野菜業務部
調査情報部
本稿では、平成22年3月23日に開催された「第三回国産野菜の生産・利用拡大優良事業者表彰」において、
○ 水田農業地域において、本取り組みにより安心して野菜栽培を行う環境を提供している
○ グループの原料を使った商品を開発・販売し、地産地消に貢献している
○ マーケティング担当の育成・資質向上のため、研修などに積極的に参加しているなどの点が評価され、農林水産省生産局長賞を受賞した全国農業協同組合連合会滋賀県本部(以下、「全農滋賀県本部」)とカルビー湖南株式会社(現カルビー(株)湖南工場。以下、「カルビー(株)」)のばれいしょの契約取引の取り組みについて、紹介します。
。
受賞者と関係者の皆さん
本契約取引は、稲作中心の滋賀県において、全農滋賀県本部が複数の農協と連携をとりながら県内の産地を束ね、契約取引によりカルビー(株)にポテトチップなどの菓子原料用生ばれいしょを供給する取り組みです。
取引開始初年度となる平成20年度の実績は、産地数1、作付面積1ヘクタール、供給量約40トンでしたが、わずか2年後の平成22年度には、産地数5、作付面積約7ヘクタール、供給量約200トンを計画するなど、取引の規模は着実に拡大しています。
(契約の内容)
契約の締結は毎年度、全農滋賀県本部、カルビー(株)、カルビーポテト(株)(カルビーグループの原料仕入れ部門)の三者により「品種」「規格」「荷姿」「受け渡し期間」「受け渡し数量」「キログラム当たりの単価」などが取り交わされており、規格外の小玉ばれいしょについても別価格にて取引が行われています。
(作型と省力化への取り組み)
品種は、加工原料用として糖分が少なくフライに適した「トヨシロ」が採用され、種いもは、全農滋賀県本部が手配し、農協を通じて生産者に配布します。種いもの植付けは2月下旬から3月上旬、収穫は6月下旬から7月上旬にそれぞれ行われます。ほ場から工場への輸送にはカルビー(株)専用の通い容器(鉄製コンテナ)が使用され、受け渡し数量は、総重量から土砂分相当量(5パーセント)を差し引いた重量としています。
また、植付け、防除(薬剤などの散布)、中耕培土(ばれいしょの緑化防止と肥大の均一化のための盛り土)、収穫などの作業はほぼ機械化が図られています。使用する機械は、多目的作業機や汎用性のあるものが使用され、収穫機に至っては九州などほかのカルビー(株)の契約産地からレンタルするなど、作業の省力化と低コスト化を併せて図っています。
全農滋賀県本部は、県内の農協と連携を図り、県内の小規模な複数の産地とカルビー(株)の間で調整、とりまとめ、契約取引の推進などの役割を担い、本契約取引が円滑に進み両者に利点のある取引となるよう努めています。
具体的には、ばれいしょの栽培経験のない産地に営農担当者を派遣し技術指導を行ったり、全農滋賀県本部独自の「担い手助成制度」を活用し、資材費などの経費の一部を補助しています。また、県内の農協や生産法人などを対象とした契約取引に関する説明会を開催するなど、本契約取引への参加を呼びかけています。
(契約取引のきっかけ)
全農滋賀県本部は、事業の重点施策に「青果物直販事業の拡大および実需者向け販売体制の強化」を掲げています。また、カルビー(株)は、県が事務局を持つ「滋賀県食品産業協議会」のメンバーで、そのことがきっかけでカルビー(株)の地元での作付拡大への課題および県が推進する「地産地消」と併せ、県がカルビー(株)に全農滋賀県本部を紹介する形で本契約取引が開始されました。
全農滋賀県本部生産資材部の中川氏によれば、産地を拡大する上でほ場条件が重要であり、一定の収量を確保するにはばれいしょの生産に適する土壌であることや、省力機械化体系による単位面積の確保、収穫時の搬出作業や輸送するための道路条件も必要であり簡単には拡大できないが、機械化による原価償却費を考慮すると、1産地当たりおよそ10ヘクタール以上の作付けを目標に産地化に取り組んでいるとのことでした。
(今後の方針について)
全農滋賀県本部としては、今後も引き続き県内農協と協力して生産者に対して原料用ばれいしょの契約取引の普及に努めるとともに、作業の省力化に向けた機械化体系の確立に取り組むことにより規模拡大を図り、農家経営の安定とカルビー(株)への安定供給を目指すこととしています。
カルビー(株)では、土付き生ばれいしょは植物防疫上輸入が制限されていることから、菓子原料用に国産ばれいしょを使用してきました。現在、同社は、全国各地の契約産地から調達していますが、北海道産から府県産へと産地が移動し品薄となる6月に、いかに安定的に原料を確保するかが従来からの課題となっていました。
この課題の解決に向けた取り組みである本契約取引は、カルビー(株)と野洲市内の1戸の農家との直接取引に始まります。当時、カルビー(株)の川崎氏は、工場周辺の田園地帯における原料用ばれいしょの産地化を思いつき、稲作農家を個別訪問し、原料用ばれいしょの作付けを依頼しました。ほとんどの農家が興味を示しながら、取引には至らなかったものの、手を上げた農家1戸と、直接取引を開始しました。
(地元産原料使用のメリット)
カルビー(株)にとって地元からの原料調達は、「原料の輸送コストの削減」「輸送にかかるCO2排出量の削減」「新鮮な原料の入手」といったメリットがあるほかに、「地域に密着した商品の開発・販売」など、販売面においても効果が期待できる取り組みとなりました。
(取り組み内容)
カルビー(株)の工場敷地内に設置された貯蔵庫は、天候不順などによる原料供給量の変動への対応が可能となると同時に、契約取引に安心感と余裕を持たせる効果も期待できます。そのほかにも、全農滋賀県本部と同様に産地にフィールドマン(営農指導員)を派遣し営農指導に力を入れるとともに、全農滋賀県本部および生産者と作型、栽培方法などについて検討を重ね、円滑な生産に努めています。
また、販売面においては、地産地消を心がけ、県産品を使用した商品の開発・地元での販売に積極的に取り組んでいます。
(今後の課題など)
原料用ばれいしょの契約取引に係る今後の展望について川崎氏は、近畿および中部圏内のばれいしょの生産量がほかと比べると少ない中、県産品に強い愛着がある滋賀県の消費者ニーズに応えるために、滋賀県内を中心に工場から近い産地の育成に取り組んでいきたいとしています。
【カルビー湖南株式会社の紹介】
昭和51年11月にカルビー(株)の滋賀工場として設立されました。平成17年4月には地域ごとに独立して商品開発などを行う「カンパニー制度」を導入し、本社から分社化してカルビー湖南(株)となり、地域に密着した商品開発を行ってきました。また、一方では、地元滋賀県内に原料用ばれいしょの産地を形成することにより原料の輸送距離の短縮を図り、輸送コストの削減とCO2の削減を同時に行いました。特にCO2の削減は、財団法人滋賀県地球温暖化防止活動推進センター主催の「CO2ダイエットコンテスト」において、平成20年度のグランプリに選ばれるなど、環境面でも高い評価を得ています。
その後、平成22年4月にカルビー(株)と合併し、カルビー(株)湖南工場となり現在に至っています。
(農事組合法人ファームにしおいそ)
本契約取引に関係する県内3農協のうち、グリーン近江農業協同組合管内の農事組合法人ファームにしおいそ(代表理事安田惣左衛門)(以下、「ファームにしおいそ」)の取り組みや同法人の農業経営について紹介します。
(産地の概要)
ファームにしおいそは、琵琶湖の東岸に位置し織田信長が築城した安土城で有名な近江八幡市安土町にあります。安土町の年
平均気温は約14度、年間降水量は約1,550ミリで稲作を中心とした水田地帯が形成されています。
(ファームにしおいその概要)
ファームにしおいそは平成13年1月、集落を一つの農場と見なした協業経営体による持続可能な営農を目指して西老蘇営農組合として設立され、その後平成22年3月に組織の法人化に伴い、現在の農事組合法人ファームにしおいそとなりました。ファームにしおいそは、農家、非農家にかかわらず、集落内のほぼ全戸に当たる82戸(平成22年現在)を構成員とし、稲作を中心に、大麦、小麦、大豆(白大豆・黒大豆)、小豆、ばれいしょなどの生産を行っています。 ファームにしおいその最大の特徴は、企業的経営感覚を取り入れた組織運営であり、「高収益をもたらす品目の選定」「収支分析によるコストの削減」「労働時間の削減」「高品質・安定生産に向けた栽培技術の研鑚」などが徹底して行われていることです。
(過去の実績の分析)
作付けは、過去3年程度の実績による貢献利益の高い品目が優先的に選ばれます。その後、作付計画、収支計画を作成し、役員会の了承を得た上で作付けとなります。同様に帳簿や作業日誌などに記載のある収入、支出、労働時間、作業手順などの過去の実績をデータ化し、それを分析することによりコストや労働時間の削減を図っています。
(ばれいしょの生産)
ファームにしおいそにとって米以外の作物生産への転換は、将来的な米の消費量の減少、米価の下落、さらなる米の生産調整を見越してのものです。その中でばれいしょは、転作奨励金が無くても10アール当たり2.5トンから3トンの収量があれば米に匹敵する収益が期待できること、また、10アール当たりの労働時間も平成20年度70時間、平成21年度60時間と短縮が図られており、キャベツやたまねぎなどほかの野菜と比べてもかなり少ないことから、米に代わる有望な作物として導入されました。安田代表理事によると、10アール当たりの労働時間が50時間を下回れば規模拡大が可能となり、最終的な目標は40時間であること、コスト面では、10アール当たり12万円まで経費を抑えられれば、再生産が確保できるとのことです。
(栽培技術の確立と土づくり)
ファームにしおいそでは、日ごろから高品質・安定生産に向けたばれいしょの栽培技術の確立に力を注いでいます。特に、転作当初は、県の普及指導員や全農滋賀県本部およびカルビー?の営農指導員の指導を受けながら、構成員自らも九州を始め全国のばれいしょの優良産地に足を運び、肥培管理、畝間、株間、防除、畝の向き、覆土の量などを研究するなどして栽培技術の習得に励みました。また、作物の生産に欠かせない土づくりについては、毎年農協に依頼した土壌分析結果に基づき、ほ場に応じた施肥設計を行い、近隣の養豚、養鶏農家のたい肥をほ場に投入するなどしています。さらに、化学肥料、農薬の使用量を5割以下に抑えるなど、琵琶湖をはじめとする周辺地域の環境にも配慮した生産が行われています。
(ばれいしょの生産規模の推移)
以上のような取り組みの結果、ファームにしおいそにおける原料用ばれいしょの生産は、初年度(平成20年度)は作付面積1ヘクタール、収穫量約40トン、10アール当たりの単収約4トン、10アール当たりの延べ労働時間約70時間、経費19万円であったものが、平成21年度は、作付面積1.4ヘクタール、収穫量約42トン、10アール当たりの単収約3トン、10アール当たりの延べ労働時間約60時間、経費17万円と収益性は向上し、労働時間およびコストは下がっており、現在、さらなるコストおよび労働時間の削減に向けて取り組んでいます。
(契約取引について)
安田代表理事は、農産物の生産は、毎年気象条件が異なることから試行錯誤の連続であるが、農産物の契約取引において、生産者は実需者のニーズに合った、喜んでもらえる農産物を生産する必要があり、実需者の満足感を維持できる農産物の栽培方法の確立が非常に重要であるとしています。その一方で、同理事は一つの作物の栽培技術の修得に最低でも5年は要することや、農業収入の減少により耕作放棄地が増加することに対して、国をはじめとする行政関係者は現場の実態を承知すべきという考えを持っています。
稲作中心の滋賀県下におけるばれいしょの産地化については、栽培経験が乏しいことから、当初は生産者の理解が得られにくかったことが推察されます。しかし、全農滋賀県本部を中心に産地化を推進し、徐々に作付面積が拡大していった背景には、主に2つの要因があったと思われます。
1点目としては、冒頭で触れたとおり、生産者に安心して生産できる環境を提供していることです。栽培経験の乏しい生産者にとって、行政、系統組織、実需者からの栽培技術などの支援は何よりも心強く、また、カルビー?のばれいしょの貯蔵庫も、契約数量の確保という生産側のリスクを軽減するのに役立つなど、生産者を取り巻く支援体制が、安心して契約取引に臨める環境作りに大いに貢献し、生産意欲を高めたものと思われます。
そして2点目は、本契約取引の特徴として、生産者、実需者、消費者が同一地域に存在している地産地消の観点が盛り込まれていることです。カルビー?が地元向けに開発した新商品が、発売から10日以内に売り切れたことからも、地場産ばれいしょを使用した商品に対して消費者が親近感と安心感を持ち、購買意欲が高まることは明らかです。また、そのような商品の好調な売れ行きが結果として生産者の生産意欲を刺激し、さらなる生産規模の拡大へとつながることが期待されます。
本事例で示されるように、契約取引においては生産者が安心して生産に取り組める環境作りが何よりも重要です。さらに、契約取引を継続させるには、単なる産地から実需者への原料の供給に終わることなく、地産地消などの商品の付加価値が実需者の販売に好影響をもたらし、ひいては生産者の作付け意欲を刺激するといった好循環する仕組み作りが効果的であると考えられます。
ばれいしょのほ場の様子