調査情報部 村田 宏美/戸田 義久
有機農産物の宅配企業である株式会社大地を守る会(以下、「大地を守る会」という。)は、生産者と消費者の架け橋となることを目指すとして、さまざまな取り組みを行っている。
平成22年3月にデリカショップ、平成24年3月には「農園カフェ&バル」の運営を開始。有機農産物の良さを広めるため、新たな事業に乗り出した。運営当初は苦労もあったが、生産者との強いつながりを生かした商品提供により、ノウハウ不足を補っていった。
生産者と加工・販売を行う企業が同じ目的を持って情報を共有し、それを消費者へ発信していくことが、販売力強化にもつながっている。
株式会社日本政策金融公庫が平成24年3月に発表した「平成23年度第2回消費者動向調査結果の概要」によると、食品の宅配サービスを利用したことがある消費者は48.4%にも上るという。このようななか、有機農産物の宅配企業である大地を守る会では事業の多角化を図り、マルシェ事業やレストラン事業を開始した。新たな事業の展開により生じた問題点をどう解決したのか、また、何が必要となるのかなど、大地を守る会の事例を報告する。
大地を守る会は、昭和50年にNGOとして発足した。発足のきっかけは、農薬の危険性に問題意識を持ったこと。当時、一般市場では無農薬や減農薬の農産物がほとんど流通しておらず、「それならば自分たちで流通させ、広めていこう。」と、活動を始めた。昭和52年には、流通部門として株式会社大地を設立。平成23年にNGOと統合し、現在に至る。
農薬について独自の高い生産・取り扱い基準「こだわりのものさし」を設定し、それをクリアした安全性に優れた有機農産物を宅配しており、平成24年3月末現在の生産者会員数は約2,500人、利用者数(宅配+ウェブストア)は約143,000人で、平成23年度の総売上高は約143億円だった。
日本の第1次産業を守り育てるとともに、環境に配慮した豊かな暮らしを実現させるという理念のもと、有機農業の裾野を広げていくため、現在、事業の多角化を図っている。
大地を守る会のメインとなる事業は、総売上高の8割以上を占める宅配事業である。自社便により、主に東京、埼玉、神奈川、千葉の1都3県へ有機農産物を配送しており、平成24年3月末現在の宅配会員数は約95,000人。シーズンによりバラつきはあるが、野菜については常時60アイテムほどを取り扱っている。
生産者は北関東を中心に全国にまたがり、すべて、作付けの段階から契約する契約栽培。おおむね計画どおりに出荷されるが、自然条件により生産状況に増減が生じてしまう。大地を守る会ではそれらの情報を利用者にも発信し、理解したうえで購入いただいている。例えば、季節の野菜や果物が数品入る野菜セット「ベジタ」では、豊作時には多めに、不作時には少なめに配送するなど、事前に登録した会員には需給調整に加わってもらえるような仕組を設けている。契約栽培での利点は、一般流通では見えにくい産地での情報を、消費者にきちんと伝えられることである。「生産者の顔が見える野菜」は、大地を守る会のセールスポイントとなっている。
栽培においては土壌消毒剤の使用を禁止し、独自の禁止農薬リストを設定している。また、社内の環境食料分析室で残留農薬の抜き打ち検査を実施するなど、安全を追求している。取扱量のうち、約8割は有機栽培や無農薬、残りは減農薬のものであるが、カタログには農薬の使用状況や散布回数を表記し、利用者にも目で見て分かるようにしている。また、社内に有機農業推進室を設けて土壌分析を行い、生産者に対して土壌改良のアドバイスをするなど、生産技術の向上に生産者と一丸となって取り組んでいる。
そのほか、宅配事業と同じ厳しい基準で選ばれた有機農産物をインターネットにより全国へ配送するEコマース事業や、スーパーマーケットや専門店への卸売事業、工務店・設計事務所と連携して家づくりをサポートする自然住宅事業なども展開している。
平成22年3月、有機野菜の良さを知ってもらう機会を増やすため、デリカショップの運営を開始した。JR東京駅構内のエキュートと銀座三越内の2店舗で販売している総菜は、大地を守る会で取り扱っている野菜中心の、完全無添加総菜。宅配やウェブストアで野菜を購入するよりも気軽に購入しやすく、より多くの方々に有機野菜の味を確かめてもらえる。また、エキュート東京店では、丸の内OLや東京駅を利用する情報発信感度の高い方々へ、三越店では、高価でも良いものであればしっかり理解して購入したいと考える方々へアプローチが図られている。
店舗出店は新しい挑戦であったため、運営当初はノウハウ不足による苦労もあった。有機農産物はどうしても原価が高くなってしまい、原価管理やロスの問題があったようだ。しかし、需要予測をしながら加工・販売を行うなど、徐々にノウハウを身につけていった。また、従来から生産者とのつながりがあったため、有機野菜へのこだわりなど生産者のコメントを商品ポップに表示し、有機農産物という付加価値を示すことでノウハウ不足を補っていった。当初はなかなか売上につながらなかったようだが、リピーターや口コミにより顧客が増加し、最近ようやく安定してきたという。平成23年度のデリカショップ2店舗の売上は、2億円強。平成24年5月には、渋谷ヒカリエにも出店するなど、今後の展開にも期待がよせられている。
平成24年3月、東京駅近くの丸の内永楽ビルに「農園カフェ&バル」をオープンした。これは、以前から野菜の卸先として取引のあった祐天寺の雑穀ライフスタイルショップ&カフェ「keats」とのコラボレーションによるものだ。「色々な国の農家のおもてなし」をイメージしており、農家を訪ねた時に出てくるような、素朴感や心地よさを味わってもらうことがコンセプト。
自由が丘でカフェを運営していた経験もあり、レストラン事業についてはもともとノウハウがあった。開店からまだ数ヵ月だが、当初設定した売上目標はクリアしている。
場所柄、30代、40代の女性客が多く、人気は上々のようだ。レストラン事業はマルシェ事業とともに、大地を守る会の利用者というコミュニティーだけではなく、一般の方々にも「生産者の顔が見える野菜」を広めていきたいというねらいがあった。また、デリカショップやカフェでは直接消費者と接することができ、消費者のニーズや自分たちの取り組みを簡潔にしっかりと伝える方法なども学べ、タッチポイントとしての重要な役割を果たしている。
農園カフェ&バル店内の様子
メニューの一例「農園ポトフ」
大地を守る会の目的のひとつは、環境保全型農業を増やしていくことである。毎月1回ほどの頻度で生産者会議を行い、農薬を用いない生産技術などについて、生産者同士で情報交換を行える場を設けている。また、消費者を対象に産地交流ツアーを企画し、生産現場を見学して生産者と触れあえる場を設けるなど、生産者と消費者の架け橋となるような取り組みも行っている。
大地を守る会の生産者会議に参加している北海道美瑛町の生産者、早坂清彦さんによると、「和気あいあいと皆で話し合い、互いの短所ではなく長所の情報交換ができるということが、生産者会議をとても有意義なものにしていると思う。また、皆の畑を見ることは、いい意味でも悪い意味でも勉強になる。」と、生産者会議に参加することで栽培に対する刺激を受けているようだ。また、「大地を守る会の事務局員と消費者理事の存在も大きく、生産者と消費者、流通業者の三者が、同じ仲間として一体感を持てる。」ということで、三者の交流の場をとても大切に感じているようだ。
そのほかに大地を守る会では、廃油を消費者から回収し、バイオディーゼル燃料にしてトラクターなどで使用する取り組みも行っており、環境系のイベントに参加してPR活動も行っている。
日本の第1次産業を守り育てること、人々の生命と健康を守ること、持続可能な社会を創造することという理念は大事に残しつつ、新しい販売チャンネルや時代にあった商品開発など、今後も変革していきたいと考えている。
生産者会員の早坂さん
大地を守る会では、単に有機農産物を消費者へ届けるだけではなく、生産者とともに生産技術の向上に取り組んでいるほか、生産者の思いや産地の情報を消費者へ伝え、生産者と消費者の架け橋となるような取り組みを行っている。第1次産業を守るには、消費者の理解も必要である。「生産者の顔」が見えることで、それを食べる消費者も、食べることが生産者の支えにつながっているということを意識できるだろう。
「平成23年版食料・農業・農村白書(農林水産省編)」によると、農業者を対象に行った調査において、環境保全型農業に取り組む場合に支障となっていることは、「慣行栽培と比べて、経費がかかる割には販売単価が評価されないこと」が51.5%であった。このように、環境保全型農業に取り組む農業者にとってネックとなるものは販売面にあるようだが、販売力の強い企業と連携することにより、これらは解消できるのではないだろうか。また、企業にとっても、生産者とのつながりにより得られる情報を消費者へ伝えることで、消費者からの支持を得られるのではないだろうか。
生産者と加工・販売を行う企業が同じ目的を持って情報を共有し、それを消費者へ発信していくことは、販売力強化にもつながる。そのためには、双方が一体となって協力し合うことが必要なのではないか。
最後に、調査にご協力いただいた大地を守る会の皆様に、この場を借りて厚く御礼申し上げる。
写真提供:大地を守る会