調査情報部 伊澤 昌栄
【要約】
高い技術と品質を理性的に表現し、高糖度トマトマーケットを作り上げ、幅広い認知度と高いブランドイメージを獲得した事例として、「アメーラトマト」(以下、「アメーラ」という。)について紹介する。
アメーラは、平成6年に静岡県農林技術研究所が開発した根域制限栽培(根の伸長を制限し、コンパクトな樹型に仕立てる栽培法)を応用した養液栽培システム、「ハニーポニック」により栽培される高糖度トマトである(写真1)。8年に、静岡県焼津市(旧大井川町)の3戸の生産者により栽培が開始されたが、徐々に生産者および生産面積が増加し、25年現在では、10戸の生産者が静岡県および長野県に所在する3カ所の大規模施設(総面積16.1ヘクタール)で生産を行っている(写真2)。産地が海沿いの温暖な地域と山沿いの高冷地にあることから、寒暖の差を生かした周年栽培および出荷が行われている。
品種は、高温着果性に優れる「桃太郎ヨーク」が中心となっている。ハニーポニック栽培では、極限までかん水を制限することで、高い糖度および成分を果実に蓄積させるため、収穫期の果実は、慣行栽培(1果重220~230グラム)と比較して3分の1程度の大きさとなる(図1、写真3)。
アメーラは、独自に設定した厳格な選果基準や糖度基準に加え、JGAP認証など、第三者機関の認証に基づき生産されており、消費者の「食味および安全性の追求」に訴求した商品作りになっている(表1、2)。
なお、アメーラの名称は、「甘いでしょう」という静岡弁の「あめーら」という言葉に由来している。
生産面積の拡大に伴い、生産および販売の高位平準化を目的として、17年に株式会社サンファーマーズ(以下、「サンファーマーズ」という。)が設立された。サンファーマーズは、生産者が組織して法人化した販売会社であり、アメーラの品質管理も行っている。
販売については、サンファーマーズへ一元出荷されたアメーラのほとんどは、JAおおいがわ経由で市場に販売される(図2)。サンファーマーズでは、JAおおいがわ、JA静岡経済連と情報交換会の場で、出荷販売対策などの検討や、市況等販売環境の要因分析を行い、その結果を生産者にフィードバックしている。
栽培開始当初の販売目標は、サンファーマーズ設立から5年後の22年に達成され、今後の目標として、国産トマト市場の販売高(約2000億円)の1%に当たる20億円を掲げている。
品質管理については、社内に「品質管理委員会」を設置し、トレースナビ(栽培履歴電子化ソフト)を活用したトレーサビリティの徹底を行っている。また、JGAPなどの生産管理マニュアルによるほ場等検査などを、第三者的な視点で実施することにより、品質管理の徹底を図っている。
そのほかに、肥料などの生産資材の一括供給も行っている。なお、サンファーマーズの運営経費は、主に生産資材供給にかかる手数料収入で賄われており、販売管理における出荷手数料は、生産者から徴収していない。
アメーラは、最新の技術の上に成り立った高糖度トマトで、育苗装置は、「苗テラス」(人工光、閉鎖型苗生産装置)を使用している(写真4)。苗テラスは、外気から遮断されているため無農薬育苗が可能で、育苗期間は、約25~26日程度である。
アメーラは、根域を制限するため、定植はポットで行う。培土は「ココピート」(ヤシ殻繊維を堆積および発酵させた土壌改良剤)が使用されている。類似した土壌改良材のピートモス(水ごけが腐植化したもの)と比較した利点は、生育に適した微酸性であること、高保水性、高通気性、高保肥性などである。定植本数は、低収量を栽培本数でカバーするため、10アール当たり4500本となる。密植栽培だが、1本の苗につき1つのポットを用いることから、肥料分の争奪がない。また、根圏制限により一定の草丈にしかならないため、慣行栽培の2倍以上の密度で定植することができる(写真5)。
定植後は、採光、温度および湿度管理はもちろん、高い水ストレスを与えるなど(写真6)、徹底した栽培管理を行い、定植後約1カ月で着花する。着花後、夏作は40日程度、春作は60~70日程度で収穫適期を迎える(写真7)。1作当たりの収穫段数は3段程度で、栽培日数は、夏作は4カ月程度だが、気温が低く推移する中で収穫開始となる春作は、6カ月程度と長期栽培になる。温暖で高日照のハウスでは、最高で年間3作できるが、高冷地の富士宮市や軽井沢町のハウスは、厳冬期が低温で推移することから、年間2.5作程度となる。
収穫されたアメーラは、静岡県および長野県にあるサンファーマーズの選果機で全量機械選果および糖度測定され、1キログラム詰めダンボールに箱詰めされ、5ケースごとに結束後、JAおおいがわに出荷される。
当初は、糖度のバラツキや夏秋期の尻腐れ果の発生などの課題があったが、技術改善により品質の均一化を図った。量販店などからのクレームについては、サンファーマーズが一元的に対応し、早期に解決するとともに、生産者にフィードバックすることで、品質に対する信頼を高めている。また、安定供給については、市場への出荷情報の提供や出荷量の調整などの取り組みによって実現した結果、量販店などから信頼を得られるようになった。
アメーラは、糖度や栄養価が高い一方で、収量が低いため、再生産価格を確保するためには高付加価値化が不可欠であり、消費者による認知度を高め、有利販売につなげるマーケティングなどについて、専門的な知見が必要となった。
このため、外部ブレーンを導入することとし、ネーミングおよびパッケージデザインはデザイナー、出荷先の選定や販売促進はJAおおいがわおよびJA静岡経済連、マーケティングは静岡県立大学と、完全な分業体制を確立した。
サンファーマーズは、アメーラをめぐる関係者の中心に位置し、ブランドの維持および向上に努めている(図3)。
上記のように、アメーラは徹底したマーケティングのもと、ブランド戦略が図られている。この事例を、本稿の前編(2014年8月号、以下「8月号」という。)で紹介した「顧客ベースのブランド・エクイティ・ピラミッド(CBBE)」に当てはめて考察したい(図4)。
アメーラは、消費者が好きな野菜第1位であるトマト類において、フルーツトマトに代表される高付加価値トマトマーケットが浸透し始めていた時期に、高糖度トマトという新たな差別化マーケットを提案した。当時、高糖度トマトを名乗ったのはアメーラだけであり、覚えやすい名称もあって認知度は高まった。
トマトの各産地は、甘いというイメージを前面に出してきたが、秀品率の低下リスクを招く恐れがあるとして、糖度などの明確な数値化は進まなかった。これに対し、アメーラは、糖度基準の明確化と全量非破壊糖度検査を実施するとともに、外部機関による成分測定を行うなど、数値という客観的データでおいしさを表現した。また、高糖度トマトが大玉トマトの3分の1程度の大きさであることを表記し、成分測定結果を大玉トマトと比較させることで、小さくても栄養価が高く、健康に良いことをわかりやすく表現し、「甘さも栄養価もしっかり凝縮」という機能性を訴求した。
アメーラの甘みや機能性を訴求することで、「高くても買う価値があるトマト」という評価を獲得した。一般的に、冬春トマトは、夏秋トマトよりも「味の濃厚さに欠ける」と判断されるが、アメーラは、成分が凝縮されているため味が濃い上、保証糖度が7~8度に設定されているため、「いつでも甘くて濃いトマト」という評価を得た。また、JGAPをはじめとした各種認証の取得、迅速なクレーム対応により、品質などに対する信頼の確保につながった。
アメーラのネーミングは洋風だが、由来を知ることで静岡県産という属地的なイメージが定着し、静岡の甘くておいしいトマトというイメージを持つことができた。また、JGAP認証の取得により、環境にやさしいトマトというイメージも訴求できた。
ただし、当初は静岡県産のみであったアメーラは、その後、長野県でも生産されるようになったことから、属地的なイメージは前面に出せなくなっている。
トマト類は、品ぞろえが豊富なため、購入に当たっては、幅広い選択肢が与えられる。消費者は、客観的においしさが保証されたアメーラを、大玉トマトよりも高い金額で購入すること、つまり 「高くても甘いトマト」を選択することで、ちょっとしたぜいたく感を味わうことができる。
上記の部分が積み上げられることにより、消費者は、好意を持ってアメーラへの関心を強めていく。この結果、高糖度トマトを食べたいときは、アメーラを購入するようになる。
CBBEを総括すると、アメーラは、理性、つまりCBBEの左側に訴求したブランド構築を行ったと言える。具体的には、消費者が求める安全性、品質を担保する認証取得、糖度を高める高い技術の励行、数値化された糖度および成分の提示である(パフォーマンス)。そして、消費者は、実際に食べて、これらのブランド構築要素を納得することにより(ジャッジメント)、高く支持するに至った(レゾナンス)。消費者は、CBBEの右側である感情面、つまり、甘くておいしいというネーミング(イメージ)や、高くても甘いトマトを購入する満足感(フィーリング)よりも、理性面に訴えられてアメーラを選択するのである。
次に、ブランド価値について、5つのブランドを構成する価値(8月号参照)に当てはめて見ていきたい(表3)。
構成要素のうち知名度は、アメーラが数々の賞を得て、マスコミや専門家などのブログに取り上げられることで高まった。また、インターネットで高糖度トマトを検索すると、第1位にアメーラが出てくることも、知名度を高めている要因の一つと思われる。
知覚品質は、マスコミによる高い評価など、アメーラに関する好意的な情報を消費者が認識する機会が多いことに加え、食べておいしいという感想を持つことで高まる。
ブランド連想は、甘みと成分がギュッと詰まっている高糖度トマト、ということが第一に連想されるが、近年は、コンビニエンスストアのスイーツに使用されるなど、他業種との協業商品販売などから、アメーラとさまざまなものとが結び付いた、多くのイメージを連想することができる。
ブランド・ロイヤリティは、高い知名度などに誘導され、食味の良さを体験することで、高くても買う価値があると判断するリピート購入者の増加で高まる。一度確立されると価格競争に巻き込まれにくくなり、ほかのブランドに購入者が流出する割合が少なくなるため、アメーラブランドは、より強固になる。
高糖度トマトは、規格や形状などが類似しており、量販店などでの販売は、パック売りが中心になるため、ブランド名が最大の差別化となる。このため、「アメーラ」を商標登録することで、名称の模倣防止対策を講じている。
これら5つの要素により、アメーラは、知名度を高め、消費者の継続購入を促す高いブランド価値を持ち、高価格帯の高糖度トマトとしての地位を保っている(写真8)。
後発産地は、先行産地より認知度が低く購入候補にあがりにくいため、先行産地と同等の価格で販売することは難しい。食味の評価を得るには、まず消費者が購入することが必要であるため、価格面での訴求が有効となるが、先行産地の価格より過度に値を下げると、コストに見合う生産ができず、生産者の意欲が減退しかねない。このため、先行産地と異なる手法で新たなマーケットを開拓する必要があるが、先駆者としてのブランド確立が求められ、消費者への基礎的なアプローチという面では、先行産地のブランド構築までの取り組みが大いに参考になる。
ここで、アメーラの事例を参考に、ブランドの構築やその価値の維持および向上には、どのようなことが必要なのか考えてみたい。
JGAPの導入など、食の安全や環境保全に配慮していることは、アメーラの特徴であり、消費者に対する訴求ポイントとなっている。しかし、新しい栽培方法をこだわりとして訴求しても、その方法次第では、期待通りの効果は得られないことがある。このため、アメーラのように、栽培方法が環境に優しく、糖度の高さや品質の均一化に結びついているといった、必ず購入してもらえる訴求内容とすることが必要である。なお、市場、量販店などの販売者に対する訴求ポイントとして、これらに加え、欲しいときに入手できる、扱いやすい商材であることなどが求められる。
おいしさ(食味)は、ブランド構築のための重要な要素である。アメーラは、糖度基準を明確にすることで、食味を担保し、数値的に不明瞭なフルーツトマトマーケットから、高糖度トマトという新たなマーケットを作り上げた。しかし、糖度測定による訴求は、現在各地で行われているため、後発産地が採用しても、新たな差別化にはつながりにくい。
新たな差別化のためには、食味に関するクレームに対応して消費者の理解醸成を図るとともに、クレームからうかがえる消費者の要望を的確に把握することで、おいしさに徹底的にこだわることが重要となる。高糖度トマトの特徴は、糖度が高く甘いことであるが、糖度が高くても酸味が強くなれば、甘くないと評価される可能性もある。食味クレームに対してアメーラは、酸味を緩和するために食べる前に常温に置くことなど、家庭でできる改善策をわかりやすく提供することなどで、食味の信頼を確保した。消費者からのクレームは、市場、量販店などを経由したものが多いため、産地が気付かないことも多い。経済産業省の「消費者購買動向調査」(以下、「動向調査」という。)によると、クレーム対応窓口の常設は、女性、中高年層および子育て世代からのニーズが高い。クレームに直接対応する姿勢を示し、丁寧に対応することにより、クレームを言った消費者のリピーター化が期待でき、さらには、その消費者による口コミで新規の購入者の獲得も期待できる。
また、クレームからうかがえる消費者ニーズには、食味を含む商品の差別化のヒントが含まれていることが多い。
これらのこだわりを一貫したものにすることで、訴求効果はさらに高まる。最先端の生産技術のみでは、消費者などの関心は得られないし、食味のみでは、他産地との差別化が図りにくい。生産現場で行われていることが、食味の良さにつながっていることを周知し、産地の顔と商品に対する真摯な姿勢を見せることが効果的である。アメーラでは、試食を伴う産地見学会の開催などを精力的に開催している。糖度という理性的な面に訴えられた消費者が、目と舌で認知することで感情的な面にも訴えられた結果、継続的な購入意欲がアメーラにもたらされる。
メディアの活用は、間接的かつ対象が広がるほど高コストになるものの、不特定多数を対象とした周知手法としては、最も効果がある。
一方、店頭販売促進は対象範囲が狭いものの、興味を持った消費者に対して低コストで直接的に宣伝することが可能となる上、購入した消費者から、家族や知人に口コミで評判が拡散することも期待できる。動向調査によると、「消費者の評価は消費動向に強く影響する」とのことで、消費者の口コミは信頼できる情報として受け入れられる。このように、情報発信の手法は長短を併せ持っているため、ブランドの確立には、それぞれの特徴を生かした多様な情報発信により、効果的な宣伝、周知を展開することが肝要である。また、口コミとマスコミという複数の手法が相乗効果を発揮し、例えば、口コミの広がりからマスコミに取り上げられることになり、一層の購入意欲が創出されるといった可能性も高くなる。
トマト類は、消費者、量販店双方に選ばれる野菜であり、中でもアメーラがその市場を確立した高糖度トマトは、食味と健康という訴求力を持っている。高付加価値商材として産地および量販店からの注目度も高く、多くの産地が栽培技術に関する試験研究や生産などに取り組んでいるため、大玉トマトと比較した優位性だけでなく、他産地と比較した場合の優位性が求められる。
購入時に最初に思い浮かぶブランドは、選ばれる確率が非常に高まるため、各産地ともブランドを形成する必要がある。今回のアメーラは、外部ブレーンを導入することで、生産から販売までの各段階を完全に分業化した。中でもマーケティングについては、生産者以外の意見を反映させることにより、おいしさを明確な数値で表わし、理性を中心に訴求したブランド構築を行うことで、高糖度トマトという新たなマーケットを作り上げた。加えて、マスコミなどに広く取り上げられることでブランド・ロイヤリティを確立し、ブランド価値の向上を図ったと言える。アメーラの取り組みは、高糖度トマトのみならず、広く野菜産地にとって、既存のマーケットの一歩先にある新規マーケットを開拓し、先駆者としてブランドを構築し、さらにはその価値を維持、向上させる有益なモデルケースとなるであろう。
最後に、今回の調査に協力いただいた、株式会社サンファーマーズ代表取締役稲吉正博氏および法政大学大学院IM総合研究所特任研究員大橋文彦氏に感謝申し上げる。