農林水産省が公表している各年1月1日時点での飼育ほう群数は図1のとおりである。飼育ほう群全体の増減がそのまま花粉交配用の増減とほぼ一致しており、(採みつ用のミツバチの数は一定)平成20年1月時点における飼育ほう群数は落ち込んでいる。
図1 国内のミツバチ飼育ほう群数
資料:農林水産省HP「花粉交配用ミツバチの不足問題について」
日本国内のミツバチの状況(蜂群数等)(データ入手日平成21年4月21日)
注1:一般に蜂群崩壊症候群(Colony Collapse
Disorder)と呼ばれているもの。米国農務省の資料によれば、
① 巣のまわりにほとんど死骸が見当たらないにも関わらず、働きバチが突然見当たらなくなる。
② 巣には孵化した健全なミツバチの幼虫が残されている。
③ 食料の備蓄が残されている。
④ 女王バチが最近羽化したばかりの少数の働きバチとともに残されている場合が多い。
といった特徴があり、一般的なミツバチの死滅や減少とは区別されるべきものである。
◆2.ミツバチの利用用途などによる養蜂の違い
主として採みつを行うミツバチの供給スタイルと、花粉交配を行うミツバチの供給スタイルは異なっている。採みつ用のミツバチにとって冬は準備期間であり、春から秋にかけて活発にみつを集めて回るが、花粉交配用のミツバチは春から秋にかけてが養生期間である一方、秋から春にかけて花粉交配に活用されている。
聞き取りによれば、採みつ用ミツバチ養蜂業者と交配用ミツバチの養蜂業者との間でのミツバチの融通は既に行われているが、仕入れ先が同じといった同一グループ間での融通にとどまっているとの話も聞かれる。
また、養蜂業者は、1つの地域にとどまって養蜂を行う業者と、採みつ植物の開花時期に合わせて全国を移動する業者がある。ただし地域にとどまる業者も、地域内での巣箱の移動は行っている。
◆3.花粉交配用ミツバチのサイクル
花粉交配用ミツバチの利用は、いちご、メロンなどの施設園芸で利用されているほか、果樹や果菜類などの露地栽培でも導入されている。
栃木県におけるいちごの花粉交配用ミツバチの事例では、生産農家は農協を通じて花粉交配用の養蜂業者から秋季にミツバチのリースを開始し、4~6カ月程度の期間利用された後、養蜂業者に返却される。聞き取りによれば10箱貸し出すと、戻ってくる時には3箱の女王バチは死んでしまっているとのことである。働きバチの数では、1箱当たり1万匹のミツバチが入った状態で貸し出しを行うと、戻ってくるときには、6,000匹残っている時もあれば全滅に近い状態もあり、平均すると3,000匹程度だそうである。養蜂業者は農家から返却された後に、
① 手持ちのハチの数を増やす
② 輸入した女王バチを利用して働きバチを増やす
③ 他の養蜂家から分けてもらう
などを行い、花粉交配用ミツバチの増殖を図る。
この過程でミツバチの増殖がうまくいかないと、供給数の減少が生じることになる。
◆4.ミツバチ不足の背景とは
関係者からの聞き取り結果を要約すれば、以下のとおりである。
(1) 供給の不足
①みつ源植物確保の問題
農薬の影響を受けず、養蜂家が採みつ可能なみつ源については、都市化の進行などにより、年々制限されてきている。特に人家の近くのみつ源は、ミツバチへの恐怖感やふん害の問題など難しい問題を抱えている。また、重要なみつ源植物であるレンゲソウに繁殖するアルファルファタコゾウムシによる被害も生じている。
②温暖化の影響
特に冬季に温暖な気候で推移した場合、ダニの繁殖につながりやすいとする意見がある。
③農薬被害
養蜂業界はミツバチの減少の原因の一つとして農薬(クロチアニジンを主成分とするネオニコチノイド系農薬)の影響を挙げているが、因果関係は不明である。ミツバチに害を及ぼすのは他の農薬も同様であるとしつつも、一部の農薬は殺虫効果が特に高く、効き目が長く持続するという特徴を有している。そのため、養蜂業界は、ミツバチが直接農薬を浴びてしまう以外にも、農薬の付着した花粉の巣への持ち帰りや飲み水の汚染などによる散布後の被害があると主張している。
④ダニ被害
ミツバチに、ミツバチヘギイタダニが寄生することにより、ミツバチの奇形などの症状が生じ、最悪の場合群れが全滅することがある。
これまで、ミツバチのダニの駆除剤として承認されていた薬剤は、フルバリネートを有効成分とする(合成ピレスロイド)薬剤1種類しかなく、リサージェンス(注2)で殺虫剤の抵抗性を持ったダニが増加したと考えられ、このダニによる被害がミツバチ群の弱体化につながっているのではないかという説もある。
注2:殺虫剤を使用したのち、殺虫剤の抵抗性を持った害虫が増加すること
しかし、新たなダニの駆除剤としては、平成21年2月13日付けで農林水産省より承認されたアミトラズを有効成分とした薬剤が販売されており、その効果について期待されるところである。
なお、承認された2種類の製剤については、リサージェンスの発生を極力回避するため、適正に使用することが重要である。
⑤女王バチの輸出停止
花粉交配用ミツバチの需要が増加する秋から春については、気温が低く、女王バチの増殖ができないことから、1年中温暖なハワイや、南半球で季節が日本とは逆になる豪州から女王バチを輸入してきた。
しかし、2007年11月以降、女王バチの主要供給国である豪州がミツバチの輸出を見合した(注3)。
注3:「農薬による蜜蜂の危害を防止するための我が国の取組(Q&A)(2014.9改訂)」
(農林水産省消費・
安全局安全管理課農薬対策室:平成26年9月18日更新)に基づき、平成27年1月に記載ぶりを変更した。
農林水産省ではアルゼンチンからの女王バチの輸入について検討を行っているが、養蜂業界からは攻撃性の強いアフリカ化ミツバチの混入について懸念の声も聞こえる。
(2) 需要の増加
①交配用ミツバチを利用する作物の拡大
従来利用されることのなかった作物、例えばすいか、なす、きゅうり、かぼちゃなどの生産者が、交配用のミツバチを利用するようになったことにより、交配用ミツバチに対する需要が大幅に高まった(注4)。
注4:千葉県の事例では、昭和40年代からいちご生産に対する利用が開始されたが、昭和50年代には、メロン生産への一部導入が行われ、平成5年になってからは、すいか生産への大規模な導入が行われた。いちご生産に利用されるミツバチは県下の養蜂業者からリースにより賄われているが、すいか生産へは県下の養蜂業者からの供給が間に合わず、ミツバチの大手供給業者からのミツバチの買い取りによって賄われることになったという。しかし、今回のミツバチの供給不足の問題により、買い取りのミツバチの確保が十分にできず、一部は手作業での交配によって対処しているケースもある。
②利用期間の延長
産地の出荷期間延長に伴い、生産現場におけるミツバチの利用期間が長くなっている。その結果、働きバチの寿命を超える期間に利用されることも多くなった。これにより、ハチの減少が著しくなると共に、ハチの数を回復させるための期間が短くなっている。
③国産はちみつ需要
中国産はちみつを避ける動きにより、国産はちみつの需要が増加し、はちみつ販売の利益があがるようになった。そのことから採みつ用のハチの需要が増加するとともに、採みつ用ミツバチから交配用のミツバチへ融通される数が少なくなった。
ただし、2009年に入り、国産はちみつへの需要は一服感が見られる。
これらの状況によりダニなどの影響によるミツバチの弱体化、女王バチの輸入停止や再生産期間の短縮によりミツバチの再生産に支障が生じていることに加え、ミツバチが利用される作物の種類の増加による需要の拡大が生じていることから、ミツバチの供給不足が生じているものと推察される。
◆5.ミツバチ不足がもたらす野菜農家への影響
(1) ミツバチに交配を行わせる野菜
産地における聞き取り調査によるとミツバチは、果樹の交配以外にもいちご、メロン、すいかのほか、なす、きゅうり、かぼちゃなどの野菜に利用されている。
なすなどの野菜はみつや花粉が少なく、必ずしもミツバチにとって魅力的なみつ源ではないが、少ないながらもみつや花粉が出てくる以上、ミツバチはそれらを集めようとするため受粉が行われるということであった。
図2 いちごの交配に利用されているミツバチの巣箱
(2) ミツバチ不足の影響
現在ではミツバチは果実的野菜や一部の果菜類の交配に欠かせない手段となっている。
いちごを例に挙げると、ミツバチによる受粉が不十分であった場合、受粉に偏りが生じ、奇形果が多くなる。表面の粒々である果実(一般的に種と呼んでいる部分。食用の部分は実の付け根(花の柄の先端)部分である花托が膨らんだもの)の1つ1つがまんべんなく受粉されなければいちごの形にならないことから、めしべを回り込むようにしていちごの花の奥まで入り込むミツバチがいちごの受粉に不可欠なものとなっている。
手作業による受粉では、ある程度の技術が必要なうえ、1日でできる量に限りがあることから、現在の経営規模ですべて対応することはほぼ不可能であるということであった。
高齢化や労働力不足に悩む産地にとって、重労働であり、コスト高につながるミツバチの不足は、産地の維持に影響を及ぼしかねない深刻な問題である。
図3 いちごの奇形果
(3) 代替手段について
日本の在来種であるクロマルハナバチの利用において一番の問題は寿命が短いことであり、聞き取り調査によれば、ミツバチの巣箱は最長4カ月程度の寿命を持つのに対し、クロマルハナバチは2カ月程度の寿命であるとのことである。このことから一定期間受粉作業を確実に行うには、何回かに分けて群れを導入しなおす必要が生じ、コストおよび入れ替えるための手間がかかることとなる。
クロマルハナバチ1群当たりの価格は、ミツバチより若干安い程度であるが、ミツバチの供給不足の影響を受け、価格がミツバチと同程度に値上がりしている。これに加えセイヨウオオマルハナバチは、特定外来生物指定を受けていることから、環境省に対して特定外来生物飼養等許可申請を行い、許可を得ることが必要となる。
このほかにもハチとしての性質の違いから、技術的な課題が残されている模様である(注5)。
注5:聞き取りによれば、いちごの交配の場合、ミツバチは花の中に回り込んでまんべんなく奥まで受粉するが、クロマルハナバチは受粉にバラツキが生じやすいことや、すいかの交配の場合、ミツバチに比較してクロマルハナバチは、温度が上昇した時にトンネル内部に入り込んでくれないといった声も聞かれた。(トンネルとは社団法人日本施設園芸協会の定義によれば、被服資材で被覆された施設で、その中の作物の肥培管理を人が通常の作業姿勢でその中に入って行えない高さのものをいう。)
また日本ミツバチについては、逃去性が強いため、過酷な環境である施設内での交配活動にはあまり向かないのではないかということであった。
そのほか、なすの生産農家の話によると、過去に利用されていたような着果のための植物成長調製剤の塗布による全面処理を行えればそれを利用したいということであった。
◆6.ミツバチに長く働いてもらうために
養蜂業者によりミツバチの取り扱いの方法は大きく異なっているので、利用に際しては、確認をよく行う必要がある。特に温度管理や換気、巣箱の配置や巣門の開放、餌や水の補給方法、(殺虫剤だけでなく、殺菌剤も含めた)農薬散布および散布時間(8時から12時の間はミツバチの活動が活発なので避けるなど)とその後のミツバチ導入までの間隔について、十分な注意が必要であるとされている。
そのほかにも、自動換気システムによるミツバチの締め出し、(養蜂業者の経験則的なものであるが)UVカットフィルムなどによるハチへの悪影響、ハウス内部のビニールの垂れ下がりに潜り込んでしまうミツバチの死亡への注意などの話も聞かれた。
◆7.ミツバチの安定供給に関して
千葉県における果樹(なし)の事例ではあるが、県の果樹園芸組合連合会が間に入り、個別の養蜂業者と農家の仲立ちとなってマッチングを行い、ミツバチのレンタルがスムーズに行われているという取り組みの事例もある。この事例では、養蜂業者と農家の両者の出資による基金の積み立てにより、ミツバチの損失に対して補てんできるような体制も整えてあるということであった。
◆8.行政による支援
農林水産省と各都道府県の協力のもと、園芸農家と養蜂農家などの間における花粉交配用ミツバチの需給調整を行い、ミツバチの不足に悩む園芸農家のミツバチ確保に対する支援が行われている。
また、ミツバチの不足で経営が悪化した園芸農家に対して、農林漁業セーフティネット資金で運転資金を低金利(無利子枠もあり)で融通する仕組みがある。
(参考)農林水産省ホームページ「花粉交配用ミツバチの不足問題について」
http://www.maff.go.jp/j/chikusan/gijutu/mitubati/index.html
◆9.まとめ
現在の花粉交配用ミツバチの供給不足の背景には、複合的な要因が影響していると言われており、先述したような背景によって供給が限られる状況の中、利用作物の増加や利用期間の長期化などにより交配用ミツバチの需要が増加していることも、供給不足の一因と推察される。
ミツバチの増殖のサイクルから、今年の秋から花粉交配用で利用されるミツバチの供給については、現状では劇的な改善は難しいものと予想され、今年の夏に十分に蜂群が増殖されることと、園芸産地と養蜂業者が連携し、効果的に需給調整を行うことが課題となっている。
交配のための代替手段については、現在のところベストといえるようなものはなく、クロマルハナバチについても、コスト高などの課題がある。
今後の花粉交配用ミツバチの供給の安定については、ミツバチ減少の原因究明と対策の確立、効果的なダニの防除方法の確立、日本国内におけるミツバチの増殖に対するサポートや安定的な女王バチの輸入方法、経路の確立などが期待されている。
利用者の側についても、巣箱を設置するほ場を持つ農家、農協と養蜂業者の間で、情報交換などの十分なコミュニケーションがとられることが望まれるところである。
注:本レポートは公開されている利用可能な情報および聞き取り調査などの結果をまとめたものであり、情報内容の正確さについては注意を払ってはいるが、必ずしも科学的な裏付けがあって執筆された性質のものでないことにご留意いただきたい。