調査情報部 調査課 課長補佐 平石 康久
調査情報部 調査課 藤戸 志保
野菜需給部 需給業務課 伊澤 昌栄
◆1.はじめに~施設野菜農家を取り巻く状況~
近年、経済発展の著しい中国やインド等アジアを中心とした世界的な石油需要の増大や原油産出国における政治情勢の不安定化、投機資金の流入等を背景に、原油価格が世界的に高騰している。それに伴い、肥料や農薬などの農業用生産資材価格も上昇しているが、特に加温用燃料となるA重油価格の上昇は、それを多用する施設栽培農家にとって深刻な問題となっている。
野菜の生産量に占める施設栽培の割合を見ると、トマトは全体の74%、ピーマンは64%、きゅうりは62%、メロンは67%、いちごは86%と施設栽培の割合は高く注)、年間を通して多様な野菜の需要がある現在の日本の食卓にとって施設栽培は欠かせない形態といえる。また、農家にとっても、季節変動が大きな生産現場で、施設栽培は有利販売を可能にし、労働力や出荷期間の平準化に役立っているという意味でも欠かせないものといえる。
今回の報告では、原油価格高騰により所得の低下や作型の見直しなどを余議なくされている施設栽培の現状について、統計データや各種資料・レポートを基に報告したい。
◆2.施設栽培と原油価格高騰
(1) 全国の施設栽培の概況
①栽培面積と収穫量、作付農家数
施設野菜の栽培面積を見ると(表1)、平成17年産野菜全体(露地・施設栽培)の作付面積512,000haに占めるハウスとガラス室を合わせた施設野菜の栽培延べ面積は、49,565ha(うちハウス47,635ha、ガラス室1,930ha)と全体の9.7%を占める。
また、収穫量に占める施設野菜の割合を見ると、平成17年産野菜収穫量14,547千tのうち、2,052千t(うちハウス1,962千t、ガラス室90千t)と14.1%を占める。
作付農家数全体(510,586戸)に占める施設栽培農家数の割合を見ると、146,101戸と28.6%を占める。
② 施設栽培の延べ面積・収穫量が多い都道府県
ハウス栽培の延べ面積は、全体の96.1%と施設栽培の大半を占める(表2)。その内訳は、熊本県が最も多く、茨城、北海道がそれに続く。品目別の施設栽培の主産地を見ると(表3)、第一位の熊本県ではトマト、すいか、メロン、なす、第二位の茨城県ではピーマン、メロン、きゅうり、第三位の北海道ではメロンやトマトが多く生産されている。
ガラス室栽培の延べ面積は、静岡県や愛知県が多い。その他、太平洋側や関東地方に設置が進んでいることが分かる。第一位の静岡県では温室メロンが多く生産されており、第二位の愛知県ではトマトが多く生産されている。
③ 野菜生産における施設栽培の割合
施設栽培は、食生活の多様化、高度化、需要の周年化に対応して、野菜の端境期をなくし、新鮮で多様な野菜の安定的な供給に重要な役割を果たしている。特に、いちご、トマト、きゅうり、メロン、ピーマンの収穫量は、施設栽培が露地栽培を上回る(表4)。
④ 施設栽培の経営概況
施設栽培の経営概況について、個別経営の営農類型別経営統計(平成18年産)を見ると(表5)、全国の野菜作経営1戸当たりの農業粗収益は、施設野菜作経営が952万円、露地野菜作経営が452万となっている。
また、農業経営費は、施設野菜作が548万円、露地野菜作が261万円となっている。この結果、農業粗収益から農業経営費を差し引いた農業所得は、施設野菜作が404万円、露地野菜作が191万円となる。
以上のように、施設栽培は露地栽培と比較して、農業粗収益も高いが(2.1倍)、農業経営費も高く(2.1倍)、そのうち光熱動力費の割合が露地栽培の4.9倍と高いことが分かる。施設栽培においては、品目によって差はあるものの(表6)、10a当たりで年間約361千円~839千円の光熱動力費を使っており、経営費の約19~36%を占める。冬春ものの促成栽培においては、その大半が加温用A重油の使用に充てられている。
(2) 原油価格高騰による施設野菜作農家の経営への影響
① 施設栽培で多用するA重油価格の推移
財務省の貿易統計によると(図1)、2008年6月に日本に輸入された原油の輸入価格は、平均すると1キロリットルあたり80,538円と前年同月(51,635円)の約1.6倍、原油価格の上昇傾向が始まった2004年1月(20,775円)と比較すると約3.9倍も上昇している。
また、原油価格の高騰に伴い、施設栽培で多用するA重油価格も、2008年6月時点で111,100円と前年同月(75,500円)の1.5倍、2004年1月(46,100円)と比較すると2.4倍も上昇している。
今後の価格の推移については不透明だが、大幅な下落は現在の状況では予想されにくい。
② 農業所得への影響
A重油価格の高騰は、野菜の生育適温(表7)を保つために施設内でA重油を多用する施設野菜作農家の経営を圧迫している。
暖房温度別の燃料消費量を見ると(図2)、暖房温度を高くするほど、燃料消費量比が高くなり、施設内温度設定を1℃上昇させるごとに、A重油消費量は約20%増えることが分かる。
また、品目別に10a当たりのA重油使用量を見ると(表8)、地域や作型による違いがあるものの、品目ごとに大きく差があり、果菜類の中で最も高温を好むピーマン、温室メロン、なすなど生育適温の高い作物ほど、A重油使用量の増加により、燃料費が経営費の大きな割合を占めるため、影響が大きいことが分かる。
その他、施設野菜の特徴として、ハウスの建設や施設内の設備設置など初期投資の費用がかかることから借入金の割合が高くなっていると見られ、原油高騰によるA重油や肥料などのコスト負担増からくる農業所得の減少は、生活費以外にも借入金の返済へも大きく影響し、経営圧迫の要因となっている可能性が挙げられる。
③ 作物別のA重油価格上昇に伴う所得の変化(A重油価格別経営試算)
具体的に、施設野菜栽培延べ面積全国第一位の熊本県における主要作物別(冬トマト、冬春なす、秋冬メロン、いちご)のA重油価格上昇に伴う所得の変化を見ると、表9-1の通りとなる。
A重油価格が1リットル当たり45円(原油価格上昇傾向が始まった2004年1月の平均価格は46.1円)から120円(農業物価統計による2008年7月のA重油の平均価格は、121.6円)に75円上昇すると、10a当たりの農業所得は188千円~600千円程度減少する(表9-2)。メロンやなすなどの高温管理の作物ほど、A重油の消費量が多いため、経営に与える影響が大きいことが分かる。特にメロンは、120円の時点で赤字に転じている。逆にいちごやトマトなど低温管理の作物は、高温管理作物ほどは経営に与える影響が大きくないことが分かる(減少率:冬トマト▲20.5%、冬春なす▲40.6%、秋冬メロン▲122.0%、いちご▲10.0%)。
平均規模(冬トマト100a、冬春なす60a、秋冬メロン100a、いちご40a)の経営全体での農家所得は、750千円~3,600千円程度減少することが分かる。
また、減価償却費用などの固定費と違って、変動費であるA重油は栽培面積に比例して使用量が増えるとともに、経営規模が大きくなるほど施設の大型化等により暖房効率が落ちる事例が見られることから、所得の減少幅が大きくなる傾向があると推察される。
また、聞き取り調査に協力頂いた栃木県下都賀農業振興事務所調べによる促成トマト40aのA重油及び肥料価格高騰に伴う施設野菜経営におけるコストの推移は、表10のとおりとなった。
④ 販売価格に転嫁できない状況
以上のような原油高騰による経費増加分を、生産者側としては販売価格に上乗せしたいところである。しかし、現状は、物価上昇傾向による消費者の買い控え等も見られる中、販売価格に直接反映させることは難しい状況となっている(図3)。
◆3.おわりに~対策として~
原油高騰下における施設栽培の現状について、統計データや各種資料・レポートを基に述べてきたが、冬春物の作付け始まった施設野菜産地では、品目や作型を変える動きが出てきており、A重油消費の多い越冬型をやめ、年内で収穫を終える作型に変えたり、加温の必要のない葉物野菜に切り替えたりする農家もある。
残念ながら抜本的な解決策は今のところない状態であるが、原油価格高騰によるコスト負担増の削減のために、表11のようなより一層きめ細やかな省エネルギー対策を進めることは、食料の安定供給や地球温暖化防止に向けた温室効果ガスの排出量削減という意味からも重要な課題といえる。