調査情報部情報課 課長代理 帆足 太一
調査情報部調査課 小峯 厚
わが国の野菜の自給率は8割であるが、加工・業務用の需要が家計消費用の需要を上回り増加傾向で推移する中、加工・業務用需要に占める国産野菜の割合は7割に満たない状況にある。野菜の自給率を高めるには、加工・業務用需要に占める国産野菜のシェアの拡大が不可欠であるが、当機構においても野菜の契約取引の推進に向け「野菜産地と実需者との交流会」を開催するほか、農林水産省との共催により「国産野菜の生産・利用拡大優良事業者表彰」を行うなど契約取引の推進に向けて多様な取り組みを行っている。
このような中で、福岡県のみい農業協同組合野菜部会協議会(以下「JAみい」という。)と岡山県の倉敷青果荷受組合(以下「倉敷青果」という。)の間における野菜の契約取引の取り組みは、加工・業務用野菜の生産流通に先進的に取り組む優良な事例として、本年3月に開催された「第二回国産野菜の生産・利用拡大優良事業者表彰」において農林水産大臣賞を受賞したところである。
本稿では、今後、他の野菜産地において契約取引を推進する上で参考になると思われるJAみいと倉敷青果との間の契約取引に至るまでの経緯、具体的な取り組み内容などについて調査を行ったのでその内容を報告する。
(1) 地区の概要
JAみいが管轄している三井地区は、福岡県のほぼ中央部、筑後平野の北部に位置し、小郡市、久留米市北野町および三井郡大刀洗町からなる平坦な水田地帯である。
南部には九州一の規模を誇る筑後川が流れ、また、年間の平均気温が16度、年間の降雨量は2,000ミリ程度と温暖な内陸性気候である上、管内には高速道路のインターチェンジもあることから、気候、地形、土壌、水および地理的条件に恵まれた地区と言える。
(2) 生産者の概要
JAみいの正組合員数は4,765人、そのうち野菜関係は33の部会に472名が所属している。部会員の平均年齢は30代後半と若く、後継者が多いことがこの地区の特徴である。
(3) 農産物の構成比
JAみいが取り扱う主な農産物は米、麦、大豆および野菜であるが、取扱高でみると全体の70%近くを野菜が占めている(表)。
(4) 野菜の種別
JAみい管内は、昭和50年代初めまではにんじんの産地であったが、軟弱野菜を中心とした少量多品目の野菜産地へと転換が図られ、現在取り扱っている野菜は施設(ガラス温室など)で周年栽培している水菜、小松菜、青ねぎなどの葉もの・軽量野菜や、主に冬から春にかけて出荷されるレタス、キャベツ、だいこんなどの重量野菜など約80種類である。その中で、サニーレタス、グリーンリーフレタスの非結球レタス(リーフ)が、作付面積、出荷量、取扱高ともに一番の実績を上げている。以下水菜、小松菜などの施設もの軟弱野菜が続く。
(5) 野菜の出荷先
これらの野菜は、全国農業協同組合連合会福岡県本部と取り引きのある全国の46の指定市場のほか、63社の市場外の実需者に出荷されている。また、サラダ菜、小松菜、ラディッシュなどは、わずかながら香港に輸出している。平成19年度の野菜の取扱高は約56億円であるが、仕向先別に見ると、市場向け44億円、市場外12億円であり、全体の20%程度を市場外が占めている。
(1) 組織の概要
倉敷青果は、昭和21年創業の青果物荷受会社であるが、平成10年からは洗浄殺菌カット野菜の製造、販売も手がけるようになった。また、同社は、青果事業を中心に食品事業、レジャー事業など多角的に事業を展開する「クラカグループ」の関連会社である。
(2) 組織の構成
倉敷青果には、「蔬菜部」「果実部」「洗浄野菜プロジェクト」の三部門があり、それぞれが社内の独立部門として事業を行っている。このうちJAみいとの野菜の契約取引に関係するのは、「蔬菜部」と「洗浄野菜プロジェクト」である。
(蔬菜部)
蔬菜部は、JAみいと洗浄野菜プロジェクトとの間に立ち、中間事業者として二つの重要な役割を担っている。一つは、洗浄野菜プロジェクトに野菜を供給する業務であるが、産地から仕入れた野菜がだぶついた場合には生鮮野菜として卸売りに振り向け、不足時には他の産地から買い付けるなどの調整的役割である。ちなみに、洗浄野菜プロジェクトが取り扱う野菜の約70%は、農協、農業生産法人などの35産地からの契約取引による仕入れである。もう一つの役割は、産地(川上)と消費者・実需者(川下)の相互の視察や検討会の開催などの情報交換の場を設けることである。これらの役割が契約取引を継続させる上で非常に重要なポイントとなる。
(洗浄野菜プロジェクト)
洗浄野菜プロジェクトは、中食、外食向けのカット野菜の需要の増加に対応すべく平成10年に立ち上がった新たな部門であるが、JAみい、蔬菜部との三者間においては、実需者に位置づけられる。
洗浄殺菌カット野菜の製造、販売が主な業務であるが、品質および衛生管理に最も力を注いだ安全・安心への取り組みに加え、「定時」「定量」「定価格」「定品質」(4定)を基本理念として年中無休の24時間体制により、ユーザーにホール野菜(加工などの処理を施さない野菜)や洗浄殺菌カット野菜の販売を行っている。
平成10年の設立時は、広さ400平方メートルであったカット野菜工場も四期にわたる増設工事を経て、現在1,400平方メートルまでに施設を拡張している。加えて生産ラインおよび洗浄殺菌ラインの増設、デジタルスライサーの導入など、最新鋭の施設・機器の導入により、日量処理能力も平成14年の9トンから平成19年の15トンへと増強され、平成20年度の売上高も16億7千万円(前年比108%)と右肩上がりで推移しており、平成24年には、洗浄野菜プロジェクトの部門で23億円の売上高を目指している。
商品の販売先は①デパ地下サラダ売場・スーパー(惣菜部)②スーパー・コンビニ向けベンダー・食品製造工場③医療・事業所給食④外食産業など約80社である。
JAみいが出荷する野菜の大半は市場向けであったが、
① 天候や需給などの影響を受け乱高下する野菜の市場価格の不安定性
② 生産者の収入の増加や安定した経営の確保の必要性
などの理由から、JAみいは安定的な収入が確保できる取り引きを模索していた。
一方、倉敷青果は、創業以来青果物の荷受業務を行ってきたが、
① 平成8年の腸管出血性大腸菌O157による集団食中毒の発生を初めとする、数々の食にまつわる事件による安全な野菜に対する需要の増加
② 取引先からの加工・業務用野菜の需要の増加
などの理由から、試験的に洗浄殺菌カット野菜の製造に着手した。
こうした中で倉敷青果では、JAみいの野菜を近県市場から入手していたが、倉敷青果にとってJAみいは、旧北野町農協時代から多品目の野菜がそろう憧れの農協であり、品質も優れ、加工・業務用に向いた野菜が数多く揃うことから、何とかJAみいと直接取引をしたいという思いがあり、平成18年に倉敷青果の冨本専務がJAみいを訪れ契約取引が開始された。
JAみいと倉敷青果との間における契約は、書面による一年間契約となっている。契約価格は、取引量が多い品目については年間一定価格の取引、取引量が少ない品目については、一週間ごとに価格を見直すこととしている。実際の取り引きは、毎週木曜日にJAみいから倉敷青果にファクシミリにより送られる翌一週間(日曜日から土曜日まで)の希望出荷量と単価が記載された予定表から開始される。JAみいからの予定表を受け取った倉敷青果は、種別ごとにJAみいの希望数量、希望価格を検討し、必要に応じて末端実需者にも確認を行うなどして土曜日の午前9時までに検討結果をJAみいに連絡する。その後の出荷から製品化に至るまでの流れは以下のとおりである。
以上のような流れにより、JAみいと倉敷青果との間において契約取引が行われているが、この取り引きが円滑に進み一定の成果を上げている理由として以下の要因が挙げられる。
(1) 徹底したコールドチェーン化
この契約取引の一番の特徴は、JAみいと倉敷青果の双方が販売戦略の一つとして、国産野菜を消費者に提供していく上では、「鮮度保持」「品質保持」が重要であるとの価値観を共有し、コールドチェーン化に徹底して取り組んだことである。このことにより、「新鮮」「安定した品質」という一つのセールスポイントができあがり、有利販売が可能となった。JAみいの野菜の集出荷の拠点となる園芸流通センターでは、農協の選果場や集荷場で通常みられる選果機などの大がかりな機材は見当たらず、もっぱら真空予冷機や低温格納庫といった、低温保管に特化した施設の造りとなっている。
(2) 衛生管理の徹底
倉敷青果では、「衛生管理」についても重要視しており、平成18年には品質管理室(現品質保証室)を設置して、◎工場内では、15分に一度は手洗いの慣行◎トイレの扉は水、石鹸水、アルコール消毒を全て使用しなければ開かない◎工場内の床などの細菌の検査や残留農薬の検査など月間数百検体にもおよぶ自主検査の実施など、ハード、ソフトの両面から「衛生管理」の徹底に努めている。
また、安全面に関しては、すでに品質の管理面においてHACCP(危害分析重要管理点)を導入していたが、本年5月には、原料の受け入れ、トレーサビリティなども加味したISO22000(食品安全マネジメントシステムの国際規格)の認証を取得し、洗浄殺菌カット野菜の製造・販売とホール野菜の販売において国際規格に沿った商品の提供が可能となり、ユーザーに製品と一緒に安心感を提供することも可能となった。
(3) 情報交換会の開催
JAみいと倉敷青果とは年に数回お互いを訪問し合い、それぞれの現場を視察し、意見交換を行う情報交換会を開催している。この情報交換会は、契約取引を円滑に推進する上で非常に重要な意味を持つ。倉敷青果は、JAみいを訪問することにより、野菜の生育状況の確認、品質チェック、生産者サイドの要望事項の把握などを行い、JAみいは倉敷青果を訪問することにより、野菜の加工工程の見学、実需者ニーズの把握などお互いの立場の理解の促進に役立てている。
また、情報交換会では、単にお互いの事情を知ること以外に契約取引を進める上でいくつかのプラスの効果をもたらしている。
(生産者の加工・業務用野菜に対する意識の変化)
生産者は自らが出荷した野菜の加工現場を見学し、実需者の加工・業務用野菜に対する意見やニーズを直接聞くことにより、「加工・業務用にはB級品でも構わないのでは」といった生産者の加工・業務用野菜に対する意識が、実需者のニーズに沿った野菜の生産へと意識が変化するという。
(問題意識の共有による課題の克服)
情報交換会で出された課題はJAみい、倉敷青果荷受蔬菜部、洗浄野菜プロジェクトの三者間の共通課題として取り扱われ、双方が協議、協力し合うことにより迅速な課題の克服と、さらなるレベルアップが図られる。例えば、結球レタスについては、三者が協議した結果、大玉化の栽培を行い、包装フイルムを無くすことで1ケース当たり48円(1ラップ当たり4円×1ケース当たり12玉)のコストの削減が図られた。また、ほうれんそうについても同様に規格を40センチ以上(市場出荷用は通常25~30センチ程度)とすることで、収量の増加、作業の効率化が図られた。
(信頼関係の構築)
安定した契約取引を継続させる上では、生産者サイドと実需者サイドの信頼関係の構築が重要となるが、電話や書類のやりとりだけではお互いの立場の理解や認識の共有を図ることは困難と考えられる。しかし、JAみい、倉敷青果荷受蔬菜部、洗浄野菜プロジェクトの三者間における情報交換会の開催は、実際に相手の状況を目で確認し、話を聞き、意見を交わすことにより、効率的に深い信頼関係の構築が図られていると思われる。
今後について倉敷青果の冨本専務は、「いずれ、また中国をはじめとする外国産との競合を強いられることが予想されることから、コストダウンも含めて常に一歩先を行き、何があろうと動じない契約取引のシステム作りを急ぐ必要がある」といい、また、「実需者からのクレームのない組織作りを目指す」という。一方、JAみい園芸流通センター長の樋口氏は、「倉敷青果との取引額1億円をめざし、そのためには土作り、減農薬など品質の向上を図り取扱量を増やしたい」としている。
(おわりに)
JAみいと倉敷青果との間の契約取引が継続して行われている要因としては、
① コールドチェーンという一つの販売戦略に対して、JAみい、倉敷青果の双方が徹底して取り組んだこと
② 生産者、実需者のみならず中間事業者をも含めた三者間の信頼関係が構築されたことにより意識の共有化が図られ、契約取引の質を高めていること
などが考えられるが、さらに、JAみいの青果物の販売体制が挙げられる。青果物の販売に当たっては、組織から全幅の信頼を得ている園芸流通センター長の樋口氏が司令塔的役割を担っており、樋口氏自らがさまざまな判断を下している。そうしたリーダーの存在の下で、農協が組織的にスピード感をもってあらゆる方面に対応することが可能となり、結果として野菜の有利な販売を導くことにもつながっている。
お話を伺った日は、野菜の出荷は休みの日であったが、園芸流通センターには生産者が収穫して箱詰めした野菜が軽トラックで持ち込まれていた。生産者は20~30歳代と若く、皆笑顔で冗談を交えながらセンターの職員と一緒に軽トラックからパレットに荷を下ろしていた。このわずかな時間の中でも生産者と樋口センター長との間には、市況の動向、現場の情報など細かい情報の交換が行われていた。樋口氏の情報をもとに生産者は前向きに安心して生産に励むことができる状況に接し、コールドチェーン化と同様に生産者と実需者の間における情報の共有も重要であると感じた。
最後となったが、本調査の実施に当たり、ご多忙中にもかかわらず多大なご協力をいただいたJAみいの米倉園芸課長、樋口センター長および倉敷青果の冨本専務、洗浄野菜プロジェクトの寺田氏、佐藤氏、品質管理課の冨本氏にこの場を借りて厚くお礼を申し上げる次第である。