消費・安全局消費・安全政策課 課長補佐 富 山 武 夫
はじめに
平成13年9月にBSE(牛海綿状脳症)が発生し、その後も食肉偽装表示や輸入冷凍野菜の残留農薬問題、無登録農薬の使用問題、更に昨年暮れから今年にわたり、米国でのBSEの発生、我が国及び東南アジアにおける鳥インフルエンザの発生、賞味期限を大幅に過ぎた鶏卵の販売等、食の安全・安心に関わる大きな問題が相次いでおり、消費者の食品の安全性や品質に対する関心は今まで以上に高まっている。
政府においては、食品の安全性の確保に関する施策を総合的に推進するために、昨年5月には食品安全基本法を制定し、食品が人の健康に及ぼす影響について科学的なリスク評価を客観的かつ中立公正に行うための食品安全委員会が7月に設置されたところである。
農林水産省においても、食品のリスク管理・消費者行政を担う消費・安全局を新設(平成15年7月)し、関係法律の整備(図-1)を行うとともに、国民の健康と保護を最優先した新しい食品行政に対応していくための指針として「食の安全・安心のための政策大綱」が昨年6月に公表され、トレーサビリティシステムを「消費者の安心・信頼の確保」を展開するための重要な施策として位置づけ、トレーサビリティシステムの開発実証や、導入に対する支援事業等を実施するとともに、各地で、その推進のあり方等について意見交換を行い、トレーサビリティを導入しようとしている方々の参考となるよう「食品トレーサビリティシステム導入の手引き」(以下「手引き」という。)やパンフレット「知っておきたいトレーサビリティ」を作成する等その推進を図っているところである。
一方では、消費者や関係事業者から、システム構築のあり方、コスト負担の問題、信頼性確保の問題等の指摘がなされていることから、平成15年11月から3回にわたって行われた「食品トレーサビリティアドバイザリー会合」において議論を行い、その結果に基づいて、関係者が共通認識のもとで一貫性のあるトレーサビリティシステムの導入を効果的かつ効率的に推進していく上で重要な考え方を整理し、「食品トレーサビリティシステムの構築に向けた考え方」(食品トレーサビリティアドバイザリー会合検討結果報告)として取りまとめたものである。
以下にその概要を紹介する。
1 トレーサビリティシステムの概念
食品のトレーサビリティの概念については、コーデックス委員会やISOでも、現在、議論が行われているところであるが、手引きでは、「生産、処理・加工、流通・販売等のフードチェーンの各段階で食品とその情報を追跡し遡及できること」と定義づけを行っており、これらを踏まえ本報告では、「生産、処理・加工、流通・販売等のフードチェーンの段階で食品とともに食品に関する情報を追跡し、遡及できること」としている。
具体的には、トレーサビリティシステムは、生産、処理・加工、流通・販売等の段階で、食品の仕入先、販売先などの記録を取り、保管し、識別番号等を用いて食品との結び付きを確保することによって、食品とその流通した経路及び所在等を記録した情報の追跡と遡及を可能とする仕組みである。
また、実際の取り組みに当たっては、関係者の協力体制が不可欠なことから、適用の範囲を明確にし、一部に対して適用する場合には、その範囲を明確にして段階的に進めることが重要であるとしている。
更に、トレーサビリティシステムに対する誤解をまねかないよう、あくまで食品の追跡、遡及のための仕組みであり、製造工程での衛生管理を直接的に行うものではないとしている。
2 導入に当たっての基本的考え方
食品のトレーサビリティシステムは、食品のリスク管理の効率化、食品の安全性や品質等に対する信頼感・安心感の向上を図ることを目的とする、生産者や食品事業者(食品加工業者、食品流通業者、食品販売業者を指す。)による自発的な取組である。
この場合、
(1) 「食品とその流通経路情報の追跡・遡及ができる」ことによる食品由来のリスク管理の効率化が可能になることが前提条件であり、
(2) 流通経路情報に加え、食品に関する生産段階での農薬等の生産管理情報、製造段階での加工方法に関する情報など、消費者が求める情報や生産者や食品事業者が伝えたい情報を付加した情報を記録・保管し積極的に提供できるようにすることによって、リスク管理のより一層の向上や生産者と消費者の顔の見える関係の構築に資することが望ましい。
(3) また、伝達する情報の内容や識別管理の手法等、トレーサビリティシステムの具体的内容は、商品の特性や生産流通の実態を踏まえ、システム導入の目的や技術面、経済面での実行可能性を充分勘案して決定することが必要である。
としているが、青果物の場合は、生産段階での農薬や栽培管理情報が消費者の求める情報として重要と考えられるので、導入に当たってはこれらの検討が必要であろう。
3 目的
トレーサビリティシステム導入の目的は以下の3項目である。
(1) 食品の安全性に関して予期せぬ問題が生じた際に、その原因究明や、問題食品の回収等を迅速・容易に行うことを可能とすること
(2) 食品の安全性や品質等に関する消費者等への情報提供に資するとともに、表示内容の確認が容易になることを通じて表示の信頼を確保すること
(3) 生産者や食品事業者の行う製品管理、品質管理等の向上や効率化に資すること
4 トレーサビリティシステムの導入のあり方
(1)食品の特性に応じた取組
トレーサビリティシステムを導入しようとする生産者や食品事業者は、食品毎のこれらの特性に応じて、どのようなトレーサビリティシステムを構築するのかを十分検討する必要がある。
(2)各段階における取組
トレーサビリティの確立のためには、生産、処理・加工、流通・販売等の段階において、食品の生産・流通履歴情報を記録・保管し、伝達できる仕組みが整えられることが必要であり、生産から販売に至るまでの多くの関係者の連携・協力が必要である。
しかしながら、はじめからフードチェーン全体を通じた連携・協力が困難である場合には、まず、それぞれの段階においてトレーサビリティシステムに対する取組を開始することが有効と考えられる。
(3)生産者、産地、流通業者、販売業者等の取組の横断的な連結
各段階における取組を、フードチェーン全体に広げていくためには、必要となる情報、必要とされるコスト負担のあり方等について、関係者の共通理解の醸成を図りつつ、生産、処理・加工、流通・販売に係る関係者の横断的な結び付きを可能とするような場づくりが重要。また、食品の特性や生産流通の実態に通じた業界団体や事業者団体が積極的に中心的役割を担っていくことが、有効なシステムの構築を図っていく上で重要であるとしている。
利害のある関係者が連携・協力を行うことは相当な努力が必要であるが、トレーサビリティに関する事業者及び関係団体の情報交換、勉強会等の場として、平成15年5月に「食品関連産業国際標準システム・食品トレーサビリティ協議会(事務局:(社)日本農林規格協会)」が設立され活動を行っている。
(4)識別管理の考え方
食品の識別管理は、トレーサビリティシステムを確立する基本的、かつ重要事項であることから、以下の5項目を列記している。
(1) 追跡する食品を識別する単位(個体もしくはロット)を定め、識別の記号を付して管理すること
(2) 識別された単位ごとに食品を分別管理すること
(3) 食品の識別単位とその仕入先、販売先とを対応づけ記録すること
(4) 原料の識別単位と半製品および製品の識別単位との関連をつけ記録すること
(5) 食品が統合されたり分割されたりするときには、作業前後の識別単位を関連をつけ記録すること
なお、加工食品の中には、全ての原料や製品について詳細なロット識別や、情報の結びつけが困難な場合があるが、このような場合は、技術的、コスト的可能性を踏まえて、できるところから取り組むことが重要であるとしている。
(5)識別単位の考え方
トレーサビリティシステムは、より小さな単位で識別を可能にすると、生産・流通の分別管理や情報伝達のためのコストが大きくなるデメリットがあるが、事故が起きた時に回収等の対策が必要となる範囲をより速く、より小さく絞り込めるといったメリットがある。一方、識別単位を大きくすると、システムの構築や維持のコストは小さく済むメリットがあるが、事故が起きた時に回収等の対策が必要となる範囲が大きくなるデメリットがある。
したがって、どのような規模で識別単位を設定するかは、それぞれの食品の特性、トレーサビリティシステム導入のねらいやコスト、有用性などを総合的に検討し、取組主体が判断する必要がある。
(6)情報の内容と伝達手段
システムで管理する情報は、導入に当たっての基本的考え方でも述べているように、「食品とその流通経路情報の追跡・遡及ができる」ことが不可欠な情報である。(品名、食品を保管する生産者・食品事業者の名称と所在地、出荷・入荷年月日、識別管理に係る記録など、ロット単位で食品を識別できる情報等)
更に、付加的な情報として、消費者が求める情報や生産者や食品事業者が伝えたい情報を付加した情報(生産管理情報や品質管理情報)などが考えられるが、食品の種類や生産者や食品事業者がトレーサビリティに取り組む目的、消費者や関係者が求めるニーズを踏まえ、取組主体が自ら判断することが必要である。
情報の伝達媒体は、その種類毎に技術的制約や経済的なコストなどが異なるため、自らが実施可能な範囲内で、対象とする食品に適した情報伝達媒体を選ぶことが重要である。例えば、情報伝達媒体としては、表-1のとおりであるが、二次元コードや電子タグ(ICタグ)のほか、識別情報でアクセスできるインターネットを通じた情報開示、食品に貼付けられるラベル、食品に添付される送り状、納品書など多様である。
印字の情報であっても、識別単位ごとに記録、保管され、食品との結びつきが確保されるのであれば、時間はかかるが、食品とその生産・流通履歴情報の追跡・遡及が可能となる。
(7)コスト負担のあり方
トレーサビリティシステムの導入に必要なコストとしては、
(1) トレーサビリティシステムの構築に必要な情報処理機器や分別保管施設などのインフラ整備に必要なコスト
(2) 情報の記帳・整理・保管、食品の分別管理などに必要な日常的なランニングコスト
(3) システムの信頼性を保証するための科学的又は社会的な検証に必要なコスト
の三つがあるが、このほか、トレーサビリティシステムの構築・維持には、実施体制の確立のための連絡、調整等に多くの時間・労力がかかるとしている。
これらのコスト負担については、「トレーサビリティシステムの構築によって受益するものが応分に負担することが望ましい」としているが、実際にはほとんどの場合、取組主体が導入コストを負担しており、コスト問題を解決することが重要な課題となっているが、昨年実施した「食品トレーサビリティ地域フォーラム」のアンケート結果からも伺える。(表-2)
今後は、消費者を含めた幅広い関係者の理解の醸成とともに、トレーサビリティシステムとHACCPやISOとの連携による品質管理や物流の合理化、業務の効率化が図られるような取組にすることも重要と考えられる。
(8)信頼性の確保
消費者から、「トレーサビリティシステムが食品の追跡・遡及のためのシステムであることは理解できたが、このシステムが本当に信頼できるのか」といった質問が何度も寄せられた。
トレーサビリティシステムの効果が適切に発揮されるためには、生産、処理・加工、流通・販売等の段階において生産者や食品事業者が、安全な食品供給のために必要となる法規制や消費者への選択に資するために定められる表示に関する法規制を遵守し、また、情報の記録・保管を正しく行うことが前提となる。その上で、トレーサビリティシステム自体が適正に稼働しているか、提供される情報の信頼性が確保できているかどうかを、内部検査や第三者による監査や検査により適宜チェックをすることが重要であるとしている。
なお、前述のアンケート結果から、トレーサビリティシステムの導入により、「問題食品の原因究明や回収」等のリスク管理に加え、「食品の信頼性確保(安全性に対する消費者の安心感の向上)」、「保管情報の活用による生産・製造の効率化」、「地域ブランド確立による産地の差別化」等多様な効果が期待できる。
終わりに
本報告は、生産者、食品事業者、流通事業者、消費者、学識経験者等の15名からなるアドバイザリーメンバー(別紙)によって、議論の上取りまとめられたものであり、我が国におけるトレーサビリティシステム構築に当たっての方向性を示したものといえる。平成15年4月にまとめた「食品トレーサビリティシステム導入の手引き」と併せて活用頂きたい。
本報告の中で、農林水産省における推進方策も示されているが、食品に対する消費者の安心・信頼の確保の観点から、本報告の考え方に沿ったトレーサビリティ関連施策を推進することとしている。
なお、今後、関連技術の進展状況やISO,コーデックス等の国際的な動向を踏まえながら必要に応じて見直すことしている。
(トレーサビリティに関する情報は、
農水省のホームページ(http://www.maff.go.jp/trace/top.htm)をご覧頂きたい。)
食品トレーサビリティに関するアドバイザリー会合メンバー
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