ちばみどり農業協同組合
副センター長 飯田 優
1.産地の紹介
銚子市の春キャベツは、昭和28年から試作が始まりました。
当時の畑作物は、甘藷と麦類が中心でした。野菜は、東部地区で自家用に栽培し、一部の農家が市内へ引き売りとして行われていました。
冬作の中心であった麦作は、秋落ち(枯れ熟れ)により生産が不安定で、夏作の甘藷も価格の変動が著しく、農業経営の打開から新作物の導入を東部地区の4Hクラブ、農事研究会等の青年層が中心となって検討を行いました。
検討内容は、
(1)甘藷を減反しないで麦作より所得の安定すること。
(2)普通作物より高い水準の技術を要しないこと。
(3)集団栽培の可能な品目。
これらの条件に基づいて検討した結果、新品目として「かんらん」(甘藍・キャベツ)の導入が輪作・労力・集団栽培等から考えて、銚子地区に適応していると意見が一致しました。
しかし、栽培を試みても生産者に栽培技術がなく、一戸の大面積を行うには困難が予想されました。特に、甘藷や麦の販売は経験あるが、かんらんの販売、輸送等は大きな不安でした。
昭和29年の栽培を始めるに当たり、作型、品種の選定、栽培技術の確率と併せ、抱える諸問題の調査を目的として、先進地である富士市及び静岡県農業試験場を視察し、栽培技術と販売体制等を研修しました。
市場動向では、5月の出荷販売より4月出荷が高値に販売されているため、4月出荷について協議検討を重ね、翌年には普通栽培型から極早生栽培型への導入に方針を変更し、本格的な普及に取り組み、春キャベツ栽培の第一歩を踏み出しました。
展示圃の設置継続、栽培技術の普及、組織の結成、出荷資材、輸送対応、販売対策等について連日協議検討し、集団栽培、共同販売体制を整え、共同販売賛同者を集め、千葉県販売連の指導を頂き、初めての共同販売を展開しました。
改めて、当時の先覚者達の生産から販売に至るまでの苦労と熱意により、昭和32年7月1日、「灯台印甘らん」の銘柄と、「灯台印」をトレードマークとした銚子蔬菜出荷組合連合会の設立となりました。現在の銚子野菜産地を築く布石です。
指定産地の関係では、昭和36年に千葉県特産地の指定、翌昭和37年に国の園芸特産地指定を受けました。続いて昭和41年には、国の指定産地を受けました。これらの指定を受けたことで、産地拡大へのはずみになりました。
平成6年には、さらに充実した組織の下で生産、販売等の事業展開を行うため、品目別の組織として活動していた銚子農協大根部会と銚子農協とうもろこし部会を再編統合の上「JA銚子野菜連合会」を設立、現在、農協合併に伴う名称変更から「銚子野菜連合」と称する組織の設立となりました。
2 主要品目の栽培カレンダ-
3 キャベツ栽培の概要
4 キャベツの生産体制
6 キャベツ販売戦略、安全・安心への取組み
近年10年間での大きなポイントは、キャベツを日量約100,000ケース予冷することができる予冷庫を設置したことによる流通変革です。これらの施設は、新鮮でおいしい銚子野菜を畑から食卓まで届けることができるようになり、信用度のアップが図られました。