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調査報告(専門調査)


野菜産地における農地・水・環境保全向上対策の導入
~千葉県山武市実門地区の取り組みを参考に~

千葉大学大学院 園芸学研究科
准教授 櫻井 清一


◆1.はじめに

 2007年より「農地・水・環境保全向上対策」が本格的に実施され、既に2万件近くの地域農業組織が本対策を活用している。本対策では、環境への負荷を低減する営農活動への支援も盛り込まれており、環境保全型農業の推進に寄与することが期待されている。しかし、これまでの報告を見ると、本制度は水田地域では広く普及しているものの、野菜作を含む畑作地域では、それほどの普及が見られない。全国の野菜産地で環境保全に資する多様な取り組みが実践されており、その支援に本対策も活用できれば望ましいといえるが、現時点では思うように活用されていない。

 そこで本稿では、先駆的に「農地・水・環境保全向上対策」を導入している千葉県山武市の野菜産地の取り組みを考察することにより、野菜産地において本対策を有効に活用しながら環境保全型農業を推進するにはどのような点に留意すればよいのかを明らかにしたい。

◆2.農地・水・環境保全向上対策の概要と実施状況

(本対策の概要)

 まず、本対策の概要と全国レベルでの実施状況を確認しておこう。

 農業・農村の基盤となる農地・水資源・その他環境条件を良好な状態に保全するための地域活動を包括的に支援するのが本対策の目標である。支援できる活動に対応して二つのステージが用意されている。まず、農業者が非農業者や地域の諸組織と一体となり、地域ぐるみの「共同活動」を行った場合に支援を受けられる。さらに、共同活動を行う地域の農業者が、まとまって環境保全的な「営農活動」を行った場合、追加的支援を受けることができる。前者は一階部分、後者は二階部分と称することもある。

 環境保全型農業の推進を支援する二階部分が設けられたことは、二つの点から注目される。一つは、学習院女子大學・荘林教授の言葉を借りれば、我が国において「環境支払い制度を本格的に国レベルで導入した最初の施策」といえることである1)。環境支払い制度は、EU諸国や韓国などで既に導入されており、国内でも一部の自治体(滋賀県など)が先行実施していたが、全国レベルで実施されるのは、本対策が導入されてからである。もう一点、支払いの要件として当該地域の多数の農家によるまとまった取り組みを課している点も注目される。営農活動支援の主な要件として、①共同活動(一階部分)の対象区域内で行う取り組みであること、②対象区域の農業者全体(8割以上が原則)で環境負荷を減らす取り組みを行うこと、③一定のまとまりを持って化学肥料・化学合成農薬を地域慣行の5割以上減らすことなどが指定されている。さらに要件③については作物ごとに、地域のおおむね5割以上の農家、または作物全体で地域の2割以上の面積かつ3割以上の農家をカバーしていること、さらにエコファーマーの認定を受けることを要件化している。農家単独あるいは少数のグループではなく、地域でまとまった環境負荷低減の取り組みに支援対象を限定し、環境保全型農業の面的拡大を促そうとする意図が伺える。

(本対策の実施状況)

 2008年12月に公表された全国における本対策の共同活動実施組織数は約19,000件、面積は136万ヘクタール、そのうち営農活動支援にも取り組んでいる組織数は2,600件、面積は6.6万ヘクタールである2)。共同活動のカバー率は、耕地面積の3割近くに達しており、短期間でかなりの広がりを見せたといえる。しかし、共同活動実施地域に占める営農活動の実施割合は、件数で14パーセント、面積で5パーセント弱である。さらに、作物区分別に営農活動支援の実施面積を比較すると(表1参照)、水稲が圧倒的な割合を占めており、いも類を含めた野菜は、わずか2.7パーセントに過ぎない。一階部分の普及に比べ、環境保全を全面に打ち出した二階部分の導入のスピードは遅く、加えて導入した事例でも野菜を対象とした取り組みは、ごくわずかであることが確認できる。

表1 作物区分別の先進的営農支援実施面積(2008年10月現在)


資料:農水省農村振興局資料より作成

 しかしながら、本対策を実践する組織をサンプリングして農村振興局が実施した調査結果3)を見ると、営農活動支援を導入したことにより、ポジティブな影響が現れたことが具体的に指摘されている。いくつか列挙してみよう。

  • 化学肥料・化学合成農薬の5割低減の取組面積は、営農支援対策実施後、約1.6倍に増加。作物別に見ると、水稲より「その他(うち野菜の該当数が約半数)」を栽培する組織の方が増加率は高く、約2倍。
  • 57パーセントの組織が、今後の意向として「化学肥料・化学合成農薬の5割低減の取り組みを拡大」と回答。
  • 本対策実施後、有機農業が増加したと回答した組織が16パーセントあり、ある程度有機農業の推進にも貢献。
  • 76パーセントの組織が本対策導入後、「環境保全型農業に対する農業者の意識が向上した」と回答。作物別に見ると、水稲のみ実践する組織よりも「その他(含野菜)」を含めて実施している組織の方が回答率は高い。

 野菜作ではこれまで、多くの産地が減農薬・減化学肥料を実践してきた。また、エコファーマーの取得者にも野菜栽培農家は多い。一方、農地・水・環境保全向上対策・営農活動支援部分の導入は、環境保全型農業の推進にもある程度貢献していることが確認できる。にもかかわらず、本対策を野菜産地が導入しようとする動きが緩慢であるのはなぜか。何か対策の導入を制約する要因があるのか。そのヒントをつかむため、本対策を早くから導入した千葉県の野菜産地の状況を調査・分析した。

◆3.産地での実践(山武市の場合)

(1) 山武市の概況と対策実施状況

(山武市の概況)

 千葉県山武市は、千葉県東部の4町村が合併して2006年に発足した人口約6万人の街である。耕地面積の約4割を畑が占め、気候も温暖な山武市では、青果物、中でも野菜の栽培が盛んで、ねぎ、にんじん、にらなどの主産地として知られている。また、同市を管内に含むJA山武郡市では、「環境創造型農業」を方針として掲げ、有機農業や減農薬・減化学肥料栽培の拡大を推進している。

(千葉県内および山武市内における本対策の実施状況)

 千葉県では、2009年3月現在、「農地・水・環境保全向上対策」のうち、共同活動が309組織・約1.9万ヘクタール、さらに営農活動が17組織・493ヘクタールで実践されている。共同活動は広範な普及をみながら営農活動の普及が限定的である傾向は全国の動きと同様である。その中で山武市では、11組織・763ヘクタールにて共同活動、さらに2組織・23ヘクタールで営農活動が実践されている。営農活動が複数の地域で実施されている市町村は県内に三つしかないが、そのうちの一つが山武市である。

(山武市内における取り組み状況)

 山武市役所担当者の話によると、本対策を実施している11組織のうち、10組織が初年度(2007年)に申請を行っているものの、その後市内で新たに本対策を活用しようという動きはあまり見られないという。また、本対策を実施している地域間の連携も見られない。これまである程度自主的に取り組みを行っていた地域が、事後的に本対策を活用してさらなる活性化を図ろうとする傾向が強く、政府が意図しているような面的拡大は、すぐには望めそうもない。

 また、活動計画の作成には、相当量の資料を作成しなければならないが、農水省がひな形を作成しているため、事務上の複雑さに由来する混乱はなかったという。しかし、計画作成段階では、共同活動の要件となっている「農業者以外の構成員(主体)」をどのように盛り込むかで悩んだ組織が多い。だが、運用は弾力的であり4)、かなり多様な組織・主体が非農業者の構成員として認められるので、実際には遊休農地解消のために自治会主導で菜の花などの景観作物を植えるなど、これまでも各地で見られた取り組みを盛り込んで要件をクリアしている。

 市内で営農活動も実践しているのは、後述する実門地区と原横地地区である。原横地は、水田と野菜畑がほぼ半々分布する地域だが、野菜農家がエコファーマーを取得済みであったことが、結果的にスムーズに営農活動への展開につながった。一方、実門地区では、相当数の農家が有機農業を実践しており、JAS有機認証も取得しているため、実質的にはエコファーマーの水準を上回るレベルで環境保全に資する農業を実践している。しかし、営農活動を支援する要件として、エコファーマーが課されているため、新たにエコファーマーを取得したという。

(ステップアップが難しい理由)

 営農活動へのステップアップが難しい理由として、同担当者は、化学肥料・化学合成農薬の5割低減を実践する難しさに加え、エコファーマーを取得するうえでの手続き上の問題を指摘した。エコファーマーの認定は品目単位で判断される。そのため、稲作のみを対象とする場合は、1人当たり1件の審査で済むが、野菜のように品目数の多い作目では、手続きも審査もかなりの労力を要することになる。また、野菜ゆえのもう一つの課題として、営農活動実施状況の確認作業の複雑さも浮上している。水田での年1作を基本とする稲作では、確認作業も年1回で済むが、野菜作は品目によっては連作を行ううえ、ほ場も分散し、場合によってはローテーションのため移動することもあるため、確認作業にはかなりの時間を要するという。

(2) 山武市実門地区での取り組み

(実門地区の概要)

 実門(さねかど)地区は、旧山武町エリアにある全戸数112(2000年)の集落である5)。そのうち農家は、2000年で27戸、2005年で25戸である。集落内の経営耕地面積は、36.2ヘクタールであるが、そのうち26.8ヘクタールが畑である。そのため、野菜作が盛んで、延べ作付面積のほぼ4分の3を占めている。近年は、ハウス栽培も積極的に導入されている。また、販売金額が700万円以上の農家が全体の6割を占めている。農業を主業とする農家が多い地区である。

 実門地区では、以前より多くの農家が有機農業を実践していた。実践農家は、「農事組合法人さんぶ野菜ネットワーク」の構成員となっており、JAS有機認証も取得のうえ、多品目の有機野菜を出荷している。また、千葉県の消費者グループとともに、「土の学校」という交流活動を15年以上継続している。さらに有機野菜の取引先である生協の組合員との交流イベントも受け入れている。

(実門地区の実施状況)

 有機農業を実践していたため、既に環境保全型農業の要件をクリアしていたことと、都市住民との交流活動を行っていたことは、「農地・水・環境保全向上対策」を導入する際に「下地」の役割を果たしたといえる。先進的営農活動の要件とされる「化学肥料・化学合成農薬の5割低減」と農業者以外の主体の共同活動への参画の2点が多くの地域にとって本対策導入時のカベとなっていることは既に指摘したが、実門地区では、既にこの2要件を十分クリアできる実績を有していた。そのため市役所が本対策を説明した当初から、地区内で合意をとり、申請に着手した。しかし、営農活動の支援を受けるための要件となるエコファーマーを取得するか否かでは議論があったという。有機実践農家の視点から見れば、既に取得しているJAS認証により、十分に環境への貢献をアピールできるのに、あえてエコファーマーを取得するのは、事務的負担を増すだけである。品目単位で申請しなければならない煩雑さへの不満や、実際に認定作業を行う自治体の負担するコストを心配する声もあったという。しかし、営農活動の認定を受けるには必須とされているため、結果的にはエコファーマーを申請し認定を受けている。

 実門地区で実践されている共同および先進的営農活動の概要(表2)を見ながら、その特徴を確認するとともに、必要な点について捕捉を加えておく。

表2 実門地区の農地・水・環境保全向上対策実施計画(概要)


資料:実門地区里地・里山ネットワーク資料より作成

 まず農用地を見ると、畑が主体の実門地区でも水田を協定農用地に加えている。各地で実践されている共同活動の多くが、水稲作になじみやすい活動であることは、かねてより指摘されているが、実門でも基礎部分の排水路泥あげや生き物調査の対象地として水田を利用している。野菜産地であっても、自給用+αとして水田を耕しているケースは多いが、こうした水田利用もうまく共同活動の中に組み込むことで、本対策の一階部分をクリアすることができると思われる。一方、農業用施設としては、パイプラインも含まれている。日本の水田地帯で一般的な開放水路やため池だけでなく、パイプラインも協定の対象となる水施設に含まれることはあまり知られていないのではないか。戦後開発された野菜・果樹産地や畑作地帯では、パイプラインを基幹水源とする例も散見されるが、そうした地域でも本対策を導入する可能性があることをもっとPRしてもよいと考える。

 具体的な活動内容を見ると、共同活動部分については、多くの事例で紹介されている遊休農地の保全、施設点検、生き物調査といった項目が実門地区でも実施されている。市内他地域で当初心配されていた非農業主体を巻きこんだ活動の接点は、側溝の清掃(消防団)や生き物調査(消費者グループ)で確保されている。

 営農活動(二階部分)については、兼業農家も含む域内のほとんどの農業者が広く取り組む活動として、浅水代かき、過半の農業者が取り組む先進的活動として有機農業ないし「ちばエコ農産物認証」を活用した慣行5割以上の化学肥料・化学合成農薬の削減を目標として盛り込んでいる。先進部分に取り組む農家は14戸(うち有機農業実践農家10名)であり、全農家の56パーセントである。今後も先進部分の追加参入が見込まれるため、おおむね5割の要件は十分クリアできる見通しである。

(野菜産地における本対策の有利性と課題)

 本対策を導入してまだ2年であることから、対策導入による直接的効果を検証することは難しい。しかし、代表者の意見として、本対策の営農支援部分に関わる支援金のうち、野菜作(特に果菜類・施設栽培の場合)の先進的営農に対する交付金の単価は高めに設定されている6)ため、当該農家の資材購入支援費として有効に活用されているという。とりわけ資材価格の高騰が叫ばれる昨今、施設野菜に取り組む農家や有機ないし環境保全型農業に取り組んで間もない農家にとっては、有効な交付金と評価されている。

 なお、活動の実践に関わる課題として、代表者らは市担当者と同様、現地確認の負担感を挙げていた。野菜作(特に葉茎菜)は年数作行うことが多く、ほ場も移動する。そのため出荷1カ月前を目処に行う栽培状況の確認がどうしても頻繁になるという。また、書類手続きについても、既にJAS有機認証の際に各種書類を取りそろえてきたので書式や記録を取る行為自体には慣れているものの、それでも時折届出や報告を忘れてしまうことがあり、注意しなければならないとのことであった。



写真1 多品目の野菜を栽培している
実門地区の野菜畑

写真2 交換されたパイプラインの取水口
(修理にも交付金を活用)

◆4.おわりに(野菜産地での普及へ向けて)

 実門地区での実践は、「農地・水・環境保全向上対策」を導入した結果として生まれた成果ではない。むしろ、これまでの取り組みの成果を活用して本対策を導入し、活動への追加的支援を獲得しているといえる。しかし、既存の野菜産地が本対策を利活用するうえで参考になる特徴を垣間見せてくれている。最後に野菜産地が本対策を活用し、特に営農支援活動を普及させていくには、どのような点に留意すべきかについて、山武市(特に実門)での実践から見えてきた留意点を二点ほどまとめておく。

 一点目として、水稲作を念頭に置いて設計された感の残る本対策の制度設計や運用現場において、野菜作ゆえの課題や制約が存在することに留意する必要がある。具体的には、品目が多く栽培時期も多様であるがゆえの課題が複数存在することが明らかになった。年1作で栽培時期もほぼ確定している水稲に比べ、野菜は品目により栽培時期が異なり、連作も行われる。加えてほ場の移動(ローテションなどによる)も頻繁である。そのため営農活動の確認に必要な出荷前の栽培確認や、エコファーマーの取得に、水稲よりも多くの労力を要する。この点、制度ないし運用面での改善が望まれる。例えば、エコファーマー要件については、より厳しい基準を設定しているJAS有機認証や、一部都道府県が実施している化学肥料・化学合成農薬の5割低減を前提とした認証制度を獲得している場合は、要件を弾力化(エコファーマー取得と見なす)してもよいのではないか。出荷確認についても、認証制度のシステムにほ場確認が組み込まれている場合や、地域のJA・出荷団体が厳密に生産履歴を管理している場合は、それに置き換えることも検討してよいと考える。

 二点目として、各野菜産地が、本対策の一階部分、すなわち共同活動に関する要件をクリアできているかどうか、より前向きに確認することが求められる。正確に申請状況を把握できないので断言できないが、野菜産地の二階部分の実績が少ない理由は、その前提となる一階部分の申請自体が少ないからではないかと筆者は推測する。対策がスタートしてからのPR方法を見ると、まず水田地帯を対象に本対策の導入をアピールしている感がある。政府・自治体の窓口も、一般的には用水を管理する構造改善や農村振興の部局が担っているケースが多い。そのため野菜産地や畑作地帯では、本対策の導入を当初から断念している(または意識していない)ケースも少なくないのではないか。しかし、相当数の野菜産地では、自給+αのレベルであるかもしれないが、構成農家が水稲作も行っていることが多い。そこで実践されている地域の取り組み、例えば、水路や農道を管理するための共同作業を吟味すれば、一階部分を申請するに足るレベルに達している例も一定数あるのではないだろうか。また、共同活動の管理対象となる水関連の施設としては、水稲作に典型的な開放系の水路やため池だけでなく、畑作地帯に見られるパイプラインも対象に含まれている。この点も野菜産地にとっては好都合である。

 現在、多くの都道府県が「化学肥料・化学合成農薬の5割低減」を念頭に置いた認証基準を用意し、実際に相当数の野菜産地・地域が実践している。こうした地域では、今一度、一階部分の要件をクリアしているかどうかをチェックし、申請可能であれば二階部分にもトライすることを促してはいかがであろうか。

1)
荘林幹太郎「環境保全型農業へのステップアップ」『農業と経済』75巻7号、33-45、2009年。
2)
農林水産省農村振興局調べ。
3)
農林水産省農村振興局「農地・水・環境保全向上対策 平成20年度に実施した施策評価に関する調査・分析について」2009年。
4)
例えば農村振興局のパンフレットをみると、青年団、子ども会、女性会など、地域に古くから存在する組織でも非農業者を一定数含む組織であれば非農業者の構成要素として認められている。
5)
以下、実門地区の統計数値はすべて2005年農林業センサス集落カードの記載データに基づいている。
6)
先進的営農支援交付金(10アール当たり:国と地方の合計額)は、いも・根菜類で6,000円、葉茎菜類で10,000円、果菜類・果実的野菜で18,000円、一部の施設野菜で40,000円となっている(農林振興局資料より)。

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