東京農業大学国際食料情報学部
教授 藤島 廣二
豊岡中央青果地方卸売市場(卸売業者:豊岡中央青果株式会社)と地元(兵庫県但馬地域と京都府丹後地域)野菜産地との結びつき(絆)はきわめて強い。その結びつきの要となっているのは豊岡中央青果(株)の子会社である豊果アグリ(株)と(有)夢大地である。豊果アグリ(株)は地元生産者の生産物(野菜)を調製・包装することで商品化し、豊岡中央青果地方卸売市場に出荷している。これによって、生産者は調製・包装作業の手間を考慮することなく、生産規模の拡大が可能になっている。また、(有)夢大地は農業生産法人として75棟のパイプ・ハウスなどを利用しながら大規模に野菜を生産し、豊果アグリや豊岡中央青果地方卸売市場へ出荷している。生産品目は青ねぎやこまつななどの軟弱野菜が中心であるが、地元における栽培技術の伝承と後継者の育成に寄与するとともに、高付加価値野菜(ブランド野菜)生産企業モデルとしても役立てるようにと努めている。今後、国内産地を維持し、強化する上で、このような地方卸売市場と地元産地との結びつきの重要性はますます高まるものと考えられる。
1980年代後半以降、日本国内の野菜産地は生産者の高齢化や野菜輸入の増大の影響を受けて明らかな後退傾向にある。一方、青果物卸売市場は90年代初期のバブル経済の崩壊以降、卸売額、卸売量とも顕著な減少傾向にある。それゆえ、同一地域内の産地と卸売市場とが連携して、両者の活性化に取り組もうとする動きは、近年では決して珍しくない。この小稿で取り上げる豊岡中央青果地方卸売市場(卸売業者:豊岡中央青果株式会社、同社資本金:4,500万円)も、そうした活動をしている卸売市場の一つである。ただし、それは他の卸売市場と同程度の活動という意味ではない。
同地方卸売市場は日本海に近い兵庫県豊岡市内で敷地面積34千平方メートルを有する豊岡綜合卸売市場(豊岡水産物地方卸売市場との共同施設で、1985年に開設:写真1)の中に位置し、青果物の買受人は豊岡市と周辺市町および京都府丹後地域のローカル・スーパー、専門小売店、および業務用受容者(食堂など)で、全部で180人ほどである。敷地面積、買受人数とも地方卸売市場の全国平均を上回ることは間違いないが、飛び抜けた存在とは言い難い。また、年間卸売高は約30億円で、これも地方卸売市場の全国平均を2~3割程度上回るものの、特に多いと言うほどでもない。しかし、その卸売高のうち野菜が地元(兵庫県但馬地域と京都府丹後地域)産を中心に7割弱を占め、しかも他の多くの卸売市場において野菜・果実の卸売高の大幅な減少が起きたにもかかわらず、豊岡中央青果地方卸売市場の野菜卸売高は10年以上にわたって大きく減ることもなく、ほぼ横ばい傾向を維持し、今後も維持する可能性が高い。このことは中央卸売市場も含めた全国の600超の青果物取扱卸売市場の中でもまれであり、同地方卸売市場すなわち卸売業者の豊岡中央青果(株)と地元野菜産地との連携の強さを、特別な“絆”の強さをうかがい知ることができる。
以下では、その連携=“絆”に注目し、その具体的な内容に焦点を合わせるかたちで要点を紹介することにしたい。
写真1 豊岡綜合卸売市場の看板と豊岡中央青果地方卸売市場の施設
豊岡中央青果地方卸売市場の卸売業者である豊岡中央青果株式会社が誕生したのは、太平洋戦争終了直前の1945年5月であった。当時の社名は但馬青果株式会社であったが、78年の合併時に現社名となり、85年に豊岡水産物地方卸売市場と共同で卸売市場施設「豊岡綜合卸売市場」を設け、現在地(兵庫県豊岡市福田121-1)に移転した。
創立時から1990年前後のバブル経済期までの半世紀間は、日本経済の高度成長などの影響を受けて、豊岡中央青果地方卸売市場では青果物だけでなく、日配品や漬物などの加工食品の卸売高も右肩上がりで増加した。当然、卸売業者(豊岡中央青果(株))の利益は増え、経営はきわめて順調であった。
ところが、バブル経済の崩壊以後、経済基調がインフレからデフレに変化したことに加え、大手加工食品卸が但馬地域や丹後地域のスーパーなどへの直接販売を強化したため、果実と加工食品を中心に卸売高の減少が始まった。ピーク時の1991年には優に40億円を超えていた卸売額も、わずか数年の間に2割近くも減少した。しかも、生産者の高齢化などによる地元産地の生産力の低下によって、神戸市や姫路市などの中央卸売市場仲卸業者からの仕入比率が上昇し、それと相まって運送代の支出割合も上昇するなど、経営にとってのマイナス要因が増え、その結果、豊岡中央青果(株)の利益率は卸売高の減少率以上に低下した。
当然、卸売市場・卸売業者にとって何らかの改善策を推進する必要性が高まった。その際、最も重視したのが地元産地・生産者との連携であった。それは1978年に豊岡中央青果(株)が呼びかけ人となって、生産者に安定的な価格での出荷を促すために「豊岡中央青果生産者友の会」を結成するなど、もともと“地元の生産者と共に生きる”という姿勢がハッキリとしていたからにほかならない。ちなみに、現在の同会の会員数は豊岡市内の生産者を中心に約80人にのぼり、「ひょうご安心ブランド」(兵庫県の認証ブランドで、残留農薬が国の基準の10分の1以下を満たした農産物)の認証を受けたキャベツ、レタス、トマト、軟弱野菜(ほうれんそう、きくなほか)などを、年に250トン(6,500 万円)以上も豊岡中央青果地方卸売市場へ出荷している。
しかし、卸売市場の場合、さまざまな制度面での規制やJAなどとの関係、あるいは新事業のリスクの問題などもあって、生産者と直接に連携することは部外者が想像するほどに容易ではない。そこで採用された方策がグループ企業の設立、それも生産者との共生を経営基盤とする企業の設立であった。その一つが生産者から野菜の調製などの商品化を請け負う豊果アグリ(株)であり、もうひとつが豊岡市内で生産者と一緒に野菜生産そのものに直接従事する農業生産法人・(有)夢大地の設立であった。
豊果アグリ(株)(以下、「アグリ」と略称)は1997年4月、豊岡市土渕に、豊岡中央青果(株)の全額出資(資本金:1,000万円)で設立された。作業場288平方メートル、冷蔵庫140平方メートル、そして包装ライン(3ライン)、オゾン発生装置、製氷機などが据えられている。取扱品目は青ねぎ、こまつな、ちんげんさいなどで、調製・包装作業は38人のパートがこなしている。
アグリと生産者との連携の内容は、その設立目的から容易に知ることができる。現在でも重視されているそうした目的の一つは、手間暇のかかる調製・包装作業をアグリが引き受けることによって、生産者が野菜生産を拡大しやすいようにすることである。関係者の話によれば、生産者が収穫から出荷までの作業を全て自分でやるとなると、青ねぎの場合、1日に出荷できる数量はせいぜい10ケース程度にすぎないのに対し、アグリを利用すると60~70ケースの出荷が可能になるとのことである。実際、生産者は収穫したものを洗浄などすることなく、そのままコンテナに入れてアグリへ持ち込みさえすればよく、アグリでパートが枯れた外葉を取り除き、洗浄し、根をカットし、切り口を揃えるなどの煩雑な作業を行う。そのできあがった数量の1割程度を学校や病院、介護施設などへ契約販売し、残りのほぼ9割をさらに機械で袋詰めにした後、豊岡中央青果地方卸売市場へ出荷する。市場出荷品もアグリの物は人気が高く、豊岡中央青果(株)はそのほとんどを計画的に販売している。なお、現在、アグリに出荷している生産者は(有)夢大地と8軒の農家で、いずれも生産規模は大きく、その合計出荷量は「豊岡中央青果生産者友の会」の出荷量を大幅に上回る。
もうひとつの主な目的は、価格の安定化とコストの削減によって農業経営が安定的に収益を確保できるようにすることである。価格の安定化の方法は、アグリで取り扱う物のすべてについて兵庫県の「ひょうご安心ブランド」と豊岡市の「コウノトリの舞」の認証・認定を受け(写真2)、それによって“ブランド品”としての高品質を保証し、その上で豊岡中央青果(株)が前もって決めた価格で買い取るというものである。また、コストの削減は段ボール箱に代えてプラスチック・コンテナ(通い容器)を利用することで実現している。生産者がアグリに持ち込む時はもちろんのこと、アグリから豊岡中央青果地方卸売市場への出荷にあたってもプラスチック・コンテナが利用される(写真3)。コンテナの1回当たりの利用料は70円(毎回の洗浄料を含む)で、段ボール箱価格の半分程度にすぎない。かくして、経営の安定化が進み、それによって生産者の計画的な生産、あるいは生産規模の拡大がさらに進展すると言った好循環が強まってきているとのことである。
写真2 豊果アグリ(株)の包装用紙の「コウノトリの舞」と「ひょうご安心ブランド」
写真3 プラスチック・コンテナ(通い容器)で埋められた卸売場の風景
ちなみに、豊岡中央青果地方卸売市場では現在、野菜総卸売高のうち半分近くが地元(兵庫県但馬地域と京都府丹後地域)産であるが、さらにその地元産のうちのほぼ2割がアグリからの入荷品である。アグリの活動は生産者の経営の安定や生産規模の拡大に寄与すると同時に、同卸売市場の荷揃えにも大きく貢献していると言える。
農業生産法人・(有)夢大地(以下、「夢大地」と略称)は2003年3月に、豊岡市但東町に資本金800万円(出資者は豊岡中央青果(株)と20人の生産者・地主)で設立された。ただし、ほ場や農道の整備などは国・県・市の補助金を受けて進められ、総農用地8ヘクタール、そのうち露地栽培耕地が3ヘクタール、パイプ・ハウス(1棟当たり4アール)が75棟という近隣に例を見ないほどの大規模な農業生産企業の誕生となった(写真4)。主な生産品目は青ねぎ、ほうれんそう、こまつななどであるが、品目別の作付け規模を確定する際には豊岡中央青果(株)との事前協議をかかさない。
写真4 豊岡市但東町の(有)夢大地のパイプ・ハウス群
夢大地の活動内容も設立目的から容易に把握できるが、その第1の目的は兵庫県北部・京都府北部に企業として自立しうる施設型軟弱野菜作経営を確立し、それによって地域の農業後継者を確保すると同時に、野菜栽培技術の伝承も確実に推進していくことである。それゆえ、夢大地では常に研修生を受け入れており、現在も近い将来に農業経営で自立しようと計画している3人(1人は農家出身、2人は非農家出身で、いずれも20代後半)が研修に励んでいる。
第2の目的は、夢大地を雇用型農業経営モデルとすることによって地域における就業先を拡大し、若者はもちろんのこと、高齢者や女性でも就業しやすい雇用先を増やすことである。夢大地では現在、ほ場を管理する生産員(正規社員)が5人いるが、このほかに女性を中心に21人のパートが働いている。彼らの作業は定植、収穫、調製・包装など、高齢者や女性でも比較的容易にこなすことができるものである。
第3の目的は、消費者が求めている安心安全な農産物の生産・販売を促進することである。このため、現在、夢大地が生産・出荷する野菜は、アグリで取り扱っている野菜と同様、すべて兵庫県「ひょうご安心ブランド」の認証を受け、かつ豊岡市「コウノトリの舞」の認定を受けている(写真5)。「ひょうご安心ブランド」は先にも記したように、残留農薬が国の基準の10分の1以下の農産物だけを兵庫県が認証するものである。また、「コウノトリの舞」は野菜に関しては、各生産者のほ場ごとに土壌検査を受けて、「適正施肥」(過剰な肥料が施されていないこと)が豊岡市によって確認された場合に認定が受けられる。もちろん、夢大地としてはこれらの認証・認定を受けることによってブランド化を進め、高付加価値化に基づいた有利販売に結びつけたいとも考えている。
写真5 「コウノトリの舞」と「ひょうご安心ブランド」の
マークを取り入れた(有)夢大地の包装用紙
こうした目的の下、農薬を制限するために品質の確保や安定生産の点で苦労があるものの、各ハウスで年に6~7作を実現し、青ねぎの年間出荷量が40トンを超え、こまつなも90トン、そして販売額が年間で1億円に達するなど、大きな成果を上げつつある。なお、全出荷量のうち7割ほどをアグリ経由で豊岡中央青果地方卸売市場に出荷し、残りは自ら調製・包装した後に同卸売市場にダイレクトに出荷している。
以上みてきたように、近年、豊岡中央青果地方卸売市場では総卸売高のうち野菜が約7割を占め、そのうち地元産地(兵庫県但馬地域と京都府丹後地域)からの入荷が半分近くを占めている。そして、その地元産のうちアグリと夢大地の出荷分がほぼ2割を占めるものの、地元の農協であるJAたじまとJA京都からの出荷分も3割強にのぼる。しかも、過去10年間、野菜の卸売高はほとんど減少していない。これらのことは豊岡中央青果地方卸売市場(豊岡中央青果(株))が「豊岡中央青果生産者友の会」はもとより、アグリや夢大地の設立を通していかに産地に貢献しているか、またJAを含む産地がそのことをいかに高く評価しているかを明示するものにほかならないであろう。
兵庫県但馬地域と京都府丹後地域では、現在はもちろんのこと、将来においても農業はきわめて重要な産業であろう。もしも、農業が衰退することになると、地域そのものが衰退せざるを得ないことにもなろう。それゆえ、豊岡中央青果地方卸売市場(豊岡中央青果?)のように地元産地との“絆”を強め、地域を育てるとともに自分も育とうとする存在は不可欠と言える。今後も同卸売市場と地元産地との連携はますます強まることはあっても、弱まることは決してないであろう。