野菜業務部 調査情報部
本契約取引は、いずれも茨城県下にて加工・業務用野菜の生産・販売を行っている、いばらき農産物流通研究会と有限会社アクト農場が、それぞれ農家会員や協力農家を募り、JGAP(Japan Good Agricultural Practice:日本版GAPで「農業生産工程管理手法」のこと)の認証を取得するなどして、実需者である東京デリカフーズ株式会社のニーズに応じた加工・業務用野菜の契約取引を行っている取り組みです。
本稿では、「第三回国産野菜の生産・利用拡大優良事業者表彰」において、
○ 生産者と実需者間において、安全性の確保に向けた意思疎通が図られている
○ 流通関係者が産地の分散化を図り、契約数量の確保に取り組んでいる
○ 安全性を確保するために野菜生産工程管理などを生産者が導入している
○ 生産者側において、個々の生産者を組織化し、実需者のニーズに対応した出荷が可能となる体制を整備している
などの点が評価され、農林水産省生産局長賞を受賞した、いばらき農産物流通研究会(以下、「農流研」)、農業生産法人有限会社アクト農場(以下、「アクト農場」)、東京デリカフーズ株式会社(以下、「東京デリカフーズ㈱」)の三者による契約取引の取り組みについて紹介します。
農流研(茨城県小美玉市)は、茨城県中部の生産者および農業生産法人を会員とし、肥料メーカー、農薬メーカーなどを賛助会員とする任意出荷団体です。現在、会員数は37名、賛助会員は5社です。
自立した農家集団として信頼される生産者グループになることを目標に①農産物の生産、販売②農産物の集荷、配送③実需者ニーズに合った商品の開発④残留農薬、成分などの分析、JGAPの運用、管理などに取り組んでいます。
事務局は、農流研の一会員である有限会社ユニオンファーム(以下、「ユニオンファーム」)内に置き、農流研からの業務委託により同社代表取締役の玉造洋祐氏が事務局を運営しています。
現在、こまつな、にら、みずな、ほうれんそうなどの葉物を中心に20品目の野菜と米を生産し、年間の売上高は野菜がおよそ1.8億円(生産割合:施設野菜6割、露地野菜4割)、米が2千万円と年間を通じて生産・販売が行われています。
生産者の高齢化、後継者難などにより農家数が年々減少していく中、生産者向けに農薬、肥料、種苗などの農業資材販売店である「農家の店しんしん」を展開するアイアグリ株式会社の声かけで、生産規模拡大志向の強い生産者が集まり、契約取引により生産規模の拡大を図り、農家が自立して経営の安定を図ることを目標とした農流研を設立しました。
運営に当たっては、会員農家の既存の取引先を大事にするとの考えから、新規顧客の開拓においては、農家個々の取引先と重複しないよう配慮するなどして、農家の自立した経営を促しています。
農流研は、「実需者、消費者が満足し切れていない部分を補う農産物の供給」を目指し、それらの土台となる農産物の「安全」の確保に取り組むこととしました。さらに「安全」を表現する上で、実需者にとってわかりやすく、外部の評価を受けるなどした客観性も併せ持ったJGAPに取り組むこととし、すべての会員がJGAPの認証を取得することとしました。会員の中には、JGAPを知らない、方針に賛同できない生産者などいて、当初40名いた会員も15名程度に減少した時期もありましたが、事務局が中心となり、農家を回るなどしてJGAPの仕組みや「安全」確保の必要性を繰り返し説明することにより、3年の期間を経てようやく会員の意識の統一が図られました。
農流研にとってJGAPの取り組みは、農産物を生産、販売する上で特別なことではなく当然のことと捉え、安全の確保という土台の上に実需者が納得する価格、規格、品質、量といった条件を積み上げていき、実需者のニーズに応える農産物の供給を行うこととしています。また、そのような「安全」に係る取り組みが、実需者である東京デリカフーズ㈱からも信頼と高い評価を得ているところです。
現在、農流研が出荷する野菜の実に6割以上は東京デリカフーズ㈱に供給され、残りは市場外卸を経由して量販店などに供給されています。市場への出荷は行われていません。東京デリカフーズ㈱には、こまつな、にら、みずなが施設栽培により周年供給されています。
にらは、春には種した後、5月~6月にかけて定植が行われ、分けつ(茎の根に近い節から新しく茎が発生すること)させてから、翌年収穫します。また、こまつなおよびみずなは、は種から30日ほど(冬場は70~80日)で生育することから、年に7回程度の作付けが行われています。土作りは、ほ場に畜産のたい肥を投入し、土壌診断結果に基づき適正な土作りが行われています。
取引先である東京デリカフーズ㈱とは、特定非営利活動法人日本GAP協会を通じて知り合いました。野菜の取り扱いに関する価値観が近いとの判断により2006年から取り引きが開始されました。
実際の取り引きは、約1カ月前に東京デリカフーズ㈱から農流研に翌月分の基本数量の打診が行われ、農流研事務局が各会員農家に対応の確認を行い、数量を振り分け、毎週金曜日に翌週分の正式な発注が行われます。契約価格は、年間を通じた価格が設定されています。
天候不良による収穫量の減少や急な増量要請への対応は、会員間で数量の調整、調達が行われます。また、豊作などの過剰時の対応は、会員が各自の取引先への出荷を増加するなどして調整しています。各会員には、生産量の5割を契約取引向けの数量の限度とするよう取り決めています。
納品は、農流研が手配したトラック(冷蔵車)により東京デリカフーズ㈱の東京都足立区六町、保木間、神奈川県大和市の各加工工場まで配送されます。
農流研事務局の玉造氏は、契約取引に取り組む際の注意点として、「まず、生産者が自分の農場や生産状況を正確に把握することが重要である」と語っていました。農流研も過去には、欠品が生じ、対応に苦慮したこともありましたが、今では、天候不順を理由にしなくて済むようあらゆる場合を想定した作付けを心がけ、出荷量に応じて複数農場での生産によるリスク分散を行い、「団体として、いかにして欠品を出さず、安定供給を行うか」に力を注いでいます。その一つが土壌診断に基づいた土作りであり、JGAP手法を活用した生産者個々の意識および作業内容の統一化です。そうした実需者に対する安定した生産・供給が高値による安定した取り引きにつながると農流研では考えています。
また、一方で、現在取り組んでいる契約取引について玉造氏は、「生産サイドとして、実需者(特に外食、中食)のニーズが今ひとつ理解できない面がある」「川上と川下のコミュニケーション不足ではないか」「お互いの理解促進を卸などの中間業者が担ってほしい」「生産者にとって思いもよらない需要があらゆるところにあると思うので、色々な実需者とのマッチングも重要」などと生産者と実需者のマッチングの重要性について語っていました。
今後については、「ごぼうやにんじんなどの根菜類の加工向けの生産を強化し、対応が困難と言われているニーズに対応した規格による生産に挑戦してみたい」と抱負を語っていました。
アクト農場(茨城県茨城町)は、2002年に設立された農業生産法人です。社員9名、パート30名、数名の外国人研修生により、栽培面積約15ヘクタールにパイプハウスや鉄骨ハウスなどの施設を利用してこまつな、みずな、ルッコラ、しゅんぎく、セルバチコ、トマトなど、葉物野菜を中心とした野菜の生産と、肥育牛による畜産の経営が営まれています。
また、アクト農場には5軒の協力農家があり、協力農家と野菜の作型の統一化を図り、数量の調整をしながら出荷が行われています。野菜は100パーセント近くが契約取引により販売され、野菜の年間の売上高はおよそ2億円。そのうちの3割は東京デリカフーズ㈱が占め、このほか無農薬野菜を通信販売している会社や、生協、大手量販店などと取り引きがあります。
現在、東京デリカフーズ㈱へは、こまつな、みずな、ルッコラが納品されています。いずれも冬場以外は、は種からおよそ1カ月で収穫が可能であり、ルッコラは年間5回程度、こまつな、みずなは6回程度の作付けが行われています。
完全無農薬、無化学肥料による生産であることから、栽培技術の研究と土作りに力が注がれています。野菜の成分チェックは取引先である東京デリカフーズ㈱から毎月通知される野菜の成分分析の結果を参考とし、また、それら野菜の品質や成分、病害虫の抵抗力を左右する土壌成分については、自らも窒素、リン酸、カリウム、鉄、マンガンや硝酸態窒素の残留度などを検査するなどして、適正な土壌条件となるよう試行錯誤を繰り返しながら土作りが行われています。土作りに欠かせないたい肥は、自家製の畜産たい肥を利用し、コストの削減にも役立っています。さらに、除草剤も一切使用していないことから、生産に最も時間と労力を必要とする除草は人力で行われています。
東京デリカフーズ㈱との取引は、約8年前から開始されました。当時、東京デリカフーズ㈱が外食チェーン店に納めていたルッコラに欠品が生じたことがあり、千葉県の農協を通じて紹介されたことがきっかけです。
実際の取引は、出荷の一週間前に、アクト農場、東京デリカフーズ㈱の双方が、品目ごとに翌週分の希望数量を提示し、取引数量が決まります。アクト農場は5軒の協力農家と調整を図りながら注文に応じます。農流研と同様に、発注量に応じきれない場合は、協力農家以外のほかの法人などから調達し、余剰を来たした場合には、個別農家の取引先などに出荷されます。
協力農家は、出荷前日の午後に収穫し、農家の予冷庫で一晩芯まで冷やし、翌日の午前中に農流研の手配した農家を巡回する集配車(冷蔵車)に積み込み、農流研の野菜と一緒に運ばれます。この場合の輸送費の支払いは、ほかの実需者への積荷の数と合わせて後日運送会社から直接アクト農場に請求が行われます。
アクト農場代表の関治男氏は契約取引について、取引価格が安定していることと、実需者と直に会話が出来ることが契約取引の良い面であるとし、悪い面は、数量に縛られることだと言います。ある大手量販店とのこまつなの取引においては、年間を通じて一日当たり50ケース(1,500束)を納品することとしていますが、このように数量がコンスタントに決められている場合は、まだ、対応しやすいものの、予期せぬ急な発注および増量の要請は精神的にも負担になると言います。
関氏は、契約取引をはじめるのであれば、初めは生産量の2割~3割を目処に行い、生産状況の把握ができた段階で割合を6割程度に増やすやり方が望ましく、最終的に9割も可能ではないかと自身の経験を踏まえて述べています。自身が生産量の9割以上を契約取引に回していることについては、東京デリカフーズ㈱のように、ある程度取引数量を柔軟に設定し、「物がない時はしょうがない」ということを理解してくれる顧客に恵まれたからと言います。しかし、その一方で、天候不順などにより、物がないことを理解しつつも、最後まで契約の履行を求める実需者からは、契約行為の厳しさを教わり、その時の正直かつ真剣な対応がお互いの信頼関係を深め、成長につながるとも言います。
今後の契約取引についてアクト農場は、規模拡大を図るなどして再生産が可能となる価格による契約取引を実現し、地域の雇用にも貢献したいとし、さらに、野菜を加工するなどして付加価値を高め、実需者にとって利益を得ることが理解できる商品の開発・販売を行いたいとしていました。
東京デリカフーズ㈱は、契約農家、荷受、仲卸などから野菜を仕入れ、ホール野菜(加工などの処理を施していない状態の野菜)、カット野菜などの状態で、外食・中食産業などの実需者に業務用野菜を供給する中間流通業者です。
現在同社が取り扱っている原材料はおよそ350品目あり、そのうち約320品目を野菜が占めています。また、野菜以外の品目では、果物、乳製品、豆腐、卵などがありますが、野菜が総売上の9割以上を占めています。
現在300社(8千店舗)の企業と取り引きがあり、その内訳はファミリーレストラン(5割)、居酒屋チェーン店(2割)、ファストフードチェーン店(2割)、総菜・学校給食など(1割)となっています。
東京デリカフーズ㈱が取り扱う野菜の8割以上は国産であり、そのうち6割~7割は産地から調達しています。50~60団体にも及ぶ全国の生産者、農業法人からなる産地との契約取引により、年間を通じた原料の調達が行われています。生産者の中には、全量を東京デリカフーズ㈱に仕向けている者や同社との取引額が2億円以上にものぼる者もいます。10年ほど前までは、全量を市場から手当てしていましたが、自社開拓や生産者からの紹介などで徐々に契約産地を増やしていきました。産地との取引を通じ、ユーザーの要望を直接産地に反映することができるようになり、また、仕入れコストの削減にもつながりました。
一方で、全取扱量の2割弱程度は、実需者の要望に応じて品質および安全性に問題が無い輸入物を取り扱っています。
取り扱う品目は、海外産が主力のレモン、フルーツなどと、中国産を中心とした、たまねぎ、にんにく、長ねぎなどです。これまでにんじんをほぼ全量国産に切り替えるなど、徐々に輸入物は減らす方向で取り組んでいますが、にんにくは中国産の価格が上昇しているとはいえ、依然、国産価格との開きが大きく、今後の課題となっています。
東京デリカフーズ㈱では、生産者を自社カット工場に招き、現場説明会を開催しています。また、自らも頻繁に産地に足を運び、生産者と交流を図るなどして、お互いの立場の理解に努めています。
このような取り組みは、生産者にとっては、さまざまな実需者ニーズを直に感じる機会となり、東京デリカフーズ㈱にとっては、産地の状況把握に役立ちます。交流の機会を増やすことにより徐々にお互いの立場が理解でき、信頼関係が深まってくると、「ケース単位から重量単位による取引への変更」「包装の簡略化」「販売代金の月2回の支払い」など、契約取引に新たなアイデアや仕組みが組み込まれており、取引の形態が進化する様子がうかがえます。
東京デリカフーズ㈱営業部長の古賀雄一氏は「生産者からは契約数量を超えて引き取る場合もあるし、逆にこちらの急な発注、増量の依頼を聞いてもらうこともあり、生産者とは『持ちつ、持たれつ』の関係が基本となる。あまりにも企業的な対応では農業分野に受け入れられない」と産地との関係について語り、契約取引を一言で表現するならば、「信頼と責任の連鎖である」と言います。
また、今の青果物の流通の在り方については、外見重視の野菜を客集めの道具として低価格で販売するのではなく、中身を重視し、適正な価格で販売すれば、生産者のやる気を引き起こすことにもつながるのではないかと語っていました。
【東京デリカフーズ株式会社の紹介】
東京デリカフーズ?(東京都足立区)は、1984年12月に設立されました。持株会社のデリカフーズ㈱のほかに名古屋デリカフーズ㈱、大阪デリカフーズ㈱、デザイナーフーズ㈱、㈱メディカル青果物研究所が関連会社としてあります。
「日本農業の活性化」「国民の健康増進」「環境保全」を目標に掲げ、ホール野菜、カット野菜の販売のほか、野菜の中身評価、成分分析などさまざまな取り組みを行っています。
2009年には、「Farm to Wellness倶楽部」(事務局:デリカフーズ㈱内)を立ち上げました。同倶楽部は、①野菜の評価を実施する「評価部門」、②流通におけるインフラの整備と活用を推進する「IT部門」、③農業経営をサポートする「経営部門」、④実需者ニーズを生産者に伝え、産地の状況を実需者に伝える「マーケティング部門」の4つの部門を土台として、幅広い分野の会員に対して情報の収集・提供、実務的な支援が行われています。
本契約取引は、以下の点が特徴的であると考えられます。
1点目としては、本契約取引では、こまつな、みずななど、露地物に比べ天候の影響を受けにくい施設を利用した葉物野菜を中心とした取り引きが行われている点です。葉物野菜は、根菜類などのほかの野菜と比べると生育期間は短く、そのことが、害虫による被害の軽減や出荷量の調整などをしやすくしていると考えられます。
2点目としては、農流研、アクト農場の両者ともに農家会員、協力農家があり、東京デリカフーズ?も全国に複数の契約産地を保有している点です。これは、生産者と実需者双方に数量調整機能が備わっているということであり、その分だけリスクの回避を行いやすく、調整の幅が広がることを意味しています。
3点目としては、農流研、アクト農場、東京デリカフーズ㈱の三者が、「安全・安心の確保」「品質と機能性の向上」「野菜の価値を見直した新たな需要の開拓」といった価値観を共有している点が挙げられます。生産者と実需者が同じ価値観を共有すれば、契約取引をより効率的、有効的に運営することが可能となると考えられます。
4点目としては、東京デリカフーズ㈱との契約取引の形態が、あまり書面に縛られず、ある程度余裕を持たせた内容である点です。これにより、農流研、アクト農場の欠品に対する負担が軽減されるだけではなく、東京デリカフーズ㈱にとっても両者に対してある程度柔軟な発注が行われるなど、その時々の状況に応じた弾力的な取引を可能としています。もちろん、そのような取引を可能としているのは、農流研の会員農家およびアクト農場の協力農家の協力関係、東京デリカフーズ㈱の全国の契約産地による調整機能であり、加えてそれぞれのネットワークを活用した契約取引に対する信頼関係であることは言うまでもありません。
以上の点から、本契約取引は、契約取引にとって重要となる「調整機能」「生産者と実需者の共通認識」などを兼ね備えた取り組みであり、契約取引を推進する上で参考になる取り組みであると考えられます。