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調査・報告(野菜情報 2014年8月号)


農協を核とした農商工連携による野菜加工事業の地域活性化効果~JAにじの野菜スープ開発・製造・販売の分析を通して~

中村学園大学 学長 甲斐 諭


【要約】

 昨今、農協のあり方が問われている。「農協は地域活性化に貢献していないのか」検証してみた。福岡県にあるJAにじは、以前は出荷できなかった規格外野菜の高付加価値化のために、自らが中心となって地域の農商工を連携させ、トマトとほうれんそうのスープを作り、販売して農家所得向上や授産施設の収入増加などにつなげている。このような事業の企画、製造、販売の諸過程は複雑で面倒なので、外部コンサルタントなどに依頼するのが一般的であるが、JAにじでは農協職員が自ら直接担当し、生協とも連携するなど経験を重ね、今では地域の農商工連携の中心的役割を担い、地域活性化に大きく貢献している。

1. はじめに

  昨今、農業協同組合のあり方について、地域農協が主役となり、それぞれの独自性を発揮して農業の成長産業化に全力投球できるように制度を抜本的に見直すべきとか、6次産業化を促進すべきなどの、農協に関する諸説がマスメディアで報じられている。

 農協のあり方を議論するには、単なる抽象論ではなく、現実に即して、今、地域農協がどのような活動をしており、6次産業化などを通してどのように地域活性化に貢献しているのか、検証してみる必要がある。

 本稿の目的は、福岡県にある「にじ農業協同組合」(以下、「JAにじ」とする。)が行っている野菜スープの開発・製造・販売の活動分析を通して、地域農協がいかに地域活性化に効果を及ぼしているのかを検討し、今後の農協の課題について考察することである。

2. 国民の野菜消費量減少と地域農協の野菜スープ開発・製造・販売の重要性

(1)国民の野菜消費量減少

 我が国の国民1人当たり年間野菜消費量は、昭和35年度には99.7キログラムであり、43年度には124.3キログラムまで増加したが、その後は徐々に減少し、平成24年度には93.2キログラムになっている(図1)。

 昭和43年度以降の野菜消費量の減少は、コメの消費量の減少とも連動していることが分かる。ちなみにコメの1人当たり年間消費量は、同期間に100.1キログラムから56.3キログラムに急減している。同期間に1人当たり年間消費量が増加したのは、畜産物であった(図2)。

 野菜の消費量は世代によって大きく異なる。表1と図3の1世帯当たり1カ月間の世帯主年齢別食料支出額(総世帯:平成25年)を見ると、世帯主が29歳以下の世帯の野菜・海藻の支出額は1631円であるが、外食費は2万1697円である。世帯主が29歳以下の世帯では消費支出額や食料費が少ないものの、外食費は大きく、食料費の50.2%を占めている。

 しかし、世帯主の年齢が上がるにつれて野菜・海藻への支出額は増加し、逆に外食への支出額は減少することが分かる。

(2)若年層と高齢者および単身者への野菜スープ提供の重要性

 若年層の野菜消費量が少ない理由は、多忙であり、また野菜料理法を多く知らない、健康維持への配慮が足りない、などが考えられる。従って、若年層への野菜消費拡大を啓発することが重要である。

 そういった視点からも、多忙で料理法を多く知らない若年層に、野菜を多く消費してもらうには、湯を注ぐだけで食べられる簡便な野菜スープを提供することも、ひとつの方法として重要である。

 野菜の消費量減少は高齢者や単身者でも発生している。調理が簡便な野菜スープをそれらの消費者に提供することは、国民の健康維持にとって重要である。

(3)野菜生産者から見た野菜スープ提供の重要性

 一般に、野菜をはじめとした農産物の形、品質は大きな幅があり、それを等級と階級で区分しているが、卸売市場に出荷できる等階級は限定されており、それ以外の生産物は規格外品として、市場価値がなく、安価に販売するか、廃棄する以外に方法がないのが現状である。

 それらの栄養的には何も問題のない、外観が卸売市場出荷の規格に合わない規格外品を野菜スープなどに加工し、付加価値を付けて販売することは、野菜生産者の所得増加につながる有益な活動である。

 JAにじでは、近年、管内で生産されるトマトとほうれんそうの規格外品を用いて野菜スープを製造販売し、生産者の所得増加に貢献している。以下、福岡県の野菜生産の実態を概観し、JAにじの野菜スープ製造販売事業を分析しよう。

3. 福岡県の野菜生産の現状と雇用型経営体の育成

  福岡県の農畜産物産出額は、約10年前の平成12年の2388億円から、23年には2177億円と8.8%減少している(表2)。しかし、野菜だけは、同期間に663億円から743億円に12.1%増加している。

 福岡県の農畜産物産出額における野菜の構成比は、同期間に27.8%(=663×100/2388)から34.1%に拡大し、野菜は福岡県農業の中で最も重要な作目になっている。

 しかし、福岡県内の野菜作付面積と生産量の推移を表3で見ると、徐々に減少していることが分かる。作付面積は12年産の1万2300ヘクタールから、23年産には9900ヘクタールに19.5%減少し、生産量は同期間に31万4000トンから24万8000トンと20.9%減少している。特に、キャベツやレタスなどの23年度の秋冬野菜は、秋口からの乾燥と冬場の日照不足により出荷量が減少した。

 福岡県の主要野菜の作付面積の推移を表4で見ると、きゅうりの減少が最も大きく、12年産の264ヘクタールから23年産には188ヘクタールと、28.8%も減少している。次にキャベツの減少が大きく、同期間に1070ヘクタールから769ヘクタールと、28.1%減少している。なすの減少率も27.6%と大きい。逆にレタスは、同期間に944ヘクタールから969ヘクタールと、2.6%増加している。

 野菜生産者の高齢化などにより、キャベツなどの重量野菜や、きゅうり、なすなどの労働集約的野菜の生産が回避され、レタスなどの軽量野菜や省力野菜の生産に移行していることがわかる。
福岡県の主要野菜の生産量の推移を表5で見ると、なすの減少が最も大きく、12年産の3万3400トンから23年産には2万1800トンと、34.7%も減少している。次にキャベツの減少が大きく、同期間に4万2800トンから2万9000トンと、32.2%減少している。ねぎときゅうりの生産量減少率も、それぞれ29.7%、29.4%と大きい。同期間に生産量が増加した野菜は皆無である。

 全国の傾向と同様に、福岡県においても農業生産者の高齢化・後継者不足などにより、農産物生産量が減少している。そこで福岡県においては、農業の規模拡大に向けた計画の策定支援や雇用型農業経営の研修会などを通して、雇用型経営体数の増加に取り組んでいる。福岡県では雇用型経営体数が徐々に増加し、24年12月末現在1317経営体になっているが、そのうち野菜部門の割合が最大の35.8%、472経営体を占めている(図4)。

 雇用者と被雇用者のマッチングを行う雇用労働力のあっせんに9地域が、さらに農家の負担が大きい出荷調整作業などを請け負う作業外注化(パッケージセンターの利用など)に8JAが取り組んでいる〔注1〕。

4. JAにじの概況と農産物生産販売状況

(1)JAにじの概況

  JAにじは、福岡県うきは市の浮羽町と吉井町および久留米市の田主丸町の3町からなる農業協同組合(平成8年4月設立)である。福岡県の東南部に位置し、北に九州最大の筑後川が流れ、南に耳納(みのう連山をのぞむ田園地帯で、東西約20キロメートル、南北8キロメートル、面積168.54平方キロメートルの地域である。地域の中央部を国道210号線、JR久大本線が東西に走っており、地域と久留米市や日田市を結んでいる〔注2〕。

 管内には、名所も多く、浮羽町の山里にある調音の滝や、白壁土蔵の町吉井のほか、田主丸河童の里としても広く知られている。

  管内は、筑後川流域に広がる平たん地と、耳納連山とに大きく区分される。平たん地は年間平均気温15.9度、年間平均降水量2155.5ミリと気象条件に恵まれている肥沃(ひよくな水田地帯である。耳納連山には広大な果樹地帯が形成され、柿、ぶどう、もも、なしが栽培されており、特に「富有柿」の銘柄産地として知られている。

  野菜では、いちご、トマトの施設園芸が盛んであり、トマトは、県単補助事業である高収益型園芸農業確立対策事業の導入により、栽培面積の拡大が図られている。新規栽培者や後継者が増加しているので、福岡県から優秀賞を受賞している。また、ほうれんそうの露地栽培も盛んである。

  花きでは、カーネーションの出荷量が県内一であり、緑化木は生産販売の拠点として、全国でも有数の生産量を誇っている。

  25年9月現在の正組合員数は7134人(個人7125人、法人9人)で、准組合員数は9167人(個人9163人、団体4人)であり、組合員総数は1万6301人である。
24年度の農産物の総販売額は72.3億円(うち9.8億円は直売所である「耳納の里」の販売額)である〔注3〕。

(2)JAにじの農産物生産販売状況

 JAにじの平成24年度の販売額を見ると、コメ9.8億円、麦1.4億円、大豆0.4億円、茶0.8億円、柿16.6億円、ぶどう4億円、なし1.9億円、トマト10億円、いちご4.4億円、ほうれんそう1.2億円、レタス類2.3億円などとなっている。柿とトマトの販売額がそれぞれコメのそれをしのいでおり、JAにじは福岡県内で有数の青果物産地であることが分かる。

 24年度の部会員の数を見てみると、柿部会が最大の574人で、第2位がぶどう部会の258人、第3位が後述のほうれんそう部会の66人である。後述のトマト部会員は42人であり、第4位のいちご部会の64人、第5位の梨部会の54人に続いて第6位である。

 まず、後述するトマトとほうれんそうのスープの原材料を供給しているJAにじのトマト部会とほうれんそう部会を概観しておこう。 

(3)トマト部会の概況

 トマト栽培は昭和38年から始まり、51年の長い歴史を持つ。その間、平成14年9月に部会が統合(浮羽、吉井および田主丸)され、園芸流通センターでの一元集荷体制の確立による安定供給、光センサーや糖度センサーの選果・選別などにより、確かな品質と均一化が図られ、卸売市場などから高い評価を受けている〔注4〕。

 トマトは、3つの栽培方法(土耕栽培、RW(ロックウール)栽培、袋培地栽培)で生産されている。42人の部会全員が防虫ネット、粘着テープ、循環扇、ヒートポンプ、タイベックシートなど、農薬だけに頼らない栽培方法および技術確立に取り組んでいる。

 部会全員で、栽培・防除日誌の記帳と確認を通して、食の安全と消費者の信頼が確保された生産と、集出荷情報の提供やオリジナルリーフレットの作成、新品種の試作試験出荷に取り組んでいる。

(4)ほうれんそう部会の概況

 ほうれんそうは、昭和35年頃に水田裏作作物として導入され、51年に部会が結成され、共同販売が始まった〔注5〕。53年に国の野菜指定産地の指定を受け、54年には野菜指定産地生産近代化計画を策定し、生産流通の条件整備を図り、販売体制の充実・強化、栽培技術の向上による品質向上と安定供給、ブランド化に取り組んだ。平成9年に指定区域変更を行い、指定産地の基盤強化に取り組んでいる(写真1)。

 ほうれんそう部会では、消費者が安全性の高い食品を求める傾向が強まることを踏まえ、硝酸態窒素低減に向けた土壌診断を行い、窒素肥料の削減に取り組み、また農薬では、残留農薬の検査室を設けて独自の検査を実施し、食の安全と消費者の信頼が確保されたほうれんそう作りを目指している。

 また、JA全農安心システムの認証を受けているので、生産工程管理を記録し、生産者から消費者までを情報で結ぶ仕組みを作っている〔注6〕。生産者およびJAは、食の安全と消費者の信頼が確保されたほうれんそう供給に努めている。

5. トマトスープ開発製造販売事業

(1)トマトスープ開発以前の加工事業の取り組み

 JAにじの外商担当者は、JAにじのPRのために各種の展示会に参加して生鮮品を販売していたが、他地区のJAや農家が販売している加工品を見て、JAにじ管内で生産されている柿やいちご、ぶどうの加工品開発を思い付いた。外商担当者は展示会への参加により、各地の取り組みの情報を得るとともに、また商談を進めることができ、多くの経験を蓄積し、加工品開発に意欲を高めることが可能となった。

 そこで平成20年度より、規格外青果物を活用した加工品作りの取り組みを開始した。それ以前にJAにじでは、管内が富有柿の大産地であることもあり、富有柿のチップや西村柿のワイン、それにいちごのあまおうを使用したオリジナルあまおうワインを、JAにじの直営店である直売所の「にじの耳納の里」を中心に販売していた。柿チップのテレビショッピング販売にも挑戦しようとしたが、数量確保ができなかったので、断念した経緯もある。

(2)トマトスープ開発の契機

 果実を素材とした製品開発の成功を見て、果実だけでなく野菜でも取り組みができないかとの意見が、42戸の「トマト部会」(全栽培面積13.5ヘクタール、品種は桃太郎)から出され、21年度にトマトの規格外品を40~55キログラムほど集めて、スープの試作をメーカーに依頼した。22年度にはトマト400キログラムを使って試験的に製造し、販売をスタートした。

 ジャム・ゼリー・ドレッシングなどの加工品は個人農家でも開発販売が可能であり、農家と似た商品を開発すれば、農家商品と競合する。農協が新規に取り組むなら、個人農家では取り組み困難で、しかもロットが大きく、費用がかさみ、技術も難しいフリーズドライ事業に取り組んでいきたいと考え、JAにじは桃太郎スープが出来ないかと、トマトスープの試作を開始した。

(3)生産者の協力によるスープ原料トマトの量的確保と品質向上

 トマトスープ開発に際して、最初に問題になったのは原料の確保問題であった。生産者は、規格外品を作るためにトマトを栽培している訳ではないので、スープを商品化しようとしても計画的に規格外品を集めることができない。通常は、一週間に100~200キログラムしか集まらない。そこでスープを開発する外商担当者が、トマト生産者の部会員に相談したところ、生産者一人ひとりがスープ原料用トマトの出荷を約束してくれたので、スープ開発が可能になった。

 次に問題になったのは、規格外品の品質問題である。従前は、傷のあるものも規格外品として取り扱っていたが、加工開始後は、傷があるものは劣化が早いので集荷せず、トマト部会から購入する規格外品は、鮮度状態が良い、傷などのない良質規格外品に限定している。トマトスープ専用規格を新たに作り、農家に出荷規格の遵守を徹底することができた。他の産地にはない高鮮度の良質規格外トマトの全量を、現在では年間約15トン購入し、スープの原料にしている。

 スープ原料トマトの量的確保と品質向上には、農家とJAにじとの信頼に基づいた連携が不可欠であった。

(4)原料トマトの集荷からスープになるまでの工程と物流経路

 当日収穫したトマトを、農家がJAの集荷場に持ち込む。それを、JAが隣町にあるピューレ工場に8時45分までに届け、販売する。工場では、トマトの傷んだ部分がないかチェックし、もしあれば手作業で除去し、当日に煮詰めてピューレにした後に缶詰にする。
それをJAが買い取り、製造日に合わせて福岡県内のフリーズドライのメーカーに運び、販売する。他の具材のキャベツ、ニンジン、タマネギについてはJAの依頼により、フリーズドライメーカーが地元産や九州産の国産野菜を選び加える(外国産は一切使用していない)。

 トマトだけはJAにじの産物であるが、その他の具材は主に九州産の野菜を使っている。具材であるキャベツなどのカット法(千切りか、縦長かなど)や、具材の配合割合はどうするかなど、30回ほどの試作を行い、検討して現在の最善の配合方法を決定している。
フリーズドライメーカーでは、零下30度程度で急速凍結し、さらに減圧して真空状態で水分を昇華させて乾燥させ、一個ずつ銀紙の小袋に入ったドライスープをJAが買い取り、市内数カ所の身障者授産施設(自立支援センター)に委託して、自家製の紙袋に入れて販売している。

 以上のようにJAにじは、ピューレメーカーでのトマトの販売とピューレの購入、フリーズドライメーカーでのピューレの販売とドライスープの購入を行っている。このようにJAにじが売買を繰り返すのは、別の方法である委託製造の場合であれば、加工工程で失敗したときに原料代を回収できなくなるリスクを回避し、責任体制を明確化するためである。

(5)生食用品種である桃太郎トマトを苦心してスープに加工

 21年度に40~50キログラムでスープを試作したトマトの品種は桃太郎であり、加工用品種ではないため国内の有力トマトジュースメーカーの職員からは、桃太郎を使った加工品開発は無理、と指摘された。事実、桃太郎トマトの果汁は凝固せず、香りもなく、味も良くなく、バラつきが大きかったので、凝固剤や着色材、うまみ調味料の添加を考えた。

 しかし、農協らしく添加物は一切使用せず、トマト以外の野菜もすべて国産を使用することを条件とした。そのため数十回の試作を余儀なくされたが、補助金を利用することもなくJA独自の経費負担で、1年以上の試作を重ねて、22年度にトマト400キログラムを使って、試験的に4000食を製造した。

 生食用品種である桃太郎トマトのスープは売れないと指摘されていたが、JAの直営店の耳納の里とAコープ、それにJAも出資して開設した直売所「道の駅うきは」で、毎週末に試食販売会を実施した。生鮮トマトの販売担当者も支援してくれたこともあり、試食販売が功を奏して完売することができた。

 トマトスープの23年度の製造に際して、規格外品の品質が課題であることが判明したので、前述のように、トマトの規格外品の出荷基準を設定し、その集荷目標を4トンとした。通い容器を使用し、また通常出荷時に合わせて規格外品も持ち込めるようにするなど、生産者の手を煩わせない工夫により、6トン強を集荷することができた。トマト生産者からは、通常の生食用トマトの出荷と同時に規格外品トマトを出荷することができたと喜ばれた。

(6)経費節減のためのパッケージ自作と身障者雇用促進のための    包装資材ののり付け・袋詰め作業委託

 経費節減のため包装資材の袋のラベルは、JA職員自らがトマトの写真を撮り、エクセルで作成、パソコンを利用してカラーコピーで作成した。袋の裏面の表示については、保健所などの行政機関に行き、知識を習得して、JANコードを作成し、文字の大きさのポイントを決め、誇大表示にならないように注意しつつ、「福岡県産桃太郎トマト100%」「着色料・うまみ調味料無添加」「国産たまねぎ・キャベツ・にんじんの具材も入って」などの文字を入れたトマトスープの袋を作成した(写真2)。

 袋ののり付け作業は一般の業者には委託せず、JAの近所にある身障者授産施設である共同作業所に委託している。そこでは、JAから持ち込まれたJA自作の袋の材料を裁断し、折り、のり付けして、賞味期限がスタンプされたシールを貼ってJAに納品してもらうシステムになっている。後述のほうれんそうスープの袋詰め作業と合わせると、年間約20万食を依頼している。一袋当たり3円なので、金額にして年間60万円を支払っている。地元の施設に作業を依頼しているので、地元への資金の還元にもなり、また丁寧な仕事により商品への信頼を生む要因となるなど、好循環をもたらしている。

(7)トマトスープ開発の3つの成功要因

 トマトスープ開発過程の分析により、次の3つの成功要因が明らかになった。

 第1の要因は、JAにじが原料トマトの集荷を自ら行い、それ以降の加工工程も、前述のようにメーカーへの材料販売と製品購入を繰り返し、実質的には委託加工をして製造段階のリスクを軽減するなど、地域農商工連携を上手く機能させてリスク軽減を図っている点である。JAが全ての加工工程を自前で完結しようとすれば、加工施設への過大な投資、技術力の不足から来る製造上の失敗が発生する危険性がある。しかし、JAにじでは上記のように、そのようなリスクを軽減している点は高く評価できる。

 第2の要因は、加工製造を行うメーカー選びのノウハウおよび販売を、外部に委託するのではなくJA自らが行うので、マーケティング知識のノウハウを、有能なJA職員が蓄積し、経費節減を図ったことである。

 第3の要因は、フリーズドライ段階までの製造は福岡県内の企業に実質的に委託するものの、パッケージや袋詰めは経費節減のためJA自ら行うので、JAS法をはじめ、表示や製造過程の衛生に係る法律等の知識を身に着け、外部コンサルタントに依存する必要がないほど担当JA職員の知識水準が高くなり、新たな商品開発能力を蓄積したことである。
この3つの成功要因は、自ら加工品を試作することに挑戦し、種々の困難を解決して製造販売までこぎ着けた結果得られたものであり、試行錯誤の上に体得した成果でもある(写真3)。従来、JAには、青果物生産集荷のプロは多いが、加工のプロはまだ少ない状況の中での成果であり、それが、次の新たな商品であるほうれんそうスープの開発製造販売事業へと発展させる原動力になった。

6. ほうれんそうスープ開発製造販売事業

(1)ほうれんそうスープ開発の契機

 JAにじ管内の田主丸地区は、ほうれんそう栽培が盛んであり、水田の裏作として、稲刈りが終わった水田に作付けし、約60~90日で収穫している。時期をずらしながら、田植えが始まる5月まで栽培収穫を行っている。ほうれんそうの栽培面積は30ヘクタールであり、年間約230トンが生産されている。収穫段階で、生食に向かない規格外品が出るので、その有効利用を図る方法はないか、平成23年頃ほうれんそう部会内で検討された。そこで他県の冷凍野菜加工貯蔵施設を見学し、JAにじのほうれんそうを冷凍保存して欲しいと依頼したが、断られたので、24年度から、ほうれんそうスープの開発に取り組んだ。

 開発には半年以上を要したが、現在では田主丸産のほうれんそうを100%利用したスープ事業を展開している。

(2)福岡県6次産業推進事業補助金によるほうれんそうスープ開発

 25年5月までにピューレ加工用と具材加工用に、それぞれ700キログラム集荷し、同年6月の発売を目標に7万食の製造を開始した。

 ほうれんそうを活用した、農産加工品の新商品開発と販売の取り組みは、24年度の福岡県6次産業推進事業補助金(農商工連携支援)事業に選ばれた。JAにじでは、上記のように地場産100%のトマトを利用したスープを商品化しており、24年度は10万食以上を売り上げた実績がある。

 ほうれんそうは、JAにじの田主丸野菜集荷所で集荷され、主に卸売市場向けに出荷されている。しかし、規格外品の選別、洗浄、冷凍、梱包などを行う設備がない。そこで自らは設備を作らず、体制の整備と商品開発の課題を補助事業の活用により解決し、目標とする27年度に約35ヘクタール(年間生産量約350トン)まで拡大し、そのうち約3トンをほうれんそうスープの原料に利用する計画を立てた。

(3)生協との連携によるほうれんそうスープ開発と技術的困難性の克服

 JAにじは、前述のトマトスープの開発に成功したものの、販売で非常に苦労した。その時の反省を踏まえて、ほうれんそうスープの開発には、消費者団体であるエフコープ生活協同組合(以下、「エフコープ生協」とする。)の組合員の意見を取り入れ、有力な販売先の確保の目的も持って、エフコープ生協との共同開発を試みた。

 JAにじとエフコープ生協との仲介には、JA全農ふくれんが大きく貢献しており、エフコープ生協の産直委員会や理事会で試食を繰り返しながら、理事の方々の意見を真摯に受け入れ、チキンエキスベースのほうれんそうのスープ製品の完成に導いている。当初は、卵入りほうれんそうスープやビーフベースのほうれんそうスープも検討されたが、生協の方々からの賛同を得られなかったので、採用しなかった。具材の食感、配合、色合いなど、細かな点までの意見や辛口のコメントも受け入れ、またアンケートにも回答してもらい、従来のJAや業者だけの開発ではない、消費者の声を反映した開発を行った。

 野菜スープを作る技術はトマトよりほうれんそうの方が難しく、特に、ほうれんそうのピューレを作る技術がこれまでになかったので、困難を極めた。長くブランチング(加熱処理)すると変色し、味も悪くなり、短いと細菌の増殖を抑えることができなくなる。また、根元からどの程度の長さで切断すれば土の混入を防止できるのか、高速ミキサーに掛ける時間はどの程度か、その後の再加熱の時間はどの程度かなど、前出のピューレメーカーは試行錯誤を繰り返し、現在の技術を開発した。トマトスープと比較して、ほうれんそうスープは手間とコストがかさむが、トマトスープと価格は同じにしている(一袋125円(注)、トマススープは一袋当たり量目8グラム、ほうれんそうスープは同6.6グラム)。

 化学調味料などのうまみ調味料は、農協が開発した商品らしさ(農協ブランド)を訴求するために一切使用していない。これが最大の特長である(写真4)。

(4)加工工程の流れと半製品の売買による責任体制の明確化

 スープの原材料のほうれんそうは、農家から農協の選果場を経由して、前述のトマトスープ製造を依頼しているピューレメーカーに運ばれ、販売される。ピューレにした後にJAにじが買い取り、冷凍車で福岡県内の冷凍倉庫会社に運び込み、製造日ごとに管理する。スープ製造日に合わせて福岡県のフリーズドライメーカーに運び、販売する。

 フリーズドライメーカーで具材として追加されるほうれんそうは、JAにじから福岡県内にある野菜カット工場に運ばれたのち、洗浄、加熱、カットされ、冷凍車で福岡県内の冷凍倉庫会社に運び込まれ、スープ製造日に合わせて福岡県内のフリーズドライメーカーに運ばれる。

 そこでは、トマトスープの製造の場合と同様に、JAにじの依頼により地元産あるいは九州産などの国産のたまねぎ、キャベツおよびにんじんの具材を付加し、具材の加熱したほうれんそうを追加して、フリーズドライスープに仕上げる。それをJAにじが買い取り、トマトスープと同様に、身障者授産施設の共同作業所で袋詰めされる。

 以上のように、加工過程で売買を繰り返すことによって、各作業工程での責任体制を明確にしている。

7. むすび ~農協を核とした地域農商工連携による
  「未利用資源の社会化」と地域活性化の効果~

 平成25年度のJAにじの野菜スープの販売額は、トマトスープが約1500万円、年度途中から販売が開始されたほうれんそうスープは約700万円であり、まだ必ずしも多くはない。

 しかし、加工用のトマトもほうれんそうも、生鮮品としては市場出荷できなかった規格外品であるので、野菜スープの製造販売は規格外品の価値化、すなわち、「捨てられていた資源の社会化」「未利用資源の社会化」により野菜農家の所得向上、引いては地域活性化に貢献していると高く評価できる。

 JAにじ自らが商品開発・販売することの重要性は、次のように総括できよう。

①野菜の卸売市場出荷一辺倒から、規格外野菜の加工による出荷先の多元化が可能になった。一般にJA集荷の野菜は、市場出荷用の生鮮向け品種の野菜であるので、その規格外野菜は加工に適しておらず、加工が非常に困難である。地域のメインの生産物である、市場向け生鮮用品種の野菜の規格外品を加工品に仕上げるのは、農家にとって大きな意義があり、所得向上に直結している。

②生協と連携して商品開発を図ることを通して、消費者ニーズを把握することができる。

③JAにじが、主導して近隣の市町村に立地している製造加工業者と連携することで、鮮度の高い素材を提供でき、加工方法への細かな注文が可能となり、より良い製品加工ができる。

④JAにじ職員が、製品に関わるJAS法、表示法などの法律や規則を学ぶことにより、製品製造、包装および販売のノウハウを習得でき、新たな製品の開発段階でコンサルタント機能を持つことができ、外部コンサルタントを雇用する必要がなくなる。

⑤JAにじの近くに立地する、身障者授産施設に袋詰め作業を委託することにより、施設に仕事を提供でき、地域活性化に貢献している。

 昨今、地域農協への批判的報道が多いが、JAにじのように地域活性化に成功している事例もある。JAにじの場合は、従来の卸売市場一辺倒出荷、素材提供型出荷に起因する規格品だけの販売から、自ら規格外品を加工販売することを可能にしたことにより、地元で生産された全生産物を価値化することに成功し、地域活性化に寄与している。

 しかし、まだ加工品の生産量・販売額が少なく、単価も高い。今後は食の簡便化を志向する若者への普及、離乳食、登山・ハイキングなどの携帯食、防災保存食など新たな市場の開拓が課題である。

〔注1〕福岡県『福岡県食料・農業・農村の動向~平成24年度 農業白書~』2013年。

〔注2〕にじ農業協同組合「ふるさと紹介」2014年。

〔注3〕にじ農業協同組合『第17年度 業務報告書』2013年。

〔注4〕JA全農ふくれん園芸部「博多元気ドットコム」2014年。

〔注5〕郷原裕司「産地紹介:福岡県 にじ農業協同組合(ほうれんそう)~ほうれんそう産地(久留米市田主丸町)の紹介~」『野菜情報』2012年1月号、2012年。

〔注6〕全国農業協同組合連合会「青果物の安心システム:産地概況」2013年12月19日。

<追記>

 聞き取り調査に際して、福岡県農林水産部園芸振興課、JAにじの川原文次組合長とパッケージセンター佐藤賢二所長、エフコープ生協三谷恵二氏から貴重な資料提供と御教示を頂いた。記して感謝の意を表します。

 


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