立教大学 経済学部 助教 関根 佳恵
【要約】
企業の農業参入が増加する中、参入企業には地域農業の担い手として、その持続的発展への貢献や雇用創出効果が期待されている。また、企業の農業参入においては、仲介役としての自治体の役割が重要である。そこで本稿では、ある民間企業の系列農業生産法人I LOVEファーム登米が展開するパプリカの大規模施設園芸を事例として、その事業活動の実態と地域との関わり、および企業参入における自治体の役割について報告する。I LOVEファーム登米の参入により、一方で宮城県はパプリカの産地形成を進めてきたが、他方では地域における雇用拡大や土地の有効活用において課題が残っていることが明らかになった。また、企業誘致を行う立地自治体では、農振地域指定や農地の市有化等において制度的、予算的措置を行っており、こうした支援が大規模な企業参入を可能にしていたといえる。
農地制度の段階的な規制緩和を受けて、企業の農業参入が増加している。その背景には、高齢化や担い手減少への対策として、民間企業による農業投資を促し、農業を活性化しようという政策的方向付けがある。特に、野菜生産部門は参入企業が多く、すでに食品小売のイオンや豊田通商等の企業が野菜の露地および施設栽培に乗り出しており、青果物販売を手掛ける民間企業A社(以下、A社とする)も、2000年から日本国内の農業に参入している。
このように企業の農業参入が増加する中、参入企業には地域農業の担い手として、その持続的発展への貢献や雇用創出効果が期待されている。本稿では、A社の系列農業生産法人のひとつとして2007年に設立された株式会社I LOVEファーム登米を事例とし、大規模施設園芸の企業的展開の実態について報告するとともに、参入企業が地域農業にどのように位置づけられ、地域とどのように関わっているのか、また、企業参入において自治体はどのような役割を果たしているのかについても焦点を当ててみたい。
I LOVEファーム登米が立地する登米市は、旧登米郡8町と旧本吉郡津山町の合併によって2005年に誕生した。宮城県の北東部に位置し、仙台市からは70キロの距離にある(図1)1。内陸性気候で冬期の降雨量が少なく、降雪期間も比較的短い登米市は、ラムサール条約指定登録湿地をはじめとした湖沼群を擁するなど、水資源に恵まれ「水の里」と呼ばれる。水郷地帯の登米市は県内有数の穀倉地帯となっており、ひとめぼれやササニシキといった宮城米の主産地である。また、稲藁利用によって稲作と有機的に結びついた肉用牛の生産や、きゅうりやキャベツなどの野菜生産も盛んである2。2011年現在、登米市の農業産出額と農業経営体数は宮城県内第1位、経営耕地面積でも第2位を誇り、県内随一の農業地帯となっている。しかし国内の多くの農村と同様に、農家数や農業就業人口は減少しており、担い手の高齢化が進んでいる3。
このような登米市の農業において、パプリカは新しい作物であり、I LOVEファーム登米の参入が決まるまで、地元自治体職員でもパプリカという野菜の名前には馴染みが薄かった4。しかし、企業の農業参入を積極的に促進している宮城県では、登米市に隣接する栗原市で有限会社リッチフィールド栗原や豊田通商が出資する株式会社ベジ・ドリーム栗原が大規模なパプリカの施設栽培を先行して行っており、I LOVEファーム登米の参入時には企業主導型の産地形成の機運がすでにあったといえる5。
A社は、2000年から韓国産パプリカの輸入事業に携わってきたが、韓国産パプリカが夏場に品薄になることや、韓国国内のパプリカ需要の高まりによる需給の逼迫化を受けて、日本国内のパプリカ栽培に参入を決定した6。国内に流通しているパプリカは、約9割が輸入品であり7、その8割以上を韓国(輸入量の63パーセント)とオランダ(同22パーセント)の2ヵ国に依存している状況である8。国内で夏場にパプリカを生産できる冷涼な立地先を探していたA社は、一度は青森県三沢市への参入を検討したが、冬期の降雪量が多い同市では、雪の重みに耐えられるハウス建設が困難であると判断し、降雪量の少ない宮城県登米市での立地を模索した。
一方の登米市では、市内で建設中の長沼ダム(図1)9の築堤過程で生まれた土取り場を長沼工業団地用地として整地し、企業を誘致することを検討していた。当初は、製造業等の企業誘致を念頭に置いていたが、2006年にA社から立地の相談を受けて、農業生産法人の立地を支援する方向で調整を進めた10。具体的には、I LOVEファーム登米のパプリカ生産事業が国の「強い農業づくり交付金」の交付対象になるように、山林や農地等の地目であった土取り場を「農業振興地域の整備に関する法律(農振法)」の優良農地として指定してもらえるよう手続きをすすめ、例外的に短期間で指定認可を得た。その後、登米市は49人の地権者から土地を買い上げ、土盛りや貯水池等の整備を行った上で、I LOVEファーム登米に農地を賃貸する方針を固めた。この予算案は市議会で一度は否決されたものの、2009年3月に最終的に可決に至り、市は2009年からI LOVEファーム登米に5.5ヘクタールの農地を10年契約で賃貸している。また、2008年にはI LOVEファーム登米を認定農業者として認定し、その参入を支援した。行政側の支援を受けたI LOVEファーム登米は、ハウス建設等の初期投資2.3億円のうち、1.1億円を交付金でまかなっている。
他方、I LOVEファーム登米の大規模なパプリカ栽培施設の立地については、当初、地域住民から養液栽培の廃液や農薬の流出に対する不安の声が上がっていた11。そうした声に対し、自治体とI LOVEファーム登米は住民説明会を行い、養液は循環利用することや、天敵利用によって農薬使用量を抑える方針であることを住民に伝え、立地に至った。
しかし、当初は3ヘクタールのハウス建設を予定していたI LOVEファーム登米は、A社の親会社が2008年の世界的経済危機で少なからず経営に打撃を受けたことから、同年に事業計画を変更し、最終的なハウス面積は0.64ヘクタールに縮小した12。このように、グローバル化の中で地域農業の動向も世界経済の影響を受けている。
上記のような経緯で登米市に参入したI LOVEファーム登米は、2010年からパプリカの収穫を開始し、2012年現在に至るまで0.64ヘクタールの生産規模を維持している13。採用しているハウスは日本製の大型パイプハウス1棟で、ロックウールを用いた養液栽培を行っている(写真1、2)。I LOVEファーム登米では、養液栽培用の水に地下水を利用しているが、この地域の地下水には鉄分が多く含まれるため、除鉄装置で鉄分を除去してから混合肥料を混ぜている。
養液システムにより、パプリカの苗1株ずつに時間を指定して養液を供給しており、養液の供給回数を調整することで、苗の根元の温度を調整する(写真3)。特に、夏場は根元を冷やすために少量多潅にしており、年間を通じて一日当り7~20回の養液供給を行う。
ハウスには環境制御装置を導入しており、温度、湿度、二酸化炭素濃度を常に計測している。ハウス内の温度が25度以上になると、自動的に屋根やハウス側面の窓を開放したり、保温・遮光カーテンの開閉でハウス内の熱効率を上げることができる。また、パプリカの開花や着果を促すために、6月~12月には毎朝、二酸化炭素濃度を1,500ppmまで上昇させる。しかし、過去数年は予想以上に夏場が高温で、ハウス内の気温調整のために窓を開放すると、二酸化炭素濃度は500ppm近くまで低下することから、気温と二酸化炭素濃度の調整に課題がある。
I LOVEファーム登米では、赤色のパプリカ「クプラ」、黄色の「チェルシー」、橙色の「マゾナ」という3品種を栽培している。種子は、いずれもオランダのパプリカ専用種苗会社からの輸入品で、1株当たりの収穫珠数の多い品種を選んでいる。I LOVEファーム登米では、年間、約2万株の苗を植え、約60万珠の収穫を目標に掲げる。
ここで、年間の作業スケジュールを見てみよう(図2)。12月には種を行い、2月初旬に苗が約5センチの高さになるまで育苗するが、パプリカのは種・育苗は技術的に難しいため、全体の9割を外部委託している。1割はI LOVEファームのハウス内では種・育苗しているが、種の歩留まり率は約6割で、外部委託の歩留まり率(8割)を大きく下回る。2月初旬に委託先から苗を入荷し、手作業で苗をロックウールに移植する。苗が25センチの高さになるまで、ロックウール上で約1ヵ月間育て、3月上旬にロックウール・スラブの上に苗を定植する。その後は、パプリカの葉が密集し過ぎないように、適宜葉や枝を取り、高さ4メートルまでパプリカを誘引して成長させる。6月~翌1月の8ヵ月間が収穫時期である。韓国や栗原市のベジ・ドリーム等ではパプリカの通年収穫を行っているが、通年収穫を行うためには冬場の暖房費がかさむため、燃料価格が高騰している現在、I LOVEファーム登米では夏場の収穫に専念している。
収穫されたパプリカは、ハウスに併設されている予冷庫で1晩予冷し、ヘタの切り口を乾燥させてから、翌日、調製スペースで選果・袋詰めする(写真4)。国内にはパプリカ専用の選果機がないため、ジャガイモ用の選果機を代用して、表1のA社が独自に定めた規格にもとづいた選果を行っている。夏場の気温が高い時期は、パプリカの実が十分大きくならないうちに熟して色づくため、8月~9月にはM~2Sの小さい規格の出荷割合が増える。I LOVEファーム登米では、基本的にパプリカを1珠ずつ袋詰めして出荷しているが、小さいサイズのパプリカは1袋に2珠を入れて出荷するため、収益率が下がってしまう。このため、夏の高温対策が経営上も課題となっている。
表1の重量規格によって選別されたパプリカは、さらに実の肩幅、高さ、色まわり、変形等の基準によってA品、B品、C品の3ランクに分類され、このうちA品のみが出荷契約先のA社に出荷される。A品の割合は97.5パーセントと高く、このうち約7割がA社の国産野菜ブランド「I LOVE」を付されて出荷され、残りの約3割はブランド名を付さずにバラ出荷される。販売額全体の2.5パーセントを占めるB品やC品は、地元小学校の給食用加工品の原料として出荷するか、または地元の直売所に出荷している。なお、I LOVEファーム登米産のパプリカの使用農薬履歴は、A社のホームページから確認することができる。
I LOVEファーム登米とA社は、契約価格による全量出荷契約を書面で毎年交わしており、規格外のパプリカ以外は全量がA社に出荷されている。A社は、系列会社や卸売市場、および場外卸売業者等を通じて、大手スーパー・チェーンや地場スーパー等に販売している。
主な出荷先は関東地方で、生産量の約8割が宮城県登米市のI LOVEファーム登米から川崎東洋埠頭までトラック輸送され、関東各地向けに分荷される。残り約2割は北海道札幌市にあるA社の系列会社を通じて、北海道内のスーパー等に販売される。
I LOVEファーム登米では、A社の社員でもある社長のほかに正社員5人、6月~12月の繁忙期には4人のパート従業員を雇用している。正社員のうち3人とパート従業員4人は地元住民で、それぞれ地元のハローワークとシルバー人材派遣センターを通じて募った。
正社員のうち2人は、I LOVEファーム登米がパプリカ栽培を開始する前の半年間、韓国や国内のパプリカ生産者の下で研修を受け、栽培技術を学んでいる。
パート従業員は60~80代のいずれも農家出身の女性で、農作業には慣れているという。パート従業員は、基本的に正社員と同じ作業に従事しており、ハウス内ではパプリカの収穫、下葉取り、脇芽取り、誘引等を行い、調製スペースでは選果や袋詰め、箱詰めを行っている。
こうした状況から、I LOVEファーム登米は地元雇用に貢献している印象を受けるが、同ファームが参入当初の予定に比べて大幅に生産規模を縮小したことから、受け入れ自治体では雇用拡大の点で課題を感じている。特に、自治体はI LOVEファーム登米の参入による雇用効果や地元への農業技術普及、スピンオフ(この場合、ファーム社員が独立し、新たな農業経営体をつくること)による経済効果を期待しており、同ファームによる今後の地元雇用の拡大と技術普及を求めている14。
I LOVEファーム登米の立地にあたり、地域住民から水耕栽培の廃液や農薬使用に対する不安の声があがったが、同ファームでは水耕栽培に利用する養液の循環利用や天敵利用による農薬使用量の低減に取り組んでいる。パプリカ栽培で害虫となるダニ類を防除するため、ダニを捕食するダニの入った袋(Koppert社製)をパプリカの枝にかけておくと(写真5)、10日から2週間かけて、袋の中のダニが外に出て来る仕組みだ。また、アブラムシに寄生する蜂(商品名:アフィパール)も防除に用いている(写真6)。
A社では、国産野菜ブランド「I LOVE」に独自の農薬使用基準を設けている。その基準とは、法令を順守した上で、さらに可能な限り農薬使用量を減らしていくというものであるが、より具体的には、各ファームで生産品目やその土地の気象条件等に応じて定めている。I LOVEファーム登米では、宮城県の慣行使用量(年48回散布)を8ヵ月間のパプリカ収穫期を通じて超えないことを原則とし、使用農薬が登録農薬であるかどうかをファーム内で厳しくチェックしている。
さらに、産業廃棄物として処理しなければならないロックウール(オランダ製)に代わって、日本製のココスラブを試験的に導入している(写真7)。ココヤシを原料とするココスラブは、有機物なので自然に土に還るため、環境負荷も少なく処理費用もかからない。しかし、ココスラブを利用するとパプリカの生育が早くなり過ぎて、収穫量を多く見込めないという技術的課題がある。
I LOVEファーム登米は、市の産業振興会の会員であり、市が開催する産業フェスティバルへ参加するとともに、視察会などにも対応し、施設内の見学を受け入れている。見学については、農業協同組合や自治体、小学校、養護学校、および農業大学校等からの要望もあり、年間20回程の見学を受け入れている。近年は、教育現場でも食育の役割が重要になっており、こうした見学を受け入れることにより地域貢献にも取り組んでいる。
2012年に3年目の収穫期を迎えているI LOVEファーム登米に今後の課題について尋ねたところ、最大の課題は夏場に高品質のパプリカを安定出荷するための高温対策だという。過去3年間、夏の猛暑が続いたため、当初は夏の冷涼な気候を求めて立地した登米市でも、夏場の高温障害が出ている。今後は、ヒートポンプ等の導入も検討が必要かもしれない。
他方、立地自治体があげる今後の課題は、I LOVEファーム登米による地域での雇用創出である。正社員としての雇用や、有期雇用でもより多くの雇用の創出を期待している。I LOVEファーム登米が借り上げる土地を地権者から集め、市の予算で買い取って整備をした登米市としては、地元の雇用創出効果を願うのは自然なことである。
雇用創出とも関連するが、今後は、I LOVEファーム登米が賃借する未利用農地の有効活用が課題となるだろう。高い地代を支払っているI LOVEファーム登米にとっても、農地の有効活用は検討課題といえる。
I LOVEファーム登米のパプリカ施設栽培を事例として、大規模施設園芸の企業的展開を紹介してきた。同ファームでは水耕栽培を行っているため、野菜の露地栽培を行っている他の系列ファームと比較しても、輪作や堆肥循環といった地域農業との直接的関わりは強くないが、地元の食育に貢献するなどの取り組みが行われている。今後は、夏場の高温障害に対する技術的課題を克服し、未利用農地の有効活用によって地域での雇用創出や技術普及等に貢献することが期待される。企業参入にあたり、大規模な予算を投じた誘致自治体にとって、参入企業が撤退せずに地域に根付き、地域農業の持続的発展や安定的な雇用の確保に貢献してくれることが何よりの願いである。
1:登米市『登米市食料・農業・農村基本計画―登米市農業振興ビジョン―』2008年3月策定、4~5ぺージ。
2:2010年の登米市の農業産出額は、水稲122.4億円(全体の39.4%)、畜産138.9億円(同44.8%)、野菜30.4億円(同9.8%)、その他18.6億円(同6%)となっている(登米市、同上書、17ページ)。
3:登米市、同上書、11~13ページ。なお、登米市の農業就業人口のうち、60歳以上の割合は72.4%となっている。
4・10・11・14: 登米市役所に対するインタビュー(2012年9月5日)による。
5:宮城県北部地方振興事務所『栗原地域の復興と産業振興』2009年、28ページ。
6・12・13: 株式会社I LOVEファーム登米に対するインタビュー(2012年9月4日)による。
7:香月敏孝・柳京熙「パプリカ生産における国内・外の生産・流通の変化」『野菜情報』独立行政法人農畜産業振興機構、2006年6月号。
8:財務省貿易統計、2011年版。
9:1975年から宮城県の事業として着工され、2015年完成予定の多目的ダムである(前掲登米市へのインタビューより)。