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調査・報告 (野菜情報 2014年6月号)


JA仙台における被害状況と震災復興の取り組み

~荒浜プロジェクトを事例として~

仙台農業協同組合
総務部震災復興推進課 小賀坂 行也


1. はじめに

 東日本大震災から早いもので3年が経過した。津波によって甚大な被害を受けた当組合管内の沿岸部において、農地や農業施設の復旧が進み徐々に営農再開が進んできた一方で、仮設住宅や民間の借上住宅等での生活を余儀なくされている被災者は依然として多く残されている。

 本稿では、当組合の震災被害の状況を報告するとともに、津波被害が甚大であった集落の事例も取り上げながら震災復興の取り組みについて説明する。当組合管内は稲作が盛んな地域であり、園芸作物の生産量は少ないものの、今後は園芸作物の産地形成が課題であることから、特に園芸作物の試作の取り組み等について述べることとする。

2. 当組合の農業生産の概要

 当組合は、100万人の人口を抱える仙台市を中心に、多賀城市、塩竈市、利府町、七ヶ浜町、松島町の3市3町を事業エリアとしている広域農協である。宮城県の中央部に位置し、太平洋の沿岸部から山形県との県境である奥羽山脈まで「海から山まで」の経営資源を有している。

 管内の農業動向については、耕地面積の86%が水田であり、ひとめぼれやササニシキに代表される稲作を中心に、転作作物として大豆や麦の生産も行われている(表1)。

 また、農産物直売所「たなばたけ」を販売拠点として、仙台市民をターゲットとした安全・安心な園芸野菜の生産・販売も行われている。たなばたけとは、仙台七夕の「たなばた」と農産物が収穫される畑「はたけ」の造語である。たなばたけには、生鮮野菜の販売の他に豆腐工房や惣菜工房といった加工販売施設があり、特に農産物の新たな食べ方を提案する野菜スイーツを製造販売するスイーツ工房tanabata(写真1)は女性や食に関心のある人の間で人気を博している。

 そして、キリンビール株式会社より支援をいただき、復興応援キリン絆プロジェクトに取り組んでおり、営農再開した農地で生産された復興大豆を利用した「仙大豆(せんだいず)」(写真2)ブランドの商品開発を行っている。同ブランドの第一段として開発したソイチョコは売れ行きも好調であり、今後はさらなる商品開発と合わせて新たな販路の開拓に向けて取り組んでいるところである。

3. 管内における震災の被害状況

 被災地における震災被害は、大きく分けて2つある。沿岸部を襲った津波被害と東京電力福島第一原子力発電所事故による放射能汚染被害である。

 後者の放射能被害についてであるが、当組合管内において、被災直後には情報が不確実であったことから風評被害があったが、現時点ではほぼ全ての農産物において問題視される影響は出ていない(注)。

 前者の津波被害(図1)については、沿岸部を中心に農地、農業機械、農業施設等が津波被災し流失、損壊した。仙台市、多賀城市、七ヶ浜町、松島町の4市町において、津波により浸水した耕地面積は、農林水産省の公表している数字では3155ヘクタールであり、管内の耕地面積の41%にも及ぶ(表2)。当該地域は海抜ゼロメートル地帯も含んでいることから、稲作を営むためにはポンプアップによる強制的な排水機能が不可欠であったが、その排水機場4機が全て壊滅してしまい、早期の水稲の営農再開ができない状況に陥ってしまった。

注:管内では原木しいたけ(露地栽培)のみ出荷が制限されている。

  その一方で、比較的水を必要としない畑においては、がれきや堆積土砂の撤去後に海水の塩分を除く除塩作業を行い、早い段階での野菜等の営農が再開された。今回のように津波被害の場合には、園芸作物は、早期に営農再開が可能であり、収穫までの回転が早く生活資金を得ることができる点で有効であると言えよう。

 しかし、当組合の被災地は水田農業が主体であり、被災した営農類型の多くは稲作を営む兼業農家であったことから、早期の営農再開を果たすことができなかったのである。
その後の詳細な震災復興の状況については、伊藤房雄・拙著「宮城県における被災地の農業復旧の現状と復興に向けた課題」(※1)などを参照していただきたい。

4. 震災に対する当組合の対応

 当組合では、震災が発生した平成23年3月11日に代表理事組合長を本部長とする東日本大震災災害対策本部を設置し、役職員・組合員の安否確認や施設の被害状況調査等の応急的な震災対応を行ってきた。その後に震災復興に関する担当部署を明確化するために、震災復興推進課を設置し、組合員の営農と生活の「日常」を取り戻すことを目的として、日々復興業務にあたっている。震災復興推進課の主な業務は、営農再開や生活再建に対する支援業務、行政および関係機関等との調整等である。

 JAは、信用・共済等の事業だけに限らず、食料の安定供給や地域との関わり等の社会的な役割が大きいために、予期せぬ災害が生じた場合においても事業を継続させなければならない。当組合は、本震災での経験を生かし今後の災害対応を明確にするため、BCP(事業継続計画)を策定した。災害が発生するのを予測するのは困難であり、日頃から災害に備えた対策の策定は必要であろう。また、社会環境や内部環境の変化に合わせて、事前準備や諸規定の見直し等を怠らないことも必要不可欠である。

 震災直後には、仙台市役所前での精米供給や直売所を中心とした地域住民向けの食料供給等を行ってきた(※2)。JAは農家が何をどこでどのくらい生産しているかを把握しているために、計画的な食料供給が可能であり、非常時にJAの果たす役割は非常に大きい。地域に根ざした協同組合としての本質でもある。

 また、震災後から現在に至るまで、全国の企業、JA等から多くの支援物資や義援金等をいただいてきた。この場を借りて感謝申し上げたい。この支援を契機に以下の3つのJAと、農産物や情報交換を通じて、組合員の営農や地域の発展を図り、震災時には互いに助け合う内容の交流計画(友好JA協定・姉妹JA協定)を策定した。

 ①平成24年8月28日 東京都 東京むさし農業協同組合(友好JA協定)
 ②平成24年12月22日 愛媛県 越智今治農業協同組合(姉妹JA協定)
 ③平成25年2月8日 静岡県 とぴあ浜松農業協同組合(姉妹JA協定)

 特に、JA越智今治とJAとぴあ浜松からは、人的支援として職員を当組合に派遣していただいており、震災復興推進課に勤務し、復興支援業務にあたっていただいている。

5. 震災復興の取り組み

 震災直後から国・行政・農業関係機関が連携しながら、農地や農業施設の復旧を進めてきており、ただ震災前に戻すのではなく、将来を見据えた農業復興を果たすために、大型のほ場整備事業や大型農業機械の支援等が行われてきた。このようにハード面の支援は順調に進んでいるが、担い手等のソフト面の支援は、生活再建も進んでおらず、まだ十分とは言えない状況である。

 こうした状況の中で、被災農家が営農再開を果たすための当組合の取組内容について、仙台東部沿岸にある津波被災が甚大であった荒浜集落の事例を上げながら説明したい。
荒浜地区は、農家戸数が約180戸、水田を中心とした農地が約180ヘクタールある集落であり、震災前には、水稲を中心に、転作として大豆、麦の生産を行ってきた。同地区は、嵩上げ工事が行われる県道塩釜亘理線の東側にあるため、災害危険区域に指定されており、今後震災前と同じ場所に住むことができない。被災者の多くは、依然として仮設住宅や民間の借上住宅等に離散しており、集落としてのコミュニティ機能は失われてしまっている。

 この地区の震災前の農業の特徴として、地元の農家で構成される農事組合法人荒浜農産が、担い手として地域の農地のほぼ半分を受託しており、農地集積が進んでいたことがあげられる。しかし、本震災において、同法人の主要メンバーが津波の犠牲で亡くなってしまい解散を余儀なくされた。農地集積が進んでいた同地域では、同法人に農地を賃貸していた農地所有者は農業機械を既に所有しておらず、地域の半分の農地が耕作できない状況に陥った。同地区には、集団転作を担う荒浜集落営農組合という生産組合があるが、その基幹的なオペレーターも荒浜農産の社員が兼ねており、残されたメンバーは、70代の高齢農家と土日作業のみの兼業農家がほとんどであったことから、これまでに荒浜農産が担ってきた役割を期待するのは困難な状況となった。

 同地区は被害が甚大であり、復旧までに時間を要したことから震災直後には問題にならなかったが、平成25年度に農地が一部復旧したことによって、その農地を担い手として誰が耕作するのか、という問題が顕在化した。近隣の農家から作業請負の声はあったが、荒浜の農地所有者は「できれば地元の担い手に農地を委託したい」というのが本音であった。

 そこで、当組合は地元農家とともに、荒浜の農業復興と地域コミュニティの再生に向けて、行政・研究機関、農業関係機関と連携し、25年2月に「荒浜プロジェクト」を立ち上げた。農業復興については、震災前の農業に戻すのではなく5年、10年先を見据えた農業を展開し、次世代がしてみたいと思える農業の実現を目指すこととし、同地区の担い手を明確化し、継続的な農業生産が行える環境をつくることとした。また、地域コミュニティの再生については、居住することができなくなってしまった荒浜に、農業をきっかけとして地域住民が集まれる場を創出することを目指している。なお、同プロジェクトの主要な参画メンバーは表3のとおりである。

 同プロジェクトの25年度の主な取組内容は、以下の4つである。

 ①地域営農の将来像作成
 ②試験作物の栽培
 ③地域復興イベントの実施
 ④栽培研修、法人化研修の実施

 本稿では、②試験作物の栽培を中心に説明し、その他の項目については別の機会に説明することとしたい。

 前述したが、荒浜地区は水田農業が中心であり、園芸作物は個人農家が自給分をつくる程度しかなかったが、今後は地域農業の継続性を図るために、荒浜集落営農組合の法人化を予定しており、収益性の高い園芸作物を導入し、周年労働を確立することが重要となっている。そこで、同プロジェクトでは、さまざまな園芸作物の試作を行ってきた。作物ごとにその結果と今後について説明したい。

 まず、いちごについて、宮城県内で選抜育成され、宮城県の気象条件に適応した品種であり、今後、普及、拡大が見込まれる有望な宮城県の登録品種である「もういっこ」を選定し、育苗用ハウスの中で定植した(写真3)。生育初期の段階で灌水過多により生育不良になる等、改めて技術習得を痛感するとともに、加温設備を検討するも小面積では収支が合わないことが明らかになり、冬の収穫を見送ることとした。4月には着果し始めていたことから、5月には被災した地元の小学生を招待して、もぎとり体験を開催した(写真4)。収穫したいちごを食べた多くの小学生から「おいしい!」という声が聞かれ、ほんのひと時ではあるが、青空の下で農業を通じて荒浜という地が再び笑顔で包まれることとなった。今後も農業で荒浜に人が集まる場を創出していきたい。

 次に、ミニトマトについて、6月中旬に育苗用ハウスの中で苗の定植を行ったが、その後は順調に生育し、7月末から収穫を行うことができた(写真5)。収穫したミニトマトは、当組合の農産物直売所たなばたけとイベントにて販売を行い、消費者からの評価も良かったことを踏まえて、26年度からは本格的に販売することとした。なお、26年度に栽培する品種は、全国農業協同組合連合会がシンジェンタジャパン株式会社と国内種子の供給契約を締結し、種子供給から販売まで一貫した取り組みを行うこととなっているアンジェレである(※3)。

 そして、こまつな、雪菜についてであるが、農地復旧が終わった畑で土壌分析を行った結果、特に異状が認められなかったので、10月上旬には種し、露地での栽培を行った。その後問題なく生育し、12月上旬には収穫を迎えることができ、たなばたけに出荷し販売を行った(写真6)。これらについても、26年度も引き続き栽培する予定である。

 最後に、ねぎ、ほうれんそうであるが、こまつな等と同様に土壌分析により異常がないことを確認した上で、10月下旬には種を行った。しかし、ねぎ、ほうれんそうともに発芽率が悪く、発芽した株についても生育が止まる異常な状態となった。再度土壌分析を行ったが、異常は見られず、原因の特定をすることができなかった。26年度については、栽培方法や栽培時期を検討し試験栽培を継続することとした。

 このように、品種によって結果はさまざまであったことから、26年度もミニトマト「アンジェレ」の本格導入と合わせて、引き続きさまざまな品目の試験栽培を行い、法人経営を安定させるために荒浜の土壌に合う収益性の高い農産物の選定を行う予定である。

6. おわりに

 当組合では、震災から農業復興を進める上で「21世紀水田農業チャレンジプラン」を基に整理している。このプランは、平成16年度に東北大学の工藤昭彦教授の監修の下で策定したものであり、農地の大規模ほ場整備を行い、担い手への有効利用を計画するものである。このプランでは、農家から農地を一度集積した後に、多様な利用目的に応じてテナントビルのように大小さまざまなフロア(ほ場)にゾーニングして貸与するテナントビル型農場制農業が意図されている(※4)。

 本稿で紹介した荒浜においても、大規模ほ場整備事業が行われており、このプランに基づき農業復興プランを策定することとしている。今後は同地区が震災復興だけでなく将来を見据えた地域農業振興へ希望の灯りを照らすものになって欲しいと農業関係者は切に願っている。

 繰り返しになるが、被災地の農業復興は道半ばであり、生活再建はまだまだ進んでいないのが現状である。今後は、農業協同組合として、農業を通じて被災した組合員の生活の再建を支援し、震災復興に向けて稲作だけにとどまらず、園芸作物の産地形成も進めていきたい。


【参考文献】

(※1)伊藤房雄・小賀坂行也「宮城県における被災地の農業復旧の現状と復興に向けた課題」、『農村と都市をむすぶNo. 736』、全農林労働組合、2013、pp. 5~12.

(※2)小賀坂行也「宮城県における被災地の食料供給及び取引構造の変化-JAの農産物流通を対象に-」、『農業市場研究第22巻第3号』、筑波書房、2013、pp. 5~14.

(※3)伊澤昌栄「種子供給から販売までの一貫した取り組み~JA全農オリジナルミニトマト「アンジェレ」を中心に~」、『野菜情報2014年4月号』、2014、pp. 32~45.

(※4)工藤昭彦「震災前のプランを復興の手掛かりに」、『農業と経済2011年7・8月合併号』、昭和堂、2011、pp. 124.


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