ち上げている。

 ㈱まるだいの取引先には、大手食品メーカー系列のカット業者も含まれるが、こうした納入先から、激しい市況の変動に左右されない、安定した価格での取引を求められることが多くなった。一方、古河市周辺の野菜産地でも、高齢化や兼業化の進行とともに、農地の貸与を希望する農家が増え始めていた。同じころ、㈱まるだいに農業経験者(元JA営農指導員など)が入社したことをきっかけに、従来型の地場野菜集荷だけでなく、自社で農業生産に取り組み、ニーズの高い野菜を安定的に確保するとともに、販売価格の平準化も目指して、2006年に農事組合法人として古河農業生産を立ち上げ、翌2007年には、株式会社に再編した。

 こうして、2000年代に数年かけて、野菜の生産、加工、流通販売に一丸となって取り組めるグループ企業体制が確立した。現在のまるだいグループの年商は、約19億円である。

3 古河農業生産㈱での栽培と出荷

 古河農業生産㈱は、自社所有の農地3ヘクタール弱と、借地35ヘクタールの直営農場により、各種の野菜を生産している。現在、企業による農地の貸借をめぐっては、作業性や地味(生産力から見た土地の良しあし)のよい優良農地の確保が難しく、どうしても借地が分散し、作業の非効率化を招きやすいことが多くの事例で指摘されている。古河農業生産㈱が利用する農地も、古河市内だけでなく、近隣の栃木県野木町や茨城県境町にまで拡大しているが、幸い、県外であっても古河青果市場から遠くない地域に、比較的まとまった状態で確保されている。農地を貸したいという希望者は多く、地域の優良農家がやむなく営農規模を縮小した際、借地での栽培実績を積み上げてきた同社を信頼し、「預けるならぜひ貴社にお願いしたい」と要請してきた例もある。そのため、土地の地味や作業効率については大きな問題はないという。

 従業員は、実習生と合わせて20名である。うち数名は、後述する同社直営のカット工場に出向している。定年後雇用された比較的高齢の方が多いが、若手従業員も一定数いる。

 古河農業生産㈱が栽培している品目は、現在、長ねぎ、キャベツ、レタスの3品目がメインとなっている(写真2)。いずれも、主たる顧客であるカット野菜メーカーや外食産業からの需要が多い品目である。まるだいグループでは基本方針として、実需者の多様な品目ニーズに応える「オーダー生産」を掲げており、可能であれば他の品目にも取り組みたいという意向を持っている。しかし、現時点では多品目栽培を行えるだけの労力が不足しており、全てのニーズに1社で応えることは難しい。そのため、自社での栽培が難しい品目については、㈱まるだいと契約する農家、グループなどに栽培を依頼している。

 栽培に際し、古河農業生産㈱は設立当初から、ほ場単位で生産履歴を記録し、保管および活用している。組織立ち上げ時に尽力した元JA営農指導員(現在は退職)が、JGAPを踏まえた栽培履歴のシステムについてノウハウを持っており、同氏の指導のもと構築された履歴管理体制が現在も継続されており、日次レベルで詳細に記録している。また、土壌の状態をチェックするための硝酸態窒素の測定も定期的に行っている。

 栽培時には、各ほ場で「ライフグリーン」という土壌改良材を活用している。健全な苗の育成や収穫物の色合いおよび糖度の向上に効果があるという。この資材は、設立当初から同じ民間資材業者から購入している。この資材業者は、農業資材の販売だけでなく、栽培技術のアドバイスも行っている。組織立ち上げからまだ日が浅く、農作業経験の浅い従業員も多い同社にとっては、栽培のアドバイザー的な存在となっている。

 収穫物の主な販売先は二つに分けられる。一つは、カット野菜に取り組む食品メーカー群である。複数社と取引しているが、その中には大手食品メーカーも関与しているカット野菜の中核的企業も含まれる。もう一つの主な出荷先は、外食産業である。中でも、長ねぎを大量に利用するラーメンチェーンとの取引が重要だという。近年は、評判を聞いて新規取引を希望する小規模業者が少なくないが、信頼性を重視し、簡単には取引先を広げてはいないという。その他、一定量は㈱まるだいや古河青果市場の荷受会社へも出荷されている。

 主な出荷先が、野菜の一次加工ないし外食調理を主業としており、取引する野菜を継続的に利用しているため、これら出荷先と古河農業生産㈱は、栽培前に事前協議を行い、品目の選定、契約期間、実際の出荷スケジュール(週に何日発送するかなど)、出荷量(ケース決め)、価格の設定方法などについて合意した上で栽培に入る「契約栽培」に取り組んでいる。長ねぎなど、周年的に供給できる品目については、年間単位の長期的なスパンを前提として交渉を行っている。価格については、まずは取引先から価格案の提示があり、それを基に交渉しながら最終的な設定を行っている。生産者である同社としては、年間を通じた安定価格を求めている。実際には、市場の平均価格に比べ若干安いものの、年間ほぼ一定した価格が設定されることが多い。また、予期せぬ事態が発生した場合は相談することも、契約内容に盛り込まれている。それでもこれまでは、設定した価格を大幅に変更することはなかった。出荷量をケース単位で見ても、出荷盛期に1日当たり2000~3000ケース、品薄期に1000ケースを維持しており、ある程度の増減こそあるものの、周年的供給を達成している。古河農業生産㈱の年商は、ほぼ1億円である。

 また、市況全体の変動や天候の急変により発生し得るさまざまなリスクに対処する方法の一つとして、古河農業生産㈱は、(独)農畜産業振興機構の「契約野菜収入確保モデル事業」を活用している。この事業は2011年度より試験的に導入されたが、古河農業生産㈱は翌2012年度には最初の申請を行っている。この事業は幾つかのタイプに分けられているが、例えば2013年度、同社は「出荷促進タイプ」を申請している。出荷促進タイプに応募し、審査をクリアした後に積立金(事業終了後は返還)を納入した場合、仮に市場の平均価格が高騰して実需者との契約価格を大幅に上回った場合には、一定のルールのもと差額の一部が交付される。そのため長期的視点に立った継続的な契約の推進が期待できる。

 さて、各地で野菜生産者が実需者との契約に基づき生産を行う際、契約内容を書面で取り交わすか否かが議論となっている。正確な実態は明らかにされていないが、ケーススタディ的な報告によれば、他の業種に比べ気候変動など予期しにくい要因による条件変化に対処するため、契約内容を変更することが多い農産物の契約生産では、書面を取り交わさず、両者の信頼関係のもとで口頭契約を結び、必要に応じては契約内容を見直す場合も多いことが知られている(注1)。古河農業生産㈱の場合も、これまでは取引先との信頼関係や長年の契約実績を重視し、書面を取り交わすことはほとんど無かったという。しかし、調査した2014年の秋には、夏の台風被害による全国的な野菜価格高騰後の反動により、市場に野菜が過剰に出荷され、市況も急落したため、これまでになかった契約内容の大幅見直し(契約出荷量の減少や価格引き下げの要請が多かった)を迫られる場面が多かった。そのため同社では、不測の事態においても取引先と対等に交渉し、なるべく当初の約束を遵守してもらうよう要請するための根拠として、今後は契約内容の文書化を進めたいと考えている。

(注1)筆者は2013年、政府が取り組む農商工連携事業の認定を受けた商工業者に対し質問紙調査を行い、その中で農業部門からの原料等調達方法について尋ねたことがある(調査結果は集計、分析中)。回答のあった186業者のうち125業者(67%)が契約取引により調達していた。しかし契約内容を書面にまとめている業者は57業者(46%)にとどまった。ここからも農産物契約取引の文書化の難しさが推測できる。

4 六次産業化・地産地消法に基づく総合化事業計画によるカット加工

 農林水産省は、事業多角化に取り組む農業経営体を支援するため、2011年度より六次産業化・地産地消法に基づく総合化事業計画の認定に着手し、2014年5月現在で2000件近い案件が認定を受けた。古河農業生産㈱も2014年春に、同計画の「自社生産による野菜を使ったユーザーニーズに応えたカット加工商品の開発・販売事業」で認定を受けた。事業名の通り、同社の立地する古河青果市場内にカット施設を設け、自社で生産した野菜をカット加工している(写真3)。

 ㈲グリーンカッティング55は、総合化事業計画の申請当時、加工能力を拡大する工事を予定していたが、古河農業生産㈱があまり生産していない根菜類の一次加工を主業としている上、東日本大震災以降の建設工事需要の高まりに影響され、工事を予定通りに進めることが困難な状況であった。そこで古河農業生産㈱は、自社での一貫生産、加工体制を確立することを目指し、総合化事業計画への申請を行うことにした。

 申請前には、より大規模な事業に取り組むことを勧められたこともあったが、事業を段階的に発展させることを重視し、現時点では、当初予定よりもやや小規模で一次加工に特化した取り組みにとどめている。だが、今後は実績を積み上げながら、原材料集配および製品出荷機能を高度化し、よりフレッシュな製品の提供を目指している。古河青果市場の隣接地には、総合化事業計画に基づき導入した冷蔵庫があり、原料一時保管のために活用している(写真4)。

5 契約農家での栽培と出荷

 まるだいグループは、古河農業生産㈱による自社生産で不足する分を補うため、農家との契約栽培によっても野菜を調達している。契約農家は茨城県内だけでなく、隣県の栃木県や長野県、北海道にも所在している。

 中でも重要な調達先となっているのは、茨城県小美玉市と長野県の農家グループである。両グループはそれぞれ出荷組合を組織し、量的なまとまりを確保している。本格的に㈱まるだいとの契約栽培による出荷を開始したのは、2011年ごろからである。両グループとも、全ての収穫物を㈱まるだいに出荷しているわけではないが、メインの出荷先は㈱まるだいとなっており、関係性は深い。主な出荷品目は、まるだいグループにとって基幹品目であるねぎである。

 契約農家(グループ)は、㈱まるだいと書面で契約を交わしている。生産条件に関する契約内容は、古河農業生産㈱が採用している条件とほぼ同じで、自社生産の野菜と同等の品質を確保するよう努めている。また買い取りについても、農家および産地の持続性を確保するため、なるべく期間を通して安定した価格を設定し、市況が安い時期でも「買い支える」努力をしている。契約内容もこれまで変更したことはほとんどないという。

 契約野菜の販売先は、古河農業生産㈱が生産した野菜の場合と同様で、カット野菜業者や外食業者が多い。自社生産の不足を補うためにも、㈱まるだいとしては契約農家を増やす意向である。

6 まとめ

 農業ジャーナリストの木暮宣文氏が、卸売市場による産地形成支援に関する主張を「農業と経済」誌に寄稿されている(注2)。この論稿にて木暮氏は、かつて卸売、仲卸業者が自ら産地を巡回しながら果たしていた、産地の開拓機能および産地と実需を結びつける機能が低下していること、卸売市場の諸規制がこうした産地開拓、支援機能を再活性化する上で障害になっていることなどを主張されている。

 非常に的確なご指摘であるが、今回紹介した古河農業生産㈱は、市場内の業者が流通と生産を調整するだけでなく、自ら生産に進出するケースであった。幸い、古河青果市場は産地市場としての性格を有していた。そのため、まるだいグループは周辺産地の情報に精通しており、農地の貸借、取得時にこうした情報や経験を生かすことができた。また自社生産に踏み切った際、専門的技能を持った社員のノウハウや資材業者のアドバイスを活用できたこと、さらにカット事業など、実需者のニーズに応える方向で農業生産に着手したことも、比較的スムーズに生産を軌道に乗せることに貢献したと考えられる。また、同社の契約生産の取り組みからは、価格設定方法に関する具体的な知恵、継続的な契約を結ぶことの利点、契約に伴うさまざまなリスクを軽減することの必要性、さらに契約を文書化することの難しさとその意義を確認することができる。

 生鮮食品取引をめぐる環境の変化などにより、中央卸売市場から地方卸売市場への転換が進む中、さまざまな関連事業への進出による多角化など、卸売市場内業者の大幅な営業活動の転換が求められている。市場での営業をめぐる諸規制も、以前に比べれば緩和されている現在、卸売商が農産物生産の領域との調整だけでなく、自ら生産に踏み込むことは、困難なことではあるが、検討されてもよい重要な選択肢となるであろう。特に周辺産地の担い手減少や市場自体の集荷力の低下に悩む地方都市の卸売市場では、この課題は重要になると思われる。

(注2)木暮宣文「卸売市場による産地形成支援のあり方を探る」『農業と経済』(株式会社昭和堂)80巻12号、2014年。


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