調査情報部 情報課 課長代理 帆足 太一
調査情報部 調査課 係 長 藤戸 志保
学校給食に地場産物を活用する取り組みが全国に広がっている。
福井県小浜市では、子どもたちが10年後、20年後の将来、食や食材に関心を持ち、食への感謝の気持ちをはぐくむことや自分が住んでいる地域の良さを理解できる大人に育つことを目標とし、市内の全小・中学校で校区内の生産者から優先的に食材を調達する『校区内型地場産学校給食』を取り入れ、各学校の地域の特色を生かした食育の推進に取り組んでいる。
今回、小浜市教育委員会および平成21年度食育推進協力校として文部科学省から指定を受けている小浜市立
本年1月28日、平成20年度の学校給食の地場産物利用割合(食材ベース)が23.4%にとどまったとする文部科学省の調査結果が公表された(図1)。
学校給食における地場産物の利用については、食育基本法に基づく食育推進基本計画(平成18年3月)において、食育の総合的な促進に関して取り組むべき施策の一つとして「地産地消の推進」や「米飯給食の一層の普及・定着の促進」が位置付けられ、平成22年度までに食材ベースの利用割合を30%以上(全国平均)とする目標に向けて、推進が図られている。
また、平成20年6月に改正された学校給食法においても、栄養教諭が学校給食を用いた食育を進めるに当たり、「地域の実情に応じた地場産物の活用」に努めることが位置付けられている。さらに、農林水産省においても、「学校給食地場農畜産物利用拡大事業」を実施するなど、国を挙げた推進が図られている。
平成20年5月現在、全国の小学校21,923校および中学校9,304校の児童生徒約1,009万人分の学校給食が実施されており、学校給食に地場産物を活用することは、新鮮で安全・安心な食材を使った給食を児童生徒に提供できるだけでなく、生産者の意欲向上、地域に根ざした学校づくり、食文化の継承、さらには全国で約5千億円の食材需要がある学校給食への国産品の供給拡大による自給率の向上につながるなど、さまざまなメリットがあることから、今後、取り組みの一層の推進が期待される。
(1) 『
NHK連続テレビ小説「ちりとてちん」の舞台にもなった小浜市は、福井県の南西部、若狭地方のほぼ中央に位置する人口約3万2千人の小都市である。
大陸の玄関口として古くから栄え、仏教文化の伝来ルートであったことから、市内には多くの寺社仏閣があり、「海のある奈良」、「文化財の宝庫」とも形容される。
農業産出額は、東京都、大阪府に次いで全国で3番目に低い福井県(全16市町村)の中でも第10位の14億4千万円であり、おいしいお米の代名詞「コシヒカリ」の発祥県として、産出額の8割近くを米が占めている(図2)。また、全国生産量の8割以上を占める若狭塗箸をはじめ、若狭和紙やめのう細工などの伝統工芸も盛んである。
若狭湾沖は、暖流と寒流が交わる良好な漁場を形成しており、甘鯛や若狭がれい、サバなど新鮮な魚介類が獲れることから、飛鳥・奈良時代には伊勢・志摩、淡路とともに、豊富な海産物を朝廷に献上する『
(2) 食を重要な施策の柱とした「食のまちづくり」
関西地方で消費される電気の約半分を供給している若狭地方には数多くの原子力発電所が立ち並ぶ。原発誘致を行わなかった小浜市は、地方分権が急速に進む中、全国に誇れる食の歴史と豊かな食材を活かした独自のまちおこしを進めようと、「食」を重要な施策の柱とした「食のまちづくり」の取り組みが平成12年度から始まった。
平成13年9月には、全国で初めて『食のまちづくり条例』を制定し、従来型の単品の食・食材を販売することで経済の活性化を図るのではなく、農林水産業をはじめ、食に関する産業の振興、環境保全、食の安全・安心の確保、健全な食生活の推進による健康長寿社会の実現、食育の推進など、食を中心にあらゆる分野の施策を総合的に推進している(図3)。中でも、まちの発展を支える人材の育成の観点から、「食育」を重要施策と位置付け、保育園・幼稚園や小・中学校における「義務食育」体制の整備、子どもから大人まで全ての世代を対象とした「生涯食育」の推進、食育の政策専門員や食育サポーター(市民ボランティア)による園児を対象とした「キッズ・キッチン」の開催など、食育先進地としてさまざまな取り組みを行っている。
(1) 地域に根ざした学校づくりに向けて導入
『校区内型地場産学校給食』は、小浜市教育委員会が「食のまちづくり」に寄与するために、平成14年度に立ちあげた「『御食国若狭おばま』食の教育推進事業」(図4)における地場産食材の活用を推進するための取り組みの一つとして導入された。
地元で生産された食材を地元で消費する「地産地消」については、どこまでを地場産ととらえるかあいまいであり、小浜市の場合、北陸産、福井県産、嶺南産(2市4町)、小浜市産など、いろいろな定義が考えられる。
小浜市教育委員会は、明治時代に福井県出身の医師、
1 「
(2) 供給体制
『校区内型地場産学校給食』の供給体制は、小浜市教育委員会の呼び掛けで校区内に学校給食応援生産者グループを作り、可能な限り校区内の生産者から野菜や米、水産物などの食材を直接学校に納入してもらい、足りない分を市内の食材搬入業者(青果卸売業者など)に依頼し、市内産→県内産→県外産の順に購入する仕組みになっている(図5)。
小浜市教育委員会は、定期的もしくは随時、生産者や学校給食担当者、専門機関などから成る地場産学校給食推進協議会や学校と生産者の連絡調整会、生産者との交流会を開催しているほか、生産体験活動の実施や、児童生徒・保護者・地域住民への啓発活動など、より安全・安心な学校給食の提供を実現するためにさまざまな調整を行っている。
また、福井県嶺南振興局およびJAわかさが、地場産学校給食推進協議会に出席し、生産者グループへの栽培技術の指導などに当たっている。
小浜市では、毎月10日前後に小浜市教育委員会の栄養教諭・栄養職員が市内統一の献立表を作成しており、各学校の給食主任や調理員は、統一献立表のメニューは変えることができないが、使用する食材については裁量が与えられている。
全国の小・中学校では、複数の学校の給食を一カ所で調理して各学校に配送する共同調理場方式(給食センター方式)が54.8%と過半を占めるが(図6)、小浜市では全小・中学校で、学校内に調理場と調理員を配置した単独調理場方式(自校方式)を採用している。このため、各学校で地場産物を多く取り入れられるよう、生産者とのこまめな情報交換による食材の調達や変更などを行っており、より実情に即した双方の対応が図れることから、以上のような『校区内型地場産学校給食』の供給体制の実現が可能であった。
(3) 小浜市立
① 取り組み概要
今回訪問した口名田小学校は、平成22年3月現在、児童数98名、教職員数13名(うち養護教諭1名、調理員2名)の、山と川に囲まれた小学校である。今年度は、食育を推進するため、栄養教諭が週に1度、学校を訪問している。
口名田小学校では、小浜市教育委員会から校区内生産者グループ「ふれあい朝市谷田部梅千代会(以下、「梅千代会」)」への声掛けにより、平成15年度から『校区内型地場産学校給食』の取り組みが始まった。
梅千代会は、平成22年3月現在、合計7人、平均年齢65歳以上の女性グループである。生産量の8割程度をJAを通して市場出荷し、残りを直売会および口名田小学校、小浜第二中学校に出荷している。口名田小学校では、一年を通して、梅千代会の生産者が収獲した地域特産品の谷田部ねぎやキャベツ、たまねぎ、はくさい、ほうれんそう、トマトなど、多種類の季節の野菜や米を使用している。
② 取引の流れ
口名田小学校と梅千代会との野菜の取引に際しては(図7)、毎月20日頃、学校側が給食主任、養護教諭、調理員が話し合って決めた献立に合わせた食材および希望納入数量を記載した「注文書」を梅千代会の生産者の代表者(半年ごとに交替)に送付している。
「注文書」を受け取った梅千代会の代表者は、生産者全員を集めた話し合いにより、各生産者の野菜の生育状況を確認しながら、品目別に出荷を割り振り、搬入日毎に生産者・品目・数量を記載した「搬入計画書」を25日頃までに学校側に提出する。その際、搬入出来ない品目・数量については、学校側に業者調達を依頼するとともに、梅千代会が翌月搬入可能な旬の野菜についても併せて連絡している。また、「搬入計画書」どおりに搬入できない場合は、搬入日の3日前までに学校側に連絡するよう取り決めている。
規格については、重量ベースで契約しているため、細かく設定していないが、大小ばらばらであると調理時間を要するため、市場出荷と同じものを搬入している。
価格については、年間を通じた固定価格であり、年一回開催している学校側と梅千代会の情報交換会で、生産者の要望を聞いた上で、学校側が市場価格を参考に決定している。また、代金決済については、毎月、学校側が梅千代会の代表者からの請求に基づき、1カ月分の代金をまとめて代表者に支払い、代表者が各生産者の納入量に応じて分配している。
③ 梅千代会・学校間の連携体制
毎朝、8時から8時半頃、梅千代会の生産者から給食室に新鮮な野菜が届けられる。搬入の際は、ほ場の生育状況や旬の野菜の情報など、生産者と調理員との間で、日々こまめな情報交換がなされる。
梅千代会では、グループ力を発揮して、搬入担当者が天候などの理由により野菜を収穫出来ない場合は、ほかの生産者に協力を依頼するなど、グループ内でさまざまな調整を行っている。最近、鹿やイノシシなどの鳥獣被害が大きく、前日に収獲予定の野菜を確認したにもかかわらず、朝になってほ場に行くと食べられており、急きょほかのメンバーに依頼することも多いという。
学校側も、ほうれんそうの使用を予定していたが収穫出来ない場合に、こまつななど他の品目で代替が可能な場合は、調理員が対応するなど、柔軟な対応を行なっている。
調理に際しては、調理員が限られた時間の中で手間をかけて調理している。特に根菜類の場合、大きさが不揃いであると時間が多めにかかるため、食材を受け取った調理員は、給食時間に間に合うように早めに取り掛かかる。生産者が子どもたちの健康を最優先に考え、農薬・化学肥料を極力控えて栽培しているため、野菜には虫が付いていることもあるが、その際は1枚ずつはがして洗浄に気を付けているという。
また、通常より大きめにカットしたばれいしょをカレーに入れたり、にんじんが豊作のときは具材に追加するなど、地場産物を多く取り入れられるよう工夫を凝らしている。
④ 取り組みの成果
以上のような取り組みの結果、口名田小学校と梅千代会との取引量は年々増加しており、平成21年度の納入量は野菜1,389.6キログラム(計25品目)、米1,140キログラム、校区内生産者発注率(総納入数量に占める校区内生産者からの納入数量)は75.6%と、全15校ある小浜市内でも2番目に高い『校区内型地場産学校給食』を実現している。
前述した梅千代会の会員相互と学校とのきめの細かい連携体制が高い発注率および納入数量の増加につながっていると考えられる。
梅千代会の生産者は、「口名田小学校と小浜第二中学校合わせて約700人分の食材の搬入を行っているが、グループで協力すればそれほど負担も大きくない。それよりも、地元の子どもたちに新鮮で安全・安心な野菜を食べさせたいし、何よりおいしいと喜んでもらえるのが嬉しい」と話す。
学校給食への提供は、学校給食予算の範囲となるため、全体的に安値の設定となるが、市場出荷のように相場に左右されることもない。また、重量ベースで納品しており、大きさに関係なく100円均一で販売している直売所とは異なり、売れ残りや返品なども発生せず、安定的に納入できる。さらに、農協手数料や市場手数料がかからず、包装資材や手間も省けるなど、流通コストの節約にもつながることから、生産者にとってもメリットは大きいという。
一方、学校の調理員は、「地場産野菜は、洗浄や調理に手間がかかるなど、以前に比べて調理時間は若干増えたが、鮮度が良く、特に野菜の甘みが市販のものと全く異なる。多少の手間と時間はかかっても、安全・安心で子どもたちからも評判の良い地場産を使いたい」と話す。
口名田小学校では、毎日、お昼の校内放送でその日の給食に使用された地場産物の食材名と生産者の名前が紹介される。朝取り、もしくは前日に収獲された新鮮な食材がふんだんに使用される給食は、味も良く、近所のおばあちゃんが作った野菜という感謝の気持ちもプラスして、残食はほとんどないという。
また、『校区内型地場産学校給食』を活かして、栄養教諭による指導を含め、地域の特産物の調査、農業体験など、地域の人々との関わりを大切にしながら、総合的な学習の時間や生活科の時間を中心に、各学年ごとにさまざまな「食の学習」の時間を設けている。
平成21年度は、梅千代会の協力を得て、地域特産品の谷田部ねぎや新田ごぼうの栽培・収穫作業・調理実習、児童による給食献立の作成、生産者と共同での食育カルタ作り、学校給食感謝祭での地域特産品についての発表など、さまざまな取り組みを実施してきた(表1)。
また、食育の推進に向けて、献立表に、使用農産物の解説や学校給食の歴史、伝統工芸品の紹介などを掲載しているほか、学年・学級通信、給食便り、親子ふれあい学級などを通して、保護者や地域住民への理解と協力を求める取り組みも行っており、保護者や地域住民の関心も高まっている。
口名田小学校の松崎真理校長先生は、「『校区内型地場産学校給食』をはじめとする食育活動を通じて、地域の生産者と触れ合い、食文化や社会性を子どもたちに学んで欲しいと考えており、将来は自分で考え、食を選べる大人に育って欲しい」と話す。
平成22年度までの市内全校実施を目指して、平成14年度から始まった『校区内型地場産学校給食』は、実施初年度は4校のみであったが、小浜市教育委員会や各学校、地域の地道な活動に支えられ、平成21年6月に小浜中学校が実施に踏み切ったことで、現在、全15校で実践されている。平成22年9月には、全国でも珍しい市内全校での自校炊飯による原則週5日の完全米飯給食の導入に踏み切り、うち7校が校区内の生産者から米を調達している。
平成22年2月現在、市内小・中学校の全児童生徒2,836名分の学校給食への地場産物の活用が、約90名の校区内生産者によって支えられている。『校区内型地場産学校給食』の使用率(納入可能品目に対する重量ベースでのおおよその割合)は、平成18年度調査16.8%から平成21年度調査43.0%と、食育推進基本計画の目標を大きく上回る成果を挙げている(図8)。
導入当時は、市場出荷品と違い大きさが不揃いで調理に時間がかかる、虫が付いていることがある、天候などで計画通りに供給されないことがあるといった調理上の課題や、注文・支払い・生産者との打合せなどの事務量が増加するといった事務手続き上の課題があった。しかし、経験や話し合いを重ねるうちに、不満の声は徐々に減り、今は聞こえてこないという。
また、食材供給の仕組みを変えることになるため、従前の食材搬入業者にとっては取引量が減ることになるが、食材搬入業者の取扱量に占める学校給食用食材の割合が少ないため影響が小さいこと、また、地場産で足りない食材については、引き続き協力を依頼し、取り組み全体の仕組みの中に食材搬入業者の役割を位置付けることで、理解醸成も得られていると思われる。これらの理解は、この取り組みが何よりも「子どもたちのためになっている」ということが認識されてきたからではないだろうか。
小浜市では、地場産物の使用率の向上はもとより、生産者と児童生徒との交流に力を入れており、今後は、地場産物の使用により食育の効果をいかに上げるかや、そのための体制づくりの確立が課題であるという。
食育については、成果を数値で表すのは難しいが、今回、口名田小学校の学校給食感謝祭で、子どもたちや生産者の方と一緒に給食をいただき、地域の生産者が想いを込めて作った食材を使用した学校給食を毎日食べることが出来る子どもたちは、とても幸せだと感じた。
『校区内型地場産学校給食』の取り組みの継続には、行政はもちろん、校区内生産者、学校関係者、食材搬入業者、保護者の連携体制が不可欠である。子どもたちに安全でおいしい学校給食を食べさせたいという一心で、日々取り組んでいる関係者の方々に頭の下がる思いとともに、生きていくうえで欠かせない「食」に着目し、学校給食を充実させることで、地域で生産された旬の農産物や若狭塗箸などの伝統工芸品を使って継承すべき食文化や生活文化、地域文化を教育の場に持ち込んだ、この地域ぐるみの『校区内型地場産学校給食』はとても豊かな取り組みであり、全国の範となり得ると思われる。
最後になったが、本調査を実施するに当たり、ご多忙中にもかかわらず多大なご協力をいただいた小浜市教育委員会教育総務課の山名聡指導主事、小浜市立口名田小学校、ふれあい朝市谷田部梅千代会の関係各位にこの場を借りて厚くお礼を申し上げる次第である。