三重大学大学院生物資源学研究科
教授 徳田 博美
【要約】
政策的な支援もあり、第1次産業と第2次、第3次産業を有機的に結合し、新たなビジネスモデルを構築する6次産業化の取り組みが盛んになっている。野菜は6次産業化の主要な対象品目の一つとなっている。最近の6次産業化のビジネスモデルの一つに、生産物全体の品質が向上していることを生かして、内部品質は高いが、外観などのために生食用での販売に向かないトマトを使用して、高級な加工商品を生産する取り組みがある。池一菜果園のトマト加工は、そのような取り組みの一つである。高知県にある池一菜果園は、独自の栽培上の工夫によって、高品質のフルーツトマトを生産し、直販によって高価格で販売してきたが、取引先の要望をきっかけとして、トマトジュースなどのトマト加工品の製造、販売も手掛けるようになった。池一菜果園のトマトジュースは、高品質のフルーツトマトを原料としており、品質の高さから一般のトマトジュースとは隔絶した高価格で取引されている。池一菜果園のトマト加工は、販売商品の幅を広げ、商品全体の高級感をいっそう高めたことで、市場競争力、販売力の向上にも貢献している。
農業労働力の高齢化や農産物貿易自由化の進展など、わが国の農業は厳しい状況に直面している。その状況を打開する方策の一つとして、6次産業化が、政府の積極的な振興政策もあり、注目を集めている。改めて説明する必要もないが、6次産業化とは、第1次産業(農林水産業)と第2次産業(工業)、第3次産業(商業、サービス業)を結合させることで、新たな付加価値の形成や事業の拡大を目指すものである。
しかし、一口に6次産業と言っても、その内容は多様である。第1次産業と第2次産業、第3次産業が単に結合しただけでは、その効果は限られており、それらが結合することで、足し合わせた以上の相乗効果を発揮することが大切である。すなわち、それらが有機的に結合して、新たなビジネスモデルを構築することが、6次産業化の重要な課題である。
その点では、本稿で取り上げる高知県の有限会社池一菜果園(以下、池一菜果園という。)の6次産業化は、野菜作において、近年、増加している新たなビジネスモデルの一つである。池一菜果園の6次産業化をみていく上では、6次産業化の中核であるトマトジュース加工部門のみを取り出すのではなく、その経営全体の特長と加工部門の位置付けや経営全体に及ぼす効果などを検討していく必要がある。以下では、野菜作における6次産業化全般の特徴を整理した上で、池一菜果園の経営展開と特長、トマトジュース加工導入のきっかけや狙い、その効果などについて述べていく。
野菜作においても6次産業化は盛んである。農林水産省の六次産業化・地産地消法に基づく総合化事業計画認定数でみると、今年7月時点において認定件数は1,497であり、その対象農林水産物の割合で野菜は31.7%を占めており、最も多い。野菜は6次産業化の主要な対象となっている。また認定計画の事業内容では、対象農林水産物別の比率は公表されていないが、全体では加工・直売が66.5%、加工が23.3%であり、ほぼ9割が加工を含んでおり、それに次ぐのが直売であり、それ以外の事業はわずかである。
野菜作の6次産業化でも、加工と直売が大部分を占めているとみていいだろう。農林水産省の紹介している6次産業化の先進事例を見ても、野菜を対象としたものでは加工事業を取り入れているものが多い。ただし、そのビジネスモデルは一様ではない。加工事業を中核に置いているものから、直売所などの販売事業が中核で、そこでの商品アイテム拡大を目的として加工事業にも取り組んでいるものまである。しかし、その多くで共通して言えることは、加工原料は外観などを理由として、生食用としての販売に向かないものが主体となっているということである。従来から、加工原料野菜の価格は生食用野菜と比べると低いため、一部の品目での加工専用品種を除けば、加工事業は、生食用では販売できない品質のものの有効利用、という性格を持っていた。そのため、野菜加工品は生鮮野菜と比べると、1ランク劣るものと見られがちであった。
しかし、最近の6次産業化によって生産される野菜加工品の中には、そのような評価を覆すものが現れている。それが高級品として評価される要因は、伝来製法や手作りなど、加工方法であるものもあるが、原料自体の品質の高さに由来するものもある。近年、野菜総体の品質が向上してきた中で、加工用としては高い品質を有したものを原料として利用し、高級な加工品を製造するというビジネスモデルが増えてきた。池一菜果園のトマトジュースは、そのような野菜加工品の典型である。
トマト加工品は、契約栽培などで栽培された加工専用品種を原料として、加工メーカーによって製造されるものが大部分であり、従来は、生食用トマトの一部を、加工用に仕向けられることは少なかったと思われる。しかし、近年の6次産業化の発展の中で、池一菜果園以外にも、生食用トマトを利用してトマト加工事業に取り組む農業者や農協などが現れている。
池一菜果園は、高知県西部、高知市の西隣にある土佐市にある。周知のように高知県は古くからの施設園芸産地である。しかし、高知県の主要な施設園芸品目は、なす、きゅうり、ピーマンなどであり、トマトの栽培はあまり盛んではない。池一菜果園でも、現社長の池洋一氏の父親の代には、きゅうりを栽培していた。
池洋一氏は、学校卒業後、実家を離れ、家電メーカーに就職したが、25歳の頃に退職して、実家に戻った。最初は、
きゅうりからトマトに転換した主な理由は、施設内の作業環境を改善し、雇用を確保しやすくすることであった。きゅうりの栽培では、施設内の温度、湿度ともに高く保つ必要があり、施設内での作業環境は厳しく、雇用される者には嫌われる。一方トマトは、きゅうりに比べると温度、湿度ともに低い条件で生育するので、作業環境もきゅうりよりも良好な状態に保つことができる。労働集約性の高い施設園芸で、ある程度の経営規模を実現していく上では、雇用の安定した確保は重要な課題であったのであろう。
一方、きゅうりからトマトへの転換が可能であった要因として、きゅうりを栽培していた時期から小売業者(地元スーパー)との直接取引があり、トマトもその小売業者を通じて販売しており、当初から販路が確保できていたことがある。トマトへの転換は、卸売市場関係者からは、トマトが高知県の主要品目でないこともあり、好意的には受け止められなかった。一方、小売業者は、トマトの栽培をむしろ推奨しており、当初から小売業者への直接販売を前提として始まっている。
トマトは導入当初からフルーツトマトを採用している。高知県は、トマト栽培が決して盛んなわけではないが、フルーツトマトの栽培では先駆的な県であったことが、フルーツトマト導入の背景にあると言える。また消費面でも、高知県はトマトの中でもフルーツトマトの比率が高いようで、ある程度の需要が見込めたこともある。
フルーツトマトの導入は、池一菜果園の発展の契機となり、導入3年後には、既述のように栽培品目をフルーツトマトに一本化した。経営が拡大していく中で、2002年に法人化し、有限会社「池一菜果園」を設立した。それと合わせて、「池トマト」というブランド名を使って、販売を始めた。
2003年には、取引している小売業者からの要望で、トマトジュースの研究、開発に着手した。ここでも試行錯誤を繰り返し、他にはない、フルーツトマトだけを使用したジュースを完成させ、翌年にはフルーツトマトジュースの販売を始めた。トマトジュース加工に取り組み始めた直接のきっかけは取引先からの要望であったが、池氏自身としても、これからのトマト消費では加工品(ジュース)の比重が高まっていくだろうという認識を持っていた。2004年にジュースの販売を開始して以降、需要に対応して、品質や容量の異なるアイテム数を増やしていった。さらにトマト加工品は、ジュースに留まらず、ドライトマト、シャーベットと、加工品の種類を増やしていった。
2009年には、需要に生産が追いつかなくなり、施設面積を160アール(4,848坪)に、ほぼ倍増させた。2011年には、1,500坪の新たな加工工場を完成させた(写真1)。
また、2009年からは地元大学と連携して、血圧改善効果などの、トマトジュースの健康機能性に関する実証調査を始めており、栄養、健康面に着目した、新たな経営展開の模索を始めている。さらに2010年以降、3年連続してモンドセレクションでトマトジュースが金賞を受賞しており、高い品質評価を得ている。
現在の池一菜果園の経営規模は、施設面積で160アール(4,848坪)に達しており、販売金額は2012年で2億5000万円に達している。2008年は1億7000万円であったので、近年も順調に販売金額を拡大しているようである。販売金額の中で、ジュースを主体としたトマト加工品は7000万円であり、全体の3割程度を占めている。現在の従業員数は29名(うち、障害者3名、実習生・研究生9名)に達しており、地域での雇用創出にも貢献している。
6次産業化を見ていく上では、第1次産業と第2次産業、第3次産業が有機的に結合したビジネスモデルとしてとれることが大切である。ここでは、すでに述べたことと重複する部分もあるが、池一菜果園のビジネスモデルの特長をまとめる。
池一菜果園のビジネスモデルの特長として、まず挙げなければならないことは、高い栽培技術に裏打ちされた高品質生産である。池洋一氏は極めて研究熱心であり、試行錯誤しながら、独自の栽培技術体系を確立し、高い収量と品質を実現している。大規模化し、従業員が増えた現在でも、自ら朝、昼、晩、深夜の施設の巡回は欠かさず行っており、トマトの細かな変化を観察して、病気の発生などに早期に対応できている。また防虫ネットなどを利用し、総合的防除技術(IPM)を実践して、大幅な農薬の削減など、環境負荷の軽減にも努めている。
また、トマト栽培はすべて土耕栽培(隔離栽培が主体)であるが、株間をつめることで、一般的な植栽密度よりも密植にして、単収を高めている。フルーツトマトの平均的な単収は10アール当たり7トン程度であるが、池一菜果園の単収は10アール当たり12トンに達している。品質の高さも池一菜果園のビジネスモデルの重要な要素である。池一菜果園では、8度以上をフルーツトマトの基準としているが、実際に販売されているものは、平均で10度を超えているようである。販売単価は、トマトの品質のみでなく、販売戦略なども影響するので、品質のレベルをそのまま反映するものではないが、池一菜果園の平均販売単価はフルーツトマトの中でも高いほうである。
単収、販売単価とも高い水準を達成しているため、単位面積当たり売上高も極めて高い水準にある。1坪当たりの販売金額は4万円ほどになる。一般的なフルーツトマトの栽培では、1坪当たり1万5000円程度の販売金額であるので、池一菜果園の販売金額はそれを2倍以上上回る水準にある。池一菜果園の経営的な強みは、まずはその技術力の高さにあると言える。
第二には、高品質の生産物を確実に販売に結び付けていく販売力である。フルーツトマトは始めた当初は、きゅうりで直接取引していた地元の小売業者への販売が主体であった。それが生産の拡大と合わせて全国に販路を拡大していった。現在では、販売先は阪神、京浜地域を中心としながら、全国に広がっており、取引業者数は200社以上に達している。取引先の業態も、高価格の商品であるため、デパート、高級スーパーが中心となるが、多様な業態と取引している。販売価格は原則年間一定にしており、リスク分散のため、1業者との取引額は大きくても全体の1割以下に抑えている。さらにインターネットなどを通じた消費者への直接販売にも積極的に取り組んでいる。インターネットでの販売は1000万~1500万円程度である。直接販売を主体とした多様な販路の開拓が、池一菜果園の販売面の大きな強みとなっている。
第三には、直接販売が主体であるので、消費者ニーズを的確に掴むことができ、それに的確に対応してきたことである。ジュース加工への進出も、その一つであるが、まずは需要に応じた商品アイテム数の多さが特筆できる。インターネット直販のアイテム数をみると、荷姿、量目の違いによるものもあるが、生鮮トマト15アイテム、トマトジュース30アイテム、シャーベット2アイテム、ドライトマト2アイテム、さらにセット商品5アイテムで、合計54アイテムに達している。また、実際に販売しているトマトの品種は5品種程度であるが、常に30品種以上を栽培しており、実需者の要望に対応して、販売する主力品種を切り替えている。収穫時期に関しても、贈答用需要が集中する12月上旬に対応できるように、時期別収穫量の調整を図っている。池一菜果園の生産販売戦略は、高い生産技術力を活かし、いわゆるプロダクトアウト型の戦略ではなく、消費者ニーズに合った製品を開発・供給していく、マーケットイン型の戦略であると特徴付けられる。
第四には、単独の生産者の小ロットの商品で、しかも高知県という大消費地から離れた地域に立地しているにも係わらず、独自に強力なブランドを形成していることである。フルーツトマトは比較的高商品であり、小ロットでもブランドを形成しやすいとこともあるが、ブランド力は池一菜果園の大きな強みである。生鮮トマトは「池トマト」のブランド名で販売しており、トマトジュースは「ぎゅぎゅっとフルトマ」を統一ブランドとし、糖度などに応じて、プラチナ、金ラベルなどとランク分けして、販売している。
池一菜果園の経営的特長を整理してきたが、トマト加工事業を始める前から高い技術力と販売力により、大きな成果を上げていた。トマト加工事業は、その成果を基礎として新たな経営展開を目指すものと言える。池一菜果園におけるトマト加工事業の位置づけを検討する前に、まず加工品の特長を整理しておく必要がある。
池一菜果園のトマト加工品の大きな特長は、高品質の高級品ということである。池一菜果園の生産しているトマトは、高糖度のフルーツトマトであり、その一部を加工用原料に使用しているので、加工用原料の品質が非常に高いことが、一般のトマト加工品との大きな違いである。製造工程でも、水は一滴も加えず、完全無添加、無塩で、糖度、酸度の異なるトマトの組み合わせによって、トマト本来の味と風味を実現している。表2は、池一菜果園のトマトジュースのインターネット直販での販売価格を示したものである。ランクによる価格差はあるが、いずれも一般のトマトジュースとは比べものにならない高価格である。一般のトマトジュースのスーパーでの価格は、200ミリリットルで100円程度であるので、池一菜果園の中で最も安い「みなみのかほり」でも、その2倍以上である。その他のアイテムは、すべて4倍以上であり、最高級の「ぎゅぎゅっとフルトマ・プラチナ」では、100ミリリットル当たり価格でも1,000円を超えており、国内で販売されているトマトジュースの中でも最高レベルの価格である。
この価格水準からみても、池一菜果園のトマトジュースは、一般のジュースとは異なった需要に対応していると考えられる。池一菜果園は、生鮮トマトも高級品として、デパート、高級スーパーを中心として販売されているが、トマトジュースも同じ流通ルートを通じて販売されている。また、これだけの高価格では、単一の価格帯では売り先が限られてくるため、売り先に対応した多様な価格帯の商品が用意されていると言える。ぎゅぎゅっとフルトマは主にデパートでの、みなみのかほりはスーパーでの販売を念頭に置いた商品となっている。
池一菜果園の経営におけるトマト加工事業の最も重要な役割は、高品質のトマトという基本的なコンセプトの下で商品の幅を広げることで、市場評価の向上、販売力の強化にあると言える。トマト加工品も生鮮トマトと同じ流通ルートで販売されており、取引先の需要に応じて供給できる商品の幅を広げている。また生鮮トマトでは、夏季に一時的に供給が途絶えてしまうが、加工品も扱うことで、周年的な取引が可能となっている。さらにトマトジュースでは、最高級のぎゅぎゅっとフルトマ・プラチナは、破格の価格で販売されているなど、生鮮トマトを上回る高級商品として取引されていることで、池一菜果園全体の商品評価の向上にも貢献していると考えられる。
池一菜果園における6次産業化は、高品質なフルーツトマト生産者として、総合的な商品供給力を高めることで、市場競争力、販売力の向上に貢献したことが最も重要な意義といえる。
池一菜果園の今後の展開を展望する上で、最も大きな課題となるのが規模拡大であろう。4年前に施設面積をほぼ倍増したが、それでも需要には対応し切れていないようである。池一菜果園は農地を所有してなく、施設はすべて借地の上に建設されている。安定的に条件の良い施設用地を確保することは、これまでも池一菜果園にとって重要な課題であった。一時、海外での生産も計画されたが、総合的な判断から当面見合わされ、様子見の状況である。いずれにしても、池一菜果園では需要の増加に対応し、高い品質を保ちながら、生産を拡大していくことは大きな課題となっている。
もう一つ、今後課題として考えられることは、高級トマトジュース市場における競争の激化である。池一菜果園のトマトジュースは、一般のトマトジュースとは価格帯が異なり、直接的な競合は小さいと思われる。一方、近年、池一菜果園と同じように、企業的なトマト経営や産地の農協などで、独自ブランドのトマトジュースを製造する動きが広がっている。その多くは、池一菜果園と同じように高価格の高級トマトジュースである。これまで高級トマトジュースの生産者は少なく、市場で競合することは少なかったであろう。しかし、生産者が増えてくれば、市場環境に変化が生じてくるであろう。いずれの生産者もジュースの生産量は大きくはなく、しかも地域性もあるので、単純に市場競合が起きるとは考えられないが、これまでとは市場環境が変化してくることは避けられず、それに対応していくことが、今後の課題の一つとなると考えられる。