三重大学 生物資源学研究科 資源循環学専攻
准教授 徳田 博美
野菜の生産分野においては機械化が遅れていたが、1990年代から2000年代にかけて機械開発が積極的に行われた。1990年代初めは労働力不足から、特に重量野菜の生産における軽労化が課題となり、1990年代後半以降は、輸入野菜に対抗するための低コスト化が目標とされた。
その結果、にんじんやだいこんなどの根菜類では、は種から収穫・調製に至るまで、一貫した機械化がほぼ実用化されてきた。しかし、キャベツ、レタスなどの葉菜類では、機械化一貫体系は遅々として実用化できていない。その障害となるのは収穫および調製段階における作業内容である。キャベツでは、収穫機械の実用化は一応達成されているが、処理精度や速度などの問題からほとんど普及していない。さらに、収穫後の調製処理の方法もめどが立っていない。葉菜類の機械化一貫体系の実用化に向けた機運は冷め、その実現は遠のいたようにみえる。
そのような中にあって、キャベツの機械化一貫体系の実現を追求している産地がある。北海道十勝地域の大規模畑作地帯でキャベツの産地を形成している鹿追町である。大規模な畑作経営の中でキャベツが栽培されている鹿追町では、省力化は不可欠の課題であり、そのための機械化一貫体系の実用化は悲願とも言える。ただ、鹿追町においても、キャベツの機械化一貫体系の実用化は、平たんな道のりではなく、いまだ完成に至ってはいない。しかしながら、近い将来の機械化一貫体系の確立が展望できる段階には到達してきた。以下では、鹿追町のキャベツの生産を概観し、目指す機械化一貫体系の姿を紹介し、今後のキャベツの生産の可能性を展望したい。
(1) 地域の概況
鹿追町は、北海道の中でも農業の盛んな十勝地域の北西部にあり、大雪山系の南麓に位置している(図1)。
産業別就業者数をみると、2005年において農業の就業者が35.6パーセントを占めており、農業が町の主要産業となっている。
2005年の農家戸数は277戸、経営耕地面積は9,710ヘクタールであることから、農家1戸当たりの経営耕地面積は、実に35.1ヘクタールにもなる。1990年代以降に離農率が高まり、それに伴い近年では、経営規模拡大のテンポも早まっている。1990年の農家戸数は408戸、農家1戸当たりの経営耕地面積は24.1ヘクタールであったことからすると、この15年間で農家戸数は32.1パーセント減少し、1戸当たりの経営耕地面積は45.6パーセントも増加していることになる(図2)。
また、農家戸数のうち、専業農家が207戸であり、総農家戸数の7割以上は専業農家が占めるなど、専業率がきわめて高い。
2005年の農業産出額は141億円であり、平均すると農家1戸当たりでは5千万円となる。部門別にみると、畜産部門が全体のほぼ7割を占め、農産部門が3割である。畜産部門の中では酪農が8割以上を占めている。一方、農産部門では、麦類、いも類(ばれいしょ)、工芸作物(てん菜)、豆類からなる普通畑作物が8割を占めている。経営組織別の農家戸数でも、畑作単一農家と酪農単一農家がほぼ同数で、両者を合わせると総農家の9割を占めている。
野菜の産出額は約7億円で、総産出額の5パーセント、農産部門でも約15パーセントを占めるに過ぎない。つまり、酪農と普通畑作が鹿追町農業の基幹部門となっている。そのような状況ではあるが、野菜作は1980年代後半から伸びており、作付面積でみるとキャベツがほぼ半分を占めている(スイートコーンを除く)。
(2) キャベツ生産の変遷
鹿追町のキャベツ栽培は、1980年代中頃から始まる。当初は帯広市にある地方卸売市場の卸売業者が直接生産者を組織し、産地育成を図っていた。それが、1991年にキャベツ生産者による「しかりべつ高原野菜出荷組合」が設立され、組合としてキャベツの出荷を全面的に鹿追町農業協同組合(以下、「JA鹿追町」と略記)に委託することとなり、現在のような農協を中核とした産地体制に移行した。
①キャベツ導入の要因
キャベツの生産者のほとんどは普通畑作農家であるが、普通畑作農家がキャベツを導入した要因には、畑作農業の収益性の低下が挙げられる。1980年代中頃以降、普通畑作物の政策価格は上昇から低下に転じ、その収益性が落ち込んだ。その上、この時期の十勝地域では離農が一時的に鈍化し、規模拡大も思うようには進められなかった。一方、畑作機械の高機能化、大型化が進み、より省力化され、労働力的な余裕は増えた。そこで浮いた労働力を活かし、追加的な所得を得るために、野菜の導入が行われたのである。また、都府県の野菜産地が後退しはじめたことも、十勝地域の野菜導入に拍車をかけた。
十勝地域における野菜の導入は、消費地まで遠く、組織的な出荷・販売体制が必要であったことなどから、農協を中核とする産地づくりが進み、地区(農協)ごとに導入される品目は特化していた。同じ道内の豊頃町の「だいこん」や帯広市川西地区の「ながいも」などが代表的な事例である。鹿追町のキャベツもこのような十勝地域で広がった野菜産地づくりの一環として取り組まれたものである。
十勝地域では、大規模な畑作経営の中への野菜の導入ではあるが、経営全体の耕地面積が大きいだけではなく、一般的に野菜の作付面積も大きいことから、野菜生産における省力化は必須の課題となる。だいこんなどの根菜類では、収穫機械が実用化され、出荷・調製段階も機械化された大型の共同出荷・調製施設の導入により、農家は出荷・調製作業から解放された。鹿追町のキャベツの生産も、十勝地域のほかの野菜産地と同じように、は種から収穫、出荷・調製作業までの機械化、省力化が追求され続けたのである。
図3は、JA鹿追町のキャベツ取扱量の推移を示したものである。2000年頃までは順調に伸びていた。総作付面積は、1991年では、わずか13.5ヘクタールであったが、ピークとなる2001年には119.5ヘクタールにまで拡大しており、10年間で約9倍となった。生産農家戸数では、1995年をピークにその後は減少傾向にあるが、農家1戸当たりの作付面積が大きく拡大したことで、総作付面積も拡大できた。農家1戸当たりの作付面積は、ピークである2001年には2.6ヘクタールとなり、1993年の3倍となった。鹿追町のキャベツ生産の拡大は、生産農家の増加ではなく、主に生産農家の作付規模の拡大によって実現されたのである。
②キャベツの作付面積の減少
2001年まで順調に拡大した鹿追町のキャベツの作付面積は、その後減少に転じてしまう。2001年以降減少し続け、2009年の総作付面積は37ヘクタールにまで減少し、ピーク時の3分の1になった。総作付面積減少の原因は、まず生産農家の減少にある。2001~09年の間に、生産農家数は半減してしまった。農家1戸当たりの作付面積も2009年には1.6ヘクタールとなり、2001年の3分の2に減少しており、総作付面積減少の一因となっている。
③キャベツの生産量の減少要因
併せて2001年以降のキャベツの生産量の減少には、2つの要因がある。第一には、1990年代以降の普通畑作物の経営規模拡大が進んだことが挙げられる。既述のように1980年代から90年代初めにかけては離農が少なく、農地の供給量が少なかったため、面積規模の拡大は難しかった。そのため、外延的な経営規模拡大をあきらめ、集約的な野菜作を導入して、内包的な経営拡大が追求された。しかし、1990年代以降は離農が再び増え始め、農地の供給量が増加したため、面積拡大が比較的容易となり、農家1戸当たりの経営耕地面積も大きく増加したが、畑作農家は手間がかかる野菜作をやめ、普通畑作物の面積拡大による経営規模の拡大を選んだことが挙げられる。
第二には、野菜価格の低迷である。近年の野菜価格は経済不況や輸入野菜の影響などにより低迷している。図4にJA鹿追町におけるキャベツの価格推移を示したが、低下傾向にあることが分かる。一方、普通畑作物は、1990年代後半以降、新品種の導入による単収の増加、生産の安定化などにより、収益が安定して推移している。そのため、収益性の面からも、野菜から普通畑作物への移行が進んだことが挙げられる。
④キャベツ生産の機械化一貫体系構築の必要性
キャベツの価格が低迷している状況下においても、鹿追町でキャベツの機械化一貫体系が追求され続けている背景には、普通畑作物の安定した輪作体系を維持する上で、キャベツを輪作体系に取り込むことが必要とみられていることがある。経営面積が拡大する中で、普通畑作物の中でも最も省力的な小麦の比率が高まり、望ましい輪作体系を維持することが難しくなっている。そこでキャベツを輪作体系に組み込むことで、余裕のある輪作間隔を確保し、安定した輪作体系の構築を目指している。
鹿追町でキャベツを再振興するためには、大きな経営面積の下でもキャベツを生産できるような省力化のさらなる推進と、低迷する価格の下でも収益が確保できるようなコストの削減が求められる。それを実現するために、機械化一貫体系の確立が追求され続けているのである。
(1) 現行の生産・出荷システム
JA鹿追町が目指すキャベツの機械化一貫体系を紹介する前に、鹿追町における現行の生産・出荷システムを確認しておきたい。
①は種および育苗
は種から順を追ってみていくと、まず、は種および育苗は、JA鹿追町が1997年に建設した育苗センターに委託されている。育苗センターで育苗の生産が行われることで、生産農家の春作業の負担が大幅に軽減された。育苗の時期は、ほかの普通畑作物との作業競合が大きいので、負担軽減の効果は特に大きい。さらに育苗センターでは、カメラセンサーで不良苗を選別し、抜き取り、良質苗を補植する全自動苗補植ロボットが導入されており、苗の均質性が高められ、その後の生育の均一化にもつながっている。これは今後の収穫機械化を進める上でも重要な機能となる。
②定植
定植は、JA鹿追町が導入した全自動2畦移植機によって行われる。農家2~3戸の共同による利用が基本であるが、個別に導入している農家もある。全自動移植機の導入により、1日当たり1ヘクタールの定植が可能となった。
③収穫および調製
収穫および調製作業自体は、農家による手作業となるが、ここでもより省力的な作業体系が組まれている。JA鹿追町独自で開発した収穫物の搬出機により、収穫物の調製およびほ場からの搬出作業を軽減している。キャベツの切り取り作業を行う者に搬出機が併走し、収穫したキャベツは搬出機上で調製、箱詰めされ、ベルトコンベヤーによりそのままほ場外のトラックに搬出される。そのことで調製、搬出作業が大幅に軽減される。
④労働時間
表1は、鹿追町のキャベツ生産農家の労働時間を示したものである。育苗センターができる前は、参考に示した全国の数値とほぼ同じ10アール当たり74時間であったが、育苗センターが設置されたことで、農家は育苗作業から解放されたことなどにより、労働時間は同49時間に削減された。
(2) 目指す機械化一貫体系の概要
鹿追町が目指しているキャベツ生産の機械化一貫体系は、これまでの個々の機械化の成果を活かして取り組まれている。
定植までは、現行の体系が継承される。育苗センターで均質な苗が供給されていることは、生育を揃え、機械による収穫を行いやすくする上で重要な役割を果たすことになる。収穫機は、独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構が農機メーカーと共同で開発を進めており、2条同時収穫体系のものである。現段階で、作業速度は毎秒0.27メートルで86パーセントのキャベツを損傷なく収穫でき、作業効率は1日当たり40アールである。現在、2011年の実用化を目指している。実用化された段階では、農協が機械を所有し、農協が生産者からの受託により収穫作業を行うことを想定している。
収穫の機械化とともに、これまでの作業内容との大きな違いは、調製・箱詰め作業がほ場での人力作業から選果場での機械作業に変わることである。収穫されたキャベツはそのままコンテナに収納されて、トラックにより共選場まで運ばれる。選果場では調製・選別機に供給され、〔外葉除去(再カット)〕→〔重量選別〕→〔箱詰め〕の順に調製処理が行われる。現在、調製・選別機も試作機は完成しており、実用化に向けた改良が進められている。
全体の作業体系を図5に示したが、ここから気がつくことは、育苗、収穫、出荷・調製作業を農協が請け負うことが想定されており、生産者が実際に行う作業は定植から収穫前までの限られた部分に軽減されることである。大部分の作業が機械化されることで、省力化が図られるが、農協が多くの作業を請け負うことで、生産者の労働時間はさらに短縮される。表1に示した想定される労働時間は、10アール当たり16時間であり、てん菜とほぼ同等の時間になっており、普通畑作物レベルの労働時間を達成することとなる。まさに大規模畑作地帯に適応した生産体系である。
(3) 機械化一貫体系の経済性
機械化一貫体系確立の狙いは、大規模畑作地帯に適応した省力化の実現とともに、野菜価格が低迷する中でコスト削減によって所得を確保することにある。そのため、農協で想定する機械化一貫体系の経済性についても簡単にみておきたい。
機械化一貫体系による生産は、当面、加工・業務用生産を想定している。現状では、鹿追町に限らず、キャベツの機械収穫は切断精度などの理由から加工・業務用を想定されることが多い。鹿追町においても同様であるが、それだけではなく、今後の野菜需要は、加工・業務用の比率がさらに高まると予想されることや、大型の育苗センターや共選施設を装備した大量生産・出荷体制は、大口取引を主体とした加工・業務用に適しているという積極的な理由もある。ただし、将来的には機械化一貫体系による生食用の生産も視野に入れている。
現状の生食用生産と機械化一貫体系の下での加工・業務用キャベツ生産の経済性の試算を表2に示した。加工・業務用に転換することで、販売単価は3割ほど低下するが、単収は2割ほど上昇すると想定している。販売単価が下がるため、粗収入は15パーセント程度低下する。しかし、経費も2割減少するため、純収入は3万円から4.4万円に増加するという試算になる。ただし、経営費の中に労働費が含まれているので、単位面積当たりの家族労賃も含めた所得は、現状の生食用生産の方が大きいであろう。しかし、大幅に省力化できたことで、栽培面積の拡大が可能となるので、規模拡大が実現できれば、生産者の所得は増加するであろう。
鹿追町で取り組まれているキャベツの機械化一貫体系は、その出口が見えつつある。キャベツの機械化一貫体系が確立されれば、葉菜類では初めてのものであり、画期的なことである。
機械化一貫体系が確立されれば、わが国のキャベツの供給体制にも少なからぬインパクトを与える可能性がある。これまでにない大規模経営が形成される可能性があるし、外食産業や加工業者との契約による低コスト大量生産型の産地が形成されることも考えられる。また、高齢化が進んでいる産地で機械化された作業を農協などが請け負うことで、産地の維持につなげることも、機械化を活かす一つの方向である。
鹿追町で機械化一貫体系が追求されるのは、大規模畑作経営に取り込まれたキャベツ生産であり、省力化が必須の要件となっているためであるが、主要な資材の農協による一元的供給など、JA鹿追町が中核となる産地体制がすでに形成されており、機械化を受け入れやすい産地の条件が整っていることもある。より重要な問題は、機械化一貫体系は、単位面積当たりの所得をむしろ引き下げる可能性があり、省力化ができた分を規模拡大につなげることで、所得向上が期待できることである。したがって、機械化一貫体系の導入は、規模拡大条件のある産地において、より有効な経営戦略となり得る。
キャベツの機械化一貫体系は、それが完成したとしても当面は鹿追町などの規模拡大が容易な一部の産地で導入されるにとどまるかもしれないが、長い目で見れば、機械化一貫体系に基づく大規模経営や農協などによる収穫・調製受託事業の展開などの新たな生産体系の可能性は広がっていくであろう。