調査情報部調査課 課長補佐 平石 康久
調査情報部調査課 藤戸 志保
◆6.契約価格および契約の形態について
横浜丸中青果とデイリーメーカー、横浜丸中青果とテンアップファームの間では、両者とも著しい価格高騰時以外、基本的には出荷が行われる10月下旬から5月末までの期間固定価格を採用している。ただし、横浜丸中青果とテンアップファームの間では供給側、需要者側の事情(筆者注:たとえば余剰分を引き取ってもらう場合や、逆に逼迫時の追加などと考えられる)による若干の調整は行われている模様である。
契約の形態については、セブンイレブンとデイリーメーカー、デイリーメーカーとプロセスセンター(横浜丸中青果)の間では基本契約が結ばれているが、納入数量などの細かい数字はその時々の打ち合わせによって決定されている。プロセスセンターとテンアップファーム、テンアップファームと構成農家の間では覚書を取り交わしている。
また、納入数量については期間を通じて固定されるものではなく、商品の売り上げに大きく左右されるものであることから、次に述べるように、適宜行われる野菜調達会議およびデイリーメーカーからの注文数量によって決定される。
◆7.発注から納品までの流れ
発注から納品までの一連の流れについては、表3のとおりとなっている。
◆8.数量調整・確保のための工夫(各段階でのリスク分散)
契約取引であっても、事前に確定的な納入数量を決めてしまうことは不可能である。
播種前には、商品の販売計画について通知され、野菜調達会議により、中期的な原料調達の見通しが立てられることから、およその予測は可能である。
しかし一方で、ほうれんそうを始め野菜は天候により大きく生育が左右されるうえ、商品の販売状況によっても必要数量が大きく変動することから、最終的には数量の確定が直前になってしまうことは避けられない。
このため、この契約取引に携わる各者が表4のとおりそれぞれのリスクを負担することにより、円滑な取引が行われている。
テンアップファームのM氏によれば、平成18年度のテンアップファームの出荷量はグループ全体で約100トンであったが、契約数量を確実に確保するため、ほうれんそう生産量の全部を契約取引に向けている農家だけでなく、一部だけに限っている農家をもグループに取り込み、天候等による影響のリスク分散を図っている。その上で、セブンイレブンの商品メニューの使用量を基準に計画を立て、グループで栽培数量を割り振り、計画的な生産・出荷を行っているということであった。
セブンイレブンのY氏からの聞き取りによれば、野菜は他の原料と違って調達先を集約してもスケールメリットが発揮されることはなく、むしろ不測事態への影響が大きくなってしまう(産地での気象災害など)こと、商品の販売が週によって大幅に変動することなどから、小回りが利くよう各種の調達先を持っておくことが大事であるということであった。
また、横浜丸中青果のA氏によれば、セブンイレブンは産地や栽培方法に関して特別な注文を出していないことから、産地が変わっても一定の条件が満たされている限り、大きな問題が生じず、その点は取り組みやすい取引であるという評価である。また、横浜丸中青果と出荷者との間の覚書については、正式なものではないが、出荷者に書いてもらうようにしており、このようにすれば、出荷者も納得しやすいという工夫がなされているとのことであった。
◆9.トレーサビリティとポジティブリスト制度への対応
テンアップファームは、セブンイレブンと連携して、栽培履歴と出荷履歴を連結するシステムを導入している。このシステムは、ほ場で使用した農薬をその場で記録でき、農薬の使用回数などの基準に違反となる場合には警告が発せられるようになっている。また、ほ場から発信した使用野菜の栽培履歴はセブンイレブンでいつでも確認できるようになっている。
◆10.リサイクルへの取り組み
セブンイレブンでは、コンビニエンスストア事業に関わる環境負荷を低減するとともに、「食品リサイクル法」への対応を進めるため図3のとおり、販売期限切れ商品を“ごみ”ではなく“資源”として再利用する、食品廃棄物のリサイクル(堆肥化など)を実施している。
これまで完成した堆肥の受け入れ先に困っていたが、テンアップファームがこの堆肥を使用することになり、現在は堆肥の需要が拡大している。テンアップファームは、この堆肥をセブンイレブンサイドから運搬してもらい、しばらく堆肥置き場で寝かした後、自社の堆肥と混合して利用している。品質については全く問題なく利用しているということである。
◆11.コーディネーター(調整役)の働き
セブンイレブンでは以前、中間流通を廃止し、産地から自社の集配センターを通じて直接製造企業に野菜を配送する方法に取り組んだことがあったが、取りやめになった経緯がある。このため、産地サイドとの調整を行うコーディネーターや、物流を担うプロセスセンターの役割について十分な理解をしているものと思われる。また、物理的にも調達に責任を持つ職員数が限られており、コーディネーターの働きがなければ、ここまでの精密な仕組みを維持することは難しいものと推察される。
この取引においては、流通の拠点としてだけでなく、調整役としても横浜丸中青果が重要な役割を果たしている。横浜丸中青果は、業務用野菜対応に早くから取り組み、セブンイレブンの要望に対応できるだけの環境を整えていたと同時に、市場の機能のひとつである需要者・消費者側の要望を正確に生産者側に伝達する機能を有していたことが、この契約取引を開始するにあたって重要な要素となったものと思われる。
特にフィールドコーディネーターとして、本取引において中心的な役割をはたしている横浜丸中青果のA氏は、産地や技術に詳しく、かつ業務用メーカーの経験も持った人材であるとして、需要者サイドにも高く評価されている。
同氏は各品目別季節別の産地情報をすべて把握し、セブンイレブン(デイリーメーカー)が必要とする原料野菜について要望があれば、メニュー特性に応じた取引要件を作成し、提案を自由に行うことができる。また、いったん取引が開始されれば、複数の産地を組み合わせつつ、多種多様な品目について、産地の状況を把握し、日々出荷調整を行って安定供給に努めている。
一方で産地の事情を需要者に伝える努力も常に行っており、不作時や過剰時において、産地が直面している問題を、正確な情報(市場価格や入荷量、気象データなど)を添付して伝えるとともに、メニューの調整(内容量調整、他メニューでの利用、販売取りやめ)などを働きかけて、産地の実情を反映してもらう努力を行っている。 その他にも、自発的に産地を回って、栽培方法、生育状況、農薬や肥料の利用から、品目の栄養価や食べたときの評価までを紹介するメールを需要サイドに送付し、利用者の生産現場に対する理解向上に努めている。
産地に対しても、不作時の供給不足を天候のせいだけにするのではなく、今後の改善見通しなどを提出してもらって、可能な限り回復に努めるように努力をしてもらっている。テンアップファームに対しては、ほうれんそうの契約栽培講習会を開催し、セブンイレブンの野菜のこだわりについて説明し、生産者の栽培意欲を高めることで供給に対する責任感を意識づけるよう努力している。その際、加工用は規格外品という認識が生産者に根強いため、説明用語は「加工用野菜」ではなく「業務用野菜」に統一するなど、これまでの生産者の意識に配慮した工夫をしている。
このようなフィールドコーディネーターの努力と、それを可能とさせる卸売企業の理念や取り組みもあって、この契約取引事例が発展してきたものと思われる。
◆12.今後の課題
このほうれんそうの契約取引については、各関係者が数量確保のためにリスクを分担していることから、同時に課題も抱え込むことになる。
テンアップファームにとっては、契約数量以上の生産量の確保は、天候不順による作柄の悪化や販売数量の変動などに対応するためには避けられないものであり、余剰生産物の処理についての問題を常に抱えていることになる。冷蔵保管による出荷調整や早期収穫による生食用の出荷などで対応しているが、冷蔵すればコストがかかり、需要が生じなければリスクとなる。また、規格が生食用より大きくなっていることから、生食用の規格を超えてしまったほうれんそうについては、市場出荷が難しくなる。そのため、出荷時期の見極めや生食用での出荷量の決定が難しいうえ、テンアップファームの出荷が順調な時期には総じて他の産地も順調であることから、安値での販売を余儀なくされる。過剰作付分も含めた価格体系があれば理想ではあるが、それについては難しい問題となる。
セブンイレブンや横浜丸中青果についても、産地の豊凶のリスクを分担しており、必要量の調整、メニューの変更、代替産地への変更などのコストが発生している。とくにセブンイレブンについては、メニューの停止まで含めた踏み込んだ対応をしており、一般に安定的な品揃えを求められる販売サイドにとっては思い切ったリスクの分担を行っている。
◆13.まとめ
この契約取引については、常に生産を一定化させることが難しい野菜の契約取引について、生産者および需要者双方が数量確保のためのリスクを負うことによって、相応のメリットが見込めることを示しているといえる。
生産者側であるテンアップファームにとっては、安定的な販売先を確保できることは大きい。さらに農家の手取りの価格が再生産可能な価格になるよう、不必要な生産コストの削減を行いつつ、需要者のニーズ(利用される商品まで見越した要求)に合致した品質を持つ野菜栽培が行うことが可能となっている。
需要者であるセブンイレブンにとっても、通常の市場流通で調達するよりも、安く安定した価格で、高品質の野菜を入手できるメリットがある。
また、コーディネーターである横浜丸中青果は、契約履行のため重要な数量の調整・確保を複数の産地を結びつけて行うとともに、産地に対するきめ細かい指導や、需要者に現場を理解してもらうための産地情報の提供なども行い、取引の実行に重要な役割を果たしている。
野菜という農産物の持つ特性(天候に生産が左右されやすい、生産までに一定の時間がかかる、貯蔵性が乏しい)から、数量変動のリスクを完全に回避することはできないが、この取引の関係者すべてがそれぞれにリスクを負担することにより、契約取引の仕組みを維持している。しかしながら、継続的に必要数量より多くの生産を行わなければならない生産者側にとって、過剰生産のリスクは、日常的に解決しなければならない問題となっている。この問題については、貯蔵や生食用への転用により一定の解決を図ろうとしているものの、根本的な解決に結びついているとはいえず、余剰生産分の扱いや販売について、一層の検討が必要とされている。
また、時期や品目によっては産地がかなり限定されることもあり、コーディネーターの数量調整機能も万全なものとまではなっていない点も注意が必要である。
現在の仕組みは、高品質な野菜を必要数量確保するため、よく工夫されたものであるが、契約取引の維持、発展のためには、関係者による絶え間ない調整と努力が必要とされるものと見られる。
今後ともこの取引が継続的に運用されることは、契約取引に取り組もうとする生産者や需要者に対しての1つの指針になると思われる。