生産局 野菜課 企画係長 大鹿 貴博
【野菜の構造改革対策】
農林水産省では、輸入野菜が増加していることなどから、消費者や実需者に選ばれる品質・価格の国産野菜を供給できるよう、平成13年から生産、流通及び消費にわたる「野菜の構造改革対策」を実施してきました。同対策において、野菜産地は、低コスト化、契約取引の推進、高付加価値化という3つの戦略モデルを参考に、産地ごとの特性や意向を踏まえた上での明確な目標を定めた構造改革のための計画(以下「産地改革計画」という。)を策定し、目標達成に向け取り組んできたところです。
この産地改革計画を策定した産地数は、全国各地で着実に増加し、平成17年1月現在、1,901産地となっています。
また、目標達成率(各野菜産地が戦略タイプごとに設定した目標値に対し、どの程度達成したかの指標)の全国平均については、平成14年度が67%、15年度が速報値で68%となっており、構造改革対策の開始から時間が経っていない中で、一定の成果は得られたものと考えています。
【今後の野菜政策の基本的考え方】
(1)国民・消費者の利益の推進
近年、野菜の輸入量は増加傾向であり、生鮮品・加工品を含め200万トンを超えています。また、品目によっては輸入割合が5割を超えていることに加え、中国からの輸入が全輸入量の約半分を占めている状況にあります。このように輸入が高位で安定し、輸入先が特定国に偏在する傾向は、国内生産者への影響だけでなく、国内の需給動向が一定の国の生産事情等に大きく左右され、供給の不確実性や大幅な価格変動を招いたり、輸出国における農薬使用状況等を含め生産履歴等が十分に明らかにされないまま、我が国に輸入されてしまう可能性もあります。
そこで、国民・消費者の利益の増進の視点に基づいて、国産の野菜を国民・消費者に対して安定的に供給するため、低下しつつある国産シェアを奪還する「攻め」の施策を推進することを野菜政策の根幹として位置づけることが重要であると考えられます。
(2)担い手の育成・確保に向けた取組の強化
野菜農業については、主業農家が産出額の8割を占め、効率的かつ安定的な農業経営が農業生産の相当部分を担う望ましい農業構造が一定程度は確立されていると考えられ、また、近年、認定農業者や農業生産法人数も増加傾向にあります。一方、一定規模の作付面積と共同出荷体制を有する産地は、その量的なまとまりを背景として、需給・価格の安定や競争力を高める側面を持っています。
しかし、高齢化の進展等を踏まえ、更に望ましい農業構造を確立するため、効率的かつ安定的な農業経営及びこれを目指して経営改善に取り組む農業経営(以下「担い手」という。)の育成・確保を推進する施策を講じていかなければなりません。
従って、今後は、担い手を中心として各産地の体質をより強化し、安定的な国産野菜の生産・出荷体制を確立するため、担い手の育成・確保を明確にした産地に対して生産・流通対策を講ずるなど、担い手の育成・確保に向けた取組を強化するとともに、野菜価格安定制度についても対象経営の明確化、その経営の安定性の向上に向けた制度のあり方について検討していく必要があります。
(3)国際競争力のある産地づくり
輸入との競合に耐え得る産地づくりのためには、生鮮品で平均4%、加工品で平均11%という低水準の関税の下、また、今後WTO交渉やFTA交渉が進展する中で、家計消費用では高付加価値化、安全・安心の視点から、加工・業務用では定質・定時・定量・定価での周年安定供給の視点で、産地が国際競争力を高めていくことが重要です。
(4)多様化するニーズへの的確な対応
近年、単身世帯の増加、食の簡便化志向等を背景として、野菜の家庭内消費が減少し、「外食」や「中食」(弁当や惣菜など)の場における摂取が増加傾向にあるなど、消費形態は大きく変化してきています。
また、流通段階でも、卸売市場を経由した流通の低下、スーパー等の24時間化、加工・業務用需要の増加等環境が大きく変化しています。そのような中で、消費者や実需者のニーズは千差万別という状況になってきており、そういったニーズに的確に対応していくことが重要です。
(5)安全・安心の確保に向けた取組の強化
近年、消費者の最大の関心事項の一つとなっている「食の安全・安心」の確保に向けて産地は万全の取組を行うとともに、国の野菜政策においても消費者のニーズを満たすための設計は不可欠です。また、適正農業規範(GAP)、トレーサビリティ、生産情報公表JAS等さまざまな手法がある中、産地が段階的に取組を進めていくことが重要です。
(6)幅広い情報を活用した戦略づくり
輸入に対抗し国際競争力のある産地づくりを図るためには、輸入品の価格・品質水準、国内市場への定着度合い、主要対日輸出国における制度や輸出戦略等について、生産者や実需者など関係者との情報交換や情報提供が必要です。
また、今後は野菜の輸出についても、情報の収集・活用による積極的な取組が必要です。
(7)環境保全への配慮
野菜生産においても、環境保全を重視したものに転換していくとともに、バイオマスの総合的な利活用を促進する必要があります。 また、温室効果ガス削減の観点から、特に園芸施設から排出される二酸化炭素の抑制を図る必要があります。
【具体的な対応方向】
(1) 産地の体質強化に向けた総合的な取組の推進
野菜は、産地の組織力・量的なまとまりを強みに、消費者への安定供給に一定の成果を上げてきた一方、近年、担い手の高齢化や減少等を背景として産地の構造が脆弱化している地域も見られます。
そのような中、将来にわたって担い手を核として供給責任を果たし得る体質の強い産地づくりに向けて、地域における経営の多様な展開を踏まえ、認定農業者制度の活用を基本とし、産地が自らの将来像を明確にした計画(以下「産地強化計画」という。)において、担い手の育成・確保手法や担い手を中心とした産地の体質強化の道筋等について明確化していくことが必要です。
また、この産地強化計画には、担い手の育成・確保に加え、コスト低減、販売流通戦略、安全・安心に係る情報の開示に向けた取組等を位置づけるとともに、数値化目標と評価により、産地の改善を促す仕組みを導入することも必要です。
さらに、生産・出荷組織は、産地の広域化に対応した組織的な生産体系の構築、産地ブランドの確立や仕向け先に応じた戦略的な生産・販売体制の整備、人材の育成・確保、女性の経営参画や社会参画等を促進する必要があります。
(2) 消費者や加工・業務用需用者の視点に 立った生産・流通対策の推進
(1)加工・業務用需要への対応
国内産地は、家計消費用野菜の市場流通による供給を中心としてきたため、低コスト、定価、定量、ニーズ別対応の必要な加工・業務用需要への対応が遅れており、この間隙をぬって輸入のシェアが増加していることから、この加工・業務用需要のニーズに的確に対応した産地の育成を図ることが必要です。
具体的には、輸入品等に関する実需者等との情報交換、加工・業務用対応の位置付けの明確化と、生産者、マーケティング担当者の育成等の体制の整備を図る必要があります。
また、加工・業務用需要に対応した栽培技術体系や出荷・流通体系の確立、下ごしらえ等一次加工、鮮度保持などの機能を備えた流通拠点の整備、産地間連携によるリレー出荷等を通じて、加工・業務用需要筋に対する安定供給を行うことができる産地づくりを推進していくことが必要です。
(2)生産性の向上に向けた更なる取組の推進
野菜については、国産と海外産との間でかなりのコスト差がある品目も存在するため、低コスト化戦略を強化し、生産性の向上を図るための更なる取組が必要です。
現在、設置コストが通常の鉄骨ハウスの7割以上で風速50m/秒に耐え得る強度の「低コスト耐候性ハウス」の導入・普及が行われていますが、更にコストを抑制した温室の開発・導入を推進すべきです。また、生産資材コストの低減、露地野菜用機械の普及、加工・業務用品種の開発等の取組を推進していくことも必要です。
(3)高付加価値化に向けた更なる取組
品質の向上や実需者向け加工等、価値を付加し、消費者や実需者等の要請に的確に応えていくかが重要です。
「新鮮さ」、「安全・安心」等の基幹的価値に加え、高度な鮮度保持体制の整備等の取組を推進する必要があります。また、糖度等の食味や健康増進効果等の機能性等が高付加価値の重要な要素となりつつあり、これらの科学的解明や品種・作期等の検証・普及、数値などの「目に見える形」を用いた消費者への伝達等を推進していくことが重要です。
また、近年、消費が増加しているルッコラ等の「新野菜」や京野菜・加賀野菜といった「地域伝統野菜」等の需要開発により、野菜全体の需要の底上げを図るべきです。
産地ブランドについては、その育成・確立や適切な保護を推進するため、ブランド確立に向けた関係者の意識の醸成、ブランド確立を支える技術開発、知的財産権の取得に向けた主体的な取組等を推進する必要があります。
(4)効率的な流通体系の確立
野菜の流通については、市場外流通の増加、卸売市場法や農業協同組合法など野菜の流通に関する諸制度の改正、鮮度保持要求の高まり等に伴いコスト負担の増加が予想されること、卸売市場流通に加え地産地消や直接販売など流通チャネルの多元化等、状況は大きく変化しています。
このような状況を踏まえ、産地においては、卸売市場をはじめ、地場野菜を学校、病院、企業、ホテル等の業務筋を含め地域内で消費するような「地産地消」や、生産過程の安全性・品質等を含めた商品の価値を最も的確に説明できる利点を有している消費者への「直接販売」等多様な手法を活用し、各地域の特性を踏まえた効率的な流通の仕組みを構築していく必要があります。
一方、野菜の小売価格に占める流通経費は5~6割と高いことを踏まえ、加工・業務用需要筋との契約取引を中心とした規格の簡素化や、消費者の選択の幅を拡大する観点からのバラ・グラム単位の販売、市場取引で導入が遅れている通い容器の利用、加工・業務用についてもスチールコンテナ等大型の通い容器の利用などの推進を通じて、流通コストを一層低減していくことが必要です。
(5)輸出拡大に向けた取組の推進
近隣のアジア諸国の経済発展に伴う所得の向上等により、高品質な日本産野菜の輸出を拡大する好機が生じていることなどを踏まえ、輸出先の制度や事情などに関する情報を収集する体制を強化し、輸出向けに国内流通拠点施設等を積極的に活用すべきです。
(3) 環境対策の推進
今後の野菜生産においては、適切な肥料、農薬の使用等による環境負荷の低減やたい肥を利用した土づくりによる物質循環の促進を図るため、エコファーマー制度等の積極的な活用を通じた消費者への適切な情報提供が必要です。
また、生分解性マルチの利用や産地廃棄を行った野菜の堆肥化などバイオマスの利活用や、施設園芸における省エネルギー対策による地球温暖化防止に向けた取組の推進も必要です。
(4) 消費形態の変化に即した消費拡大対策の推進
(1) 消費形態の変化に即した情報提供手法の導入
野菜は、ミネラル、ビタミン等、他食品とは代替がきかない機能性を有し国民の健康維持の観点で欠かすことのできない食品です。その一方で、1人当たりの野菜の年間消費量は最近15年間で約1割減少するなど、野菜離れが明らかとなっています。
このため、従来から実施している「ファイブ・ア・デイ」や「ベジフルセブン」などの消費拡大運動を更に推進するとともに、今後、増加傾向である「外食」や「中食」における野菜摂取を推進する必要があります。また、消費者に対し適切な情報提供を行い、野菜摂取に向けて具体的な行動変化を促すことができるよう、機能性・栄養成分表示の導入などを推進する必要があります。
(2)野菜摂取運動の取組主体の拡大
法令遵守、消費者や環境への配慮、従業員の健康管理などを企業の社会的責任(Corporate Social Responsibility:CSR)として位置付ける動き(ヘルシーカンパニー運動等)が高まっています。
このため、CSRへの取組に対応し、企業の従業員の健康増進、医療コスト負担の軽減などを図るため、企業等における野菜の摂取を普及・啓発するとともに、表彰などこれらの取組を評価していくような仕組みを構築していくことも必要です。
また、米国では厚生担当部局を含め政府一体となった消費拡大の取組が推進され、減少傾向にあった野菜摂取量の反転に大きく寄与しています。我が国においても、厚生労働省等関係省庁との連携を一層密にした推進運動を展開していくことが必要です。
(5) 野菜価格安定制度及び需給安定対策の運用改善
(1)野菜価格安定制度の運用改善
野菜価格安定制度については、平成14年に野菜生産出荷安定法が改正され、契約取引安定制度が導入されました。しかしながら、制度自体の普及・浸透が遅れており、活用状況が低調です。
現実の流通段階では、基本契約を締結した後に数量等を直前に定める取引など多様な形態の契約取引が展開されており、契約取引安定制度が対象としている取引と乖離が生じていることなどを踏まえ、制度の仕組みについて実態に即した見直しを図っていかなくてはなりません。
また、大規模生産者制度については、農業生産法人等が流通ルートの多様化に即した対応を強化していること等を踏まえ、実態に即した見直しを図る必要があります。
(2)需給安定対策の運用改善
野菜の価格低落がしばしば見られる中、計画的な出荷を促進し価格の安定を図る観点から、需給安定対策の強化や野菜価格安定制度との連携の強化が必要です。
価格を合理的な水準に維持し、野菜価格安定制度による補てんを抑制する観点から、産地廃棄等の対象品目を拡大するとともに、産地の計画的出荷の実施状況に応じて野菜価格安定制度に基づく補てんを行う仕組みを更に活用する必要があります。
(3)担い手の経営安定に向けた見直し
新たな食料・農業・農村基本計画において、野菜等の品目別政策については、これまでの施策の目的と効果を踏まえ、対象経営を明確化し、経営の安定性を向上させることを基本に速やかに見直しを行う、その際、品目ごとの特性を踏まえて施策を具体化することとされています。
これを踏まえ、野菜価格安定制度についても、国産野菜の安定供給を確保しつつ、構造改革を進め、担い手を中心として競争力の高い生産供給体制の確立を目指す産地に重点的に支援を行う方向での検討が必要です。その際には、まとまった出荷を安定的に行う産地を対象に出荷団体等を単位として補てんを行う現行制度の目的と効果を踏まえて検討を行うことが重要です。
(6) 消費者への適切な情報提供
消費者と生産者との間に「顔の見える関係」を構築し双方の信頼性を高めるとともに、望ましい食生活に向けて消費者が適切な判断を行うことができるよう、原料原産地表示制度等を通じて消費者への適切な情報提供を行うことが重要です。
また、生産情報公表JAS規格が制定された場合には、積極的な活用や消費者に対して野菜の生産情報を幅広く公表していくこと、野菜のトレーサビリティについては、野菜の持つ特性を踏まえ生産情報、鮮度管理情報の開示等を中心とした仕組みを構築していくことなどの視点を考慮する必要があります。これら表示制度等の導入に向けては、各産地が地域の事情や体制の整備状況を踏まえて、将来に向けて段階的に取組を進めていくような視点も考慮する必要があります。
【おわりに】
野菜農業は、他の農産物と比較して、市場原理の下で主業農家を中心とした体質の強い生産が行われてきましたが、近年の輸入急増に加え、アジア諸国等による輸出圧力の増大や国内産地における高齢化、担い手の減少等の状況に直面しています。こうした厳しい情勢にもかかわらず、野菜農業は2兆円を超える産出額を上げ、米や畜産物と並ぶ農政の主要な分野であり、地域農業の重要な柱となっていることに加え、野菜は国民の健康の維持・増進の点で摂取を欠かせない農産物となっています。こうしたことを十分に踏まえ、国民・消費者への国産野菜の安定供給を図るべく、平成13年から実施してきた「野菜の構造改革対策」を更に加速化させ、農政全般の改革のけん引役を果たしていくことが必要です。
今後は、いかに速やかに改革の具体化を図り、生産現場で円滑に実行段階に移していくかが重要であり、生産者、市町村、都道府県担当者等を含め、関係者の総力をあげた取組が求められています。