東京農業大学 国際食料情報学部
教授 藤島 廣二
わが国において、加工・業務用への国産野菜の安定した供給、ひいては野菜の自給率の向上を図る上では、野菜産地と実需者との契約取引などによる加工・業務用の国産野菜の利用の拡大を推進することが重要である。
本稿では、野菜産地と実需者との間で契約取引が成功している事例として、青森県のおいらせ農業協同組合(以下「JAおいらせ」)と茨城県の株式会社米川商事(以下「米川商事」)との間における、ごぼうの契約取引の取り組みについて調査を行い、その調査結果を紹介することにより、他の産地における契約取引の普及に資することとする。(1) 1998年以降の輸入増大
ごぼうは外国では食べる習慣のない、日本食に特有な野菜としてよく知られているが、同時に現在では輸入量の多い野菜としてもよく知られている。
その生鮮品の年間輸入量の推移を見ると、1997年までは1千トンに満たなかったが、98年に一気に5万トン台に急増し、その後も毎年、ほぼ5万トンから8万トンの輸入が継続して行われている。ちなみに、2005年におけるごぼうの国内収穫量と総輸入量(生鮮品以外に冷凍品と塩蔵品の輸入がある)とを比較すると、表1に示したように前者が16万トン(70%)であるのに対し、後者も7万トン(30%)近くにのぼった。
(2) 輸入増大の要因
1998年から輸入が急増した直接的なきっかけは、同年夏期の低温・長雨や9月・10月の台風によって国内収穫量が対前年比で20%近くも減少し、価格が2倍あるいは3倍以上に急騰したことであったが、輸入増大の理由はこれだけではない。既にその数年前から、中国をごぼうの輸出基地とするために、日本の輸入商社や種苗会社などが中国でのごぼう生産に力を入れていたことも大きな理由である。
中国におけるごぼうの生産に力を入れたのは、日本国内において生産者の高齢化が進んだことなどによって1990年前後からごぼうの生産力が目に見えて低下し始めたからであった。90年に27万トンを超えていた国内の収穫量は、95年に23万トンとなり、そして悪天候の影響を受けた98年には19万トンにまで減少したのである。
すなわち、国内の生産力の低下が今日のような輸入量の増加につながったのである。
(3) 青森県におけるごぼう生産の伸長
ごぼうの国内生産力が低下したといっても、日本国内のすべての地域でごぼうの生産が減少したわけではない。表2に見るように、1990年と2005年とを比較すると確かにほとんどの主要産地で生産力が低下しているが、青森県だけは著しい伸びを示している。
同県のごぼうの作付面積は、90年から05年までの15年間で1.7倍に増え、収穫量と出荷量はこれをさらに上回って、それぞれ2.3倍と2.5倍に増大した。そして現在では全国第1位のごぼうの産地である。
(1) 全国最大のごぼうの産地のJAおいらせ
このように輸入が増加する中で青森県が伸長したのには、いくつかの理由が考えられる。例えば、夏期にやませ(北東風)と言われる冷たい風が太平洋から吹くため、稲作では冷害に見舞われることが多いこともあり、天候に左右されにくい根菜類の栽培が盛んであること、ローム火山灰がたい積し腐植に富む黒ボクの土壌が多く、ごぼう生産に適していること、あるいは3~4年の周期でながいもやにんじん、にんにくなどとの輪作が可能であること、などである。しかし、最大の理由は県内のJAがごぼう生産を支援するとともに、その販売にも力を入れたことであろう。
中でも特にJAおいらせは、生産支援と販売に積極的に取り組んだ。その結果、同JA管内(三沢市、六戸町)は、青森県下はもとより、全国でも最大のごぼうの産地となったのである。ちなみに、同JAのごぼう販売量は最近では8千トン前後、あるいはこれを優に超え、販売額では図1のとおり11億円にのぼる(同JAの2007年度の農畜産物総販売額は90億円)。この数量・金額は青森県のごぼう総出荷量・額のほぼ4分の1、県内全JAのごぼう合計販売量・額の半分以上を占めるほどである。
(2) 中央卸売市場向けを核とする全国販売体制の構築
そのJAおいらせの販売面をみると、ごぼうの販売先地域は東北から九州まで、北海道を除く全国におよんでいる。表3のとおり、中心は関東で、全出荷量の35%が同地域に向けられ、次いで九州に30%、東海に25%が向けられる。残りの東北、関西などへの仕向量は合わせて10%である。もちろん、単に広域に出荷しているということではなく、有利販売を推進する視点から地域ごとの需要の違いに応じた出荷が常に心がけられている。例えば、関東へは比較的太いごぼうを主に出荷し、東海や関西へは逆に細いものを出荷する、などである。
これらの出荷の相手はほとんどが中央卸売市場などの卸売市場である。関東では大田市場や豊島市場などの東京都中央卸売市場を中心に、東京都以外の中央卸売市場と一部の地方卸売市場へ出荷し、それ以外の地域でも中央卸売市場を中心に、一部の荷を地方卸売市場にまわす形での出荷を行っている。
(3) 「卸売市場向け出荷+契約取引」による販売体制の強化
このように大半の荷を卸売市場に出荷しているのは、古くから相互の信頼関係が成り立っていたこともあるが、それだけではない。卸売市場の場合、常に日々の出荷量の全量を即日に販売し、しかもあらゆる規格の荷を受け入れ、その上、卸売市場での価格が卸売市場以外での取引の基本ともなるからである。ちなみに、量販店との直接取引となると、相手側の必要とする規格品で、相手側の必要とする数量に限られ、しかも多くの場合、価格は卸売市場の卸売価格に準じることになる。
しかし、そうであるとはいえ、JAおいらせはすべてのごぼうの販売を卸売市場に任せきりにしたわけではなかった。卸売市場以外の販路の開拓も積極的に行った。その狙いは長期間にわたる安定的な取引、すなわち契約取引を極力増やすことによって、管内農家の経営の安定化を図り、ごぼう生産をさらに強化することであった。
(1) 加工業者との契約取引
JAおいらせが実施している契約取引には、卸売市場経由の予約相対取引や卸売市場外での短期契約取引もあるが、本格的な契約取引となると関東でごぼうやにんじんなどを加工している米川商事との取引である。
この契約取引は全農の紹介によって始まったが、その開始年はくしくもごぼうの輸入が急増した1998年であった。その後、輸入対策としての意識が高まったこともあって、取引高は増加傾向で推移し、わずか1社との取引であるにもかかわらず、同JAのごぼう総販売額の7%を占めるまでに成長した。
(2) 契約数量の確定までの流れ
JAおいらせと米川商事との間における契約取引は、既に10年もの期間にわたって続いているが、数量や価格の取り決めは年度ごとに行われている。そのうちの数量の決定方法に関する大まかな流れは、図2に示したとおりである。
まず米川商事が年度末に翌年度の事業予測を立て、それに基づいて同JAに希望数量を伝達し、価格なども含めた交渉を行う。
その交渉結果に基づいて、同JAは契約取引に参加する生産者を募集する。米川商事の希望数量よりも大幅に少ない場合には、同商事の了解を得て予定契約価格を引き上げて再度募集することもある。希望量と同程度か幾分か多い程度のところで、JAとしての生産出荷計画を立てるのである。
この生産出荷計画を基に米川商事と仮契約を行い、5月上旬から20日頃にかけて生産者がは種を行う。
8月に米川商事や同商事の取引先も参加して、契約参加生産者のほ場で坪掘りを行う。この坪掘りは20カ所以上で実施されるため、正確な収穫量の予測が可能になるとのことである。
その後、8月または9月に契約数量と契約価格を確定し、契約書を取り交わす。そして9月半ばからごぼうの受け渡しが始まる。
(3) 契約価格の設定方法
契約価格は上記の数量の決定と歩調を合わせながら、JAおいらせ、米川商事および全農青森県本部の3者が交渉して決める。卸売市場価格や生産費などを参考にしながら、まず初めにそれぞれの規格ごとの「基本価格」を決め、その上で「上限価格」と「下限価格」を決める。
規格の種類は、表4のとおりA品が4Lから2Sまでの8種類、B品が5種類である。このうち価格が最も高いのがA品のMまたは2Mである。規格ごとに1割強から3割ほどの差がある。それゆえ、同じA品でも最も安い4Lや2Sは、Mまたは2Mの半分以下の価格となる。
「上限価格」と「下限価格」は同一規格のごぼうの最高価格と最低価格を意味するが、図3のとおり月単位の出回り量が平年並みであれば「基本価格」を採用し、出回り量が少なめで卸売市場価格が平年より高い月には「上限価格」、逆に多めで卸売市場価格が低い月には「下限価格」をそれぞれ採用する。もちろん、いずれの「価格」を採用するかは上記の3者の月々の交渉で決められる。これらの「価格」の差は規格によって若干異なるが、大まかに見ると「上限価格」が「基本価格」より2割前後高く、「下限価格」は逆に「基本価格」より2割前後安い。
このように、規格による価格差は比較的大きいものの、同一規格の「上限価格」と「下限価格」は卸売市場価格の変動のような大きな変化はない。すなわち、契約取引の価格は比較的安定しているのである。
(4) 安全意識に応える特別栽培
JAおいらせと米川商事の契約取引では、数量の確保や価格の安定化だけでなく、ごぼうの安全性にも注意が向けられている。ごぼうは根菜類なので、もともと残留農薬問題が起きる可能性は小さいと考えられるが、それでも消費者の安全意識に応えるために、両者の契約取引は特別栽培品に限っているのである。
ここでの特別栽培は、契約栽培ほ場(契約取引ごぼうを生産するほ場)における除草剤、殺菌剤、殺虫剤の利用を、それぞれ1回だけに限るというものである。しかも、その使用は特別栽培ごぼう病害虫防除歴に基づくものでなければならず、さらに除草剤などを使用しても使用しなくても、栽培履歴をほ場一筆ごとに提出しなければならない。
そして当然のこととして、契約栽培ほ場以外で生産されたごぼうを契約取引に乗せることは固く禁じられている。
なお、念には念を入れるため、全農青森県本部が出荷前にサンプルでの残留農薬検査をも行っている。
以上のような契約取引の進展は、JAおいらせ管内のごぼう生産に好影響を及ぼし、その拡大に少なからず寄与した。もちろん、それは冒頭で述べたように、青森県全体としてごぼう生産を増やす原動力の一因ともなった。
そこで最後に、他の産地における契約取引の普及に資することを目的に、同JAと米川商事との契約取引が成功している秘訣を整理しておくことにしたい。
それは一言でいえば、「無理をしない」ことと「相手を思いやる」ことである。
(無理をしない)
第1として、契約数量と価格をは種前に確定してしまわずに、収穫直前に坪掘りを行った上で最終的に確定していることである。こうした確定方法によって、突発的な気象災害でもない限り、契約数量の確保は極めて容易になっているのである。
第2として、各生産者の段階においても契約取引量を販売量の一部にとどめていることである。仮に契約取引だけで全量を販売しようとすると、その契約の履行にきゅうきゅうとすることにもなりかねないが、同JA管内では契約取引に積極的な生産者の場合でも、契約取引量は全販売量のうちの2割前後に抑えている。このため、各生産者は日々の収穫量の変化などをあまり気にすることなく、余裕を持って収穫・出荷活動が実行できるのである。なお、同JAも大型冷蔵倉庫を活用して日々の収穫量と出荷量の差を調整し、生産者の支援を行っている。
(相手を思いやる)
第1として、これは「無理をしない」の第1とも重なるが、契約数量を収穫直前に確定していること、すなわち生産側の事情を斟酌して決めていることである。これによって生産者は契約の履行が容易となり、多くの生産者が契約取引に安心して参加できるのである。
第2として、価格決定において「基本価格」だけでなく、「上限価格」と「下限価格」をも設定していることである。「上限価格」は価格高騰時に生産者が不利になるのを緩和しているし、逆に「下限価格」は価格低落時に米川商事が不利になるのを防いでいるのである。
そして第3は、特別栽培を実施し、栽培履歴を提出していることである。これは安全性を確保するために当然のこととも言えるが、しかし米川商事の要望、ひいては消費者の要望に生産者が応えようと努めている現れでもあろう。
こうした「無理をしない」と「相手を思いやる」とが、契約取引を推進する上で極めて重要と考えられるのである。