日本大学生物資源科学部教授 下渡敏冶
いわゆる「攻めの農政」の一環として、農林水産物輸出促進事業が政府の重要な政策課題となって以降、農林水産物の輸出事業に参入する地方自治体や農業団体などの輸出主体が大幅に増えている。人口減少によって国内市場が縮小過程をたどる中で、世界的な日本食ブームやアジア市場の著しい経済成長を背景に、新たな販路を見いだそうという気運が高まっていることがその背景にある。
福岡県は、政府の輸出促進事業に先駆けていち早く海外での県産品の販路拡大を進めてきたパイオニア的な自治体であり、既に年間10億円以上の輸出実績を達成している。福岡県では、平成20年4月に農林水産部内に輸出促進室を設置し、農産物輸出20億円(平成22年度)を目標に、平成20年12月にはJA福岡中央会と県が発起人となり、今後の輸出事業の中核的役割を担う「福岡農産物通商株式会社(以下、「福岡通商」と略す。)」を設立した。さらに平成21年10月には、輸出向けの新商品開発を支援し、県産品の輸出拡大を後押しすることを目的に、福岡銀行、西日本シテイ銀行、県信連などの協力を得て「県産農林水産物輸出応援農商工連携ファンド(以下、「農商工連携ファンド」と略す。)」を創設するなど、県産品の輸出拡大に意欲的に取り組んでいる。
以上の動きを踏まえて、本調査では、福岡県と関連団体が連携して取り組んでいる農産物輸出事業に焦点を当てて、これまで県が実施してきた事業の内容と農商工連携ファンドの創設に至る経緯の概略を紹介するとともに、同ファンドの創設および福岡通商の設立とその狙い、農商工連携ファンドの助成内容などについて検討する。最後に、県内最大の輸出実績を持つJAふくおか八女を対象に、同JAにおけるいちご(あまおう)の生産および輸出への取り組みとその課題について検討し、今後の農産物輸出事業の将来を展望することにする。
多くの地方組織が輸出事業に新規参入する中で、福岡県の取り組みは地方自治体はもとより多くの輸出産地、あるいは今後輸出事業を計画している輸出事業者に多くの示唆を与えるものと思われる。
福岡県は全国屈指の農業県であり、米、麦のほか、いちご、なす、セルリー、春ねぎ、しゅんぎくなどの野菜類、かき、キウイフルーツなどの果樹類、輪ぎく、ガーベラ、ばら、洋ランなどの花き類、苗木・植木類、緑茶やい草といった特産品までさまざまな農産物が生産されている。これらはいずれも栽培面積や生産量、産出額などにおいて全国的にも上位にランクされる品目であり、上位10位以内(産出額)に入る農産物としては、米が436億円と最大で、以下、いちご175億円、鶏卵137億円、生乳94億円、庭園樹苗木72億円、なす66億円、ぶどう62億円、きく59億円などがあり、これら10品目で全産出額のおよそ6割を占めている(図1)。
しかしながら、本県においても農業就業者の高齢化と基幹的農業従事者の減少が続いており、基幹的農業従事者の2人に1人は65歳以上、主な園芸産地の担い手の3人に1人は60歳以上という状況にある(図2・3)。さらに需要面では、少子高齢化に伴う人口減少社会の到来によって農産物の国内市場が縮小傾向をたどるなど厳しい経営環境に置かれている。
図1 品目別農業産出額割合(平成20年)
図2 農業就業人口の推移(福岡県)
図3 主な園芸産地の年齢構成(福岡県)
こうした中で、福岡県は中長期的に厳しい経営対応を迫られる県内産地の活性化の手段として、いち早く農産物の輸出事業に着手し、大きな成果を収めている。幸い、福岡県は温暖な気候に恵まれ、冬期にも野菜などの青果物の生産が可能であることや、経済成長によってブランド農産物や食料品の需要が増大しつつある東アジアや中国などの新興国に近いことから、地理的な優位性を活用して県産品の新たな販路拡大をアジアを中心とする海外市場に求めたい考えである。現在、食の安全・安心志向や健康志向などを背景に、日本食と日本食品への需要が高まる中で、これを福岡産農産品の市場拡大のチャンスと捉え、「攻めの農業」の一環としての輸出事業を農政の重要な柱に位置付けている。
福岡県が農産物の輸出事業に着手したのは、平成4年度である。その後、13年度にかけての10年間は、香港にアンテナショップを出店し、県産品のPRや市場調査を実施するとともに、県内では産地や生産者に対して輸出への啓発活動を行なった時期であり、「啓発・普及期」と位置付けている。
平成14年度から15年度にかけての「販路開拓期」には、香港、台湾での商談会や量販店での試食会のほか、上海市場に対してテスト輸出を実施するなど、輸出を実施するに当たっての課題や問題点を洗い出す作業を実施している。
平成16年度から19年度までの4カ年は、香港、台湾に対して積極的に輸出拡大に乗り出した時期である。平成17年度には中国向けに、なしが輸出された。さらに、これまで未開拓だったシンガポール、タイ、米国、欧州などの市場に対しても販路の開拓に乗り出した時期であり、「販路開拓・拡大期」と位置付け、平成18年度にはシンガポールにいちごとぶどう(巨峰)を輸出し、米国向けにはいちごを試験的に輸出した。翌19年度にはタイ向けのいちごの輸出が本格化し、八女茶を欧州、米国の見本市に出展した。
そして「飛躍期」と位置付けた平成20年度以降は、輸出事業を福岡県農業の重要な柱にするための試金石となる時期であり、農林水産部内に輸出促進室を設置し、福岡通商を設立するとともに、農商工連携ファンドを創設し、組織と資金の両面において新たな輸出商品の開発や輸出事業を支援する体制が整ったといえよう(図4)。また、平成20年度にはロシア向けにいちごのテスト輸出と市場調査も実施している。
図4 福岡県の農産物輸出事業
図5は、福岡県が世界各地で実施している主な輸出事業の概略を示したものである。最も輸出への取り組みが早かった香港に対しては、一昨年夏に開催された「アジア・フルーツ・ロジスティカ2008」に、なし、ぶどう、いちじく、きゅうり、なす、万能ねぎ、えのき、しめじ、アスパラガスを出展し好評だった。輸出の目玉商品であるJAふくおか八女産のいちご(あまおう)は、継続的に香港市場に出荷されており、設立後間もない福岡通商が取り扱う主力商品となっている。また昨年1月には、福岡ブランドマークを活用した「福岡フェア」を香港およびマカオの量販店で開催しており、フェアには、「あまおう」、かき、みかん、キウイフルーツ、かぶ、青ねぎ、明太子が出展された。シンガポールでは、現地の量販店で開催された「福岡フェア」および「あまおうフェア」に、「あまおう」のほか、なし、ぶどう、いちじく、富有柿、キウイフルーツを出展した。タイ(バンコク)の量販店で開催した「福岡フェア」、「あまおうフェア」にも同様の商品を出展した。さらに米国では、アナハイムで開催された「Japanese Food & Sake Festival 2009」に「あまおう」、八女茶、加工食品を出展したほか、ロサンゼルスでは八女茶のPR会を開催するなど、県産品の販促活動に対して支援を行っている。
以上のように、福岡県では農産物の輸出事業がほとんど注目されることのなかった平成4年当時にいち早く農産物輸出の重要性を認識し、独自の輸出事業に着手し、着実にその成果を挙げている。
図5 各国・地域における福岡県産農産物輸出事業の概略
平成20年12月、福岡県は①農産物販売チャネル多様化の一環として、より一層の輸出拡大を図ることと、②アジア市場を中心に美しく、おいしく、かつ安全な福岡県産農産物の輸出拡大を図り、海外市場のニーズに応えるとともに、県内農家の所得向上を目指すこと、③魅力ある地域特産品の開拓・開発を推進し、一次産品の販売強化を図ることを目的に、JA福岡中央会をはじめ、JAグループ福岡と連携して福岡通商を設立した。社員9名(うち県職員3名、JAの職員2名、契約社員4名)である。その後、県内の21の単協、九州電力、西日本鉄道、JR九州、福岡大同青果、県茶商工業協同組合、県酪農協、県畜産協会などの協力を得て、資本金も7,955万円(2009年7月3日株式払込終了)となっている。福岡通商は、顧問に知事、JA福岡中央会会長が就任し、代表取締役社長には県から民間経験のある職員が派遣されている(図6)。
図6 福岡通商の組織体制
福岡通商は、上記の設立趣旨に基づいて①農林水産物、加工食品、その他商品の売買業務、②貿易コンサルティング業務、③海外市場におけるマーケティング業務、④上記業務に付帯する一切の業務を担当している。
今後の活動方針としては、①新規の販路開拓、②顧客との信頼関係の構築、③海外市場のニーズと商品調達に関する情報収集と蓄積、④顧客ニーズへの迅速な対応、⑤提案商品の情報集約・蓄積、⑥品質や価格など商品競争力の強化、⑦効率的な物流体制の構築、⑧コスト削減による収益確保を挙げている。以上の活動方針に沿った中期事業計画を示したのが図7である。
図7 福岡通商の今後の事業計画
平成23年度から本格的な農産品の輸出を計画しており、今はその準備段階にあるといってよい。翌24年度には輸出などによって6億円の売り上げを見込んでいるが、会社設立後間もない20年度の輸出実績は香港向けいちご(あまおう)が中心であった。22年度から本格的に、いちご(あまおう)、みかん、いちじく(とよみつひめ)、かき(富有柿)、緑茶(欧州向け)や加工品など多品目をアジア市場を中心に輸出するが、かきについては、フジコナカイガラムシが植物検疫上のネックとなっており、現在、この課題解決に取り組んでいる。いちじく(とよみつひめ)については、作付面積の拡大に伴い、平成18年度の1.5トンから平成21年度には160トンへと生産量が大きく増加しており、今後、輸出を増やす必要がある。そのほか、国内市場向けのギフト商品の取り扱いが5,000万円程度ある。
いちご(あまおう)の輸出は、従前から輸出に積極的なJAふくおか八女のほか、福岡通商の株主(出資者)となった21のJA(単協)のうち、JAくるめなど8つのJAが手掛けることになる。「あまおう」の県内の総輸出額は、およそ1億円と推定されているが、福岡通商の取り扱い分はその3分の1程度に当たる3千万円強である。平成21年度は前年度の3万パックから5万パックに取扱量を増やす計画であるが、輸出先市場では、「とちおとめ」や「ひのしずく」など他県産や、ウォン安によって日本産の3分の1の価格で出荷されている韓国産との競争も激化している。
香港への物流は、キャセイ空港が福岡発午前10時50分、台湾を経由して午後3時に香港空港へ到着する。
物流面では、農産物の輸送過程で10パーセント程度(いちじくなどでは、ひどいときは20%を越える)のロスが発生したこともあったことから、今後は農商工連携によって加工品の開発を進めたい考えである。
また、水産物と異なり、農産物は冷凍技術が確立されていないため、農産物の輸出拡大にとっては冷凍技術の開発も物流上の重要課題である。
福岡通商では、農産物だけを売るのではなく、イタリアなどのように観光客を招致し、食、観光、デザインなどをセットで販売すれば、その相乗効果によって農産物の輸出もさらに伸びるのではないかとしている。
現在、福岡通商のギフトセンターで販売されている農産加工品(ゆず・「あまおう」・「とよみつひめ」のジャム)
昨年10月、福岡県は新しい輸出商品の開発と開発主体の支援を目的に、独立行政法人中小企業基盤整備機構や地元の福岡銀行、西日本シティ銀行、福岡県信用農業協同組合連合会の協力を得て、農商工連携ファンド(「県産農林水産物輸出応援農商工連携ファンド」)を創設し、本格的な輸出事業の支援に乗り出すこととなった。基金規模は20億円、運用期間10年間で運用益を年間約2千万円と見込んでいる。農商工連携ファンドは、県内の農林漁業者と中小企業者を対象に、①将来、輸出が期待できる地場商品と規格外農産物の加工など高付加価値商品の開発、②輸出先国の検疫対策や鮮度保持対策など輸出を可能にする技術の開発、③海外での販路開拓の支援を目的に創設された基金であり、財団法人福岡県農業振興推進機構が農商工連携ファンドの管理運用にあたり、運用益を積極的に活用することで、県産農林水産物のより一層の輸出拡大を図り、農林水産業の振興と地域経済の活性化を目指す考えである。農商工連携ファンドの概要を示したのが次の図8である。
農商工連携ファンドによる助成内容は、1 の農商工連携事業では、新商品・新技術の開発に事業費の3分の2以内、500万円を限度に助成し、販路開拓には事業費の2分の1以内を500万円を限度に助成する。さらに、2 の農商工連携体支援事業では、100万円を限度に農林漁業者と中小企業者が連携して実施する商談会やセミナーなどの費用を定額助成する内容であり、助成金は「県産農林水産物輸出応援農商工連携ファンド事業審査委員会」の審査を経て、財団法人福岡県農業振興推進機構から交付される仕組みである。
県内の農林水産業、商工業者など、各方面から農商工連携ファンドへの期待が高まる中で、基金の活用による輸出事業の今後の展開に期待したい。
図8 県産農林水産物輸出応援農商工連携ファンドの概要
福岡県の南西部に位置する八女市は、人口およそ7万人、県内随一の農産物の生産地として知られている。JAふくおか八女は、八女市、筑後市、広川町にまたがる年間取扱高200億円以上に達する県内最大の単協である。
主要な農産物は、いちご(あまおう)、電照菊、八女茶であるが、管内ではトマトやいちじく、かきなど多品目が生産されている。輸出向け農産物の中でシンボル的な存在となった「あまおう」は、年間約5,000トンが生産され、11月上旬から翌年の5月下旬にかけて全国各地に出荷されている。このうち輸出向けは全生産量の1パーセント程度にすぎず、20年度産で14トン、21年度の(12月- 2月まで)の契約数量は11,000パック(3.3トン)、主な輸出先は香港である。
管内のいちごの栽培面積は124ヘクタール、その大部分がハウス栽培によるものであるが、年間の就労期間が13カ月といわれるほど栽培管理から収穫、出荷までの労働負担が大きい。とりわけ収穫作業と夜間に実施される調製作業には過重な労働負担が伴うこともあって、いちごの生産農家では後継者が十分確保できない状況にあり、生産者の高齢化が今後のいちご生産にとって深刻な問題となっている。このため、JAふくおか八女では、平成12年に、収穫されたいちごの選別・箱詰めのための作業施設であるパッケージセンターを建設し、パック詰め作業の分業化による農家の労働軽減に努めるなど、いちご生産の維持存続に腐心しているが、それでも栽培面積と出荷数量は毎年わずかに減少する傾向にある(表1)。しかも平成21年度産は、デフレの影響を受けて市場価格が値下がりし、農家の利益も低下していることから販売単価に合わせて出荷容器を小型化するなどの対応を図っている。
表1 JAふくおか八女いちご部会の生産概況(平成21年度産)
JAふくおか八女管内の「あまおう」のハウス栽培
栽培・収獲作業がしやすい高設栽培の管内における導入率は1割程度である
JAふくおか八女のパッケージセンター
約100名の女性作業員により、次々に選別・箱詰めされる
「あまおう」の輸出は期間契約によって、月別の出荷数量と価格を毎月取り決め、現在、火曜日と金曜日の週2回航空便で香港などに輸送しているが、鮮度保持の関係から、今後は週3便に増やすことを取引先に提案中である。
クリスマスなどで需要が増える年末から2月(バレンタインデーの時期)にかけては、国内消費が旺盛であることから、輸出に回せるいちごが品薄となり、量の確保をめぐって競争状態になるという。いちごの収穫量は、気温が上がる3月期に入って大幅に増えるため、出荷最盛期である3月以降を含めた長期契約を結ぶことによって生産農家に輸出のメリットが生まれる。そのため、輸出期間を4月まで延長して対応している。
福岡通商経由で輸出される「あまおう」の輸出チャネルは、JAふくおか八女から福岡通商および香港の輸入会社を通じて香港の量販店となっている。一方、市場経由で出荷される「あまおう」は、JAふくおか八女から、福岡大同青果(卸売市場)および仲卸業者を通じて香港の量販店となっている。県全体では、平成17年度産が40トン、同18年度産が52トン、同19年度産が70トン、同20年度産が65トンほど輸出されている(図9)。
図9 福岡県の「あまおう」の輸出量の推移
輸出に航空便を利用した場合、朝取りした「あまおう」が15時には香港に到着し、夕方には店頭に商品が陳列されるため、東京向け出荷に比べて、より鮮度の良い商品が香港の店頭に並ぶことになる。
輸送用の包装は300グラム詰めパック1段、1箱2パックで、規格はDX(デラックス)8~ 11個入り、Gクラス5~ 11個入りで3L以上の大玉(香港の一部の量販店では、「あまおう」は大型いちごという評価が定着している)、EXクラスの化粧箱サイズで9~ 12個入りもある。
香港以外では、昨年、東京市場の仲卸業者社経由で米国市場(西海岸向け)に輸出した。シンガポールにも出荷したが、成田空港は貨物量が多く検疫に時間がかかるのがネックである。上海は時間的(24時間)には十分輸出が可能であるが、中国ではいちごの輸入は認められていない。台湾向けは現地でのいちごの需要は大きいものの、植物検疫が厳しく、3月以降は単価が大幅に下落することやスポット的な注文が多いこと、使用可能な農薬数が制限されている(台湾のポジテイブリスト制)ことなど、対応しにくい市場だという。
「あまおう」の輸出先での販促活動に関しては、キャラクターを使用してアピールするとともに、DVDを作成したり、携帯ストラップ(香港)による広告宣伝を実施している。県のブランドマークとして海外(アジア市場)でも評価の高い「まるふくマーク」(逆さにすると来福を意味する)は、香港、韓国、シンガポールのフェアの販売を中心に使用している。また中国では「まるふく」の類似マークが登録されており、福岡の「まるふく」は使用できなくなっているという。現在、「まるふくマーク」関連の3つのマークを新たに現地市場で登録中だというが、そのほかの販促手段としては、展示会やフェアなどでは主にパンフレットと法被(はっぴ)で対応している。
海外でも評価の高い「まるふくマーク」(右側は中国向け用)
高品質で安全・安心な福岡県産農産物のブランドイメージを浸透させ、
海外での販売拡大を図るため、平成15年度に福岡県が企画。輸出製品に貼付し、有利販売を展開している。
香港で開催された「福岡フェア」で量販店の店頭に並ぶ「あまおう」
「まるふくマーク」を使用した販促活動がなされている。
「あまおう」の輸出上の課題としては、まず第一に、輸出によるメリットが少なく、逆に取引上のリスクが大きい点である。現状では、仮に、海外市場で国内価格の3倍、10倍で販売できたとしても、物流コストや流通マージンがかさむため、生産者の手取りは国内取引とほとんど同じであり、輸出によって一定の利益が確保できる輸出体制の整備が求められている。さらに韓国など国によっては関税などの貿易障壁が高いために輸出が困難であったり、遠距離輸送や代金決済のリスクが大きいといった問題が残っている。
第二の課題は、輸出に向けた生産(供給)体制が整備できていない点である。現在のいちごの輸出は国内出荷と同じ条件の下で実施されているが、海外市場と国内市場とでは消費者の嗜好や消費形態が異なる場合が多く、海外市場で需要が大幅に増加したような場合には、国内出荷の延長線上での輸出は十分な量のいちごを確保できずに供給が滞る可能性も否定できない。輸出先の市場条件に適合した品質や産地の育成が輸出事業の今後の大きな課題である。
第三の課題は、輸出はスポット的な取引形態が多く、必ずしも継続取引になっていない点である。現状は一部を除いてスポット的な取引が多く、継続取引が求められた場合の対応が困難であるという。現在のように異なる国内産地が海外市場にまで産地間競争を持ち込むようでは結果的に共倒れする危険性が高く、農産物を輸出することの意味が失われかねないことになる。複数産地が連携することによって海外の市場需要に対応したリレー出荷を実現するなどの戦略的なマーケティングが求められているといえよう。そういう意味において、JA全農ふくれんとホクレン通商が数年前に合意した産地間連携の原点に立ち返ってその重要性を十分認識し、今後の輸出体制と輸出方法のあり方を検証すべき時期にきているといえよう(詳しくは、野菜情報2007年2月号「産地間の戦略的提携による農産物輸出への取り組みとその課題」を参照)。
以上のように、福岡県が中心となって推進している農産物輸出事業の背景と経緯、新たな輸出組織の設立と輸出事業拡大の財源確保を目的とした農商工連携ファンドの創設、そして県内最大の輸出産地であるJAふくおか八女のいちご(あまおう)の輸出事例について輸出の現状と問題点、輸出拡大を図る上で今後取り組むべき課題についてその概略を紹介した。
福岡県の農産物輸出事業への取り組みは、地方自治体が推進役となって実施している先駆的な事例の一つであり、輸出事業の開始時期の早さと実施期間の長さ、輸出商社の立ち上げと支援資金制度の創設といった輸出体制の整備状況、10億円という輸出実績などからみて、わが国の輸出事業の中でも際立った特異な位置を占めているといえよう。今回の調査によって、福岡県の輸出事業が、間近に迫った農業の担い手である生産者の高齢化と生産からの退出(リタイア)、少子高齢化に起因した人口減少に伴う国内市場の縮小など、今後の日本農業が否応なしに直面せざるを得ない重要課題への一つの対応方向として農産物輸出事業が位置付けられていることが改めて確認できた。
福岡県では、農業団体と連携し、販売チャネルの多様化と農業所得の向上を目指して福岡通商を設立し、さらに県農林水産業および地域経済の活性化を図り、農林漁業者と中小企業者の連携による輸出向けの新商品の開発など新たな事業展開への支援を行うため、農商工連携ファンドを立ち上げた。福岡通商と農商工連携ファンドによる本格的な輸出支援活動はこれからであるが、行政と農業団体が連携して立ち上げた輸出商社と農商工連携ファンドは国内初の取り組みであり、そういった点からも今後の農産物輸出事業の展開とその効果が期待されている。一方、輸出用農産物の生産現場である産地では、担い手の高齢化と後継者の確保による輸出向け農産物の生産体制の構築など取り組むべき課題が山積しているが、福岡県の取り組みは、今後の農産物輸出事業のあり方に多くの示唆を与えるものであり、今後の展開に期待したい。
最後に、専門調査にご協力いただいた福岡県農林水産部輸出促進室、福岡農産物通商株式会社、JAふくおか八女園芸部、福岡大同青果株式会社の関係各位に謝意を申し述べたい。