東京農業大学国際食料情報学部 教授 渋谷 往男
【要約】
菜の花で有名な青森県横浜町は昭和55年よりカルビー等とポテトチップス用ばれいしょの契約栽培を行ってきた。機械化体系による省力化と取引価格の安定によって生産農家は拡大し、地域農業を支えてきた。しかし、契約栽培の開始から30年以上が経過し、生産者が高齢化するにつれ生産をやめる農家が増え、作付面積は最盛期の200ヘクタールから110ヘクタールに減少し、耕作放棄地が拡大している。こうした中でも、カルビーが産地を前面に出した限定ポテトチップスを商品化したり、一部で生産を断念する農家の農地も活用して大規模化を進める農家も生まれている。こうした新たな“きざし”を見逃さず、産地再生の取り組みを進めてほしい。
かつては主力産業として地域を支えた農業が、担い手の高齢化という内部環境変化と消費者志向や農産物・食品のコスト構造の変化という外部環境変化によって、衰退に悩んでいる農村地域は全国に多い。青森県横浜町もこうした農村の一つであり、カルビーをはじめとする3つの企業とばれいしょの契約栽培で発展してきた。しかし、各種の環境変化によって、担い手は30歳代から60歳代へ、農地も最盛期の200ヘクタールから110ヘクタールへと半減した。本報告では、こうした縮小傾向にある産地の実態を報告するとともに、地域農業の再生の可能性を考察する。
青森県横浜町は、まさかり型をしている下北半島の柄の部分に位置する南北に細長い町である。西側は広く陸奥湾に面し、南は東北新幹線の延伸によって「青い森鉄道」となった旧東北本線の分岐点がある野辺地町、北は下北半島の中心都市であるむつ市と接している。東側は原子力施設の立地する六ヶ所村、東通村となっている。
東京駅からは東北新幹線で近隣の七戸十和田駅まで約3時間、ここから自動車で約1時間かかる。町内に旧東北本線の野辺地駅からむつ市の大湊駅をむすぶJR大湊線の3つの駅がある。
地形は東側に吹越烏帽子という山を中心とする500メートル級の背深山脈があり、西側は陸奥湾に面している。このため、全般的に西向きに傾斜しつつ、東側は山間部、中間に丘陵部、西側に平地および海岸部となっている。
気象条件(むつ市)は1月の平均気温が零下1.4度、降水量は103.1ミリで、県都の青森市の零下1.2度、144.9ミリと比較すると、気温が低く、降水量もやや少なくなっている。8月の平均気温は21.7度、降水量は142.7ミリであり、青森市の23.3度、122.7ミリと比べるとやや冷涼となっている。冬期は北西の季節風、夏期はやませ、さらに一年中潮風が吹く風の強い地域である。
横浜町は、平成の大合併では合併していない。人口は昭和60年までは6600人を超えていたが、平成2年以降流出が進み、22年には4900人程度と25%以上減少している。高齢化率は、昭和60年の12.0%が、平成22年には30.9%と急速に進行している。
産業は漁業と農業が中心となっている。漁業は、陸奥湾でのホタテ養殖やナマコ漁が中心である。農業は、稲作の他に、換金作物として早くから搾油用の菜種が生産されてきた。その後ながいも、ごぼう、ばれいしょ、にんじんなどにも取り組むようになってきた。これらの作物はいずれも根菜類であり、一年中風が強い当町の自然条件に応じて発達した作物である。
観光面では、わが国最大級の菜種産地ということから、菜の花の町としても有名で、毎年5月には菜の花フェスタが開かれている。近年では年間を通じた強い風を活用すべく、風力発電施設の立地が進んでいる。
横浜町のJAは、平成22年に4JAが広域合併し2市5町3村にまたがるJA十和田おいらせとなっている。JA全体の組合員数は、1万2467人、販売品販売高168億円、購買品供給高85億円(25年3月)となっている。販売高全体の5割近くを占めるのが野菜類で、ながいも、にんにくを主力作物とする、県内最大の野菜産地となっている。
横浜町支店は、組合員数366人、うち耕種農家は79人(25年3月)となっており、組合員は死亡脱退等により減少しているが、耕種農家の減少率は組合員全体に比べて低い(表1)。
耕種農家の減少を反映して、作付面積も全般的に減少傾向にある。なかでも全体の7割程度を占める加工向けのばれいしょの作付面積の減少は顕著である(表2)。
作付面積の減少を反映して、販売高でも減少傾向にある(表3)。中心となるばれいしょは、25年にはやや持ち直したものの、長期的には減少傾向となっている。横浜町のばれいしょ出荷量は、本州では静岡県浜松市に次ぐ第2位(農林水産省:平成24年野菜生産出荷統計)となっている。
当町に早くから導入された菜種はアブラナ科であり、根こぶ病に代表される連作障害が発生する。このため、輪作作物として昭和55年にばれいしょが導入された。ばれいしょは野菜の中では比較的保存性が高く、大市場から遠くても不利にならない。当初は生食用ばれいしょ生産から始まったが、ばれいしょが導入されるとすぐに、カルビーから契約栽培の打診を受けた。同社ではポテトチップス用ばれいしょの調達産地を、九州から関東、北海道とリレーしていたが、関東と北海道の産地の端境期となる8月に収穫できる産地を求めていたのである。そこで、両地点の中間にあり、8月にばれいしょの収穫が可能な横浜町に声がかかった。
一般に、ばれいしょは保存性が高いとされるが、いもの打撲によって内部が黒く変色する内部障害が発生することがある。この変色は掘って2~3日すると出てくるため、ポテトチップスは出荷の翌日には工場で加工される。加工食品の一般常識とは異なり、ポテトチップス用ばれいしょは、鮮度が重視されるのである。
生食用は、単価や面積当たりの収入が高いが、手間がかかる。一方、加工用は、汎用いも類収穫機などによる機械化が進んでおり、手間がかからない。このため、横浜町のばれいしょの作付面積の95%は加工用となっている。
ばれいしょ栽培は町全体に分布している。なかでも集中しているのはやや起伏のある丘陵地帯で、一区画が大きく1ヘクタール程度のほ場もある(写真1)。加工用ばれいしょは大型機械を使うので、ほ場も大型の方が好都合である。
現在の横浜町のばれいしょの品種は、ポテトチップスに適したトヨシロが中心であるが、アブラナ科の根こぶ病とは別の根こぶ病を引き起こすジャガイモシスト線虫に感受性があるため、作付面積は減少傾向にある。これに代わり同線虫に抵抗性があるキタヒメ、オホーツクチップなどの作付面積が拡大している。さやかも抵抗性品種であるが、これはポテトサラダなどの業務加工用の品種である(表4)。
加工用ばれいしょ生産の年間の管理スケジュールは、おおむね以下の通りであり、契約先のメーカーへの出荷は、7月下旬~9月上旬に限定されている(表5)。
加工用ばれいしょの収量は、通常は10アール当たり3.5トンを目指している。しかし、気象条件によって、2.5~3トンに減ってしまうことがある。平成25年度は2.6トンと低かった。単収が2.5トンになってしまうと、生産者の労働費を考えると赤字となってしまうという。
契約栽培部分の生産指導は、JA職員とカルビーのフィールドマンが実施している。県の普及組織は、ジャガイモシストセンチュウの発生調査など調査業務を中心に担当している。
加工用ばれいしょの契約栽培は、カルビー、湖池屋およびノーサンサービスの3社に対して行っている。
加工用ばれいしょの収穫に使用している大型堀取り機では、機械上で選別まで行う。この場合の選別は、悪い玉のみを除くもので、加工用ばれいしょでは、基本的に「混玉」(こみだま:大玉から小玉まで混ざっている状態)で出荷する。出荷はJA全体で行い、1トンのスチールコンテナで、洗わずに出荷する。原則として風乾も行わない。トラックの手配はJAが行うが、輸送費用は企業が負担している。カルビーの工場は栃木県と滋賀県であり、両工場に配送する。湖池屋の工場は北海道の富良野と埼玉県であり、ノーサンサービスは東京都である。同じ契約栽培でもスーパーが相手の場合、特定の階級のみを求められ規格外の作物の処理に困ることが多いが、加工用ばれいしょの場合その心配はない。
出荷されたばれいしょは、カルビーの場合でんぷんの濃度によって差が出る「比重」で分荷される。比重1.07以上が基準で、高い方が買い取り価格は上昇し、キログラム当たり40~43円の範囲で変動する。また、「歩引き」と称して、出荷されたいものうち、品質不良で使えなかったいもの分は、買取り総額から差し引かれる。このため、生産者は必然的に品質重視の生産となってくる。
平成25年度の加工用ばれいしょの契約栽培状況は、以下の通りである(表6)。カルビーは、前述のように当初直接JAに対して契約栽培の働きかけがあったため、直接契約としている。一方、湖池屋との契約は、全農青森県本部の紹介で始まった経緯があり、現在でも商流は全農青森県本部を介している。また、量的には少ないが、ポテトサラダ用のばれいしょをノーサンサービスに出荷している。
加工用ばれいしょの契約栽培を開始した頃の担い手は、30~40歳代の若手の専業農家が多かったが、現在では60~70歳代と高齢化が進行している。約30年前に始まった、契約栽培の第一世代が引き続き生産を担っており、後継者が育っていないのである。その原因の一つは、所得の低さにある。加工用ばれいしょ生産は、菜種との複合経営を行うことで合計所得300万円程度を得ている程度であり、若手農家が取り組みにくい。一方、作業の大半が機械化されており、体力が衰えた高齢者でも作業ができる利点がある。
こうしたことから、加工用ばれいしょの作付面積は、全盛期に200ヘクタールにのぼったものの、現在110ヘクタールに減少している。栽培面積の減少分は、別の作物を生産するのではなく、耕作放棄地化が進行している。また、JAの担当者によると地球温暖化による気候変動の影響があり、従来通りの生産ができなくなっているという。
せっかくJAが広域合併したこともあり、JA十和田おいらせ管内で代替産地を作るという発想もある。しかし、現在の産地で継続できているのは、関連設備、農業機械、支援体制などを30年かけて整備してきた土台があってのことで、同じJA管内とはいえ、決して収益性が高いとはいえない加工用ばれいしょの新規産地をこれから創出するのは困難である。
課題が山積している横浜町の加工用ばれいしょ生産であるが、明るいきざしを2点指摘したい。
カルビーでは、ポテトチップスの商品構成として、通常商品の他に、販売地域限定、期間限定、コンビニ限定などの限定商品を販売している。さらに、こうした商品とは別に、平成20年より「生産地限定」商品の一環として、横浜町のばれいしょと田子町のにんにくを使ったポテトチップスを販売している(写真2)。商品パッケージにも横浜町と田子町が地図で示されている。これは、産地のみならず期間も限定されており、出荷は7月20~31日となっている。これに使うばれいしょの量は、契約量全体の5%にあたる100トン程度で、一部の生産者のみが対応している。早期収穫するために、マルチングやパスライトなどのべたがけ資材をかけるなどの手間がかかるため、販売単価が少し高くなっている。
また、全般的に生産農家数が減少する中で、大規模経営農家は増加に転じており、標準的な農家の4倍の作付面積である、10ヘクタール程度の経営を行っている例もある(表7)。こうした農家は経営感覚も高く、規模拡大により収益を拡大している。また、後継者も就農しているなどの特徴を持っている。こうしたことから、将来的に大規模農家のさらなる大規模化が進む可能性が高い。ばれいしょほ場の耕作放棄地化が進行する中で、一農家の経営だけの問題ではなく、産地の維持という点でも期待されるところである。
ポテトチップス用ばれいしょは、加工用品とはいえ、鮮度が重視されるため輸入品による代替がほぼ困難である。このため、農産物の自由化が進んでも比較的経営は安定している。販売先も固定的であることから、手堅いビジネスモデルとして維持していくことが望ましい。
産地形成に当たっては、担い手や農地という表層的な経営資源だけではなく、生産および出荷調製にかかる施設および設備のストックも必要である。また、形式化されていないものの、関連したノウハウ(暗黙知)に関するストックも重要である。こうしたことから、後発産地の参入障壁は高い。横浜町としては、30年以上かけて築いてきたこれらのストックを失ってはならない。
そこで、前述の“再生きざし”に見られたような取り組みを、受動的に捉えるのではなく、産地の戦略として積極的に進めていってほしい。青森県は、ねぶたを始めとして8月は観光シーズンであり、ばれいしょの収穫時期と重なる。これに合わせて原料供給だけでなく、ポテトチップスという製品の製造販売という、6次産業化を考えてもよいのではないか。
また、宮崎県、鹿児島県などには、高度な経営展開のできる大規模法人経営が育っている。また、JA出資による農業生産法人やJA自身による農業生産なども拡大しつつある。横浜町で築かれたストックを生かすべく、こうした新たな経営体の創出を図っていくことも重要ではないか。全国にみられる衰退傾向にある産地も各種の“きざし”を見逃さずに、再生の取り組みを進めてほしい。