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専門調査報告


契約的取引と連動した産地改革の動向 ~香川豊南農協におけるレタス生産の事例から~

愛媛大学農学部 資源・環境管理研究室
教授 香月 敏孝


  わが国における野菜生産は生産者の減少・高齢化に伴い1990年代に減少に転じ、以降、その傾向が継続している。そうした中で既存の大規模産地を中心に産地維持の取り組みが行われ、かかる産地への生産集中がみられる。

  レタス生産については、需要が比較的堅調であったため、生産量のピークは2003年となっているが、産地をめぐる状況は、野菜一般と同様である。

  ここでは、冬、春レタスの全国屈指の大規模産地である香川豊南農業協同組合(以下「香川豊南農協」)について、産地展開の過程を跡づけながら、進行中の産地改革の動きを整理して紹介することにする。主に同農協での実態調査に基づくものであるが、香川県全体のレタス作の動向については香川県農業協同組合(以下「香川県農協」)での調査によるものである(香川県下の広域農協合併にともない、かつての香川県青果販売農業協同組合連合会の機能を香川県農協が継承している)。

1.産地農協の概要とレタスの作型
 香川豊南農協は、香川県の南西端に位置する(旧)大野原町の全域及び(旧)豊浜町の和田地区を管内としている(両町は平成17年10月に隣接する観音寺市と合併し、(新)観音寺市となった)。全県1農協構想を進めてきた香川県にあって、唯一合併を見送った農協である。

  香川豊南農協の概況は表1に示したとおりである。平成18年度の正組合員数1922人で、生産部会員数が最も多いのがレタス部会(652人)である。管内の耕地のほとんが水田であるが、従来から水稲作との複合作として野菜作が振興されてきた。このため販売金額の大半は野菜が占めており、中でもレタスの販売が飛び抜けている。

表1 香川豊南農協の概要


資料:平成18年版「JA香川豊南のあらまし


  因みに、香川県の市町村別にみた生産農業所得統計(2004年)によれば、農家1戸当たりの生産農業所得(県平均:512千円)では、豊浜町が1,663千円(県下1位)、大野原町が1,477千円(同2位)である。同じく、耕地10a当たりの生産農業所得(県平均:74千円)については、大野原町が189千円(同1位)、豊浜町が184千円(同2位)である。両町は、県下でも最上位に位置する農業所得をあげており、こうした農業を支えているのがレタス作ということになる。両町あわせたレタスの作付面積および出荷量は、いずれも県合計の5割強に達する。

  ところで、香川県のレタス作は、秋から翌年春までの長期出荷を行っている点に特徴がある。香川県農協が100aのレタスを作付ける場合の経営モデルとして、次のような作付体系を提示している。

  定植を25回(1回につき3~5aの定植)に分けて行う。定植の期間は、9月中旬~3月上旬にわたる(これに先立つ播種は8月中旬~2月上旬)。収穫期間は10月中旬~5月中旬である。出荷量割合は、年内が4割弱、1~3月が4~5割、4~5月が2割弱となる。豊南農協を含め香川県産レタスは、統計上用いられる作型区分でいえば冬レタス(11~3月出荷)を主体とし、これに春レタス(4~5月出荷)が加わった作型からなっている。
 
こうした精緻な作付体系によって、作期の早い圃場は2回転され土地利用率が上がる。あわせて、栽培期間中の労働投入の平準化が可能となり、価格の乱高下に伴う収益上の危険分散が図られることになる。


写真1 香川豊南農協管内のレタス圃場


2.主要レタス産地の中での香川豊南農協の位置づけ
農林業センサス結果によれば、レタスの作付面積が200haを超える市町村は1990年に12、2000年に18を数え、それぞれ全国の作付面積に占める割合は40%、55%に達する。レタスの生産は少数の大産地に集中する動きをみせている。

  これら大産地のうち、冬、春作レタス産地の生産実態を表2に示した。2000年に作付面積が200haを超えている9市町のほか、香川県豊浜町(香川豊南農協管内)をあわせて掲示している。これでわかるように、冬、春レタスの主要産地は、茨城県・県西地域、兵庫県・淡路島、香川県・県西地域、長崎県・島原半島に展開している。

表2 冬、春レタス主要産地の生産実態


資料:農林業センサス



  表には示していないが、1990年から2000年にかけて、これらの産地はいずれも作付面積を増加させてきた。

  しかし、2000年から2005年にかけては、香川県の3市町が減少に転じている。それまで産地拡大を成し遂げてきた大産地の環境の中で、産地基盤が突き崩される危機にさらされているのが、香川豊南農協地区を含む香川県西地域ということになる。同産地は産地の再編・強化をめざした取り組みがとりわけ重要な意味を持つといえよう。

  この間の香川豊南農協でのレタス生産後退の要因について、表2を参照しながら、他の産地との比較を通じた検討を行ってみよう。2000年における大野原町のレタス生産農家の性格は、次のように整理される。

  (1)小規模な経営耕地基盤の上で、レタス生産を行っている(大野原町は1戸当たり経営面積が81aと最も小さい)。借地による規模拡大も活発とはいえない。

  (2)経営耕地面積に対するレタス作付面積の割合が85%と最も高く、経営耕地が小さい状況の下で作付はレタスに集中している。耕地利用の面で、レタス作への特化が著しいことは、他の産地に較べて、レタス生産の拡大が困難なことを意味している。

  (3)労働力については、2世代専従農家割合が最も低く、逆に65歳以上農業従事者割合が最も高い。雇用の導入も最も少ない。レタス生産農家の年齢別の農業従事者数の動きは、別途、図1に示したとおりである。

  (4)販売対応の面では、契約栽培農家割合が最も低い。一方で、農薬施用が慣行の半分以下の農家割合は高い。

図1 年齢別農業従事者数の変化-レタス生産農家・香川県大野原町-


資料:農林業センサス


  以上のように、大野原町のレタス生産は、作付面積規模からみて全国屈指の大産地ではあるが、個々の経営レベルに注目すれば、小規模経営基盤の上で、レタス生産に特化した経営が多く、生産の担い手の減少と高齢化が進んだ産地ということができる。

  これらのことが近年の生産後退の要因と考えることができる。



3.産地の展開過程
香川豊南農協のレタス生産の歩みをみていこう。

  レタス生産に関する主な出来事を示した表3(年表)と産地規模の変化を示した図2を参照されたい。

  同産地のレタス生産の動向は、次の3つに時期区分することができる。

  第1期(1960年代から80年代)は、産地形成・拡大期である。

  この期間は、一貫して作付面積からみた産地規模が拡大している。1970年代までは生産者の増加と個別作付規模の拡大が並進し、1980年代は個別作付規模が60a前後で一定となったものの生産者の増加が継続したことによる。したがって、この期間の産地規模の拡大は生産者増加によるところが大きい。

  指定産地制度に組み込まれたことも産地規模拡大を促進し、既に1970年には全国一の冬レタス産地の地位を確立している。また、1972年には、堆肥生産施設を設置しており、環境保全型農業への取り組みもいち早く対応している。先に指摘したように香川県下では、全国的にみても環境保全型農業への取り組み割合が高いのも、こうした対応を基礎にしているものと考えられよう。

  第2期(1990年代)は、産地再編期といえる。

  1990年以降、生産者戸数が減少している(農業従事者数の変化は、前掲図1を参照)。しかし、この時期も第1期に引き続き産地規模の拡大を成し遂げている。生産者が減少する中で、それを上回る個別作付面積の増大を実現しているからである。表3に示したように、この時期以降、積極的に作業省力化に向けた様々な取り組みが行われている。その中心となったのは、ポスト・ハーベスト作業の省力化である。

  まず、1990年代前半には、農家レベルでのレタス個包装(ラップ包装)作業の機械化に取り組んでいる。そして、この産地の取り組みとして特筆すべきは、全国で初めての自動選別ラインを農協出荷場に設置(1995年)したことである。

  この自動選別機械は、香川豊南農協が協力して地元の工作メーカーが独自に開発したものであり、光学センサーによって形状を判別して等級・階級別に自動選別する。集荷場では選別と同時に、自動個包装が行われ、箱詰めされる。すなわち、それまで農家で行われていた選別、包装、箱詰めの収穫後作業を農協が肩代わりするシステムとなっている。農家は、コンテナで農協にレタスを持ち込むだけで済むことになる。

  このシステムによって出荷されたレタスを、この産地では「支援レタス」と称しており、この部分を拡大していく方向を打ち出している。1999年に、自動選別ラインは1ライン増設して2ライン体制になっている。

  このほか、育苗、マルチ被覆、定植等の作業省力化も図られ、個包装を要しない業務用レタスの販売が開始された。こうした取り組みの成果によって、1戸当たりのレタス作付面積は、第1期の60a程度から、1990年代後半には1ha近くにまで拡大している。生産者が減少する中で取り組まれた省力化の効果は大きかったといえる。これが、この時期を産地再編期とした所以である。

  第3期(2000年代以降)は、産地後退期である。、生産者の減少と高齢化が同時に進む中で、個別作付面積が減少に転じた(2005年の1戸当たり作付面積は85a程度)ことから、産地規模が縮小している。

  引き続き、圃場レベルでの作業を含めて省力作業の導入・普及が行われているが、総体としての産地規模を維持するには至っていない状況である。新たな販売対応を含め、これらの取り組みが第2の産地再編を実現する効果を発揮するかどうかが注目される。最近の産地改革をめぐる取り組みについて、次でみていく。

表3 香川豊南農協におけるレタス生産のあゆみ(年表)


出所:香川豊南農協資料から作成


図2 レタス産地規模の変化(豊南農協)


資料:香川豊南農協資料から作成



4.産地改革に向けた取り組み
最近でのレタス産地改革に向けた香川豊南農協での取り組みを模式的に示せば、図3のように重なりあう3つの領域からなっているといえる。

図3 レタス生産・販売の取組方向


資料:香川豊南農協聞き取りにより作成



  第1は、個別生産規模の拡大を支援することである。その中身は、(1)経営規模拡大資金の補助、(2)業務用出荷の継続、(3)「支援レタス」の拡大からなる。

  (1)は600万円以上販売している生産者が5年以内に販売金額の倍増を達成した場合に、農協から200万円の補助を行うものである。補助金は規模拡大に要した投資金をカバーしてもらうといった性格をもつ。レタス生産に関わる農協の販売、購買、金融事業等を全面利用することが条件であり、大規模生産者の農協離れを防止する方策ともなっている。

  (2)の業務用途(主に外食業)販売については、個(ラップ)包装をしない荷姿での出荷となるため、通常のレタス作と比較してコストと労働時間が削減される。経営規模の拡大意欲のある生産者が組織されている。(3)は前述のように収穫後作業を農協の出荷場が生産者に肩代わりして行うものであるから、これも労働時間の削減につながる。(2)および(3)は既に1990年代半ばから取り組まれているが、近年、両者による販売部分が拡大している(表4)。

表4 レタス販売実績(出荷形態別)


資料:香川豊南農協資料から作成



  2005年産の場合、業務レタス、支援レタスの出荷割合は、それぞれ12%、9%である。これまで拡大してきた業務レタスについては、一層の拡大は困難となると見込み、現状水準を維持することを基本とする。一方で、支援レタスは、現行の3倍の量の拡大を目指すとしている。以上のような個別規模拡大への支援策をとることで、認定農業者や法人経営体を増加させることとし、具体的な育成目標(表5)を設定している。あわせて税務診断支援を中心とする経営の合理化(表6)を図ることにしている。

表5 育成目標



表6 合理化目標




 第2は、契約的取引の推進である。拡大をめざしている業務用および支援レタスが契約的な販売形態をとっているため、自ずと契約的な取引も推進されることになる。業務レタスの場合は、外食向けの生産でシーズン値決め、支援レタスは主に量販店向け週間値決めといった枠組みの中で、相手先の受注に応えた出荷を行っている。ただし、これらは商流上は、通常レタスと同様に卸売市場を経由した取引となっている。代金回収のリスク回避を考えての対応である。

  第3は、高齢農家等の支援である。今後、さらに生産者の高齢化が進むことが見込まれているためである。この対応の方向も、契約的取引と結び付いた支援レタスの拡大が柱となっている。支援レタスは、これまではどちらかといえば作付規模を拡大しようとする生産者を組織したものであったが、今後は高齢化に伴う生産縮小を抑制する役割としての期待が高まっている。



写真2 支援レタス(選果場での前処理作業)

写真3 支援レタス(自動選別・包装ライン)



  これらの3つの取り組みの方向でいずれにおいても重要な役割を果たすのが、支援レタスであることがわかる。

  ところで、支援レタスが契約的な取引と結びつくのは、なぜであろうか。支援レタスは、通常レタスと比較してかなり労働時間が削減される。このため労働生産性が上がり、1時間当たりの所得は増加する(正確にはレタスが一定価格以上の場合に所得増加となる。以下、表7参照)。

表7 卸売市場価格別にみた香川レタス作の経営収支(試算)


資料:香川県農協「レタス作型別経営指標」および香川豊南農協聞き取りにより作成
注(1) 冬レタス(年内出荷トンネル栽培)の事例で、単収2,800㎏ /10aの場合
  (2) 「支援」レタスの生産・流通経費は「通常」レタスより62千円高を想定
  (3) 「通常」の10a当たり労働時間は195時間.「支援」は115時間を想定

  一方で、支援方式に参加した生産者は、農協に肩代わりしてもらった作業について経費を負担する(選別-箱詰めライン利用料金を支払う)。この上乗せされた経費が10a当たりの所得を押し下げることになる。問題となるのは低価格時である。通常レタスからなにがしかの所得が得られる場合でも、支援レタスではマイナス所得となってしまう。支援レタスは生産者にとって高コストとなるため、マイナス所得を防ぐための価格安定装置が不可欠なのである。こうして支援レタスが契約的取引と結びつくことになる。

  同じ理由から、支援レタスは、通常レタスよりも高い価格で売れることが望ましいといえる。支援レタスは環境保全型営農による生産を行い、これと結びついたトレーサビリティを強化する。そうした取り組みが高価格を担保する上で有効と考えられている。支援レタスについては、個包装を行う際に生産者コードを印字するといったことが可能である。こうした機能を生かすことを含め、レタスの高品質生産・販売への取り組みが検討されている。



5.おわりに
  以上でみた産地改革の取り組みの成果が期待されるところである。しかしながら、こうした取り組みを難しくしているのが、近年におけるレタス価格の低迷である。香川県産農協共販レタスの卸売価格は、1990年以降、傾向的に低下している。そうした中にありながら、2006年産は暖冬によって、一層の全面安が懸念される年となった。

  このような価格動向については、レタスだけの問題ではないが、各産地における独自の需給調整には限界がある。卸売市場出荷の割合が全国的に高いことから、豊作の年は価格が低迷してしまうことが近年多く、今後は業務用向けの割合を増やすことも農家手取りを考える上では重要なことであろう。その際には、取引先の確保、業務用向けの品種の導入、農家の契約取引への理解の向上など課題は多い。

  特に、ここ香川豊南農協のように農家の作業の軽減対策を図るなど積極的に産地の生き残りをかけて様々な取り組みを行っている産地に対しては、加工・業務用需要対応へのスムーズな移行を誘導する等、さらなる国の政策が求められているのではないだろうか。こうした取り組みを支援しつつ、全体の需給構造を踏まえた野菜の価格安定に向けた国の政策の重要性が改めて指摘できる。


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