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調査報告 (野菜情報 2013年12月号)


薬味の地域性と生活への関わり

鎌倉女子大学
名誉教授 成瀬 宇平


【要約】

 現代社会においては、ストレスや日常の食生活の乱れ、また外食や調理済み食品の利用などから、健康によい食事が難しく、その結果、生活習慣病で悩む人は多い。日本料理が、健康によい食事であることは、世界の誰もが認めている。それは、栄養バランスの良さだけではなく、脇役であるはずの薬味にも味覚や風味だけでなく、健康面での配慮が組み込まれているからである。沖縄で沖縄そばを食べたときに、器一杯のヨモギの葉が用意されていた。この葉には、おいしく食べるための成分と健康によい成分が含まれていることを、沖縄の人々は生活の知恵から引き出していたのである。本稿では、薬味の地域性と薬味の健康効果を紹介する。

はじめに

 前回(2013年7月号)では、日本で使われている薬味の歴史と夏に使われる主な薬味の効能について紹介した。薬味の利用は、関西の料理では香りの効果を主体に、関東の料理では味の効果を主体に、地域による使用目的に若干の違いがある。沖縄の行事食の一つのやぎ汁は、特有の臭みがあるので、たくさんのヨモギの葉を加える。これも薬味の一種でやぎ汁の臭みを緩和させながらやぎの肉の栄養とヨモギの薬効を期待した「医食同源」の典型的形である。本稿では、薬味の地域的な種類と使用を考察し、私たちの生活への薬味の関わりを、食品、健康、料理などと結びつけて考察する。

1.薬味の地域性

 日本の物流システムは、薬味だけでなくほとんどの食品において、生鮮品、乾燥品(自然乾燥・機械乾燥・凍結乾燥など)、ビン、缶詰あるいは冷凍冷蔵の状態で、短時間で日本国内だけでなく世界中に流通することが可能になっている。そのために、地域的な特徴を紹介するのは難しいが、薬味に適する地野菜、伝統野菜や食習慣などから薬味の地域性は、以下の表の通りである。

2.薬味の食品としての効用

 薬味は、もともとは「漢方では、主薬に少量の補助薬を加えること」から「加薬」と書いた。中国では、食品に加える薬味や細かく切った野菜や肉も加薬と呼んでいた。「薬味」を「薬の味」の意味にとらえると、中国最古の薬書といわれる『神農本草経』(約500年に陶弘景が編集し発行)には、薬には「五味」があると記載されている。「五味」とは「甘味」「塩味」「酸味」「苦味」「辛味」を意味している。すなわち、薬味は料理を一層おいしく食べることができる脇役であり、また、おいしさのほかに健康上の効能も期待されていた。この時代の頃から、薬味と料理との関係が重要であるということが考えられていた。

(1)薬味は薬材か食材か

 中国の元王朝(1271~1368)の中国歴史大辞典『元史』(遼夏金元史著、1369)では、「薬材」の用語を使用している。日本では、江戸時代から「きぐすり」(『日本国語大辞典』、小学館、2002)という用語を使用していたと記述されている。
 日本料理の風味や彩りを添え、食欲を刺激するためには、「薬味」は必須の食材であり、薬材としての効能に対する期待は大きくない。それよりも、風味を良くすることへの期待のほうが大きいのである。

(2)薬味の食品としての効果

 薬味は、「薬」と「味」が合体したものと考えると、薬味に用いられる食材の独特の香りと辛味で、料理を引き立て、味覚を刺激して、食欲を増進させることが期待できる。薬味には多様な薬効成分を豊富に含んでいる。すし店で供されるしょうがの酢漬けは、口直しの効果もあるが、強い殺菌力と消化吸収を助ける働き、発汗作用もある。薬味には、料理に使われる他の食材のもつ薬効性と合わさり、相乗効果が発揮することも期待される。例えば、みそ汁に薬味を加えることにより、味噌本来の薬効と薬味の薬効が合わさることも期待できる。

(3)刺身の「けん・つま・かいしき」

 日本料理のコースで刺身が供されないと、コース料理には締りがないように感じる。今日の刺身の姿は、室町時代以降に登場したものであるといわれている。四方を海に囲まれた日本では、日本人の命は豊富な魚介類で養ってきたと考えて過言ではない。豊富な魚介類を材料としてつくる刺身は、魚の一番おいしい部分を、たれ(しょうゆ)をつけて生食することである。おいしい部分を、より一層おいしく安全に食べる知恵として、薬味が発達したといえよう。
 刺身の薬味は「けん・つま・かいしき」の3種類に分けて考えられている。「けん(権または剣の字を当てる)」は、だいこん、うど、みょうが、かぼちゃなどの野菜を約3センチ(一寸)の長さの細く千切り(「極繊」という。)し、水にさらして、刺身に添えて、「食べる」のが目的のものである。「けん」に対して「つま」は、刺身を盛りつけるときの助けを目的で使われるものをさす。「つま」には、長い千切り(長繊)にしただいこんのほかに、うど、みょうが、かぼちゃ、はくさいなどを千切りしたもの、海藻(オゴノリ、トサカノリ、ワカメなど)などがある。刺身の下に敷く「つま」は、「敷きづま」、立てて使うものは「立てづま」という。また、シソの芽(紫芽)、蓼の芽(赤芽)、青ジソ(青芽)は「芽づま」といい、香りのものとして添えられる。シソの実や花穂などは「穂づま」の名で添える。
「かいしき」は、刺身を盛りつけた後で上に乗せ、刺身に景色や風情、季節感や新鮮さを加味する役目がある。
 刺身には、必ず「辛味」としてわさび、しょうが、カラシ、蓼の葉(蓼酢)などを添える。辛味は生魚の寄生虫による害を防ぎ、付着細菌の殺菌の目的があるといわれたが、食するときの辛味と刺身の短い接触時間では、このような効果は期待できない。それよりも、わさび下ろしやからし(カラシ菜の種子の粉末)、下ろししょうが、すりつぶした葉蓼などの香りや辛味を生かす食べ方である。これらの香りや辛味を生かすためには、しょうゆに溶かすのではなく、刺身につけることで香りや辛味が生きる。辛味の食材が刺身に付かない場合は、だいこん下ろしを刺身に付けてから、辛味の食材を付けることがある。
 アユの塩焼きに欠かせない「蓼酢」は、蓼の爽やかな香りのジンギベレンを生かし、蓼に含まれるビタミンC、食酢により川魚の臭みを緩和する働きが期待された薬味の使い方である。

3.薬味の健康効果

 中国では「医食同源」として、毎日の食事で健康を保つことが伝承されている。薬味は、健康効果が期待できる多様な成分が含まれている食材が多く、予防医学の面からも重要な食材である。とくにストレスの多い現在においては、慢性的な心身の疾病が多くなっている。慢性の疾病の予防や緩和が期待できる薬味として利用される食材は、以下の通り、表にまとめた。

おわりに(薬味と生活)

 刺身に添えられている「つま・けん・かいしき」から理解できるように、日本料理における薬味は、「薬」の効能よりも「味」の効能に期待している場合が多い。刺身の薬味に使われる「つま」の目的は、食べることが目的である。薬味に使う食材は、少量ではあるが、できるだけ食べるようにし、栄養的なバランスを考慮することと、調理してくれる人の心をくみ取ることが必要である。
 薬味が使われるようになった発端は、栄養的なことは考えていなかったに違いない。おいしく食べることができるように調理に携わった人が工夫したものである。しかし、現代栄養学では、薬味に使われている食材には、それぞれ独特の健康効果が期待できる成分を含むことから、薬味から健康効果が期待できる成分が上手に無駄なく摂取できるように、調理の面での工夫は、これからの料理に必要と思われる。


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