生産局 野菜課
「野菜政策に関する研究会」中間報告書
1 はじめに
近年、輸入野菜が増加していること等を踏まえ、平成13年から「野菜の構造改革対策」が実施されてきており、生産者や関係者の努力とも相まって、一定の成果が得られたところである。しかし、現実問題として、100%を維持してきた自給率が83%まで低落、過去10年間で生産量ベースで約15%の減少、生産面積ベースで約20%の減少といった状況に至っている。
このような状況に加え、アジア諸国を中心とする海外の攻勢が予想されること等を十分に踏まえ、国民・消費者への野菜の安定供給、安全・安心の確保を図る観点から、輸入野菜に奪われている加工・業務用需要におけるシェア奪還等を通じて、担い手を中心とした国産野菜の供給体制を早期に実現していくことが喫緊の課題である。
このような認識の下で、本研究会は、現行の「野菜の構造改革対策」が平成16年度に終期を迎えることや食料・農業・農村基本計画の見直しが行われていることを踏まえ、平成16年3月から、計5回の会合、産地関係者、カット野菜事業者、中食・外食事業者に対するヒアリング等を通じて精力的な議論を行い、現場の生の声の聴取、反映に努めてきたところである。この中間報告書は、客観的な資料等により、野菜農業を取り巻く現状や問題点を総合的に検証することにより、共通認識を醸成し、今後の野菜政策に関する基本的な視点及び当面の野菜政策における具体的な対応方向を提示したものである。
2 野菜の構造改革対策の検証
ア 近年、輸入野菜が増加していること等を踏まえ、消費者や実需者に選好される品質・価格の国産野菜を供給できるよう、平成13年から生産、流通及び消費にわたる「野菜の構造改革対策」を実施してきたところである。同対策において、野菜産地は、低コスト化、契約取引の推進、高付加価値化という3つの戦略モデルを参考に、産地ごとの特性や意向を踏まえ、明確な目標を定めた構造改革のための計画(以下「産地改革計画」という。)を策定し、目標達成に向けた取組を推進してきたところである。
イ 平成14年3月以降、産地改革計画を策定した産地数は、全国各地で着実に増加し、平成16年3月現在1,858となっており、野菜指定産地以外の地域でも取組が拡大している。各野菜産地が戦略タイプごとに設定した目標値に対しどの程度達成したかについては、
i)平成14年度(確定値)は、低コスト化タイプ(327産地)で66%、契約取引推進タイプ(373産地)で62%、高付加価値化推進タイプ(734産地)で71%、全タイプ平均で67%
ii)平成15年度(速報値)は、低コスト化タイプ(417産地)で67%、契約取引推進タイプ(445産地)で62%、高付加価値化推進タイプ(1,005産地)で71%、全タイプ平均で68%
という結果が得られたところである。
ウ 達成率の低い産地は、その理由として、「契約取引先の確保が難しかった」、「天候の影響により病害虫の発生、品質の低下等が見られ、減農薬栽培が困難となった」、「栽培技術の確立が十分でなかった」、「生産者への啓蒙が不足した」等を挙げている。しかし、野菜は天候の影響を非常に受けやすく、総じてみれば、全国平均の目標達成率で平成14年度は67%、平成15年度は68%という結果については、構造改革対策の開始から時間が経っていない中で、一定の評価を与えることができ、また、構造改革対策に着手して日が浅く、今後更に加速化させていくべき段階にあると考えられる。
エ また、国の補助事業(平成13年度(補正)及び平成14・15年度の生産振興総合対策事業並びに平成14・15年度の輸入急増農産物対応特別対策事業)を活用した産地は、そうでない産地と比べて、各戦略タイプともに目標達成率が高いなど、国の事業も産地の構造改革に一定の効果を発揮しているものと考えられる。
オ 例えば、ねぎ調製ロボットの導入等により、ねぎの生産コストを300円/kg(平成12年)から210円/kg(平成14年)に3割削減させるなど、農協段階でも状況の改善に成功した事例が多く見られるほか、個別経営体を対象に行った調査(平成15年10月に全国42の個別経営体を対象に実施)によれば、産地の取組を通じて、大半の経営体が作付面積の拡大、販売額の増加等の改善を図り、最終的に所得を増加させ経営の改善につなげている実態が明らかとなっている。
カ 全国から抽出した120産地を対象に行った調査(平成15年10月に実施)によれば、
i)国の補助事業(平成13年度(補正)及び平成14年度の生産振興総合対策事業並びに平成14年度の輸入急増農産物対応特別対策事業)を活用した産地は、そうでない産地と比べて、作付面積等の状況が改善
ii)産地の当面の課題として「高付加価値化の推進」、「栽培技術の習得」等、長期的な課題として「栽培技術の向上」、「高齢化の進行への対応」等
等の結果が得られている。
キ 野菜の消費構造改革対策に取り組んだ結果、野菜の消費拡大運動に対する消費者の認知度は上がりつつあるものの、摂取目安である「1日5皿(350g)以上」についての理解は進んでいない。また、「野菜を摂取することは健康のために重要」と考えている人は多いが、「1日5皿以上を実行している人」は少なく、消費者行動を具体的に変化させていくことが課題と考えられる。
3 今後の野菜政策に関する基本的な視点
(1) 国民・消費者の利益の増進
ア 近年、低関税、輸送技術や冷凍技術の発達等を背景として輸入野菜が増加傾向で推移し、生鮮品、加工品を含め200万トンを超える野菜を輸入しており、また、にんにく、しょうが、ブロッコリー等品目によっては輸入割合が5割を超えていることに加え、中国が全輸入数量の約半分を占めるといった状況にある。
イ このように、輸入が高位で安定し、輸入先が特定国に偏在する傾向は、国内生産者への影響だけでなく、国内の需給動向が一定の国の生産事情等に大きく左右され、供給の不確実性や大幅な価格変動を招来する可能性がある。加えて、輸入品については、必ずしも輸出国における農薬使用状況等を含め生産履歴等が明らかにされないまま、我が国に提供される可能性がある。
ウ したがって、国民・消費者の利益の増進の視点に基づき、国産の野菜を国民・消費者に対し安定的に供給することが不可欠であり、近年の輸入の増加に伴い低下しつつある国産シェアを奪還する「攻め」の施策を推進することを野菜政策の根幹として位置づけることが重要である。
(2) 担い手の育成・確保に向けた取組の強化
ア 野菜農業については、主業農家が産出額の約8割を占め、米、麦類、豆類と比べ主業農家への集中が進んでおり、土地利用型農業と比べ、効率的かつ安定的な農業経営が農業生産の相当部分を担う望ましい農業構造が一定程度確立されていると考えられる。また、一定規模以上の作付面積及び共同出荷体制を媒介として形成されている野菜産地は、価格が著しく低下した場合に補てんを行う野菜価格安定制度や品目別・時期別・地域別の供給計画の策定等を通じた需給安定対策の運営に当たり、地域が一体となった取組によりその実効性を確保するとともに、量的なまとまりを背景として競争力を高める側面を有している。
イ しかし、近年、野菜農業においては、認定農業者や農業生産法人は増加傾向で推移しているものの、
i)野菜販売農家についてみると、65歳以上の年齢層の従事者が近年、大幅に増加し、全体の3分の1以上を占めるなど、高齢化が進展していること
ii)効率的かつ安定的な農業経営を中心として一農家当たりの作付面積を増加させ、全体の作付面積を増加させている産地がある一方、野菜農家の減少や高齢化等に伴い全体の作付面積を減少させている産地が見られること
等の状況にかんがみ、更に望ましい農業構造を確立するため、効率的かつ安定的な農業経営及びこれを目指して経営改善に取り組む農業経営(以下「担い手」という。)の育成・確保を推進する施策を講じていくことが適切である。
ウ したがって、担い手を中心として各産地の体質をより強化し、安定的な野菜の生産・出荷体制を確立する観点から、担い手の育成・確保を明確にした産地に対し生産・流通対策を講じること等により、担い手の育成・確保に向けた取組を強化することが必要である。
エ 現在、食料・農業・農村政策審議会において、品目別に講じられているすべての経営安定対策について、構造改革の加速化を図る観点から対象となる担い手を明確化し、その経営の安定を図る対策に転換していくことが検討されている。
野菜価格安定制度についても、高齢化が進む中で将来にわたって野菜の安定供給を確保するため、野菜の生産・流通の特性や消費者への安定供給の観点を踏まえつつ、対象経営の明確化、その経営の安定性の向上に向けた制度のあり方について検討する必要がある。
(3) 国際競争力のある産地づくり
ア 輸入との競合に耐え得る産地づくりを推進するためには、他の農産物と異なり既に生鮮品で平均4%、加工品で平均11%という低水準の関税の下で、また、今後WTO交渉やFTA交渉が進展する中で、労働集約型農業を強みとするアジア諸国からの輸出が増加する可能性があること、中国政府が残留農薬問題等を契機として、安全性の確保を図る措置を強化していること等を十分に踏まえなければならない。
イ また、近年は、輸入商社等を中心として、不作等により国内産の価格が高騰すると見込まれる場合には、スポット的に輸入品の取扱いを増加させるという行動が多く見られ、常にこうした輸入圧力に直面していること等を勘案しつつ、産地は国際競争力を高めていくことが重要である。
ウ その中で、家計消費用野菜については、消費者の間で依然として国産品への嗜好が強いこと、高品質野菜や有機野菜など高付加価値野菜に対する一定の評価があること、残留農薬や生産履歴など安全・安心へのニーズが高いこと等を踏まえ、これらの観点から輸入野菜に対抗し得る産地づくりを推進することが重要である。
エ また、加工・業務用野菜については、実需者から、定質・定時・定量・定価での周年安定供給の確保、カット等一次加工による供給等加工・業務用ニーズに適合した供給等の要請が高い一方、国産野菜がこれに十分応えきれていないことが輸入野菜の増加を招来していることを踏まえ、これらを解消し、実需者ニーズに応えられる産地づくりを推進することが重要である。
(4) 多様化するニーズへの的確な対応
ア 近年、単身世帯の増加、食の簡便化志向、個食化傾向等を背景として、野菜については、素材を購入して家庭内で調理し消費することが減少する一方、「外食」や「中食」の場における摂取が増加傾向にあるなど、消費形態が大きく変化している。
イ 流通段階でも、これまで大宗を占めてきた卸売市場を経由した流通の低下、市場外取引の増加、スーパー等の24時間化、加工・業務用需要の増加等その環境が大きく変化を遂げる中で、同一の取引形態でも、取引相手により求められる商品の内容が異なるなど、消費者、実需者等のニーズは千差万別というべき状況に至っており、また、こうしたニーズは時々刻々と変化している。したがって、ニーズに対する感覚を研ぎ澄まし、きめ細かくかつ的確に対応していくことが重要である。
(5) 安全・安心の確保に向けた取組の強化
ア 近年、「食の安全・安心」については、消費者の最大の関心事項の一つとなっており、こうした「安全・安心」の確保に向けて産地は万全の取組を行うとともに、国の実施する野菜政策においてもこうしたニーズを満たす設計が不可欠である。
イ 病原微生物や汚染物質等の食品安全危害を最小限に抑えるための適正農業規範(Good Agricultural Practice)、予期せぬ問題が生じた場合の原因究明や問題食品の追跡・回収を容易にするトレーサビリティ、生産情報を幅広く伝達する生産情報公表JAS等、様々な手法が存する中で、各野菜産地がそれぞれの地域の事情や体制の整備状況等に即しつつ、将来に向けて段階的に取組を進めていくことが重要である。
(6) 幅広い情報を活用した戦略づくり
ア 輸入に対抗し国際競争力のある産地づくりを図るためには、輸入品や国産品の価格・品質水準、国内市場における輸入の定着度合い等について、国段階や地域段階の様々な場を活用しつつ、生産者や実需者等関係者の間で幅広い情報交換を行うことが重要である。
イ また、アの情報交換に加え、主要な対日輸出国における生産、流通、輸出等に係る諸制度とともに輸出戦略等の制度外情報の把握に努めるとともに、家計用及び加工・業務用需要がそれぞれ独自の市場を形成していること、加工・業務用需要シェアの奪回が重要な施策目標となっていること等を踏まえ、国は、主要野菜の用途別需要量や国産品・輸入品別割合等について、生産者等に対し情報を提供することが重要である。
ウ 野菜の輸出については、一部の地域で取組がなされてきたものの、輸出に関する情報・ノウハウ不足や価格が高い等の要因により低調にある。しかし、「攻め」の農政に転換し、輸出に積極的に取り組む必要があることから、輸出先における生産・流通事情、消費動向、制度面の障壁の有無等について戦略的に情報を収集し、これに対応した産地づくりのために活用することが重要である。
4 当面の野菜政策における具体的な対応方向
(1)産地の体質強化に向けた総合的な取組の推進
(1) 将来像を明らかにした産地への支援の重点化
ア 野菜については、地理的に近接し生産・出荷の面でまとまりのある産地がその組織力を活かしつつ量的なまとまりを強みとして生産・流通の大宗を担い消費者への安定的な供給の点で一定の成果を上げてきた一方、近年、担い手の高齢化や減少等を背景として産地の構造が脆弱化している地域も見られる。
イ このため、現行の対策において明確な目標を掲げ戦略的な行動をとることについて一定の評価が得られていることを踏まえ、将来にわたり担い手を核として供給責任を果たし得る体質の強い産地づくりに向けて、産地が自らの将来像を明確にした計画(以下「産地強化計画」という。)において担い手の育成・確保を位置づけることが必要であり、野菜の生産・流通対策の対象は、こうした計画を策定した産地とすべきである。また、野菜生産は労働集約性の高い農業であることを踏まえ、サービス事業体等の位置づけの明確化等を含め、円滑に労働力を確保する仕組みを構築することを検討すべきである。
ウ また、同様の観点から、産地強化計画には、担い手の育成・確保に加え、販売戦略、低コスト戦略、効率的な流通戦略、毎年の需給安定に向けた取組、環境保全に配慮した取組、安全・安心に係る情報の開示に向けた取組等の事項を位置づけるべきである。その際、各地域における実需者や流通関係者との連携の強化についても推進すべきである。
エ 産地強化計画においては、それぞれの項目について可能な限り数値化した目標を策定することとし、また、目標の達成度合いを客観的に評価し、評価の低い産地に対して必要に応じて取組の改善を促す仕組みを導入すべきである。
(2) 地域の特性を活かした計画作りの推進
ア 現行の「野菜の構造改革対策」において、各産地は、低コスト化、契約取引推進、高付加価値化の3つの戦略モデルを参考として、産地改革計画をたてることとされており、引き続き、各産地がさらに創意工夫を発揮し、地域の実情等を踏まえ体質の強い産地づくりに向けた取組が必要である。
イ 今後、野菜の生産・流通対策による支援の前提となる産地強化計画については、一定のガイドラインの下、各産地が地域の実情等を踏まえて策定し、都道府県が認定する等の弾力性のある仕組みとすべきである。
(3) 産地の自主的な取組の推進
ア 生産・出荷組織は、産地の広域化に対応した組織的な生産体系を構築し、研修会の開催等を通じた栽培技術の向上、品質の均一化等により産地ブランドの確立を図るとともに、仕向け先に応じた生産者の育成やグループ化等により戦略的な生産・販売体制を整備すべきである。
イ また、産地サイドのマーケティング能力が最も重要となる中で、販売担当者の能力開発を含め、高い専門性と幅広い知識・能力を備えた「改革を担うべき人材」の育成・確保を図るとともに、女性ならではの感性やアイデアを最大限活用できるよう、改革の推進役として女性の経営参画や社会参画を促進すべきである。
(2)消費者や需要者等の視点に立った生産・流通対策の推進
(1) 加工・業務用需要への的確な対応
ア 国内産地は、従来、家計消費用野菜の市場流通による供給を中心としてきたため、
i)実需者の求める価格水準や規格等に対応した低コスト・定価による安定供給
ii)不作時や豊作時の対応と周年安定供給等を可能とする定量による安定供給
iii)用途別特性に適合した品種の導入等をはじめとする実需者のきめ細かいニーズに対応した安定供給
等を特徴とする加工・業務用需要への対応が遅れており、この間隙をぬって輸入のシェアが増加するという構図が定着しつつあることを踏まえ、加工・業務用需要のニーズに的確に対応した産地の育成を図ることが必要である。
イ 具体的には、まず、産地は、輸入品や国産品の価格・品質水準等について、国段階や地域段階の様々な場を活用しつつ、実需者等関係者の間で幅広い情報交換を行うとともに、戦略における加工・業務用対応の位置付けの明確化、マーケティング担当者の育成と専門部署の設置、加工・業務用対応の生産者の育成やそのグループ化等、加工・業務用需要に対応した体制の整備を図るべきである。
ウ また、加工・業務用需要に対応した栽培技術体系、用途に応じた品質・規格や重量を重視した出荷・流通体系の確立、下ごしらえ等一次加工、鮮度保持などの機能の確保、円滑な労働力提供システムの構築等を通じて、加工・業務用需要筋に対する安定供給を行うことができる産地づくりを推進するとともに、こうした取組が全国的に展開されるよう配慮すべきである。また、加工・業務用需要筋からはコスト低減の要請が強いこと等を踏まえ、生産性向上に向けた技術開発等の取組を引き続き推進すべきである。
エ こうした加工・業務用対応型産地の育成においては、産地と実需者との間の結びつきを図ることが最も重要な課題と考えられることから、国段階及び地域段階で両者が意見交換等を行う場を幅広く設定するとともに、産地による産地強化計画の策定に当たっては、事前に実需者等との間で情報交換を行い、その情報を十分に反映させた目標の設定を図るべきである。
(2) 生産性の向上に向けた更なる取組の推進
ア 現行の対策においても低コスト化を3つの基本的な戦略モデルの一つとして取組を進めているものの、品目により海外産との間で相当のコスト差が存在することを踏まえ、生産性の向上を図るための更なる取組が必要である。
イ このため、野菜生産・流通対策による支援の前提となる産地強化計画において、競争に耐え得るレベルに設定した価格を目標とした低コスト化戦略を位置付けるべきである。
ウ 現行の対策において、設置コストが通常の鉄骨ハウスの7割以下で風速50m/秒に耐え得る強度を有する「低コスト耐候性ハウス」の導入・普及が行われてきているが、依然として温室のイニシャルコストが高いことを踏まえ、更にコストを抑制した温室の開発・導入を推進すべきである。また、生産資材コスト等が依然として高いこと、露地野菜用の機械は実用化されているものの普及に遅れが見られること等を踏まえ、低コスト化に向けて諸問題を解消する取組を推進すべきである。
エ また、加工・業務用需要への対応が急務となる中で、同需要に対応した品種の開発等を含め、単収を増加させる取組を引き続き推進すべきである。
(3) 高付加価値化に向けた更なる取組の推進
ア 今後の野菜農業においては、商品の品質を向上させたり、収穫後に簡易な加工を施し実需者等が利用する段階において「歩留まり」を高める等の努力を通じて、いかにして価値を付加し、消費者や実需者等の要請に的確に応える商品を作り出していくかという視点が最も重要である。
イ 野菜において、「新鮮さ」、「安全・安心」等は基幹的な価値であることはもとより、糖度等の食味、健康増進効果等の機能性等が高付加価値化を構成する重要な要素になりつつあることを踏まえ、
i)研究機関等と連携しつつ食味を構成する要素の明確化や機能性の解明等を行うこと
ii)品種、作期等を含めどのような生産・流通行程によりこれらの価値を実現できるか等について検証すること、また、生産性の向上、高付加価値化に加えて環境保全を進める観点から科学的な土壌診断に基づく土づくりを行うこと
iii)可能な限り、数値等客観的な指標を用いて「目に見える形」で消費者に対し野菜の価値を伝達すること、また、試食や料理法の提案等を通じて認知を高める等の「攻めの販売」を行うこと
等を推進すべきである。
ウ また、潜在化しているニーズをいかにして顕在化させるかという視点も重要であり、例えば、近年、ルッコラ等、品種や栽培方法の点で従来の野菜と異なる「新野菜」、京野菜や加賀野菜等の地域伝統野菜等の消費が増加傾向にあることを踏まえ、栽培方法の技術指導等を含めた需要開発に向けた取組を通じて、野菜全体の需要の底上げを図るべきである。
エ なお、国内市場における差別化等を図る観点から、現在、地理的表示の取組が検討されていること等を踏まえ、野菜についても、地理的特性に由来する独特の栽培方法及び品質等を有するものについて調査を行い、地理的表示の保護のあり方について産地を含め関係者間で幅広く情報を交換すべきである。
(4) 効率的な流通体系の確立
ア 野菜の流通については、
i)近年、卸売市場は価格形成機能等の面で重要な役割を有しつつも、外食や中食等の業務用需要に対応した市場外流通が増加していること
ii)卸売市場法や農業協同組合法の改正等、野菜の流通に関する諸制度が改正されたこと
iii)野菜については、卸売価格に占める流通コストの割合が依然として高い中で、鮮度保持要求の高まり等に伴い、コスト負担の増加が予想されること
iv)食生活の変化や女性の社会進出等に伴い、食の外部化が進んでいるほか、価値観・生活感の多様化が見られ、卸売市場流通に加えて地産地消や直接販売など流通チャネルが多元化していること
等、状況が大きく変化している。
イ このような状況を踏まえ、産地においては、卸売市場をはじめ、地産地消や直接販売等多様な手法を活用し、各地域の特性を踏まえた効率的な流通の仕組みを構築すべきである。このため、産地強化計画において、効率的な流通戦略に係る事項を位置づけるとともに、実需者等との連携を図りつつ同計画の策定を推進すべきである。
ウ 最も効率的な物流システムを構築する観点から、
i)既存の集出荷施設の再編等により、産地段階で一次加工機能、消費者・実需者等への情報発信機能など高度かつ複合的な機能を付与する取組
ii)消費地の周辺部において一次加工機能など高度かつ複合的な機能を付与する取組
等を地域の実情に応じて推進すべきである。
エ 地域で生産された地場野菜を学校、病院、企業、ホテル等の業務筋を含め地域内で消費することは、消費者と生産者との「顔の見える関係」を構築し、また、「安全・安心」等の要請に応えるものであり、納入商品のキット化等一次加工機能の付与等を通じて、「地産地消」の取組を推進すべきである。
オ また、消費者への直接販売は、生産過程の安全性・品質等を含めた商品の価値を最も的確に説明できる場であること等の利点を有しており、
i)産地が集客力のある大手量販店やデパート等において、地場野菜等を直接販売する場を設置
ii)他産地との連携、近隣の加工工場、地元市場、他の直売所等とのネットワークの構築、農家に対する受発注システムの整備等により、買う側の視点に立って豊富な品揃えや利便性を高めた直売施設の設置
等を通じて、市場流通と組み合わせつつ、有効な販売戦略の一つとして推進すべきである。
カ 各産地は、それぞれの特性を活かすことが重要であり、
i)消費地市場までの輸送コスト増に直面している遠隔産地は、モーダルシフトへの切り替えを含む輸送体系のあり方の見直しや高度流通拠点機能の確保により効率的な流通を追求
ii)担い手の減少等に直面している都市近郊産地は、都市との近接性を活かし、消費者との交流や組織化を通じた地産地消や戦略的な直売を推進
等の取組を推進すべきである。
キ 野菜の小売価格に占める流通経費は5~6割と依然として高いこと等を踏まえ、
i)流通段階のコスト削減を図る観点から、加工・業務用需要筋との契約取引を中心として、規格の簡素化を推進
ii)消費者の選択の幅を拡大する観点から、バラ・グラム単位の販売をモデル的に推進
iii)市場取引で導入が遅れている通い容器について、その利用を一層推進
iv)加工・業務用についても、スチールコンテナ等大型の通い容器の利用を推進
等の取組を通じて、流通コストの一層の低減を図るべきである。
(5) 輸出拡大に向けた取組の推進
ア 近隣のアジア諸国の経済発展に伴う所得の向上等により、高品質な日本産野菜の輸出を拡大する好機が生じていること等を踏まえ、輸出先の制度や事情等に関する情報を収集する体制を強化するとともに、輸出向けに国内の流通拠点施設等を積極的に活用すべきである。
イ また、植物の新しい品種や技術を保護するため、知的財産権に係る国内制度の強化等に向けた検討を行うべきである。
(3)消費形態の変化に即した消費拡大対策の推進
(1) 消費形態の変化に即した手法の導入
ア 近年における国民の食生活をめぐる環境の変化に伴い、豊かな人間性を育むための食育を推進することが緊要な課題となっている中で、野菜は、ミネラル、ビタミン等、他食品とは代替がきかない機能性を有し国民の健康維持の観点で欠かすことのできない食品であり、これらを十分に踏まえた消費拡大のあり方を検討することが必要である。
イ また、1人当たりの野菜の年間消費量は最近15年で約1割減少するなど、野菜離れが明らかとなる中で、産地等の関係者においても、野菜の消費拡大こそ、野菜生産の活性化を図る最善の策であることを再確認する必要がある。
ウ このため、従来から実施している「ファイブ・ア・デイ」や「ベジフルセブン」等の消費拡大運動を更に推進するとともに、今後、「外食」や「中食」の増加傾向など消費形態の変化に即し、「外食」や「中食」における野菜の摂取を推進する必要がある。また、消費者に対し適切な情報提供を行い、野菜摂取に向けて具体的な行動変化を促すことができるよう、機能性・栄養成分表示の導入等を推進すべきである。
(2) 野菜摂取運動の取組主体の拡大
ア 法令遵守(コンプライアンス)、消費者や環境への配慮、従業員の健康管理等を企業の社会的責任(Corporate Social Responsibility:CSR)として位置付ける動き(ヘルシーカンパニー運動等)が高まっている。このため、CSRへの取組に対応し、企業の従業員の健康増進、医療コスト負担の軽減等を図る観点から、企業等における野菜の摂取を普及・啓発するとともに、これらの取組を評価する仕組み(表彰を含む)を構築すべきである。
イ なお、現行の野菜の消費拡大の取組においても、医学、栄養学、教育等の関係者との連携を図っているところであるが、米国では厚生担当部局を含め政府一体となった取組が推進され、減少傾向にあった野菜摂取量の反転に大きく寄与している。我が国においても、野菜の摂取拡大は、単に生産振興という側面にとどまらず、国民の健康を維持・増進させ、医療に係る社会的・経済的コストを抑制する等国全体のあり方として健全な仕組みを構築するという視点を含むものであり、厚生労働省等関係省庁との連携を一層密にした推進運動を展開していくことが必要である。
(4)野菜価格安定制度及び需給安定対策の運用改善
(1) 野菜価格安定制度の運用改善
ア 平成14年度の野菜生産出荷安定法の改正により導入した契約取引安定制度については、制度自体の普及・浸透が遅れており、同制度の活用状況が低調であることを踏まえ、同制度の普及・浸透方法を改善すべきである。
イ 現実の流通段階では、基本契約を締結した後に数量等を直前に定める取引など多様な形態の契約取引が展開されており、契約取引安定制度が対象としている取引と乖離が生じていること等を踏まえ、同制度の仕組みについて、実態に即した見直しを図るべきである。
ウ 大規模生産者制度については、加工・業務用需要筋に対する契約取引に基づく供給など、農業生産法人等が流通ルートの多様化に即した対応を強化していること等を踏まえ、実態に即した見直しを図るべきである。
(2) 需給安定対策の運用改善
ア 価格低落がしばしば見られる中で、計画的な出荷を促進し価格の安定を図る観点から、需給安定対策については、これを強化するとともに、価格安定制度との連携を密にすることが必要である。
イ 需給安定対策の効果的な実施により、価格を合理的な水準に維持し、価格安定制度による補てんを抑制する観点から、産地廃棄等の対象品目を拡大するとともに、産地の計画的出荷の実施状況に応じて価格安定制度に基づく補てんを行う仕組みを更に活用すべきである。
ウ 生産者団体は、主産県、国等による関与の下で需給情報交換会等を機動的に開催し、実効性の高い仕組みの下で、効果的な需給安定及び産地間連携を図るべきである。
エ また、産地廃棄を行った野菜について、堆肥化等の有機物資源として有効な再利用を図る取組を推進すべきである。
(3) 品目横断的政策との関係の整理
ア 現在、食料・農業・農村基本計画の見直し作業の一環として、品目別の価格・経営安定対策から、地域農業の担い手の経営を支援する品目横断的な政策への移行が検討されており、その基本的考え方は、効率的かつ安定的な農業経営による望ましい農業構造の実現、国際規律の強化に対応できる政策の構築を図るものとされている。
イ 野菜については、
i)野菜の現行の関税水準は低く、国際規律への適合が進んでいると考えられること
ii)野菜は、部門専業的な経営が相当部分を占めている状況にあること
iii)野菜は、主業農家の割合が高く、望ましい農業構造が一定程度実現されていると考えられること
iv)野菜は、生育期間が短く、気象条件により作柄や作期が変動しやすく長期保存ができないことから、供給量や価格が大幅に変動するという特性を有しており、月ごとのきめの細かい価格安定を図ることが必要であること
等を踏まえ、基本的に品目横断的政策とは別に個別の制度の見直し等により対応することが適当であり、経営体質の強化や消費者のニーズに対応した生産・供給体制の構築等、個別の課題に的確に対応した検討が必要ではないかと考えられる。
(5)消費者への適切な情報提供の推進
ア 食品の安全性や品質等に対する消費者の信頼が低下する中で、消費者と生産者との間に「顔の見える関係」を構築し双方の信頼性を高めるとともに、また、望ましい食生活に向けて消費者が適切な判断を行うことができるよう、原料原産地表示制度等を通じて消費者への適切な情報提供を行うことが重要である。
イ 原料原産地表示制度においては、新たに原料原産地表示を義務付ける品目についてその実施を着実に推進するとともに、国や産地等の関係者は、更なる取組に向けて、野菜加工品の原料に関し、生産・流通現場における自主的な情報開示の状況について把握すべきである。
ウ また、仕組みが検討されている表示制度等については、
i)野菜を含む農産物に係る生産情報公表JAS規格が制定された場合には、この規格も積極的に活用し、消費者に対し野菜の生産情報を幅広く公表することを促進すべきではないか
ii)野菜のトレーサビリティについては、鮮度が重視される、生産から消費に至るサイクルが短いといった特性に鑑み、事故が未然に防止されるよう、産地段階においては生産情報、流通段階においては鮮度管理情報の開示等を中心とした仕組みを構築すべきではないか
iii)導入に伴うコストの負担のあり方については、消費者、生産者、流通関係者、行政等の間で十分に検討を行うことが必要ではないか
iv)これらの表示制度等の導入に向けては、各産地がそれぞれの地域の事情や体制の整備状況に即しつつ、将来に向けて段階的に取組を進めていくことが必要ではないか
等の視点を考慮すべきである。
5 おわりに
野菜農業は、他の農産物と比較して、市場原理の下で主業農家を中心とした体質の強い生産が行われてきたが、輸送技術、冷凍技術の発達や低関税等を背景とした近年の輸入急増に加え、アジア諸国等による輸出圧力の増大、国内産地における高齢化、担い手の減少等の状況に直面している。こうした内外の厳しい情勢にもかかわらず、野菜農業は2兆円を超える産出額を上げ、米や畜産物と並ぶ農政の主要な分野であり、かつ地域農業の重要な柱となっていることに加え、野菜の摂取は国民の健康の維持・増進の点で欠かすことのできない農産物であること等を十分に踏まえ、国民・消費者への国産野菜の安定供給を図るべく、平成13年度から実施してきた「野菜の構造改革対策」を更に加速化させ、農政全般の改革のけん引役を果たしていくことが必要である。
また、現在、食料・農業・農村政策審議会において、品目別に講じられているすべての経営安定対策について構造改革の加速化を図る観点から対象となる担い手を明確化しその経営の安定を図る対策に転換していくことが検討されており、野菜価格安定制度についても、野菜の生産・流通の特性や消費者への安定供給の観点を踏まえつつ、対象経営の明確化、その経営の安定性の向上に向けた制度のあり方について検討していくことが必要である。
さらに、同審議会では、環境保全を重視した施策も検討されており、地球温暖化に適応した施設野菜の生産のあり方等について検討していくことが必要である。
今後、この中間報告書に記述した内容に即した改革の成否は、いかにして、速やかに改革の具体化を図り、生産現場で円滑に実行段階に移していくかにあると言っても過言ではない。したがって、生産者、市町村、都道府県担当者等を含め、関係者の総力をあげた取組が不可欠であり、本研究会としては、この中間報告書について、担当部局において対応方向の更なる具体化を図るとともに、現場段階における理解の促進と活発な論議が行われるよう、関係者に対し強く求めることとする。
「野菜政策に関する研究会」出席委員(敬称略、五十音順)
石黒 幸雄 カゴメ株式会社代表取締役専務
上田 宗勝 東京青果株式会社専務取締役
梅津 鐵市 有限会社イズミ農園代表取締役
金子 弘道 社団法人日本経済研究センター主任研究員
神田 敏子 全国消費者団体連絡会事務局長
○ 木田 滋樹 社団法人日本施設園芸協会会長
佐藤 和憲 独立行政法人農業・生物系特定産業技術研究機構
中央農業総合研究センター総合研究第四チーム長
鶴島 孝保 伊藤忠商事株式会社食材流通部長
◎ 藤島 廣二 東京農業大学教授
牧口 正則 全国農業協同組合連合会園芸販売部次長
森澤 重雄 全国農業協同組合中央会食料農業対策部部長
(計11名)
◎は座長、○は座長代理
検 討 経 緯
第1回(平成16年3月1日(月))
「野菜の構造改革の進捗状況」について検証・論議
第2回(平成16年3月30日(火))
「野菜政策の現状と課題」について論議
第3回(平成16年4月23日(金))
「今後の野菜政策に関する検討課題」について論議
第4回(平成16年6月14日(月))
「検討課題に即した今後の対応方向」の骨格案について論議
有識者ヒアリング(平成16年7月2日(金))
産地関係者、カット野菜事業者、中食・外食業者からヒアリングを実施
岡村 真光 ロイヤル株式会社購買部生鮮食材担当
桐 良幸 鹿児島県経済農業協同組合連合会園芸事業部長
舘本 勲武 デリカフーズグループ代表取締役社長
田中 秀幸 株式会社ロック・フィールド購買部農産物担当
仲野 隆三 富里市農業協同組合常務理事
第5回(平成16年8月11日(水))
中間報告書取りまとめ