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調査報告


耕畜連携 -埼玉県榛沢農協の事例-

日本一のブロッコリー産地を目指した榛沢農協の土作りの取り組み

調査情報部調査情報第二課 村野 恵子
調査情報第一課 高島 宏子


 環境保全型農業や資源循環型農業を目指して、たい肥を利用した耕畜連携への取り組みが、今各地でみられるようになっている。また、地力の増進による美味しい農産物の安定供給の面からもたい肥の利用が求められている。

 埼玉県のJA榛沢管内においては、こうしたことが大きく叫ばれる以前の昭和60年頃から、地元の畜産農家のたい肥を利用した野菜栽培を行っている。本稿では、同JAの耕畜連携の事例を報告する。


1 JA榛沢の概要
 JA榛沢がある埼玉県は、自然災害が少なく穏やかな気候、大消費地の近郊にある生産地という地の利を生かした農業が広く行われており、ブロッコリーは全国第1位の収穫量を誇り、ねぎ、ほうれんそう、かぶが第2位となっている(平成16年度実績)。野菜の粗生産額は全国で6位で、米、畜産と並ぶ基幹部門となっている。

 今回調査したJA榛沢は、平成18年1月に1市3町(深谷市、岡部町、川本町、花園町)が市町村合併により深谷市となった旧岡部町榛沢にある。埼玉県の北西部に位置し、東側は熊谷市に、西側を本庄市にそれぞれ接している。地域を東西に国道17号とJR高崎線、上越新幹線が貫き、東京から約75kmで、地域全体が平坦で交通の便がよい恵まれた土地といえる。

 また、同JAがある旧岡部町は、ブロッコリー、スイートコーン、ねぎなどの野菜の作付けが多く、県内では野菜の作付面積が旧深谷市に次ぐ2位(平成16年実績)、畜産では肉用牛と鶏(鶏卵)の粗生産額が県内で1位(平成16年実績)となっており、野菜、畜産ともに盛んな地域である。


榛沢のブロッコリー畑
(バックは上越新幹線高架)

 一方、JA榛沢は、特にブロッコリーの産地として、品質のよさで全国的に名高い産地である。
 同JAの野菜栽培の歴史をみると、昭和40年代までは養蚕地帯であったが、昭和48年から53年にかけて土地基盤整備を実施し、養蚕からの転換とともに水田転作のため露地野菜栽培に比重を大きく移した。栽培品目の選定に当たっては、綿密な市場視察や市場調査を行い、当時栄養面等から注目を集め始め、今後の需要拡大が期待できる品目としてブロッコリーを、また大消費地に近いことから朝どり集荷が可能なスイートコーンを選択し、昭和54年に、ブロッコリー2ha、スイートコーン2haで栽培を始め、その後除々に面積拡大を図っていった。ブロッコリーは、平成5年に栽培面積が最大の140haとなり、スイートコーンは、平成14年の70haが最大である。それ以後も、両作物とも面積はほぼ維持されている(図1)。

 一方、野菜全体の販売金額は、昭和54年に1億6千万円であったが、栽培面積の拡大に伴い右肩上がりを続け、平成4年に7億円に達し、平成14年には9億2千万円と過去最高を記録した。その後は8億円前後で推移している。このうち、ブロッコリーの販売実績をみると、ここ10年間出荷数量は、1,600トン前後を維持し、販売金額も5億円前後で推移している。また、卸売価格の平均価格をみると、300円~400円弱/kgで推移しているが、平成15年度は、266円と安くなっている。同JAのブロッコリーは、約7割を東京都中央卸売市場に出荷しているが、最近2年間をみると同市場の平均価格を2~3割上回る値がついており、高水準の価格を維持しているといえる(表1)。

 平成17年度の同JAの野菜栽培の概要は、表2のとおりである。全生産者数103戸、1戸当たりの平均面積は、ブロッコリー1.4ha、スイートコーン0.9haで、1戸当たりの平均粗生産額は、ブロッコリーで584万円、スイートコーンで206万円、また、農協組合員の1戸当たりの平均粗生産額は800万円弱となっており、1,000万円を超える生産者も多いという。
 

2 たい肥投入のきっかけ
 順調に伸びてきた同JAの野菜生産だが、昭和60年に転機が訪れた。昭和57年頃からブロッコリーの緑黄色野菜としての栄養価が見直され、その後、急速に消費量が伸びていた。しかし、昭和59年の出荷最盛期に、大暴落に見舞われたのである。これに伴い多くのブロッコリー産地が、撤退や作付けの縮小、よくても現状維持の路線をとるなか、同JAは日本一のブロッコリー産地になるためのブランド化を目指した拡大路線を選択した。


図1 野菜の栽培面積と販売金額の推移

 
表1 ブロッコリー実績


 
表2 野菜栽培(主要品目)の概要(平成17年度実績)


 この拡大路線は、生産・流通・販売すべての面にわたった。まず、生産面では、省力化のため、移植を機械化し、それに必要なプラグ苗の普及を図るとともに、4kg段ボール箱(当時は2kg段ボール箱の出荷が主流)での出荷を推進した。また、生産者には選果の規格表を配布し、生産者個々による厳しい選果選別を徹底することにより、品種の統一と品質の均一化を図った。流通では、真空予冷施設の建設や鮮度保持フイルムの導入により、鮮度の維持を図った。販売では、市場やスーパーなどに出向き、試食販売を行うキャンペーンを始めた。

 さらに、「地力を高めることが作物の品質向上に直結する」という認識のもとに、同JAでは、たい肥を投入した土作りを始めた。最初は、生産者個人がそれぞれ地元の畜産農家からたい肥を購入して散布したり、農協職員が管内の希望者にショベルローダーでたい肥を散布していた。

 平成2年に全農埼玉県本部の共販ブランド「菜色美人」の栽培を始めたことから、「菜色美人」の栽培要件の一環として、全生産者がたい肥を投入するようになった。当時農協職員としてたい肥を散布していた職員の中に、今もオペレーターとしてたい肥を散布しているS氏がいた。同氏は、畜産農家でありながら、野菜も栽培していたが、ショベルローダーでは効率が悪いので、マニュアスプレッダーを導入してたい肥をほ場に散布するようになった。折りからブロッコリーの栽培面積が、昭和60年の70haから、平成2年には120haに増大し、より効率的な散布方法が求められていた時で、農協が直接たい肥をまくのではなく、S氏が農協と畜産農家とのパイプ役になる一方、農協は野菜農家の各ほ場のたい肥の投入量をとりまとめてS氏にたい肥散布を依頼するという耕畜連携の仕組みができ上がったとのことである。現在S氏は、野菜栽培とオペレーターに専念し、後述する畜産農家のH氏と、二人で手分けしてたい肥散布を行っている。
 

3 ほ場へのたい肥施肥の仕組み
 前述したように、現在、同JAでは、ブロッコリーを全農埼玉県本部のJA共販ブランド「菜色美人」の栽培要件に基づいて栽培を行っている。菜色美人には、1型と2型の栽培協定があるが、1型はJA全農さいたま基準品・県認証品で、2型はより厳しい特別栽培農産物となっている。同JAは、1型の栽培を行っており、菜色美人1型の栽培要件は、以下のとおりである。

菜色美人1型(JA全農さいたま基準品・県認証品)の要件

※JAと生産者は、地域別・品目別に次の栽培協定を定める。
 (1) 作型別に品種、播種、定植を統一する。
 (2) 土作り対策…メイン資材を明確にする(化学肥料当地基準比5割削減)。
 (3) 土壌診断の実施と施肥相談会の開催。
 (4) 栽培協定に基づき生産出荷資材(肥料・農薬・種子・ダンボール等)の統一と共同購入を行う。
 (5) 生産者は、栽培概要、施肥、防除の生産管理記帳を行う。
 (6) 生産者は栽培協定に基づき、計画生産・計画出荷に努める。
 (7) 出荷品は定められた規格選別基準とする。

 特に(2)の土作り対策のメイン資材を明確にし、化学肥料当地基準比5割削減の要件を満たすために、管内の全生産者にたい肥の投入を義務づけている。


 まず、各作型とも作付前に、ほ場の土壌分析を毎年行う。その後、JAと各生産者との個別面談を行い、施肥指導会を実施する。この指導会のメンバーは、全農埼玉県本部、大里農林振興センター、肥料メーカーの三者で構成されている。個別面談は、多いときは生産者約100人に対して指導メンバー10人が対応し、つまり1人が生産者約10人に個別指導を行う。当該面談では、栽培管理台帳に次期作の作型、品種、播種日、定植日等を記入し、土壌診断の結果をみて、特に肥料の種類と量、たい肥の量を決めていく。たい肥は、土壌診断の結果に基づき指導会から示された量を、基肥として栽培前の畑に散布する。基本的なたい肥の施肥量は、10a当たり6t(3tの自走式マニュアスプレッダ-で2台分)である。

 それらが記入された栽培管理台帳をJAが前述のオペレーターのS氏に渡す。S氏は台帳を基に、地図にたい肥を散布する畑と量を記入し、畜産農家のH氏と作業分担して、マニュアスプレッダーで、定植前に散布している。今年度の夏まき秋冬ブロッコリーの一例をいうと、施肥指導会7月4日、たい肥散布7月26日、定植8月中旬であった。

 また、管内のスイートコーンは、「菜色美人」ブランドとはなっていないが、ブロッコリー栽培の合間に作付けられているので、ブロッコリーの定植前に投入されたたい肥による土作りの恩恵を受けている。

 たい肥の価格は、マニュアスプレッター1台(3t)分6,000円で20台分以上になると5,500円になるという。そのうち500円は農協手数料で、この金額は、ここ数年間は据え置いているとのことである。

 また、各生産者はたい肥も含めて使用した肥料、農薬等を、生産管理記録簿に記帳し、農協に提出することとしている。生産者の中には、自分で調達した鶏ふん等を投入する場合もあり、その場合も栽培管理台帳、生産管理記録簿に自家供給として、農協たい肥とは区別して記入している。


 


4 土づくりを支える畜産農家、たい肥の製造過程
 全農家にたい肥を投入することを義務付け、実践していることが、高品質の野菜を作る基本となっているが、それを支えている畜産農家がH牧場である。

 H牧場は、深谷市の西側(旧岡部町)にあり、現在、経営主とその父、弟の3人で開放牛舎5棟を所有し、黒毛和種320頭(F1含む)を肥育する肉用牛1農家である。

 年間250頭をさいたま食肉市場に出荷しており、肥育もと牛(子牛)導入は主に北海道十勝から、月に25~50頭程度買い付けるという。平均の肥育期間は20カ月で、自給飼料生産は行っていないが、旧岡部町や行田市の水田から出る稲わらを自家所有しているロールべーラーにより収集し、粗飼料として使用している。銘柄牛の生産者ではないが、平成17年11月には、さいたま食肉市場の牛枝肉共進会で名誉賞を受賞するなどの実績の持ち主である。

 今回調査したたい肥舎は、牛舎の所在地から2kmほど離れた同JA管内の畑作地帯に建設されている。
 構造は、鉄骨、スレート葺、床面積990m2で、平成16年6月に竣工した。建設資金は、財団法人畜産環境整備機構の補助付きリース事業を利用している。また、建設に当たっては、熊谷家畜保健衛生所、大里農林振興センターなどによる技術的アドバイス等が行われている。具体的には、(1)建設単価を押さえるための工法や資材、(2)牛舎やほ場の位置を考慮して設置場所を決定し作業しやすいたい肥舎構造、(3)地元住民の理解を得るとともに、生産されるたい肥を地元に還元する体制を整え、地域の農業にとってなくてはならない産業として印象づけることなどについてアドバイスされたという。

 たい肥の製造過程は、次のとおりである。1カ月に1回程度、牛舎からのふん尿の搬出を行い、たい肥舎に搬入する。たい肥舎では、切り返しを行うことにより好気発酵の継続と適切な空気と水分量を維持する。たい肥が均質化し、約一年後には完熟したたい肥が完成する。

 たい肥舎を建設する以前は、牛舎脇のたい肥盤に堆積させるだけであったとのことである。新設したたい肥舎は、1年分の排せつ物を十分堆積出来るだけの面積があることから、特に微生物などの添加物は使用しなくても完熟たい肥になるよう時間をかけることが可能である。なお、完成品を野菜農家が利用することから、金属片などの異物が混入しないよう特に気をつけているとのことであった。


5 たい肥投入のメリットと要望
 野菜生産者にとって、たい肥をオペレーターまたは畜産農家側が散布することのメリットは、まず、労力軽減である。また、作業に慣れた者がマニュアスプレッダーを用いて均一に施肥することで、その後のほ場管理がたいへんスムーズになるという。


ほ場にたい肥を散布するマニュアスプレッダー

 たい肥を投入することによって改善された点は、土壌が膨軟になり、根が張りやすくなるので、茎部もしっかりし倒伏を防ぐことができる。また、水はけがよくなり、肥料もちがよくなるなどのメリットがある。特に、ブロッコリは自然な甘みがでて、スイートコーンも糖度が増すなど、品質向上にもつながっているとのことであった。

 デメリットとしては、リン酸、カリの過多などが挙げられ、それを補正するため、追肥する有機質肥料はリンとカリを抑えたものを投入するようにしているとのことである。


H牧場たい肥舎

 
 


最近、買い付けた肥育もと牛

たい肥舎の外観

 畜産農家側からみた場合、現行のたい肥の引渡価格は、コストをやっとまかなうだけの金額であり、利益等が出るものではないが、たい肥舎の近辺で散布ができ、輸送費、ふん尿処理の問題がないというのがメリットであるといえる。特に平成16年11月に「家畜排せつ物の管理の適正化及び利用の促進に関する法律」(家畜排せつ物法)が完全施行され、排せつ物の野積みや素堀りができなくなった今日、近隣の農家にたい肥の供給ができるのは、資源の循環活用のみならず、処理コストの観点からも望ましいといえる。

 畜産農家からの問題点としては、同一作物を対象としていると施肥時期が集中してしまうので、もっと時期の分散化が図れるようになればよいとのことである。


 おわりに
 同JAでは、生産者に対して様々な取り組みを行っている。具体的には、(1)各生産者に対し、たい肥投入を含めた栽培管理等綿密な指導を行うことにより、計画栽培を実施、(2)産地の評価は品質に対するチェック機能が重要との考えから、生産者個々が厳しい選果を行うのと同時に、集荷場で再度JA職員が厳しい選果を実施、(3)省力化と定量出荷のため、秋冬ブロッコリーは8kg段ボール出荷を実施し、そのうち11月から翌年1月までは、4割程度を数量決め販売を実施、(4)出荷申告制度を採用し、出荷数量をコントロールし、無申告で出荷を行った生産者に対して、ペナルティーを課すなど計画出荷を徹底して実施、などである。

 今では、ブロッコリーの産地なら榛沢といわれるほどに名前が浸透し、市場、量販店等から高い評価を得ている。品質のよいものをつくることでこのような一大産地を作りあげてきたが、それを支えている柱のひとつが、農協を仲立ちとした全生産者によるたい肥の投入であるといえる。土作りを大事にしたことが、安定的な収入の確保を可能にし、後継者もでてきているという。



根が張り、茎がしっかりしたブロッコリー

 
 


糖度が増したスイートコーン

 畜産農家のH牧場では、320頭の肥育牛を500頭まで増やす計画であるという。前述したとおりたい肥の引渡価格は、コストをまかなうだけの金額であるとのことだが、輸送費をかけて遠隔地に運ぶような手間をかける労力が必要がないことから、その分経営に専念することができたゆえの拡大の計画であるといえる。

 産地をブランド化しようとJAと生産者が一つになって取り組んできたことが、地域全体の耕畜連携体制を作り上げ、結果的には畜産農家の経営にも寄与したといえるのではないだろうか。

 なお、この調査を実施するに当たっては、JA榛沢の関係者、なかでも販売課長の茂木氏に多大なご協力いただいたことに、この場を借りて厚くお礼申し上げる。


参考文献
 野菜情報2005年12月号P21~25産地紹介  埼玉県大里郡岡部町(ブロッコリー)
 



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