生産局 野菜課 流通加工対策室 消費班
1 はじめに
全国アンケートによると、健康志向の高まりから91%の消費者が野菜摂取が重要であると認識してします。しかし、1人当たりの野菜消費量は減少傾向にあり、10年前と比較して1割程度減少しています。消費者の意識が摂取行動に結びつかない点が問題となっています。
そこで、野菜摂取に影響する要因について調べたところ、好み・味などの「おいしさ」が影響すると答えた割合が最も高く(87%)、「健康への効果(81%)」や「安全性(75%)」、「価格(67%)」を上回る結果でした。この結果から、消費者がおいしいと認識する野菜を摂取する機会が増加すれば、野菜摂取が促進される可能性が示唆されました。
これまで、野菜の品質については鮮度や外観(色・つや・形)、食味、栄養成分の多さ等が意識されてきました。品種比較等を目的に、栄養成分等の分析値と食味を比較した事例はありますが、おいしさについて系統的に検討した取り組みはほとんど見られませんでした。
一方、果物においては糖度がおいしさの指標として定着しています。スーパーの果物コーナーでは「糖度○○度以上」などの表示が目立つようになりました。消費者は、糖度を参考においしい果物を選ぶことができます。
野菜については、消費者がおいしい野菜を選ぼうとしても、果物の糖度のような指標がありませんので、「外観」や「朝採り、有機、○○産」等の情報を頼りに選んでいる現状です。
野菜のおいしさの指標があれば、消費者がおいしい野菜を選ぶことができるようになるほか、おいしい野菜を開発・生産・提供することに新たなビジネスチャンスが生まれると考えられます。
そこで、食品の官能評価、野菜の品質評価等に係る専門家の知識を結集し、野菜のおいしさに係る指標等の検討を行うべく発足したのが「野菜のおいしさ検討委員会」(以下、委員会という)です。
2 事業概要及び組織体制
委員会が取り組む「知識集約型産業創造対策事業」は新規の公募事業です。農林水産省が提示した取組課題に対し、委員会の事務局を務めるNPO法人(特定非営利活動法人)野菜と文化のフォーラムから「野菜ブランド化推進調査事業」として応募いただき、採択となりました。
委員会の作業部会として「野菜のおいしさ調査部会」及び「野菜官能評価試験検討部会」が設置されています。
3 事業の進め方及び検討事項等
(1) 対象品目の選定
8月に開催された委員会において、本年度の対象品目として葉茎菜類、果菜類、根菜類からそれぞれ1品目ずつ、ほうれんそう、きゅうり、にんじんの計3品目が選定されました。
(2) 対象とするおいしさの構成要素の範囲
味(甘、塩、酸、苦、うま味)に香りや食感を加えたものを、事業上のおいしさとして取り扱う予定です。外観(色・つや・形)や本人の記憶、食事環境、心身の状態等もおいしさの重要な要素ですが、これらは評価を複雑にするので今回は除いています。
(3) 野菜のおいしさに関する専門家と消費者の認識の整理
おいしいと認識するときの基準は、供給側と消費側のそれぞれの立場で異なると推察されます。
専門家について、例えば料理人は「素材の味を生かすため、野菜本来の風味が豊かなものを求める」との話がある一方、「プロの味付けをするので、味よりも食感を重視する」との話もあります。同様に育種関係者や流通関係者、量販店等の専門家も、それぞれの立場でおいしいと認識する基準が異なることが予測されます。
消費者については、「昔食べた青臭いきゅうりの味が忘れられない」との声がある一方、若年層を中心に、くせが無く甘い野菜を求める傾向も顕著です。
これら、求めるおいしさの要素を整理するため、専門家についてはヒアリング調査、消費者については全国アンケート調査を実施する計画です。
(4) 官能評価試験方法の検討
官能評価試験の方法については今後の議論を要するところです。
ここでは、その一部を紹介します。
ア 「嗜好型」か「分析型」か
官能評価試験の方法に「嗜好型」と「分析型」があります。
「嗜好型」は、消費者等の一般のパネル(官能評価する人の集団)を用い、嗜好(好き嫌い)を評価する手法です。おいしさとは何かを明らかにする場面では嗜好型を選択する必要があります。
一般パネルは、産地や流通段階など様々な場面で容易に行うことができる利点がありますが、評価が個人の主観によりますので、パネルにより結果が変化するのが特徴です。
「分析型」は、特性(甘味の強さ等)や品質の差異を客観的に評価する手法です。例えば、鮮度(収穫後の日数)の違いによりおいしさの構成要素がどの程度変化したか等を明らかにしたい場合に用います。おいしさの指標の実用場面では、鮮度や栽培方法、品種の違い等を比較できる分析型を選択する必要があります。
専門のパネルを用いますので、研究所や企業・大学等、実施できる機関は限られますが、信頼性が高い手法です。
イ 食べ方について
野菜のおいしさは食べ方によって評価が異なります。しかし、全ての食べ方を評価することは不可能ですので、代表的な食べ方について決定する必要があります。
ほうれんそうの食べ方には、「おひたし」や「バター炒め」等があります。「おひたし」の食べ方については、味付けが問題になります。素材そのもののおいしさを評価すべきとの意見もありますが、一般的にはしょう油をつけたりごま和え等にして食べています。官能評価においては、味付け無しでは味が重視されるが、味付け有りでは味がマスクされ食感が強調されるなど、評価が異なる場合があります。
なお、東洋種と西洋種がありますが、「バター炒め」については西洋種が優れているとの話もあります。
きゅうりの食べ方には「漬物」等もありますが、今回は「生」で検討する予定です。「生」については、切り方(スティック、輪切り等)で評価が異なるとの話があります。また、サラダにはドレッシング等を用いるのが一般的ですので、味付けの有無についても検討を要します。
にんじんの食べ方は、「生」と「加熱」を検討する予定です。「加熱」の食べ方は、「きんぴら」や「筑前煮」等様々ですが、「塩ゆで」にすると風味の違いが現れやすいとの話があります。
なお、「グラッセ」にすると、素材の善し悪しに関係なく、どのにんじんもおいしくなるそうです。
ウ サンプリングについて
何を目的とするかによって、サンプリングの方法が異なります。1回に評価できるサンプル数は4~10点程度と限りがありますので、目的を絞ったサンプリングが必要です。
ほうれんそうについては、今回は品種及び地域等の違いを検討する予定です。きゅうりについては品種に加え、鮮度の違いについても検討する予定です。にんじんについては品種の違いが中心となる予定です。
4 評価指標の検討に係る注意事項
(1) 一般的な評価で良いか
野菜を食べ慣れた人は野菜の風味を重視しますが、逆に子供や若者はくせの無い甘い野菜を好む傾向があります。同様に野菜が好きな人と嫌いな人では評価が異なります。これらを無視して一般的な評価として差し支えないか、対象を分けて評価する必要かあるか等、検討を要します。
(2) 甘いだけの野菜で良いか
委員からは、品種改良により野菜本来の風味が損なわれつつあるとの指摘があり、高糖度トマトなど、糖度のみを評価する傾向を助長することは、食文化や食の多様性の喪失につながると懸念する声も聞かれました。指標の検討に当たっては、これらを考慮し、極端な単純化を避けるよう配慮する必要があります。
5 最後に
野菜のおいしさ検討委員会の成果を活用して、全国でおいしい野菜を開発、生産及び流通させる取組がビジネスモデルとして確立されれば、国産野菜のシェア奪還及び野菜産業の活性化につながるとともに、おいしい野菜が流通することにより野菜の消費拡大に貢献するものと期待します。