三重大学大学院生物資源学研究科・生物資源学部
准教授 徳田 博美
◆はじめに
本稿で取り上げるのは、島根県の中山間地域において、野菜の産地形成としては決して恵まれた地域ではないが、地域に残された高齢者などの人材、資源を掘り起こして、地産地消を基礎としながら、大都市にまで直売の輪を広げることで売上高を6億円にまで伸ばした奥出雲産直振興推進協議会(以下、産直協議会という)の直売事業の取り組みである。
この取り組みは、地域条件を考慮すれば特筆に値する成果であり、同様な条件にある多くの中山間地域にとっても示唆に富む取り組みと言え、平成18年度地産地消優良活動表彰(主催;全国地産地消推進協議会)において最高位の農林水産大臣賞を受賞した取り組みである。
◆1.地域の概況
産直協議会は、JA雲南を事務局として、農協管内にある14の直売所を組織化している。同農協の管轄範囲は、図1に示した島根県南東部にある雲南市と奥出雲町、飯南町の1市2町(平成の大合併以前は10町村であった)である。その北部は松江市、出雲市に接しているが、地域の大部分は中国山地にある。典型的な中山間地域であり、1995~2005年の人口減少率が8.8%で、2005年における65歳以上の高齢者比率が32.7%と、過疎化、高齢化が進行している。農業に関しても、2000~2005年で経営耕地面積は12.3%減少し、2005年における耕作放棄地率は12.1%である。2005年の総農家戸数は8,129戸であるが、そのうち男子生産年齢人口のいる専業農家はわずか153戸で、全体の1.9%に過ぎない。一方、自給的農家が24.4%、第2種兼業農家が59.6%であり、両者で80%を超えている。また農業就業人口に占める65歳以上の高齢者の割合は、73.1%を占めており、農業労働力の高齢化は深刻である。
このように地域農業は衰退傾向にある中で、野菜生産は増加傾向である。地域農業に占める野菜生産の比重は低く、2005年においても作物作付面積の4.8%、農業産出額の9.0%を占めるに過ぎないが、2000~2005年で露地野菜の栽培農家は76.3%、栽培面積は60.4%増加した。産直協議会の取り組みも野菜生産の拡大に寄与したと思われる。
◆2.産直協議会の展開
産直協議会は、JA雲南が事務局であるが、農協が運営のすべてを担っている訳ではない。産直協議会は構成している14の直売所は、それぞれ独立しており、直売所ごとに組織された生産者組織が運営し、表1に示したように農協管内の1市2町に分散しており、設立年次も異なり、常設のものから土・日のみ開店のものまである。初期に生まれた直売所は各地区で自生的に行われていた直売が発展してきたものである。当地域の経済を支えてきた縫製工場や土木事業が経済構造の変化によって衰退する中で、自家用に栽培していた野菜の一部を販売する動きが徐々に広がっていき、直売グループが作られるようになってきた。1998年に農協が中心となって産直協議会を組織し、地域全体としての直売の発展を目指すようになった。
(産直協議会の概要)
産直協議会では、個々の直売所以外に、会員なら誰でも出荷できる直売所を地域内外に設置している。産直協議会が運営している直売所は、地域内の道の駅とAコープに各1カ所、松江市の量販店のインショップが1カ所、それと兵庫県尼崎市の量販店内で月2回開設している直売所の4カ所である。これ以外にも産直協議会で直売イベントを随時開催している。産直協議会の売上高6億円とは、個別の直売所と産直協議会が運営している直売所などの売上高を合わせた金額であり、個別の直売所が3億5千万円程度、産直協議会が運営する直売所が2億5千万円程度である。
1998年に産直協議会が組織されて以降、その取り組みは大きく発展した。設立時の直売所は5カ所であったが、その後相次いで設立され、14カ所に達している。会員数も当初は5百人ほどであったが、現在は2,381人となり、4倍以上に増加している。地域内の総農家数は8千戸ほどであるので、その3割程度が産直協議会の会員ということになる。
図2は売上高の推移を示したものである。1998年の売上高は6千万円であったが、2年後の2000年には1億円を突破し、その後3、4年で直売所の増加と併せて売上高も急増し、2004年には5億円を超えた。2007年には6.1億円に達し、2008年も8月までの実績で前年比110%であり、増加を続けている。実に9年で10倍を超える拡大を実現したことになる。売上高の内訳は、生鮮野菜と農産加工品がともに40%程度、花き・工芸品が20%である。会員数約2千4百人で6億円の売上高があるので、会員1人当たりの平均売上高は25万円程度となる。最も売上高の多い会員では、野菜のみで年間8百万円ほどに達している。また会員の70%は60代、70代の高齢者であり、中には定年帰農した者もいる。
◆3.産直協議会の特長
産直協議会の取り組みの特長は、第一に自立した地区ごとの直売所を基礎として運営しており、農協が全面的に運営を請け負っている訳ではないことである。第二に生産者の主体性、自主性を尊重し、上から指示・命令を出すのではなく、徹底した情報の提供、助言により、生産者自らが主体的な対応を決めるように仕向けるとともに、生産者の意欲を引き出すようにしていることである。第三にはハードの施設整備よりもソフト面のシステム作りを重視し、機動性のある運営を行っていることである。第四はできるだけ外部に依存せず、地域内の人材・資源を活かしていることである。これらの特長の背景にある考え方は、産地づくりの基本は人づくりであるという考え方である。
(取り組み内容と仕組み)
具体的な取り組みを見ていくと、地区ごとの直売所はそれぞれ自立して運営しており、産直協議会あるいは農協が直接関与することはないが、地区の直売所を超えて共同で行う事業を円滑に進めるためのソフト面での共通的な基盤は、農協が中心となって整備している。
まず、すべての直売所の精算業務は農協が請け負っている。直売所を超えて統一的な管理を行うことで、産直協議会が運営する直売所の出荷を含めて効率的な事務処理が可能となる。各会員に割り当てられる生産者番号は、地区の直売所を超えて共通のものが使われ、生産者が地区の直売所と産直協議会の直売所のどちらを選択して出荷したとしても、同じように精算管理が可能となる。
また、生産技術指導も普及センターなどと協力しながら、農協が中心となって担っている。生産者の中には新たに販売目的の野菜生産を始めた人も多いので、生産技術指導は重要な課題であり、明確で判りやすいものである必要がある。そのため、農協などで独自に判りやすい冊子などを作成している。
各生産者は所属する直売所と産直協議会が運営する4つの直売所のいずれにも出荷でき、どこに出荷するかも生産者が自由に決めることができる。産直協議会の運営する直売所に出荷するための特段の条件は課してなく、強制力のある出荷調整も行っていない。その一方で生産者が適切な選択をできるように販売などの情報提供を重視している。情報提供の方法として注目されるのは、まず生産者ごとの販売情報をリアルタイムでインターネット、電話、ファクシミリで提供していることである。全直売所の販売情報が入手することができ、2時間ごとに情報は更新される。生産者の中にはパソコンを使えない者もいるため、販売情報を音声に変換し、電話で聞けるようにしている点が特徴である。また尼崎市の量販店で行っている直売では、毎回品目ごとの売れ行きなどの販売状況を手書きのニュースにして配布している。このような情報は生産計画や出荷選択を助ける有力な情報になるとともに、生産者の生産意欲の向上にも貢献している。
(農協の役割)
JA雲南は、直売事業に関わって大きな固定資本投資はまったく行っていない。地区ごとの直売所は各生産者組織の所有であり、産直協議会で運営している直売所も量販店のインショップなどであり、農協が直売事業で所有している施設ではない。農協が直売事業に果たしている役割は、ハード面の整備ではなく、ソフト面のシステムづくりとそれに必要な備品の整備である。農協が投資した主要なものは、先に紹介した情報システムや尼崎市の量販店の直売やイベントで使用するレジ台などの直売用具一式、生産者が商品に貼るバーコードシールの発行機である。シール発行機はすべての生産者が身近で利用できるように400台導入し、配布している。このようなソフト面主体の取り組みは、農協の投資負担を軽減するとともに、身軽でフットワークの軽い事業展開を可能としている。自ら出資した施設ではないことから、出店がうまくいかなかったり、不都合が生じたりした場合には撤退が容易であり、条件がよいところがあれば、迅速に出店も可能である。農協の担当者の言葉を借りれば「やどかり商法」であり、身の丈にあった貝殻(施設など)を借りて直売事業を行い、貝殻が合わなくなれば、新たな貝殻を捜せばいいのである。
(身近な人材の活用)
外部に依存せず、地域内の人材などを活かすという点では、技術講習などでも外部講師にできるだけ頼らず、身近な人材を活用している。そのひとつが産直相談員(アグリキャップ)制度である。アグリキャップは、地域にいる産直に関わる様々な分野で高い技術を持つ、いわば名人から選ばれ、講習会などを通じた技術指導を請け負っている。アグリキャップは栽培だけでなく、農産物加工の名人も選ばれており、現在5名いる。アグリキャップによる講習会は、地域内の人材を活用したものであるが、有料であり、そのことで教える側の責任と習う側の意欲を持たせるようにしている。
◆4.地産都商の展開
産直協議会の取り組みの中でも、近年注目されているものに地産都商と表現されている兵庫県尼崎市の量販店で月2回開催している直売がある。この事業は、当初は島根県が県産農産物の販売促進のために始めた事業にJA雲南、産直協議会が乗ったものであり、2003年から始まった。最初の2年間は島根県の事業として補助金があったが、その後は補助金なしで自立した事業として発展している。売上高も初年度は3百万円余りであったが、2007年には5千6百万円に達している。現在、毎月第2、4週の木・金曜日に開催しており、多い時には2日間で3百万円を売り上げている。
(成功の要因)
島根県の事業は、JA雲南以外にも取り組んだ農協はあったが、JA雲南ほどに成功した事例はない。JA雲南が成功した要因は、地元での直売事業で培った質量ともに充実した商品供給力にあるだろう。毎回200以上のアイテム数があり、2万点の商品が販売されている。個々の地区ごとの直売所は高い商品供給力を持たないが、それをまとめることで高い供給力を実現している。この地域は中山間地域が多いが、標高でみると200~700mの標高差があり、地区によって出荷時期が異なることも、常に多彩な商品が供給できる一因となっている。
農協担当者をはじめとする関係者の大きな負担も事業成立の重要な条件となっている。JA雲南ではこの直売事業に直接かかわっているのが二人。一人はS氏でJA雲南の産直事業課長。もう一人は、I氏(女性)。この二人が直売所の立ち上げからかかわってきた。S氏のかかわりは言うまでもないが、I氏も必ず月2回の尼崎の直売所に出向き、前章でも触れたように手書きのニュースを生産者に配布するなどきめ細かな作業を行うことで生産者と農協の橋渡しに大きな役割を果たしている。この事業では毎回、この二人の農協担当者が前日から尼崎市に出向き、2日間店頭に張り付いて、最終日には深夜に島根県に帰着するという業務を続けている。これは担当者にとって大きな負担であるが、農協の事業としてもそれに見合うだけの大きな売上高を毎回達成しているからこそ続けられることである。また、毎回農協担当者が店頭に立つので、常連客とも顔なじみになるなど、顔の見える流通を実現するという点にも貢献している。
(地産地消の精神を引き継ぐ地産都商)
本来、地産地消とは地域内での生産と消費のつながりを意味する言葉であり、それに引っ掛けた地産都商という言葉には違和感を覚えるかもしれない。地産地商と対になる言葉は大量広域流通であろうが、地産都商は明らかにそれとは異なり、むしろ地産地商との類似性が大きい。大量広域流通では少品目大量生産が基本となるが、地産都商は多品目少量生産が前提となっている。また、大量広域流通は地場流通を切り捨てて大消費地を目指すものであるが、地産都商は地場流通を基盤として、その発展形態の一つとして存在している。現在でも産直協議会の直売事業における売上高の過半は地元の直売所が占めている。さらに既述のように消費者とのつながりを重視している点も地産地消の精神を引き継ぐものである。
中山間地域においては、地元の消費人口は限られており、地産地消による販売には限界がある。そのため、中山間地域での直売事業では、その発展過程の中で地域外に販路を広げることが課題となってくる。また経済状況が厳しい中山間地域においては、地域外に販路を広げることで収入を得ることは、地域経済の活性化にも大いに貢献することになる。
◆5.まとめ
産直協議会の取り組みは、中山間地域の地域条件に適応した直売事業として大きく成功した事業として評価できる。その特長を整理すると、第一に大型の直売所を核とするのではなく、地域内にある多様な直売所を組織化することで、多数の生産者の参加と高い商品供給力を実現していることである。第二には、人づくりを重視し、上からの指示・命令ではなく、徹底した情報と助言の提供を図ることで、生産者の主体性と責任感、意欲を引き出していることである。第三には、ハード面の施設整備よりもソフト面のシステムづくりを重視していることである。第四に地場流通を基礎としながら地域外に販路を広げ、地産都商を展開していることである。第五として、前述もしたが、農協担当者の大きな尽力がある。
これらの特長は中山間地域が抱える不利な条件下に適応したものである。地産地消や直売は大きな消費人口を抱える都市近郊地域の方が有利であることは明らかである。しかし、農業者の高齢化が進行し、少品目大量生産が困難な中山間地域でこそ、高齢農家なども参加でき、多品目少量生産を基本とする地産地消、直売が求められている。産直協議会の取り組みは、中山間地域に対応した直売事業のビジネスモデルとして、ほかの地域でも大いに参考となる取り組みである。
産直協議会では、現在、売上高10億円を目指して、さらに直売事業の取り組みを強化しようとしている。この目標を達成するためには、いっそう広範な生産者を組織していくとともに、地場流通を基礎としながら、地産都商のさらなる発展が求められる。