札幌事務所 坂上 大樹
調査情報部 戸田 義久
【要約】
平成25年におけるわが国の基幹的農業従事者は、19年に比べて28万2000人減少(13.9%減)の174万2000人となっている。農業従事者の6割が65歳以上であることに加え、新規就農者数も伸び悩んでいることなどによって、5年後、10年後の展望が描けない地域が多数存在する(図1)。
他方、25年には、農業生産法人などの組織経営では1万9100経営体、家族経営では42万1500経営体が農業労働者を受け入れており、雇用者数は、23年と比べて約1割多い315万8700人となっている。(表1)。
一経営体当たりの経営耕地面積は年々増加する一方、後継者不足に直面しているわが国の農業において、雇用労働者は、組織経営はもちろん、高齢化が進む家族経営においても、今後さらにその需要は高まっていくものと考えられる。
このような中、雇用労働力の活用を積極的に進めつつ、新規就農者など担い手の確保を行うことによって、ブロッコリーの一大産地に成長したJA道央の取り組みについて紹介する。
JA道央は、平成13年2月に江別市、北広島市、恵庭市および千歳市(以下、「4市」という。)にあった5JAが合併して誕生した。管内は札幌都市圏に位置する優位性を生かした、都市近郊型農業の代表的な産地である(図2)。
JA道央の25年における野菜の取扱高は68億円で、このうち、ブロッコリー11億2000万円、次いで、だいこん8億7000万円、ばれいしょ(青果用)7億4000万円と、ブロッコリーの取扱高が突出している。ブロッコリーは道内屈指の大産地であり、札幌市を含む道内よりも道外向け出荷が多く、国産夏秋ブロッコリーの供給産地として重要な地位を占めている(図3)。
JA道央の主要品目であるブロッコリーは、十数年前にコメからの転作作物として導入された。
管内におけるブロッコリーの特徴として、
①気温が上昇する春夏が生育時期のため、生育速度が早い
②収穫が始まると生育が進みやすく、収穫適期が短い
など、収穫期となる盛夏を中心に労力の短期集中が必要なことがあげられる。また、当時主力であっただいこんなどと比較して、競合産地が少なく収益性は高いが、単収が低いことから、生産者の手取り向上のためには規模拡大が課題となっていた。
この課題に対しJA道央は、平成13年から江別市の第三セクターである共同育苗施設(フラワーテクニカえべつ、平成5年設立)の利用、既存の選果施設(農産物集出荷施設)を19年に一部増強するなど、規模拡大に向けた取り組みを行うことで、生産者は栽培管理および収穫作業に専念でき、一定の規模拡大を図ることが可能となった。これらの取り組みにより、労力の集中が促進されたが、新たに施設利用料の負担が発生したことから、現状以上の生産面積拡大が求められていた。しかし、前述のように、労力の短期集中が必要なブロッコリーは、無理に規模拡大しても、収穫遅れによる品質低下を招くなどの問題が発生する恐れがあることや、労働力の雇用を行った場合、それに伴い発生する事務作業が生産者にとって負担になることから、労働者を雇用して面積を拡大する動きは思うように進まなかった。
そこで、JA道央は16年9月、外部労働力と生産者のマッチングを目的として、「JA道央アグリサポート事業広域推進協議会」(以下、「協議会」という。)を立ち上げた。
協議会は、窓口業務などの実務を担う「人材雇用確保事業運営協議会」がJA道央の営農センターごとに設置されている(図4)。
協議会の主な事業は、厚生労働省が認可した無料職業紹介事業であり、「人材雇用確保事業」(以下、「雇用事業」)という。)という名称で実施している。
雇用事業で際立っているのは、雇用のあっせんにとどまらず、雇用労働者の労務管理や給与の支払など、雇用後の事務作業を生産者に代わって行っていることである。
雇用期間は、一般的には、7月上旬から11月下旬までの約5カ月間で、勤務時間は、原則として、朝8時から夕方5時までの1日8時間勤務としているが、5時から8時までの早朝勤務も設けており、雇用労働者は自らの生活スタイルなどに合わせることができるようになっている。このため、協議会では、雇用労働者ごとに勤務表を管理しているなど、きめ細かい労務管理を行っている。
また、給与については、協議会が勤務表に基づいて計算した額を生産者から受け取って雇用労働者に支払っている。このような雇用から管理まで一括して協議会が行うことで、生産者は、労務管理や給与計算などに係る手間が省け、自らの農業経営に専念できる仕組みとなっている。
札幌都市圏に位置する管内には、他産業からの求人が多いため、雇用労働者の確保については他業種との厳しい競合環境にある。
このため、協議会は、JA道央の各施設での求人広告の掲示、求人情報誌への掲載など、既存の求人活動を行うほか(図5)、4市との連携を行うことで、他業種よりも求人活動の幅を広げている。具体的には、4市が個別に定める「農業振興計画」に、雇用事業の周知に協力して、農業労働力の確保に努めることなどを盛り込み、ホームページなどを活用して求人情報を発信している。
また、平成25年からは、大手宅配業者と連携して、思うように求人が集まらない場合に、この業者から人材を融通してもらったり、契約終了後の就労先としてこの業者をあっせんするなどしている。
定植や収穫など基本的な農作業の指導は、原則として、雇用主である生産者本人が派遣後に行うが、初心者に対しては、JA道央の営農センターが農業改良普及センターと連携して農業機材などの使用法の講習会を開催するなど、派遣前の指導も行っている。また、雇用労働者の経験年数を考慮したチーム編成で派遣される仕組みとなっているため、初心者や経験の浅い者がチーム内のベテランの指導のもとで技術を磨くことも可能となっている。
雇用労働者の作業安全対策として、JA道央は、雇用労働者への派遣前指導だけでなく、雇用側の生産者に対しても、安全意識を高めるための講習会を年1回開催したり、労災保険加入を義務付けるなど、他産業と同等の環境整備を進めている。
こうした取り組みの結果、毎年、1生産者につき1名以上となる500名程度が雇用されている。しかも、学生、主婦層を問わず定着率も高いという。特に、農学系の学生にとっては実益と勉強を兼ねたアルバイトとしても定着しつつある。これは、雇用労働者が生活スタイルに合わせて就業できることや、他産業と同等の雇用環境が整っていることなどが要因と考えられる。
雇用事業を利用した生産者の推移を見ると、協議会が設立された平成16年以降、ほぼ一貫して増加しており、生産者の評価が高まっていることが分かる(図6)。これら協議会の取り組みにより、ブロッコリーの作付面積は飛躍的に拡大した(図7)。
このように、協議会の事業は大きな効果をおさめていると言える。
管内では、公益財団法人道央農業振興公社(以下、「公社」という。)が、新規就農による将来の担い手の確保および育成支援を実施している。
公社は、JA道央の誕生を機に、管内の地域それぞれの農業支援策の整合性を確保することおよび農地の利用調整などの事務を一元的に行う組織として、JA道央と4市により平成17年5月に設立された。
公社は、20年度に新規就農者の育成業務を開始し、管内での新規就農希望者を研修生として受け入れて、2~3年間の農業研修を実施するとともに、研修後に、新規就農者は基本的に農地利用集積円滑化事業を活用し、公社を通じて農地を借り受けている。
具体的な研修内容として、公社が所有するトレ-ニングほ場や指導農家での実践、座学研修などがあげられる。また、特徴的な取り組みとして、地域農業者や住民との良好な人間関係を形成するため、研修期間中からJAの生産部会の研修や青年部活動、地域の行事などへの参加を促している。
なお、公社が募集し、受け入れている公社研修生に対しては、月15万円(4月~11月)の研修手当を支給するとともに、住居のあっせんなども行っており、Ⅰターン希望者も安心して研修を受けられるよう配慮している。
22年から5年間に送り出した修了生など27名のうち、18名が管内で新規就農し、地域農業の担い手として活躍している。26年は、最も多い8名が新たに就農した(表2)。
そのうちの1人、第1期生で22年に千歳市で就農した兵庫県出身の
担い手支援は、順調な成果をあげる一方で、ブロッコリー生産の増加に伴い、既存の生産者の規模拡大も進んでおり、産地自体の面積拡大が見込まれない中、今後は、農地の確保で新規就農者と競合することが懸念される。
これに対して公社は、「農地利用集積円滑化事業などの農地の利用調整事業で培ったノウハウを生かしつつ、生産者の意向をきめ細かく把握して利害調整を円滑に進め、新規就農者を含めた担い手への農地の集積を進めていく」としている。
経営面積が増加し大規模化した経営体では雇用労働力が必須となりつつある。また、JAなども、選果施設の整備などを通じて、農業者の省力化および規模拡大に向けた支援を行っている。これらの環境整備は、農業者に新たなコスト負担を強いることから、コストを吸収しつつ収益を生むため、一層の規模拡大が行われている。一方で、高齢化などにより離農する農業者も存在することから、地域農業の新たな担い手としての新規就農者の確保も欠かせない。
このような中、JA道央は、雇用労働者と新規就農者という、いわば産地の外側と内側の両方で労働力を確保し、夏秋ブロッコリーの一大産地の地位を確立した。JA道央は札幌という、潤沢な雇用市場に隣接するため、他産業との競争があるにしても、道内の他の農村部に比べて求人が有利である。札幌のすぐ近くで就農できる点は、都市住民にとって農業への参入の心理的なハードルを低くしているともいえる。
JA道央は、こうした「地の利」を上手く利用して、共同選果場の整備を契機に規模が拡大した産地を維持するため、雇用労働力を積極的に活用するとともに、新規就農者を支援して、地域の農業を活性化させている。また、前者については、雇用後の事務作業を協議会が代行していることが、利用する生産者が増える一因となっている。後者については、担い手への農地集積を円滑に進めるため、生産者の意向を丁寧に汲み取っている。このような取り組みは、将来にわたって持続可能な産地を模索する地域にとっては、参考となる点が多いと思われる。
最後に、今回の取材にご協力いただいた道央農業協同組合、公益財団法人道央農業振興公社、假屋智博様には、この場を借りてお礼申し上げる。