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調査報告(野菜情報 2012年1月号)


いちご農家の新たな取り組み

調査情報部 村田 宏美


【要約】

 作付面積20アールのいちご専業農家だった静岡県静岡市の中嶌章嘉さんは、直売所の開設を皮切りに有限会社なかじま園(以下、なかじま園という。)を設立し、こだわりのいちご販売により顧客の信頼を集め、ブランド化を確立させるなど、徐々に経営規模を拡大させていった。平成23年4月9日には農園カフェを開店し、加工品提供施設の運営という新たな取り組みに乗り出した。

1. なかじま園の概要

① 沿革

 なかじま園経営者の中嶌章嘉さんが就農したのは18歳の時で、それまではお茶、みかん、米を栽培する複合農家だった。中嶌さんは、みかんの価格低迷を機に昭和53年からいちご栽培も始め、平成6年にはいちご専業農家として作付面積を20アールとするようになった。その後栽培面積を広げ、販路拡大のため平成7年に直売所を開設した。訪れた顧客から評判が広まり、宅配注文の増加で売上が急伸。平成8年11月になかじま園を設立した時点では、作付面積は50アールになっていた。

② 概要

 なかじま園は現在、静岡市内のほ場75アールでいちごを生産販売し、加工とカフェ営業を行っている。
 生産量の約9割は生鮮販売。直売所での小売や全国各地からの宅配注文、地元スーパーなどでの販売となっている。また、残りの約1割は冷凍保存したいちごを加工用原料として提供したり、自社製いちごジャムとして加工販売を行っている。
 今年4月には農園カフェをオープンし、年間売上高(平成22年11月~平成23年10月)は8,500万円、従業員は正社員3人、常時雇用者8人、期間雇用者6人の計17人である。
 「ビジネスとは顧客への満足の提供。感謝の気持ちを忘れずに」という経営理念のもと、顧客からの信頼は厚い。

なかじま園

2. 経営規模拡大への取り組み

① こだわりのいちご栽培

 なかじま園では土にこだわった土耕栽培を行っている。作業は中腰で大変だが、これが一番だという。
 土壌分析は毎年行い、それに応じてたい肥と有機質肥料を自家配合し、栄養たっぷりのしっかりした土台を作る。土からしっかり栄養をもらったいちごは、病気や害虫に強く丈夫に生育するため、洗わずに食べても安全ないちごが出来上がる。
 また、水やハウス内温度の管理も重要で、章嘉さんが毎日ハウスを巡回し、「このハウスのいちごは何を欲しがっているか」を長年の経験から読み取り、調節している。与える水の量を控えるなど、厳しく育てればいちごの甘みは増すが、厳しすぎると次に花を付けなくなるため、その加減には熟練の技が光る。

土づくり

定植作業

 現在栽培しているいちごの品種は、章姫を主体にかおり野、紅ほっぺ、さちのか、やよいひめの5種。生鮮販売やジャムなどには甘みの強い章姫、酸味はあるが色合いの良い紅ほっぺやさちのかはカフェ用にと、それぞれの品種の特性で用途を分けている。
 収穫期間は11月中旬から6月中旬。朝の9時を過ぎるとハウス内の温度が上がっていちごが傷みやすくなるため、収穫作業は6時半から8時半くらいまでに行う。生鮮用として出荷するいちごは、プロの目で厳選した「こだわりのいちご」とすることでブランド化を図っている。

ハウス内の様子

② いちごの販売と加工

 朝摘んだ新鮮な完熟いちごは、直売所内でパック詰めなどの出荷作業をする。こうすることで、直売所へ買いに来た顧客へその新鮮さが伝わりやすいとともに、顧客の反応を確かめながら販売できるという利点がある。
 また、章姫は甘みが強い半面傷みやすいため、配送には気を配っており、受取人1件ずつに配達日時の確認連絡を取ってから発送したり、大粒商品の配送にはいちごの形状に合わせて包み込むように変形する空中ベッド容器「ゆりか~ご」を用いるなど、新鮮な章姫が確実に受取人の元へ届くようにしている。
 なかじま園の人気商品となっているいちごジャム。当初はいちごの収穫を終え手の空く夏場の作業として、冷凍しておいたいちごを用いていたが、人気とともに製造量も増え、現在は専用の従業員がいる。集客力を上げるため、なかじま園ならではの商品開発として、いちごの果肉が煮崩れしないように仕上げたプレザーブを開発するなど、商品数も増やした。

「ゆりか~ご」

③ 農園カフェ

 生鮮いちごのブランド化により、規格外のいちごが多く産出された。この規格外品の有効活用策として、冷凍したものの一部を自社製ジャムとして加工するほか、多くはジュースや氷菓用の原料として生鮮いちごの5分の1以下の値で販売していた。しかし、生鮮用と同じように手間を掛けた冷凍いちごに、より付加価値を高めて販売できないかと考え、農園カフェを思いつく。大きさや形状で規格外となったいちごを、自らで加工し直接提供することで新鮮さやおいしさを伝え、「なかじま園のいちご」のPRにもつながると、農園カフェを開設することにした。
 また、農園カフェ開設には従業員の通年雇用という目的もある。いちご収穫の最盛期は12~5月までで、6~11月は直売所を閉鎖するため、従業員の雇用を継続できなかった。しかし、カフェなら1年を通しての営業が可能であり、特に夏場が本格的な集客シーズンとなるため、通年雇用が可能となり、安定した人材確保にもつながる。
 農園カフェは、それまで集出荷・販売施設だった直売所に加工施設・カフェを併設し新設したが、オープンまでにはさまざまな苦労があった。
 たまたま飲食店を経営している知り合いがおり、たくさんのアドバイスをもらいながら進めていった。メニューは、街中のカフェとは違う「農園ならでは」のメニューを念頭に考案した。作るのはパティシエではなくなかじま園の従業員であるため、お菓子作りを基礎から習ったり、評判のお店へ食べに出掛けたりと、悪戦苦闘しながら何度も試作を繰り返し、納得のいくものを作り上げていった。生のいちごがない期間のメニューとして、メロンを栽培し、フレッシュなメロンパフェを提供したり、冷凍いちごを薄くスライスしたかき氷なども考案した。カフェのオープン前には業者などを集めて試食会を行い、量や値段、満足度などについてアンケートをとり、それを受けてメニューの改良も行った。また、お店の設計は専門家のアドバイスを受け、風通しの良い開放感漂う店内にした。客席からはなかじま園のハウスが一望でき、店内ではガラス張りの調理場で自分の注文したメニューが調理されていく過程や、調理場の隣で採れたてのいちごをパック詰めしている様子が見えるようになっている。
 このようにして、さまざまな思いや苦労の結晶である農園カフェがオープンした。

店内から見えるいちごハウス

苺のかき氷

ロゴの入ったパンフレット

④ その他の取り組み

 なかじま園は、いちごの生産・販売における実績から、平成20年度優良担い手表彰(全国担い手育成総合支援協議会主催)の農林水産大臣賞を受賞した。また、大企業ではなく、個人が行っている6次産業化の取り組みとして他の農業者が参考にしやすいため、認定農業者などが頻繁に視察に来るという。そんな時は、なかじま園のこれまでの経緯や苦労した点などを惜しみなく話している。
 宣伝戦略として、なかじま園のロゴマークやパンフレットを新たに作成したり、テレビコマーシャルやバスの車体広告も活用した。
 また、地元酒造会社との提携による「イチゴ酒」や、ジャムを原料にした飴も販売している。

3. 成功のカギ

 妻の正子さんによると、何といっても「実際に経営を行っている成功者」にアドバイスしてもらったのが一番良かったという。これまでいちごの生産に専念し、店舗の運営については全くの素人であったなかじま園では、カフェのオープンに際し、お店のイメージや設計、メニューの選定に至るまで、知り合いの経営者に何度も相談し協力してもらった。例えば、デザートの盛り付け方ひとつにしても、玄人は顧客が目を引く見せ方を熟知していて、素人とは目の付けどころが違っていたようだ。
 また、自治体など関係機関を積極的に訪れ、知識や人脈を広げたことも大きい。専門家の意見を聞くことで何かのきっかけをつかんだり、問題への対処法を見いだしたりと、経営戦略を身に付けることができた。また県が開講したマーケティング講座を受講した際には、実践販売を行った地元デパートで自社製いちごジャムを売り込み、その後の店頭販売を交渉、いちごジャムと生鮮いちごの販路拡大につなげることができた。

4. 今後の目標

 なかじま園のほ場75アールのうち、自己所有地は20アール、残りは借地。ハウス栽培ではある程度まとまった土地が必要だ。これまでの規模拡大には土地の確保に苦労していたが、来年は耕作放棄地を活用し、5アール増加の80アールでの作付を予定している。
 また、今後の経営規模拡大の方向性として、効率の良い契約栽培を考えているほか、街中へ2店舗目のカフェをオープンさせることも視野に入れている。
 夢の売上高1億円を目指し、今後も多くの方に喜ばれる商品を提供していきたいと張り切っている。

おわりに

 なかじま園では章嘉さんがいちご栽培に専念し、正子さんが運営を任されている。役割がしっかり分担されていることで、いちごの品質の高さを保ちつつ、時間と労力が必要な新たな取り組みにも手を伸ばすことができ、顧客の信頼と評価を得られたのではないか。
 また、なかじま園では補助金などの支援を受けていない。それらを活用するとしても、頼りすぎて自らが利益を上げる努力をしなければ将来的に良い経営にはならない、としており、支援する側とされる側の意識の重要性を感じた。
 最後に、調査にご協力いただいたなかじま園の皆様に、この場を借りて厚く御礼申し上げる。

写真提供:なかじま園


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