秋田県立大学生物資源科学部
准教授 小川 敦史
近年、増加傾向にある腎臓病透析患者は、カリウムを体外に十分に排出できないため、カリウムの摂取を制限されている。本研究では、栽培初期はカリウムを減らさずに育て、途中からカリウムを与えない栽培方法によって、可食部の生育を維持しつつカリウム含有量の少ないほうれんそうの水耕栽培方法を確立した。この栽培方法は他の葉菜類にも応用でき、さらに果菜類にも応用できる可能性を示した。現在、開発した手法を用いて、企業がレタスを中心にして低カリウム野菜の販売を開始している。ここでは栽培法の確立に至る過程、実際の実用化や販売に向けての問題点などを紹介する。
2011年時点で、世界の腎臓病透析患者数は約216万人であり、1980年からの31年間で約13倍に増加している1)。日本では、2013年末で腎臓病透析患者数は31万4180人であり、前年と比較して4173人の増加である2)。2005年ごろまで年間約1万人ずつ増加していたが、近年慢性透析患者数の増加が鈍っており、2013年の患者数の増加は、前年に増加した5151人をさらに下回っている。しかし、腎臓病の予備群を含めると世界では数百万から数千万人いると推測され、今後透析患者はさらに増加すると考えられている3)。さらには、透析に至る原疾患の中で糖尿病性腎症の割合が増加しており、食生活の変化に伴う世界の糖尿病患者数の増加を見てみると、現在急速な経済発展を遂げているアジア地域において、透析患者数が増加することが想像される。
腎臓病透析患者は、体内のカリウムを十分に排出することができないために、カリウムの摂取制限を行なわないと、不整脈により心不全を起こす可能性がある4)。そのため、腎臓病透析患者は、1日のカリウム摂取量を1500~2000 ミリグラムに制限されている5)。
カリウムは食事から体内に摂取される。私たちが日常食べている野菜には、多くのカリウムが含まれているため、腎臓病透析患者は野菜の生食は極力控え、野菜を摂取する際には、水にさらしたりゆでたりしてカリウムを除去する必要がある。野菜を水にさらす、またはゆでる方法を用いると、新鮮重当たりのカリウム含有量を減少させることはできるが、カリウムを完全に溶脱できるわけではなく、その一部を除去できる程度である。例えば、ほうれんそうでは、新鮮重1グラム当たりのカリウム含有量は生葉で7ミリグラム、ゆでた葉では5ミリグラムである6)。さらに、水にさらしたりゆでたりすることにより、カリウム以外のミネラルや水溶性ビタミンが溶脱や分解する。さらに野菜には多くの食物繊維が含まれるが、腎臓病透析患者は野菜摂取が制限されているため、食物繊維不足になり、便秘に悩まされることが多い。このようにカリウム以外にも、野菜摂取を制限することによる弊害が多くある。
このような腎臓病透析患者の食生活を踏まえると、一定新鮮重に含まれるカリウム含有量ができる限り少ない野菜、つまり、従来のものと比較して収穫時にカリウム含有量が少ない「低カリウム野菜」を栽培することが可能になれば、カリウムの摂取量を少なくした方がよい腎臓病透析患者にとって朗報であると考えた。カリウム含有量の少ない野菜を栽培することができれば、水にさらしたりゆでたりすることで、カリウムの含有量をさらに減らすことが可能になるうえに、腎臓病透析患者も量に制限はあるが、生食できる可能性がある。
一方で、カリウムは植物の必須元素の一つであり、カリウムの生理的機能は、細胞内で物質代謝が正常に行なわれるための原形質構造の維持や、pH、浸透圧調節にカリウムイオンとして作用していると考えられている7)。したがって、植物体内のカリウムを過剰に減少させることは、植物体内の恒常性の維持が不可能になり、生育障害を起こすと考えられる。
そこで著者らの研究グループでは、植物体内の恒常性を維持しながら、カリウム欠乏による生育障害を起こすことなく、通常栽培と同じ生育を示しながら、かつ従来の栽培方法で栽培したものよりカリウム含有量の少ない野菜の栽培方法を検討した。可食部の生育に影響を与えることなく可食部のカリウム含有量を減少させることで、腎臓病透析患者が安心して食べることのできるようになると考えられる。
試験材料として、葉菜類で比較的カリウム含有量の多いほうれんそうを用い、水耕法によって栽培した8)9)。水耕装置へ発芽した苗を移植後、栽培期間を5週間として人工気象室内で栽培した。カリウム添加量を制限する方法として、以下に示すように「栽培期間を通して水耕液中のカリウム濃度を減らして栽培した処理区」(以下、「常時制限区」という。)と、「栽培期間の途中から水耕液中のカリウム濃度を減らした処理区」(以下、「期間制限区」という。)の2処理区を設定した。
常時制限区では、水耕液中のカリウム濃度が対照区の濃度の1/2の処理区 (1/2K区)、1/4の処理区 (1/4K区)、1/8の処理区 (1/8K区) を設定した。期間制限区では、移植後5週目 (は種後29日目から34日目) から水耕液中のカリウム濃度を0にした処理区 (5W0K区)、移植後4週目 (は種後22日目から28日目) は水耕液中のカリウム濃度を対照区の濃度の1/4、移植後5週目は0にした処理区 (4W1/4K区)、移植後4週目(は種後22日目) 以降水耕液中のカリウム濃度を0にした処理区 (4W0K区) を設定した。
新鮮重当たりのカリウム含有量は、常時制限区では、対照区と比較して1/2K区と1/4K区では有意差が認められなかったが、1/8K区でカリウム含有量は有意に減少した(図1)。
対照区では新鮮重1グラム当たり7.97 ミリグラムであったカリウム含有量が、1/8K区では5.45 ミリグラムとなり、32%の減少が認められた。
一方、期間制限区では、対照区と比較して各処理区で有意にカリウム含有量が減少した(図2)。
5W0K区では4.79 ミリグラムとなり対照区と比較して40%の減少、4W1/4K区では3.61 ミリグラムで55%の減少、4W0K区では1.71 ミリグラムで79%の減少が認められた。このときカリウム施肥量を減少させた各処理区において、収穫時の可食部の新鮮重、葉数、含水率、およびSPAD値は対照区と比較して有意な差は認められなかった(表1、2)。
この結果、カリウム施肥量を制限することにより、可食部の生育を維持しつつ、収穫時のほうれんそう可食部のカリウム含有量を減少させることが可能であることが明らかになった。特に、栽培初期はカリウムを減らさずに育て、途中からカリウムを与えない栽培方法によって効率よくカリウム含有量を減らせることが明らかになった。
この栽培方法を、ほかの葉菜類にも適応できるか検討した10)11)。リーフレタス、サンチュ、こまつな(図3)の各植物において、収穫時の各処理区におけるカリウム含有量は、対照区では新鮮重1 グラム当たりそれぞれ3.93 ミリグラム、3.71 ミリグラム、4.23 ミリグラムであった。一方、低カリウム区では、それぞれ1.03 ミリグラム、1.54 ミリグラム、1.32 ミリグラムと有意に減少し、それぞれ対照区の28%、42%、31%であった。このとき新鮮重、乾物重、および含水率は、対照区と比較して低カリウム区では、各指標において有意差が認められなかった。このほかにも水耕栽培が可能なさまざまな葉菜類において、可食部の生長を維持しつつカリウム含有量を減少させることが可能であることが明らかになっている。
葉菜類での低カリウム化の成果を基に、果菜類であるトマトの低カリウム化について検討した10)。供試材料として中玉トマトを用い、水耕栽培を行った。1段目が着果するまではカリウムを含む養液で栽培し、その後カリウムを含まない養液で栽培した。
収穫時のカリウム含有量は、対照区と比較してカリウムを制限した処理区で減少した(図4)。
対照区のカリウム含有量は、各段において新鮮重1グラム当たり1.55 ミリグラムから2.13 ミリグラムであったのに対し、カリウムを含まない養液で栽培した区では0.80 ミリグラムから1.34 ミリグラムであった。これらは、それぞれ対照区の74%から89%および45%から73%であった。1果重および収穫果数は、5段目をのぞきカリウムを制限した両処理区と対照区の間で有意な差は認められなかった。カリウムを制限した場合、5段目はカリウム制限による生育阻害により収穫できなかった。また糖度は、下段では対照区とは差が無かったが、 カリウムを制限した3段目および4段目で対照区より有意に低下した。これらの結果から、トマトにおいても生育初期はカリウムを含む養液で栽培し、その後カリウムを含まない養液に交換して栽培することで、カリウム含有量を減少させることが可能であることが明らかになった。しかし、一度に収穫できる葉菜類と比較して、時期を追って収穫するトマトは、カリウム減少量が対照区の最大約50%程度と少なく、今後さらに条件の検討を行う必要がある。また生育後期には、収量や糖度の低下を伴うなどの減少も見られた。これらの結果より、低カリウムトマトの栽培には、低段密植による方法が適していると考えられた。
一方、低カリウム含有量野菜特有の問題もある。栽培上の問題としては、低カリウム栽培期間に使用する肥料が販売されていないことと、土壌での栽培には向いていないという点があげられる。低カリウム栽培期間の肥料に関しては、栽培者が調整する必要がある。
土壌での栽培に関しては、栽培期間中にカリウムを培地から抜く必要があるため、一般の畑での栽培は難しい。ロックウールや砂れきなどを用いた養液土耕栽培であれば、土壌中にカリウムの残存を少なくすることが可能になり、栽培期間中に培地中のカリウム濃度を制御することが可能になるかもしれない。また、低カリウム野菜は植物工場のような人工光条件下でもガラス質やプラスチックハウスのような太陽光条件下でも栽培は可能である。人工光条件下では、栽培期間や植物の生長スピードが一定のため、カリウムを抜く期間は一定であるが、太陽光条件下では、栽培期間や植物の生長スピードが季節によって変化するため、カリウムを抜く期間について慎重に検討しなければならない。
販売上の問題点は、最初にも述べたが、腎臓病透析患者数は全国に30万人あまりで、全人口のわずか0.1%程度である。腎臓病患者予備軍やその家族をターゲットに入れても、一般に販売されている野菜とは販売ルートを異にする野菜と考えざるを得ない。一方で、腎臓病透析患者には低カリウム野菜に関する情報は十分伝わっていない。今後さまざまな手段を使って、情報の伝達とマーケティングの開拓が必要である。
近年、植物工場は、安定供給や高い安全性、高い生産性などの点から注目されている一方で、その運営にかかるランニングコストが問題になっている。そのため通常の野外での農業ではなく、植物工場でしか栽培できない高付加価値、高機能性を持つ作物生産が求められている。ここで紹介した腎臓病患者のための低カリウム含有量野菜は、その栽培方法の特性から、一般の土壌を用いての栽培はできず、水耕栽培による栽培が必要である。したがって、「植物工場でしか栽培できず高付加価値、高機能性を持つ」という条件に当てはまり、実際に全国の植物工場での栽培ならびに販売が始まっている。さらに、「低カリウムメロン」なども販売が開始され始めており、腎臓病透析患者のQOLの向上に貢献している。
また、この方法で栽培した低カリウム含量葉菜類は、通常の水耕栽培で栽培したものよりも、味や食感が良いと感じる場合が多く、今後腎臓病透析患者だけでなく、野菜が苦手な子どもや一般の消費者への供給も期待できる。
この技術に関する問い合わせ先
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用語解説
(1)新鮮重:収穫時の地上部の重さ
(2)乾物重:新鮮重から、水分を除いたもの
(3)SPAD値:植物の健康度を知る上で必要な、植物の葉に含まれる葉緑素(クロロフィル)の含有量を示す値
(4)QOL:quality of lifeの略。生活の質
引用文献
1)Fresenius Medical Care: Annual Report 2011(2011)
2)日本透析医学会:図説わが国の慢性透析療法の現状、2013年12月31日現在、
社団法人日本透析医学会統計調査委員会、p3-12 (2013)
3)R. C. Atkins, P. Zimmet: Ther. Apher. Dial. 14, p1-4(2010)
4)出浦照國:腎不全が分かる本-食事療法で透析を遅らせる
日本評論社、pp128-131(2002)
5)小川洋史、小野正孝:透析ハンドブック-よりよいセルフケアのために(第3版)、
医学書院、pp75-83(2005)
6)香川芳子:第五訂 食品成分表2002 女子栄養大学出版部、pp94(2002)
7)山崎耕ほか:植物栄養・肥料学、朝倉書店、pp73-101(1993)
8)小川敦史ほか:日作紀 76、 p232-237(2007)
9)特許第4792587号 「低カリウムホウレンソウおよびその栽培方法」
10)A. Ogawa et al. : Environ. Control Biol. 50. p407-414(2012)
11)特許公開2011-36223「低カリウム葉菜およびその栽培方法」