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調査・報告 (野菜情報 2014年5月号)


都市部の野菜産地における経営の多角化と多様なネットワークの形成

~船橋市のこまつな産地を事例に~

千葉大学大学院園芸学研究科
教授 櫻井 清一


【要約】

 船橋市西船橋地区のこまつな生産農家は、都市化が進む中でも共販組合による出荷の組織化と技術研さんを続けている。加えて近年、有志農家がこまつなのパウダー化と関連製品の試作、さらに地元食品製造業者や飲食店への直納を進めている。関係者のネットワークが広がり、プロモーション活動や食育も自生的に展開している。こまつなをキーワードにした地域全体の6次産業化が進みつつある。

1. はじめに

 産地の大型化と流通システムの整備に伴い、野菜産地は遠隔地に移動する傾向にある。それでも一部の都市地域では、優れた技能を持つ野菜農家が特定の顧客・流通業者と密着した野菜生産とマーケティングを続けている。ただし、こうした都市部の篤農的野菜農家は、各戸が個別に生産と販売を続けており、地域内でまとまった活動に展開しにくい場合が多い。
 しかし、今回紹介する千葉県船橋市のこまつな産地では、現在でも意欲的な農家が組織的な取り組みを継続している。また、有志農家が取り組み始めた販路拡大や加工事業といった多角化が、近隣農家、異業種の経営体、応援する消費者など、多様な関係者に影響を与え、こまつなをキーワードにしたさまざまな事業やプロモーション活動が展開している。
 本稿では、船橋市のこまつな産地におけるさまざまな取り組みを紹介しながら、都市地域ならではの組織化と異業種とのネットワーク形成の意義、さらには地域全体としての6次産業化の方向性を検討する。

2. 西船橋地区のこまつな生産

 こまつなは関東地方を中心に広く消費されている葉物野菜で、かつては東京を含む都市部に産地が集中していたが、近年は都市郊外、さらには関東一円や他の地方にまで外延化が進んでいる。千葉県は表1のとおり、全国でも上位の生産規模を維持しており、南関東の主力産地である。その中で船橋市は千葉市に次ぐ第2位の作付面積と収穫量を誇る。

 船橋市は都心から通勤電車で30分の位置にあり、ベッドタウンとして知られているものの、にんじんは指定産地となっており、果樹のなし生産に関しては、全国表彰を受けるなど、農業も盛んな地域である。農地の継承にさまざまな困難を伴う中でも、後継者を確保している経営は多い。
 こまつなは主に市内南部・西部の農家が中心となって栽培されている(写真1)。そのうち西船橋地区のこまつな農家16戸が平成6年より「JAちば東葛西船橋葉物共販組合」(以下、「共販組合」という。)を結成している。共販組合では、東京大田・船橋・市川の各卸売市場に向け、3つのグループを組んで出荷を行っている。出荷規格は部会にて統一しているが、日々の荷作りと輸送は各戸が独自に行う「個選共販」である。しかし、価格の交渉と精算はグループ毎に共同で行われている。また、月1回以上の例会が開かれ、技術研さん活動は活発である。組合では現在、全農家がエコ・ファーマーを取得し、土壌管理や資材の取り扱いに一体となって取り組んでいる。加えて、部会内の若手の農業従事者が「チームうぐいす」という組織を形成し、さらなる技術研さんに加え、後述する食育やプロモーション活動にも主体的に取り組んでいる。

3. 農商工連携事業をきっかけとした多角化

 共販組合のメンバーである「ひらの農園」の園主・平野代一氏は、かねてより規格外品の有効活用法を模索していた。そしてマスコミ取材を通じて知り合った専門家のアドバイスも受けながら、JAと共同してこまつなのパウダー化とその用途拡大に着手した。平成22年には農商工連携事業の認定も受けている。連携に参画しているこまつな農家で発生する規格外品を群馬県の加工業者に委託し、歩留率4~8パーセントのパウダーを製造・納品してもらう。このパウダーを利用し、船橋市内を中心とする食品製造業者や飲食店がさまざまな製品を試作・開発している。こまつなパウダーは鮮やかな緑色をしており、味・香りは薄いが、逆にそのことが用途拡大に貢献している。特に小麦粉など“粉もの”との相性がよいという。これまでにこまつなパンの缶詰、パウダーの色合いを活かした洋菓子
(マドレーヌ、ロールケーキ等)、麺類等が開発・販売されている(写真2)。加えて、市内の飲食店がパウダーを利用したメニューをいろいろ試作し提供している。
 農商工連携事業を申請した時に想定していた売上増加額は、農商工すべて合わせて3000万円程度であり、他の認定事業に比べれはそれほど大きな規模ではない。しかし、平野氏はじめ関係者は、パウダーの用途の広さがもたらした間接的効果を実感し、またそれを広げようとしている。市内の商工業者が主体的に試作品を製造し、利用の可能性を広げてくれるとともに、結果として船橋のこまつなの存在をPRしてくれるのである。また試作や販売を通じて、これまで希薄だった農家と商工業者との交流も深まっている。さらに、農商工連携事業の認定を受けたという事実が、平野氏の取引時の信用形成にも貢献している。平野氏は認定事業者であることを名刺に明記しているが、異業種の経営者とあいさつする時、農商工連携を先導したことが話題づくりにもなるし、単なる栽培者ではなく「経営者」として接してもらえる効果は大きいという(図1)。


4. 販路の多角化

 共販組合のメンバーにとって、卸売市場への共販出荷は現在もこまつなの主要な販路である。だが近年、共販以外の販路の数とそのウェイトも高まる傾向にある。
 ひらの農園の場合、平野氏が市内の他の業種との取引関係を深めるとともに、新たな納入先も増やしている。販路が多角化するきっかけは、マスコミ取材で知己となった地元紙記者の紹介であった。記者がつなぎ役となり、地元の食材に関心を抱いていたレストランに初めてこまつなを納入したのは平成21年頃のことである。その後、飲食店どうしの口コミでネットワーク状に話が拡がり、現在では市内の居酒屋、ラーメン店など、20軒以上の納入先を確保している。
 納入する頻度や一回当たりの納入量は、店舗により異なる。また規格は市場出荷のものを踏襲している。ただし、それほど厳しく規格を問わない店舗もあるので、品薄時には市場では規格外品として扱ってもらえないこまつなも受け入れてくれる点を、平野氏は評価している。価格は市場価格の年間平均よりやや高めに設定しており、年間通して大きく変えることはない。
 こうした直納システムによる売上は漸増傾向にある。ひらの農園の場合、総売上の3割程度を占めている。平野氏は部会内でも早くから直納に着手した一人であるが、同様の取り組みを進める部会員は増えている。
 直納に際し負担となるのが、各店舗への配送作業である。納入先は地元に集中しているとはいえ、毎日のように携帯電話等を使って注文を確認し、必要量をまとめてトラックで巡回配送する作業は決して楽ではない。直納に取り組む部会員もそのことを自覚しているが、同時に、実需者に直接販売することを通じて得られるコメントが、市場出荷だけでは感じ取れない生の情報である点を評価しており、過度な負担にならない範囲で直納システムを重視する意向を強めている。また、納品先の飲食店には、船橋産農産物であることを明示した新メニューを開発する店舗もあり、市民に対する船橋産こまつなの認知拡大にも貢献している。

5. 多様なプロモーション活動

 プロモーション(販売促進)はマーケティングにおける基本的要件の一つである。生鮮農産物の産地は、収穫および出荷作業の合間をみて、プロモーション活動を行うため、場合によっては、外部に委託するケースもみられる。しかし、船橋のこまつな産地では、試行錯誤しながらも多様なプロモーションを実施している。またそれに関わりを持った人や組織の間に自生的なネットワークが形成され、プロモーション効果の拡大に寄与している。順不同だが実際の取り組みを紹介しよう。

(1)小松菜ハイボールの誕生

 飲食店への納入が増え始めた頃、こまつなの新用途開発として、有志がこまつなを入れたアルコール飲料をあれこれ試作したが、なかなか決定打が生まれなかった。そこである時、地元居酒屋に有志、記者、量販店のバイヤーらが一堂に会し、実演しながらの試飲会を開催した。その場にたまたま居合わせた女性客にもコメントをもらいながら、ハイボールにクラッシュしたこまつなをブレンドした「小松菜ハイボール」の原型が完成した。平成24年には完成記者会見も開き、内外にPRしている。この会見は評判を呼び、市内の飲食店が数多く参入し、独自のブレンドを競い合っている。店舗により色合いやのど越しに微妙な差があり、飲み比べると面白い。こまつなの用途の広さと可能性を実感する爽やかな味に仕上がっている。

(2)キャラクターづくりをきっかけとしたプロモーション

  包装資材に取り込むマスコットキャラクターを部会員の子弟がデザインした。その後コンサルタントのアドバイスを受けながらJAが商標登録するとともに、公募により「西船なな姫ちゃん」(以下、「なな姫ちゃん」という。)という愛称をつけている(図2)。

 なな姫ちゃんに興味を持つ市内のファンは数多い。その一人で、前述の小松菜ハイボールイベントにも参加していたYさん(もと劇団員)は、なな姫ちゃんをPRする歌を自ら作曲した。この歌を広めたいとする仲間がアレンジを加え、飲食店の協賛を受け、オリジナルCD&DVDが作成された。DVD収録に際しては、市内のダンススクールが振付を担当し、市役所職員も協力して市内各所でロケが敢行されている。市内で開催される食のイベントにおいても、なな姫ちゃんのダンスや、なな姫ちゃんCDの販売、塗り絵教室などが時々開催され、特に親子連れ客へのPRに一役買っている。

(3)市内小売店でのイベント

 船橋市内には大型量販店や百貨店が幾つかある。これら大型店の広報や食品バイヤーと連携したPRイベントも随時開催されている。今回の調査中も、イオンモール船橋と東武百貨店船橋店にてイベントが開催された。
 イオンモール船橋では、子どもへの食育をテーマにしたトークショーに平野氏が登場し、船橋産食材について語ったほか、Yさんと仲間によるなな姫ちゃんソング&ダンスの実演も行われた(写真3)。
 また、東武百貨店船橋店では定期的に地元の食材・食品をPRするイベント・セールを実施しているが、調査時にはちょうどこまつなをテーマにしたセールが10日間にわたり展開されていた。チームうぐいすのメンバーは連日、生鮮品売り場の店頭に立って試食販売を実演した。また菓子・総菜売り場では、常設の店舗も含め10社以上が協賛し、期間限定のこまつな製品の販売を競い合った。こまつな(パウダーも含む)を使ったパン、肉まん、ケーキ、どら焼きなど、うぐいす色のおいしそうな食材があふれていた(写真4)。レストラン街でも内外の有名店がこまつな利用新メニューを披露していた。


(4)食べ歩きイベント「こまつなう」

 毎年、こまつなの日(5月27日)の前後、市内でこまつなを食する総合イベント「こまつなう」が開催されている。イベント参加者は、プリペイドカードに類したチケットを購入する。このチケットを持参して協賛店に行くと、こまつなを活用したメニューを味わうことができる。参加者が協賛店を巡回することで、こまつなメニューの認知もさることながら、参加者と店舗間のコミュニケーションを深めることも目指している。
 これらのプロモーション活動には共通する特色がある。まず、活動に要する経費は、広告とは違い、無料(パブリシティの活用)または関係者の自己負担であり、各自一定の労力と費用は提供・負担するが、多大な経費はかけていないことである。まさに関係者の協働による手作りのプロモーションである。もう一点、活動に参加する人々のネットワークが広く、そのことが自発的な参加を誘発しているし、プロモーション効果の拡大にも貢献している。 このことがよくわかるのが、平野氏のSNS(ソーシャルネットサービス)活用である。平野氏はブログやFacebookにも取り組んでおり、日々の生産・販売・イベント参加の様子を丁寧に公開している。その書き込みにコメントする取引相手や消費者も多数おり、さまざまな反応を示している。実は今回の調査の様子もFacebookにて紹介された。するとこまつな納入先の飲食店や、平野氏が利用する種苗業者の担当者から早速質問やコメントが寄せされていた。SNSつながりの迅速さと裾野の広さを実感する出来事であった。

6. チームうぐいすを中心とした食育活動

 都市化の進む船橋市で、農地を維持し営農を続けていくためには、食や農のリアリティに乏しい住民、とりわけ若い世代や子どもたちに農業の重要性や存在意義を理解してもらう必要がある。そのため食育への協力は農家にとって重要な課題となっている。共販組合のメンバーもこれまで、地元の学校の要請を受けて出張授業や学校給食への食材供給などに取り組んできた。特に近年、チームうぐいすが食育に積極的に取り組んでいる。
 多くの学校で食育は実践されているものの、学校や担当教員によって取り組み方や受け入れ体制に差があるのも事実である。そこでチームうぐいすでは、教員側と事前に打ち合わせを行いながら、丁寧な説明を行うよう心がけている。また、必要最小限伝えたい内容についてはスライド等にまとめて整理するとともに、その一部をネット上に公開している。実際の活動は学校に出向いての定期的な出張授業が中心であるが、夏休みには畑ツアーも実施している。直接の対象は小学生であるが、学生の父兄からもさまざまな反応があるため、メンバーは地域に向かい合うための活動と自覚しながら取り組んでいる。
 なお、これら共販組合の一連の食育活動やプロモーション活動は、平成25年、食育推進ボランティア活動の優れた事例として全国表彰を受けている。

7. まとめ

 組織論の世界には、「弱い紐帯の強さ」というユニークな考え方がある。濃密なつながりでなくても、多様な人々と関係を保持していると、何か重要な事態が発生した時、そのことに詳しい人や関心の高い人とすぐにコミュニケーションできるので、事態の解決に有効だという考えである。
 今回紹介した西船橋地区におけるこまつな農家の多様な取り組みも、弱い紐帯の強さを感じさせる取り組みといえよう。今回登場いただいた平野氏をはじめ、部会員は地域の利害関係者や実需者・消費者との間に多様なネットワークを形成している。さまざまな人と組織が存在する都市部では、同時に多様な利害関係者とのネットワークを構築しうる。もちろん付き合いの維持は決して楽ではないだろう。しかしネットワークをうまく活用できれば、あるいは相手からうまく手を差し伸べてもらえば、自分が持っている能力や資源だけでは解決できないさまざまな取り組みに着手できるのである。
 地産地消が叫ばれて以来、どの産地も地元への産品の売り込みには熱心であるが、地元の消費者・利害関係者との関係性を深めようという取り組みはさほど進展していないという認識を筆者は持っている。だが船橋におけるこまつなをめぐる取り組みは、消費者や取引相手との関係をつくることが大変ではあるが重要であること、また農業側から一方的に関係をつくろうとするのではなく、相互に交流しながら話を進めることの重要性を教えてくれる。

【参考文献】

櫻井清一「農商工等連携事業の展開にみられる諸課題」『農業市場研究』19巻4号、2011年
オールふなばしプロジェクト『船橋日和』主婦の友社、2013年


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