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調査報告(野菜情報 2012年6月号)


契約販売による大規模雇用型野菜生産の可能性と条件
~熊本県の北部農園と福岡県の響灘菜園の事例を通して~

中村学園大学 学長 甲斐 諭


【要約】

 我が国の農政において大規模化の実現が急がれる中、野菜生産における大規模雇用型経営の可能性と条件について、北部農園(熊本県)と響灘菜園(福岡県)の2つの事例の調査を行った。
 大規模雇用型野菜生産経営は契約販売によって成立し、契約履行のための割増生産、収量変動を緩和する施設化への投資やそれに対する国・地方行政の支援、実需者のニーズにあった品種改良などの必要性が指摘できる。これらの条件が解決されれば、かなり広範に、契約販売による大規模雇用型野菜生産の可能性が高いと結論できよう。

1. はじめに

 農林水産省の「食と農林漁業の再生推進本部」の決定(平成23年10月25日)である「我が国の食と農林漁業の再生のための基本方針・行動計画」によれば、「高いレベルの経済連携と両立しうる持続可能な農林漁業を実現する。」とあり、また「今後5年間に高齢化等で大量の農業者が急速にリタイアすることが見込まれる中、徹底的な話し合いを通じた合意形成により実質的な規模拡大を図り、平地で20~30ha、中山間地域で10~20ha の規模の経営体が大宗を占める構造を目指す。」〔1〕とある。
 このように我が国の農政は、米などの穀作を念頭に大規模化の実現を急いでいる。果たして野菜生産では、どうであろうか。契約販売による大規模雇用型野菜生産の可能性と条件は何であるかを2つの事例の実態調査を通して考察するのが、本稿の課題である。

2. 九州農業における野菜の重要性

(1)農業産出額からみた重要性

 全国と九州の農業産出額の推移を表1と図1に示す。全国の農業産出額は1990年の約11.3兆円から2009年には約8.3兆円に減少しており、九州も同様に同期間に約2兆円から約1.6兆円に減少している〔2〕。全国と九州の農業産出額の減少パターンは似ているが、表1から2009年の1990年対比をみると、全国が73.7%であるのに対して九州は79.4%であり、九州は減少幅が全国より小さいことが分かる。
 表1から九州の野菜部門の農業産出額をみると同期間に4,047億円から3,791億円に減少(93.7%)しているが、上記の全国や九州の農業全体と比較して、農業産出額の減少幅が小さいことが分かる。また、図2から九州の野菜の産出額は2007年以降減少から増加に反転していることが分かる。九州農業に占める野菜の産出額の割合は、1990年の19.9%から2009年には23.5%に拡大しており、畜産の40%に次いで2番目のシェアである。九州では野菜がますます、重要な部門になっている。

(2)野菜の作付面積と収穫量からみた重要性

 九州の野菜(主要14品目)の作付面積は、全国の中でどの程度のシェアがあるのか、表2から検討しよう。全国の野菜の作付面積は、2004年の35万ヘクタールから2009年には5%減少の33.3万ヘクタールになっている。一方、九州は同期間に5.0万ヘクタールから4.8万ヘクタールと、3%の減少に過ぎない(図3参照)。そのため、九州の野菜の作付面積の全国に占めるシェアは、14.2%から14.5%へと、わずかに拡大している。
 表3を用いて、九州の野菜(主要14品目)の収穫量は全国の中でどの程度のシェアを占めるのかみてみよう。全国の野菜の収穫量は2004年の1,186万トンから2009年には2.8%減少の1,153万トンになっている。だが、九州は同期間に164万トンから3.7%増の170万トンになっている(図4)。そのため、九州の野菜の収穫量の全国に占めるシェアは、同期間に13.8%から14.7%へと拡大している。

(3)九州各県における野菜の生産と熊本県・福岡県を調査対象地にした理由

 九州各県で2010年に農産物販売のあった経営体数を表4からみると、熊本県が最も多く、43,184経営体であり、鹿児島県(42,631経営体)と福岡県(38,748経営体)がそれに続いている。野菜生産に集中している野菜単一経営体数は熊本県(6,148経営体)が多く、福岡県(4,227経営体)がそれに続いている。
 九州各県の野菜部門の農業産出額を表5からみると、第1位は熊本県(1,003億円)、第2位は宮崎県(666億円)、第3位は福岡県(643億円)であるが、農業産出額に占める野菜のシェアは熊本県が33%、福岡県が31%、宮崎県が22%である。
 以上のように九州各県で野菜は生産されているが、熊本県と福岡県で野菜の農業産出額に占めるシェアが3割以上であるので、本稿では熊本県と福岡県を調査対象地とした。

3. 熊本県と福岡県における野菜生産の実態

(1)熊本県の野菜振興計画と野菜栽培面積の減少・拡大要因

 熊本県では、野菜の積極的な振興を図るため、1970年から5ヵ年毎に「熊本県野菜振興計画」を策定し、主要野菜の振興方向を地帯別に示しながら、適地適作を基本に産地づくりを推進し、土地基盤や栽培施設等生産条件の整備、集出荷施設の近代化整備、生産組織の育成強化など総合的な施策を推進してきた。
 同県は、2011年3月に2015年を目標とした多様な担い手対策、農家経営の安定化対策、流通販売強化対策、品目毎の振興対策に視点をあて、具体的な野菜の振興方策を盛り込んだ「第9次熊本県野菜振興計画」〔3〕を策定した。
 熊本県の野菜は、1990年までは右肩上がりの生産拡大を続けていたが、度重なる台風の被害、バブル経済崩壊以降の量販店の低価格戦略の影響、担い手の高齢化などが重なり、2004年から減少が始まった(表6参照)。
 近年の栽培面積減少要因としては、①景気低迷により果実的野菜の価格が低迷していること、②露地野菜生産における夏期の高温傾向と豪雨による生産の不安定、を指摘できる。また、栽培面積増加要因としては、①機械化の充実により経営面積が拡大可能となったこと、②2008年に発生した輸入冷凍食品への毒物混入事件以降、加工・業務用野菜の供給先が国内産へ移行する傾向が強まり、レタス、しょうがの輸入量が減少したこと、をあげることができる。
 熊本県においては、①野菜生産者数の減少、②野菜栽培面積の縮小、③野菜農家の収益性低下、④流通販売環境の変化への対応が課題になっている。

(2)福岡県農業における野菜生産の重要性

 福岡県の農業産出額は、2005年の2,236億円から2009年には2,098億円に減少している(図5参照)。一方、野菜の産出額は同期間に638億円から643億円に増加している。2009年の農業総産出額のうち最も多いのは野菜(643億円)であり、米(424億円)と畜産(371億円)が続いている。
 2009年における福岡県の野菜の全国的地位は、いちごが2位、冬春なすとセルリーとしゅんぎくが3位、春ねぎが4位である。表7に示すように福岡県の野菜は施設野菜が中心である〔4〕。

4. 契約販売と自社製有機質堆肥による九州屈指の野菜生産の実態と今後の課題

(1)北部農園設立の目的と野菜栽培規模

 熊本市に本社のある有限会社北部農園の経営者上田教二氏(64歳)は、35歳の時、肥料商として独立した。非常に良いと信じている自社オリジナルの有機質肥料の販売に苦労したので、自らその肥料を利用するため、野菜の栽培を開始した。徐々に栽培規模を拡大し、現在では野菜作付面積延べ約150ヘクタールの大規模野菜生産者になっている。従業員はパートを含めて約70人である。
 また、熊本県玉名市において米を30ヘクタール栽培しており、さらに2009年からは、自社の野菜を原料にした手づくり餃子の製造販売も行っており、好評を得て、経営は順調に拡大している。
 年間販売額は、2010年が約6億であったが、2011年は約7.5億円(うち、野菜販売額6.7億円、餃子販売額0.5億円、米販売額0.3億円)と、熊本県屈指の大規模野菜生産者になっている。2012年は、10億円の販売を計画している。

(2)拡大を続ける野菜生産

 熊本市でレタスの生産を始めたが、生産量の拡大に伴い広い畑が必要になり、熊本県の玉名市や天草市でレタスやキャベツの生産を開始した。野菜は降雨、降雪、寒波に弱いので、安定生産・安定供給を図るため、ビニールハウスでレタスやキャベツの栽培を行っている。その結果、病気も少なくなり、降雨の日でも収穫できるようになって、健康で安全な野菜の安定供給が可能になっている。現在では、熊本県の玉名市(約20ヘクタール)や天草市(約8ヘクタール)の合計約28ヘクタールのビニールハウスを利用して、レタス、キャベツ、ベビーリーフ(日本では初期からの生産者)を生産し、安定供給している。玉名市の干拓地では長さ約100メートルのハウスでレタスを栽培している(4条植え、3畝、年間回転は約2.7回)。
 さらに2011年からは、大分県の飯田高原において作付面積延べ約60ヘクタール(約25ヘクタール×約2.5回)の露地野菜栽培を手掛けている。現地に、約5,000万円を投資して、200坪の倉庫を建て、また50坪の冷蔵庫を据えて、九州での夏野菜の生産を展開している。
 野菜の栽培地は主に借地で拡大している。ちなみに、熊本県の玉名市や天草市などの平地の畑の借地料は10アール当たり5万円であり、大分県の飯田高原では4万円である。
 上田氏が各地で順調に借地を拡大できるのは、毎年借地料を一括して先払いしており、また確実に野菜の生産を続け、地域からの信頼を得ているからであろう。今後、野菜作付面積を露地とハウスを合わせて200ヘクタールに拡大する計画である。

(3)契約販売による安定供給と今後の課題

 販売先はイオンなどの量販店、株式会社サラダクラブ(東京都府中市)、MCプロデュース株式会社(埼玉県さいたま市)などであり、契約販売を行っている。レストランへは一定価格で販売しているが、熊本の卸売市場への出荷はわずかであり、生協との取引はない。
 出荷計画は週に1回策定し、一日に2,000~3,000ケースを出荷。レタスとキャベツを年間約100万ケース販売している。1ケースはレタスが8.5キロで1,200円、キャベツは10キロで600円、ベビーリーフは1キロ900円である。
 契約販売であるので、数量の確保が課題である。農業は気候条件により生産量が変動するので、契約量の約130%を生産し、気候条件に起因する生産量減少に備えている。
 今後も安定供給を図り、時給2,000円でのパート雇用が可能な経営を目指す。

5. 契約販売と資本集約による大規模植物工場の実態と今後の課題

(1)響灘菜園株式会社の概要~組織、栽培面積・出荷量・販売先など~

 響灘菜園株式会社(以下、響灘菜園と略記)は、J-POWER(電源開発株式会社)とカゴメ株式会社(以下、カゴメと略記)が2005年5月に1億円(資本準備金を含む)を投じて、福岡県北九州市若松区に設立した会社である。大規模ハイテク温室を有し、「こくみトマト」、「デリカトマト」などのカゴメブランドの生鮮トマトを生産している。2006年7月に出荷を開始し、1年1作であるので、現在まで5作を終え、現在、2011年夏に作付した6作目の苗から収穫をしている。
 フェンロー型鉄骨造り温室を2棟有し、総面積は約8.5(=4.2+4.3)ヘクタールで、約20万本の苗から、年間2,500~2,600トンのトマトを生産し、出荷している。灌水施設、暖房施設、細霧冷却設備、選果・パッキング設備、環境制御PCを有し、雇用者は約150人である。
 生産量の約50%を関東に、他の約30%を九州、約20%を大阪に出荷している。従ってここで生産されるトマトの約50%が関東に、約50%が西日本に出荷されていることになる。
 栽培品種はカゴメが開発した品種であり、その中にはミニトマト、中玉、大玉などが含まれている。大玉の方が収量は多くなるが、カゴメの販売製品や販売先との関連で、栽培品種と栽培面積はカゴメ本社の指示に従っている。カゴメは北海道から沖縄まで全国に約30ヵ所のトマトの生産基地を有しており、その中には直営農場や契約農家、契約農協、契約経済連などがある。

(2)響灘菜園株式会社設立の経緯~直接生産方式導入と響灘での栽培の理由~

 従来、カゴメのトマトジュースは、主に東北地方において契約栽培により生産されたトマト(年間約25,000トン)で生産されていた。ジュース用のトマト品種は従前の生食用のピンク系の品種と異なり、赤色の濃い、コクのある品種が適しているので、そのような品種をカゴメで開発して、栽培し、ジュース用に使用してきた。夏季に露地で栽培され、通常であると4月に定植し、7月から9月まで収穫し、それを絞ってジュースが生産されていた。栃木県にあるその農場と生産ラインをみた量販店の方から、生食用に転用できないかと提案を受け、1998年頃から生食用トマトの生産販売を開始した。
 生食用トマト事業は、当初、生産を農家などに委託する契約栽培で開始したが、次の2つの理由により、直接生産販売を開始した。第1の理由は、生産は天候条件、人的要因によって変動するものの需要は一定であり、需給ミスマッチが発生し易い。その解消のために、各地で分散して直接生産販売する方式を導入した。第2の理由は、農協などを介して生産を依頼すると、具体的には農協のトマト部会の多くの農家で生産されるので、その生産工程の把握が困難になっていた。生産工程のトレーサビリティを確保するために、直接生産販売方式を導入したのである。
 2003年~2004年頃から、ここ響灘を直接生産する団地として考えた理由として4点指摘できる。第1の理由は、カゴメでは既に福島、長野、和歌山、広島で直接生産を開始していたので、九州での直接生産を考え、消費者が多く、物流に便利な北九州市を九州の生産拠点として選択した。第2の理由は、電源開発株式会社がある広大な埋立地を借地(8ヘクタールのハウスを含めて駐車場など15ヘクタールを借地)できたことである。ここの埋め立て地は近くに山がなく、一日中、日照を受けることができる。第3の理由は、水を充分確保できたからである。ここでは約50%を雨水に依存しているものの、他の50%は工業用水を利用することが出来るメリットがある。第4の理由は、トマト栽培は労働集約的であるので良質な労働力を確実に確保する必要があるが、北九州市ではそれが可能であったからである。
 唯一、想定外のことがあった。北九州市は、意外に曇天が多く、特に冬に充分な日照が得られず、トマトの生育が遅れることが、立地上の問題点である。

(3)トマトの栽培と出荷の体系

 トマトは椰子の実を砕いて作ったココ椰子培地の養液栽培であり、土壌病原因菌の持ち込みが少なく、肥料と水分含量の管理を正確かつ効的に行うことができるメリットがある。養液の濃度は常にモニタリングしており、トマトの木と実のバランスを見ながら調整している。
 毎年8月の盆前後に、約10センチから15センチの苗を前記の培地に定植し、トマトの木を天井から誘因フックで吊るし、移動させながら15~20メートルに成長させ、房を35~40段実らせる多段取り方式である。1番果を10月下旬から出荷し、翌年の7月頃まで収穫する栽培体系で生産している。
 通常、トマトは土耕栽培の場合、A品の割合は外観の悪いものを多く含むので60~70%であるが、響灘菜園では90%に達している。収穫量は日照量によって大きくことなり、1週間でも20~30%の変動があり、春は冬の3倍にもなる。10アール当たりの収量は中玉で平均約30トンである。
 ハウスの設計はオランダで行われたが、鉄骨は韓国製、アルミはオランダ製、ハウスを覆うフィルムは日本製など、世界の技術を駆使して、品質と価格を考慮して施設は作られている。

園内の移動には自転車を利用

病害虫を発見した時に利用する情報共有機器

(4)労働力の確保と技術習得の方法

 響灘菜園は150人態勢で運営している。社員は12人、准社員28人、地元の労働者を約110人雇用している。北九州市は人口約90万人なので、募集をすると応募はあるが、辞める人が少ないので、募集をあまりする必要がない。既に4~5年働いている人は、新規雇用者の30%以上の能力を発揮するので、熟練労働者の確保が重要である。植物が相手であり、人を相手にした対面の仕事ではないので、対面の仕事が嫌いな人、植物が好きな人は辞めない。熟練労働者を大切にしたいので、雇用期間が不安定な外国人労働者の雇用などは考えていない。
 7月に定植し、9月収穫までの時期が農閑期であり、週休3日の時もあるが、春先になると日照量が多くなり、収量も増加し、農繁期となる。

(5)環境への配慮

 温室内の暖房にはLPG(液化石油ガス)を使用し、大気汚染を防止している。燃焼時に発生するCO2は回収し、ハウス内に循環させてトマトの光合成機能を補完している。暖房しない時期は、貯蔵施設に確保している液化炭酸ガスを使用している。
 使用後の余剰養液は、紫外線殺菌装置で殺菌して再利用し、土壌・地下水汚染を防止している。養液は70%を新しいもの、30%はリサイクルしたものになるよう、調合して使用している。
 授粉には、日本在来種である「クロマルハナバチ」を使用し、生態系にも配慮した自然交配を行っている。さらに、葉・脇芽・茎などの植物残渣も微生物などで分解し、生ゴミの排出量を減らす努力をするなど、環境に配慮した栽培方法を採用している。焼却しているのは、ビニールの紐の付いたトマトの先端部分だけである。

花の交配にはクロマルハナバチを利用

(6)トレーサビリティと3つのブランド化

 収穫したトマトを菜園内で選果・包装し、量販店や業務用卸店に出荷しているが、いつ、どこで生産されたかの産地情報はパッケージシールに記し、ロットナンバーから識別出来るトレーサビリティシステムを確立している。これが第1のブランド化である。
 直接販売しており、市場等を経由していないので、流通の短縮化を図り、鮮度の良いものを迅速に供給できる物流体系を確立しているのが、第2のブランド化である。
 第3のブランド化は、栃木県にある研究所で開発した2つの改良品種を用いて生産していることである。食味、収量、耐病性を考慮して、販売目的を明確に区分し、品種改良した結果、「こくみトマト」と「デリカトマト」が開発され、響灘菜園でもそれぞれほぼ50%ずつ栽培されている。「こくみトマト」は生食用品種で、旨み成分が多く、酸味と甘みのバランスが良く、大手量販店向けの品種であり、6アイテム中、3アイテムが響灘菜園で栽培されている。「デリカトマト」は業務用品種で、ハンバーグやサンドイッチ、サラダなどの赤味食材として使用されるので、スライスしてもゼリー部が取れにくく、果肉の流出が少ない特徴がある。

カゴメの商品展示

(7)今後の課題

 今後の課題も残されている。昨年度の販売額は約10億円(9億9,600万円)であったが、そのうち8~9月の猛暑の影響で、北海道から約1億円分仕入れたので、ここでの生産販売量は約9億円である。順調に収穫量が増加し、顧客も増え、販売額も増加してきてはいる。
 しかし、ハウスや灌水施設、暖房機などの投資額が莫大であったために減価償却費がかさみ、また政府などの公的補助金も受けていないため、いまだ黒字経営になっていない。カゴメ本体が経営を支援しているので存続しているが、灌水施設や暖房機などの施設の減価償却が終了する1~2年後(ハウスは9年~10年後)には黒字になるものと予測され、それまで経営を順調に維持していくことが課題である。
 今後、各種施設の償却が完了し、徐々に、施設の更新が必要になるが、収穫量を維持し、顧客に対して安定供給していくためには、更新に伴う既存ハウスの休業を補完する予備のハウスを約2ヘクタールほど確保しておく必要がある。これにも新たな施設投資が不可欠になる。

那須野 崇之社長(右)と筆者

6. むすび

 我が国の農業産出額は1985年の11.7兆円から2009年には8兆円に減少しているが、野菜はその期間に2兆円から減少しておらず、米の3.9兆円から1.9兆円の半減と比較して、日本農業を支え得る大きな柱になっている。野菜の生産を維持拡大することは我が国農業を維持することになる。
 しかし、その維持の仕方が問題である。農業生産者は高齢化し、労働集約的な野菜生産を今後とも維持していくには工夫がいる。「食と農林漁業の再生推進本部」が指摘するように、大規模野菜経営が果たして成立するのかどうか、その条件は何か、検討する必要がある。そこで本稿では、契約販売による大規模雇用型野菜生産の可能性と条件を明確にするために実態調査を実施した。
 2つの事例を調査分析した結果、次の点を要約として指摘する。

① 大規模雇用型野菜生産経営は、契約販売によって成立する可能性が高くなる。野菜生産は労働集約的であり、大規模になると周年雇用型経営にならざるを得ない。優秀な労働者を周年雇用するには販売額の安定が必要であり、価格が短期間でも大幅に変動する契約なき出荷では販売額と収益が安定せず、通年雇用が困難になる。一方、契約販売では経営計画が立案しやすくなり、大規模雇用型野菜生産経営の成立の可能性が高くなる。

② しかし、野菜生産は自然条件の影響を強く受けるので、契約量の3割増しの生産を行い、契約の履行に努める必要がある。

③ また、野菜生産は自然条件の影響を強く受けるので、従来の露地栽培方式であっても簡易ハウスなどを設置し、収量変動を緩和して、契約の履行を容易にする投資が不可欠である。

④ 本格的な施設化には多額の投資を要するので、減価償却費がかさみ、黒字経営になるのに長期間を要する。黒字化までの赤字経営期間を乗り切る資本力が必要である。早期の黒字化のためには、国や地方行政による施設投資に対する補助などの支援が必要である。

⑤ 借地の場合、年間借地料を一括前払いすれば、借地の拡大が可能である。

⑥ 雇用型経営の場合、多くの労働者を雇用する必要があるが、野菜栽培には病害虫発生や肥料欠乏の早期発見など、熟年労働者の方が経営効率が高いので、優秀な労働者の継続的雇用が望ましい。

⑦ 量販店や加工業者などの実需者のニーズにあった品種改良が不可欠であり、また、誰が、どこで生産し、包装したのかなどの情報を提供するトレーサビリティシステムの確立が、契約販売には不可欠である。

 以上の条件が解決されれば、かなり広範に、契約販売による大規模雇用型野菜生産の可能性が高いと結論できよう。

参考論文

〔1〕農林水産省『我が国の食と農林漁業の再生のための基本方針・行動計画』2011年。
〔2〕九州農政局『平成22年度 九州食料・農業・農村情勢報告』2011年。
〔3〕熊本県『第9次 熊本県野菜振興計画』2011年。
〔4〕福岡県『平成22年度 福岡県食料・農業・農村の動向』2011年。

≪追記≫

 本稿を草するに際し、北部農園と響灘菜園の代表者から熱心な調査御協力と貴重な御示唆を頂いた。また、農畜産業振興機構からは調査御支援を頂いた。記して感謝の意を表する次第である。


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