那覇事務所 調査役 古澤 康紀
調査情報部 調査課 課長代理 遠藤 秀浩
調査情報部 調査課 係長 藤戸 志保
地域経済に占めるさとうきび生産の比重が極めて高い沖縄県は、広大な海域に点在する大小さまざまな島で構成されており、島の面積が限られていることから、収益を確保するためにさとうきびの単収を増やすことが重要な課題となっている。
また、野菜の生産については、温暖な気候を利用して本土より早い時期の出荷が可能であるが、台風や干ばつなどの自然災害を受けやすく、大消費地から離れているため、輸送手段の制約や出荷コストが多くかかるなどの課題を抱えている。
沖縄県の最東端に位置する北大東島では、さとうきびの輪作体系に、ばれいしょを中心とする野菜を組み入れることで、双方の単収を向上させるとともに、経営の安定化を図る取り組みが浸透しつつある。
今回、北大東島を訪問し、JAおきなわ北大東支店や村役場、農家などへの聞き取り調査を実施する機会を得たので、同島の取り組みを報告する。
(1) 島民の生活を支えるさとうきび産業
北大東島は、沖縄県の東方約360キロメートルに位置する。島を取り囲む高さ15メートル前後の険しい断崖が上陸を拒み続け、長い間、太平洋に浮かぶ絶海の無人島だったが、約100年前(明治36年)に開拓された。総面積1,194ヘクタール(耕地面積560ヘクタール)、総人口588人(平成17年国勢調査)の小さな島である。
開拓以来、リン鉱石採掘事業が盛んに行われていたが、閉山後はさとうきび生産に切り替わり、農業産出額の9割以上(92%)を占める基幹産業となっている(図1)。
経営規模の零細性が問題となる沖縄県(さとうきび農家の平均耕地面積0.7ヘクタール)の中で、農家1戸当たりの平均耕地面積は5.23ヘクタールと、さとうきびを中心とした大規模な土地利用型農業が展開されており、土づくりから定植、収穫に至るまで機械化一貫作業体系を確立している。中でも豪州から導入した大型キビ刈り機「ケーンハーベスタ」による収穫は、島内の収穫量のほぼ100%を占めており、全農家戸数102戸(全農業従事者数117人、1戸当たりの農業従事者数は1.15人)のうち、兼業農家が9割以上を占める北大東島において、農業従事者の高齢化や労働力不足を補う重要な役割を果たしている(図2)。
(2) 年次変動が大きい近年のさとうきび生産
亜熱帯海洋性気候に属する北大東島の年平均気温は、23度(7月の平均気温28.3度、1月の平均気温16.9度)と、一年を通して暖かい。一方で、島の面積が小さく、年間降水量が1,742ミリ程度と少ないため、頻発する台風や干ばつなどの影響を受けやすい。
最近の生産動向を見ると(図3)、平成20/21年の収穫面積は418ヘクタールであるが、過去において420~440ヘクタール前後で推移していた収穫面積は、相次ぐ台風や干ばつの影響により、平成16/17年(砂糖年度10月~翌年9月)は371ヘクタール、17/18年は252ヘクタールまで落ち込んだ。それに伴い、2万トン以上が安定的に生産されてきた生産量は、平成16/17年に8,618トン、17/18年は6,192トンにまで減少した。
単収も、過去10年の平均で4.3トンと他地域(平成20/21年の沖縄県の平均7.12トン)に比べて低く(図4)、平成16/17年には2.3トンまで減少するなど、機械化一貫作業体系を完備しながら、年次変動が大きい状況が続いている。
そのため、北大東島では、ため池による水資源の確保や点滴かんがいによる節水型かん水、台風による風害や潮害を受けやすい島の外周の防風・防潮林の整備、病害虫対策などの徹底や台風に強い品種の選定、夏植えへの一部移行を中心とする災害に強い栽培体系の導入など、島を挙げてさとうきびの単収増加に向けた取り組みを行っている。
(1) 経営安定化に向けて始まったばれいしょ生産
北大東島におけるさとうきびとの輪作によるばれいしょ生産は、以上のような、台風や干ばつなどに大きく左右されるさとうきび生産以外の副収入源を確保して農家経営を安定させるための取り組みの一環として、昭和62年から始まった。
ばれいしょ生産は、台風シーズンを避けることのできる10月下旬から12月中旬にかけて植え付け作業が行われ、2~3月にかけて収穫される(図5)。
北大東島の輪作農家1戸当たりの平均経営規模は、ばれいしょ1.4ヘクタール、さとうきび春植え1.7ヘクタールであり、ばれいしょの収穫とさとうきびの春植えが重なる2~3月の労働時間は、約675時間(10アール当たりのばれいしょの収穫時間は44時間、さとうきびの定植時間は3.5時間)である。1日8時間の労働時間とすると約84日、1戸当たりの労働力が2名の場合は約40日程度であり、労働配分は十分可能であるという。
ばれいしょ収穫後の春植えさとうきびのほ場は、ガイダー1の密度が低い傾向にあり、防除の回数を減らすことができることから、減農薬による経費の節減にもつながっている。また、ばれいしょは連作障害を起こしやすい野菜であるが、さとうきびとの輪作により病虫害の発生が少ないため、種イモの植え付け後は、基本的に農薬を必要としない。そのため、安全でおいしいばれいしょの収穫が可能となっており、沖縄県で第1号のエコファーマー2は、平成16年に北大東島から輩出した。
北海道産の貯蔵ものが流通の大半を占める2~3月に、全国に先駆けて出荷される北大東島産の新じゃがは、県外で安全・安心野菜の販売を展開する量販店や沖縄本島で地産地消に取り組む量販店にとっても魅力的な商品となっており、エコファーマーの取得により付加価値がつき、取引価格も上昇したという。
1ガイダー:カンシャコバネナガカメムシの沖縄名。成・幼虫が集団で芯葉部や葉鞘内部から吸汁加害し、さとうきびの生育を阻害する。被害を受けた葉は黄変し、甚大な場合は枯死する。
2エコファーマー:持続農業法(正称「持続性の高い農業生産方式の導入の促進に関する法律」)に基づき、たい肥などを施して土地の力を高め、化学肥料、化学農薬を減らす生産計画を都道府県知事に提出し認定された農業者をいう。
北大東島におけるばれいしょの生産量は、さとうきびの生産量と反比例の関係にある。台風や干ばつの影響でさとうきびの生産量が減少すると、農家が収入を確保するためにばれいしょを多く植え付けるため、翌年の生産量が増加する。そのため、一時は764トン(平成9/10年)まで増加した生産量は、さとうきび生産の好調を受けて19/20年に344トン、20/21年に187トンまで減少している(図6)。
(2) 離島における輸送面・コスト面の問題をクリアするばれいしょ
さとうきびの輪作作物として、ばれいしょが選ばれた理由に輸送面の問題がある。北大東島の農産物は、海上輸送により運搬される。北大東島と那覇泊港を結ぶ唯一の定期輸送船である貨客船「だいとう」は、月6便程度の運港となっており、天候が良い場合でも、収穫してから県内外の実需者の元に届くまでに2~3週間前後かかる。ばれいしょの収穫期である2月から3月にかけては、季節風が吹くため、欠航が多くなり、さらに日数を要することも多いという。
以上のような課題をクリアするためには、軟弱野菜ではなく、長期輸送に耐え得る野菜であることが絶対条件となる。
長期輸送の可能な作目として、ばれいしょ以外に、かんしょ、たまねぎ、にんじんなどの導入も検討されたが、かんしょは害虫イモゾウムシ3の発生の懸念があった。また、たまねぎは風乾施設、にんじんは洗浄・選果・予冷施設などの初期投資が必要となるほか、他産地や価格の安い輸入野菜との競合の問題などがあった。
これに対し、ばれいしょは初期投資が選果施設のみでよく、またウィルス病やジャガイモシストセンチュウ4などの病害虫に侵されやすいため、植物防疫上輸入が制限されており、競合の問題もたまねぎやにんじんと比較すると小さかった。
また、コスト面の問題として、北大東島とJAおきなわ本店がある那覇市までは、港湾を管理する北大東村役場が一部を負担しているものの、船運賃・積荷賃・揚げ荷賃の3段階の運送料(1箱(10キログラム)当たり76円)がかかる。また、JAおきなわ本店から各実需者への配送運賃(1箱当たり69円)も必要となる。さらに、ばれいしょは緑化5を防ぐため、箱詰めなどの選別作業を北大東島で行っており、JAおきなわ本店から北大東島に空箱の運送(運送料1箱当たり30円)が必要となる。このほか、労働力不足を補うため、収穫期には営農センターを通して本島から10名程度の選別作業員が派遣されており、1箱当たり130円の選別料が上乗せされる(表1)。
3イモゾウムシ:沖縄県には、かんしょの害虫であるイモゾウムシが分布しており、甚大な被害を与えている。加害されたイモは独特の臭みや苦みがあり食用とならないため、イモゾウムシの寄主植物であるかんしょは本土への持ち出しが規制されている。
4ジャガイモシトラスセンチュウ: 多数の寄生を受けると地下部が生育不良により、下葉が萎ちょうし始め、次第に上葉まで及び株全体が黄化・萎縮して収量の大幅な減少となる。ばれいしょの主産地である米国・欧州などは、ばれいしょの重要病害虫の発生地域であるため、植物防疫法は、これら地域のばれいしょを「輸入禁止品」にしている。
5緑化:ばれいしょは、光に当たるとクロロフィルが生成され、表面が緑色になるほか、グリコアルカロイドも表皮の近くに生成され、苦みやえぐ味が出てくる。
これだけの費用をかけて県外に出荷しても再生産価格を確保できる作物となると、ほかの野菜と比べて価格が安定しており、資材費や農薬・肥料代などの生産コストを抑えられる野菜でないと厳しいという理由もあった。
北大東島産の新じゃがは、同時期に出回る貯蔵ものと比較すると、価格が高く(参考:東京都中央卸売市場統計の平成21年2~3月の10キログラム当たりの平均価格は、沖縄県産2,255円、北海道産1,000円)、再生産価格を確保できた。
(3) 双方の単収向上につながったさとうきびとばれいしょの輪作(優良事例紹介)
さとうきびとの輪作によるばれいしょの生産は、経営の安定化だけでなく、双方の単収向上にもつながっている。
今回、さとうきびの栽培を中心としたばれいしょ・かぼちゃの輪作経営を実践しているJAおきなわ北大東支店前ばれいしょ生産部会長の大城氏にお話を伺うことができたので、取り組み内容とともに複合経営による効果について紹介したい。
~取り組み内容~
大城氏は、7ヘクタールの畑(さとうきび春植え+2回株出し5ヘクタール、ばれいしょ1.5ヘクタール、かぼちゃ0.5ヘクタールの輪作体系)で複合経営を行っている。
広大な畑は、粘土質で強酸性の
平成16年には、沖縄県で2番目のエコファーマー認定を13名の仲間と共に受け、その後、新しくばれいしょの栽培を始めた生産部会員の取得に向けて指導を続けた結果、現在、部会員全員がエコファーマーの認定を取得している。
地温が高く、干ばつ被害が多い北大東島では、節水のため、畑にチューブを張り巡らす点滴によるかん水が行われているが、水道施設工事業との兼業を営む大城氏は、点滴チューブ用ポンプとため池間の配管の工事も自ら行っている。また、ばれいしょの腐食を防ぐため、種イモを植えた後にすぐ高培土したり、乾燥により土が割れてイモが緑化するのを防ぐため、地下30センチの深さに種イモを植えるなどの工夫を凝らしている。
ばれいしょほ場の周囲には、さとうきびを植えている。さとうきびの苗ほに隣接して栽培したばれいしょは、さとうきびが防風林の役割を果たすため、商品化率が向上するという。
~複合経営による効果~
ばれいしょの植え付け前の緑肥栽培とたい肥投入は、後作のさとうきびにも効果が持続し、ばれいしょだけでなくさとうきびの単収も向上している(表2)。
大城氏は、「何よりもばれいしょの輪作による複合経営により、副収入を確保でき、結果としてさとうきび栽培にも安心して取り組めるようになったことは大きい。また、ばれいしょの生産は、さとうきびと比較して畑の管理に手間を要するため、畑に足を運ぶ回数が増え、結果としてさとうきび畑の状況を早めに察知して肥料や水を撒くようになったという相乗効果がある」と話す。
(4) 取引先にとっても魅力的な北大東島産のばれいしょ
現在、北大東島産のばれいしょは、沖縄本島と県外の量販店に6対4の割合で出荷されている。沖縄本島では2L~3Lの大玉が好まれるが、県外ではM~Lの中玉が好まれるため、サイズによって県内・県外向けを振り分けている。
ばれいしょ生産が始まった当初は、市場出荷のほかに農家が自分で取引先を見つけて相対取引を行っていた。しかし、市場価格は不安定であり、また相対取引についても代金回収に苦労したことから、平成8年にJAおきなわに販売面を委託することになったという。当時、北大東島産の販売を担当していたJAおきなわ園芸部の平田氏(現、JAおきなわ東京事務所駐在)は、「相場に左右されない契約取引に魅力を感じた」と話す。以来、ばれいしょについては全量契約取引となっており、平田氏が開拓した取引先との契約取引が今でも続いている。
平田氏は、契約取引を開始するに当たり、何度も量販店などに足を運び、その際、ばれいしょを販売する前に沖縄の魅力を訴えたという。その労が実り、他産地が不作になると、最初は見向きもされなかった相手から声が掛かるようになった。平田氏は、「契約取引は人と人のつながりであることから、コミュニケーションを大事にしており、量販店の販売担当者には毎年北大東島に足を運んでもらうようにしている。実際に北大東島を訪れた販売担当者は、少しでも高く売れるよう、一肌脱ごうという意識を持つようになる」と話す。
北関東・東北地方で安全・安心にこだわった野菜の販売を展開しているある量販店では、土づくりを重視し、化学肥料や農薬の使用をできるだけ減らした低農薬野菜として、10年前から北大東島産のばれいしょを販売している。
全国に先駆けて出荷される北大東島産のばれいしょは、他産地と比較して仕入価格は高いが、1袋当たりの重量を減らして価格を低く設定したり、大袋にして特売商品にするなどの工夫を行なっている。
マルチなどを張らずに完全な露地栽培で育てられるため、香りとでん粉質が高く、ホクホクとした食感が楽しめることから、リピーターが多いという。
量販店の販売担当者は、「北海道産の貯蔵ものと北大東島産の新じゃがを併売することで、顧客の選択幅も広がる。産地リレーをつなげるためにも、全国に先駆けて入荷できる北大東島産の低農薬でおいしい新じゃがは、魅力的であり、取引を今後も続けていきたい」と、契約取引の継続に向けて前向きだ。
(5) 新たに始まったかぼちゃ生産
北大東島では近年、ばれいしょに代わってかぼちゃの生産量が増加している。栽培が始まった平成16/17年に5.2トンだった生産量は、平成20/21年は66.8トンまで増加しており(図7)、現在さとうきび生産者117人のうち、ばれいしょ生産に取り組む生産者は12人、かぼちゃ生産に取り組む生産者は19人となっている。
ここ数年、ばれいしょの生産量が減少している理由として、さとうきび生産が好調であるほかにも、サンテナカゴを使った収穫作業の負担や種イモの確保の問題が挙げられる。
前者については、収穫したばれいしょの風乾処理のため、1ケース30キログラムのサンテナカゴを、1畝100メートル以上あるほ場からJAの集荷場まで何百ケースも運搬する作業が高齢化した生産者にとって大きな負担になっているという。また、後者については、長崎県から‘ニシユタカ’の種イモを購入しているが、長崎県の産地では、近年、価格の安い種イモから生食用に生産を切り替える農家が増加しており、平成9年頃まで20キログラム当たり2,000円程度だった種イモ代金は、平成21年12月現在、同5,000円程度まで上昇している。そのため、生産コストに占める種イモ代金が農家にとって大きな負担になっているという。
これに対し、かぼちゃは風乾処理がなく、サンテナカゴには入れずにそのままJAに運べるため、収穫時に重労働を伴わない。また、種苗会社から種子を購入しているため、種イモ確保の負担の問題もないという利点がある。
ニュージーランド産やメキシコ産など、輸入ものが流通の大半を占める2~3月の端境期に出荷できる北大東島産のかぼちゃは、ばれいしょとともに国産の安全・安心野菜を求める実需者からの引き合いが強いという。
昨年は、「おきなわ花と食のフェスティバル」で、かぼちゃの産地として名高い沖縄本島の
昭和62年から始まったさとうきびとの輪作によるばれいしょ生産は来年、24年目を迎える。
JAおきなわ北大東支店では、農家の経営安定化のために、ばれいしょとかぼちゃの植え付けを奨励するなど、双方の作付面積合わせて50ヘクタールを目指して取り組んでおり、目標達成に向けて一つ一つ課題を出しては、島全体で話し合って実行に移しているという。
昨年からは、種イモの確保に向けて自家採取も指導しており、現段階では使用量に占める割合は5%程度と試作段階ではあるが、今後増産していく予定である。また、ばれいしょやかぼちゃのほかにもいろいろな作物の試作を行っており、2~3月のばれいしょ・かぼちゃの出荷が終わった後に出荷できる新たな作物の導入も検討するなど、経営安定化に向けたさとうきびと野菜の輪作による複合経営の確立に向けて積極的だ。
北大東村役場からは、基幹産業はさとうきびだが、野菜との複合経営ができて初めて北大東島の農業が生かされ、担い手も魅力ある農業として再認識し、島に戻ってくるのでないかと期待する声も聞かれた。
離島でのさとうきびとの輪作による野菜生産というハンディがある中で、島民全体が一丸となって取り組む力強さを感じた。
最後になったが、本調査を実施するに当たり、ご多忙中にもかかわらず多大なご協力をいただいたJAおきなわ北大東支店、JAおきなわ東京事務所の平田聡氏、北大東村役場、南部農業改良普及センター、北大東製糖株式会社、大城知幸氏にこの場を借りて厚くお礼を申し上げる次第である。